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(最終回)And That All?
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朝、雀の声で目が覚める。
気持ちの良いいつもの朝だ。だが、どうしてだろう。雀の声を怖いと感じるのは。
何だか長い夢を見ていたような気がする。
そう、ここではないどこか別な世界に迷い込んだかのような…。
「やべっ、遅刻!」
時計を見て慌ててパジャマを脱ぎ散らし、パンをかじりながらシャツを着る。ネクタイを締めて草臥れたジャケットを羽織って。
満員電車で痴漢に間違えられないよう両手で吊革にぶら下がって。
いつも通りの光景だ。なのに、何でこんなに懐かしいんだろう。やっと帰ってきた、とそんな考えがふっと浮かぶ。
帰ってきた?どこから?
ふと浮かんだ自分の考えに首を傾げている間に会社に着く。
いつも通り、部下にバカにされて。いつも通り、部下が怒らせた取引先にペコペコ頭下げて。いつも通り、部下のミスで上司に怒られて。
いつもなら吐血レベルで精神すり減るのに、今日はそれがどこか嬉しい。
俺、何かに目覚めたんだろうか?
「なんか、今日のきのこ気持ち悪くないっすか?」
「怒られてるのにニヤニヤしてる…キモ。」
そんな会話が聞こえてきてちょっと泣きそうになった。うん、大丈夫、目覚めてない。いつも通りだ。
この髪型から皆が隠語で俺の事をきのこと呼んでいるのは知ってる。
だいぶ伸びてきたしそろそろ切りに行きたい。
切ったところできのこなんだが。
もうね、陰口叩かれるのも怒鳴られるのも胸倉掴まれるのも殴られるのも無茶振りされるのも慣れたぜ。ははっ。
結局その日泣きそうになること7回。午後にはもう嬉しいとか懐かしいとかそんなノスタルジックな気分はどこかに消え失せていた。
今日も帰り際に部下から押し付けられた面倒な仕事のために残業決定。誰もいないオフィスでPC叩いて、終電前に何とか帰宅。
途中のコンビニで夕飯とビール買って。風呂で汗と涙を流してさっぱりしてからビールを飲んで。クイズ番組で珍解答連発するおバカタレントにヤジを飛ばして。
「はぁ。仕事行きたくねぇな。」
家に独りでいると空しく感じる。毎日毎日仕事でペコペコして、遅くまで残業して、彼女もできないまま気が付けばもうアラフォーだ。空しい。明日なんか来なければいい。
布団に寝転ぶと綺麗な満月が目に入る。月って、あんな大きかったっけ?
「あ~あ。お月様、俺をどっか別の世界に連れてってくださ~い!」
なーんてね。
酔いも回ってそのまますぐに夢の世界へ。
俺はまだ知らなかったんだ。このふざけた願いが叶うことを。
翌日、土に埋まった状態で目が覚めるなんてことを。
………And That All?(それでおしまい?)
気持ちの良いいつもの朝だ。だが、どうしてだろう。雀の声を怖いと感じるのは。
何だか長い夢を見ていたような気がする。
そう、ここではないどこか別な世界に迷い込んだかのような…。
「やべっ、遅刻!」
時計を見て慌ててパジャマを脱ぎ散らし、パンをかじりながらシャツを着る。ネクタイを締めて草臥れたジャケットを羽織って。
満員電車で痴漢に間違えられないよう両手で吊革にぶら下がって。
いつも通りの光景だ。なのに、何でこんなに懐かしいんだろう。やっと帰ってきた、とそんな考えがふっと浮かぶ。
帰ってきた?どこから?
ふと浮かんだ自分の考えに首を傾げている間に会社に着く。
いつも通り、部下にバカにされて。いつも通り、部下が怒らせた取引先にペコペコ頭下げて。いつも通り、部下のミスで上司に怒られて。
いつもなら吐血レベルで精神すり減るのに、今日はそれがどこか嬉しい。
俺、何かに目覚めたんだろうか?
「なんか、今日のきのこ気持ち悪くないっすか?」
「怒られてるのにニヤニヤしてる…キモ。」
そんな会話が聞こえてきてちょっと泣きそうになった。うん、大丈夫、目覚めてない。いつも通りだ。
この髪型から皆が隠語で俺の事をきのこと呼んでいるのは知ってる。
だいぶ伸びてきたしそろそろ切りに行きたい。
切ったところできのこなんだが。
もうね、陰口叩かれるのも怒鳴られるのも胸倉掴まれるのも殴られるのも無茶振りされるのも慣れたぜ。ははっ。
結局その日泣きそうになること7回。午後にはもう嬉しいとか懐かしいとかそんなノスタルジックな気分はどこかに消え失せていた。
今日も帰り際に部下から押し付けられた面倒な仕事のために残業決定。誰もいないオフィスでPC叩いて、終電前に何とか帰宅。
途中のコンビニで夕飯とビール買って。風呂で汗と涙を流してさっぱりしてからビールを飲んで。クイズ番組で珍解答連発するおバカタレントにヤジを飛ばして。
「はぁ。仕事行きたくねぇな。」
家に独りでいると空しく感じる。毎日毎日仕事でペコペコして、遅くまで残業して、彼女もできないまま気が付けばもうアラフォーだ。空しい。明日なんか来なければいい。
布団に寝転ぶと綺麗な満月が目に入る。月って、あんな大きかったっけ?
「あ~あ。お月様、俺をどっか別の世界に連れてってくださ~い!」
なーんてね。
酔いも回ってそのまますぐに夢の世界へ。
俺はまだ知らなかったんだ。このふざけた願いが叶うことを。
翌日、土に埋まった状態で目が覚めるなんてことを。
………And That All?(それでおしまい?)
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