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35 花を求め、猫は吼える(カーク視点)
しおりを挟む「フェリシア、無事か?」
「あぁ。どこも咬まれてはいない。それよりリージェ、貴様、あんな真似できるなら最初からやれ」
「ふふん、それではつまらんではないか。少しは貴様らにも花を持たせてやらんとな」
屋敷の前に戻ってきたフェリシアと合流する。
フェリシアはずっと音でゾンビの気を引きながら、屋敷から少しずつ離れていたのだ。
大量のゾンビに追われるなんて二度としたくない、と少し疲れた様子。
フェリシアを追っていたゾンビも、光の槍に貫かれて消滅したという。
「さて、肝心の屋敷だが……静かすぎるな」
「破られた様子がないから、襲われていないとは思う」
「夜になるとゾンビが出るのが常のことなら、夜は別の場所にいる可能性もあるが……」
「フェリシア、カーク、屋敷の中に敵対反応が2つ。出てくるぞ」
俺とフェリシアが耳と鼻で屋敷の様子を探っていると、リージェが警戒するよう言う。
だから、何でわかるんだよ。
ほんと、リージェ一人で十分なんじゃ。
「そんなことはない。貴様の女を救うのは貴様にしかできぬ。さて、女が出てきたようだが……あれがサクヤか?」
「違う」
「あのゾンビたちを倒してくれたのは、あなたがたかしら? お強いのね」
出てきたのは、見覚えのない少女。
長い白銀の髪を緩やかに編み、髪と同じ色のワンピースを着ている。
その姿は闇夜の中で輝く星の化身のようで。
こてん、と首を傾げる姿は愛らしく、それでいてその言動は上品で、身分の高さを窺わせる。
領主の娘だろうか。
後ろに男が一人立っているが、口を一切挟まない態度から察するに少女の従者か。
「ねぇ、さっきの浄化の力は白い服の貴女? それとも、黒い服の貴方?」
少女が口元を歪ませる。
禍々しさこそないが、あの笑みには覚えがあった。
だが、容貌が全く違う。
サクヤを連れ去った時は、髪は黒く、大きな黒い猫耳に、手足も黒い獣のようだった。
そして、笑みの禍々しさを増していた淀んだ瞳。
それが今は蒼色の瞳で、獣耳もなく手足もまるで人間だ。
「さっきの浄化は俺様だ。ゾンビから救ってやったこと、泣いて感謝するがいい」
「まぁ! あなたが……。わたくし本当に、困っておりましたのよ? ゴミムシの分際で、ちょっと遊んで壊したくらいでいつまでもいつまでも屋敷にまとわりついて。臭いったらなかったわ」
「ゴミムシ、ね……」
「ええ。わたくしや兄さまに遊んでもらえたのだから、喜んで素直に死を受けれるべきではなくて?」
リージェに花のような笑顔で感謝を述べる少女。
だが、その言葉は胸糞悪いものだった。
リージェもフェリシアも、不快感を隠さない。
「ノブレス・オブリージュ……弱者を守ることこそが、貴族の義務のはずだが?」
「あら? どこの言葉ですの? 弱者を守る? 何故? わたくしが? ねぇ、そんなことより『あなた、わたくしの物になりなさい。』わたくしの傍で、わたくしが必要な時に浄化をするの。それ以外は、何をしてもいいわ。お菓子も玩具も、たくさん用意してあげますわ」
キーン、と耳鳴りがする。
そうだ。この耳鳴りで、体から力が抜けたんだ。
やはり、この少女は言葉に妙な力を載せている。
「聞くな、リージェ!」
「お菓子に玩具、ねぇ……。その玩具ってのは、貴様のことか?」
「キャアッ!」
「姫様!」
リージェが指先だけを竜化して、少女の顔目掛け横一文字に揮う。
驚いた少女が飛びのき、それを従者らしき男が受け止めた。
避け切ったと思ったが、鼻筋に一筋の線が入り、血が流れる。
「よくも姫様の顔に……」
「殺してはダメよ! 浄化が使える術者なのよ! 傷つけずに捕えなさい! そうすればわたくしが……」
「無駄だ。俺様に貴様如きの暗示など効かん」
「な、何で……何なのよ、あなた! 何でわたくしの能力が効かないの! 『止まって! 止まりなさい!』 わたくしは王女なのよ! 命令に従いなさい!」
「王女様がこんな辺境の地にいるはずがないだろう。よりにもよって、リアンの宝花を名乗るとは不敬にもほどがある」
従者が武器を抜き、フェリシアも腕を獣化させる。
王女を名乗る少女の言葉に「分かりやすい嘘を吐くな」と呆れ顔をしているフェリシアには隙がなく、従者の男も攻めあぐねている。
人数ではこちらの方が上。
頼みの暗示は効かず、腕を獣化させた二人に怯えた様子の今なら取り返せるかもしれない。
「サクヤを……連れて行った佳人を返せ!」
「あぁ、あなた、昼間の……。あの子ならここにはいないわよ。兄さまがとてもお気に召してね。『だから、諦めなさい』」
俺の存在に今気が付いたかの様子で少女が言う。
再び耳鳴り。しかし、リージェの魔法と、首に掛けた石のおかげか気が遠くなることはない。
すぐに興味を失ったのか、それともフェリシア達を警戒しているのか、視線はすぐに外される。
「行け、カーク! ここは我らが引き受ける!」
「は? ちょ、何? 何で動けますの? 勝手に屋敷に入るなんて、無礼者!」
「貴様の相手は俺様だろう?!」
「キャアアッ!」
少女の意識が俺にないと見たのはフェリシアもらしい。
その言葉に押され、少女と従者の横を駆け抜け屋敷に押し入る。
追いかけようとした少女を二人が止めたのか、短い悲鳴が聞こえた。
「サクヤ! どこだ!? 返事をしてくれ!」
屋敷の長い廊下を、すべての扉を開けながら駆け抜ける。
屋敷の中はどこも果実が腐ったような、不快な匂いが染みついていた。
サクヤの香りもするのに、その出所がわからない。
「サクヤ!」
それを見つけたのは、二階の奥の部屋。
開けた途端にふわりと香る、サクヤの甘い香り。
そして、それに混ざる血と精液の匂い。
そこで何が行われたかは、残り香が物語っていた。
けれど、そこにサクヤはいない。
残されたベッドには、大量の血痕。
――あの子はここにはいないわよ。
――諦めなさい。
外で言われた言葉。
あの女なら、サクヤの居場所を知っているのか?
急ぎ、外に出るとまだ4人は睨み合っていた。
「サクヤをどこにやった!!」
「ハッ、だから諦めなさいと言いましたのに」
「サクヤを返せ!!」
許さない。
サクヤを奪った挙句、怪我を負わせた。
「ひっ……な、なんですの、あなた……。使徒化?」
「カーク、落ち着け! 負の感情に呑まれるな!」
「サクヤを、返せぇぇええええ!!!!」
許さない。
この女だけは、絶対に。
黒い感情で頭がいっぱいになり、わけがわからず暴れた。
我に返った時には、白い光に包まれていて。
首から下げた石が、温かい光を放ったものだと思う。
――戻っておいで。あの子を悲しませたくないなら。
ふと、石からそんな声がした気がして。
そうだ、サクヤの所に帰らなければ。
そう思ったら、光は静かに消えていった。
目を開けると、ほっとした様子のフェリシアとリージェ。
二人の服装もだけど、それ以上に庭や屋敷の玄関はボロボロになっていた。
あの女と従者の姿はそこになく。
サクヤの手がかりは失われてしまった。
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一緒にいない時間が長くなるほど、溝が深まっていく…カークが早くサクヤに会えますように。
いつもありがとうございます(*゚∀゚人゚∀゚*)♪
早く追い付かせたいですね✨
暗示にかかったままのサクヤがカークに会ってどうなるかも心配ですね_(:3 」∠)_
ついに三角関係が始まりますね〜
ますます続きが楽しみです!
ありがとうございますヽ(*´∀`)ノ♪
暗示の影響でカーライルと関係を持ってしまったサクヤは正気に戻った時にどちらを選ぶのでしょうね(*´∀`)
お体は大切にしてくださいね〜
更新されるのおすわりして待ってますので、急がなくても大丈夫…あ、文字数制限は気をつけてくださいね〜
ありがとうございます(´;ω;`)