月下美人は甘露に濡れる

禎祥

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33 冥夜は明け死者は還る(カーク視点)

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 ――いいかい、カーク。ゾンビに遭遇したらね……。

「……いや、ある。方法はある!」

 ふいに思い出した族長の言葉。
 元冒険者だった族長が教えてくれた。
 浄化系の能力など持たない族長が実際に使っていたゾンビ対策は……。

「アンデッドの弱点は、聖属性魔法と、日光。だから、こう、する!」

 夜明けを待ちゾンビが減ってから領主の館に乗り込むというリージェとフェリシアを説き伏せ、駆け出す。
 最初に接敵した1体で、その方法を実践して見せる。
 奴らの動きは基本緩慢だ。俊敏になるのは、獲物を捕食する時。
 俺を獲物とみなし駆けてきた一体を、掴みかかられる直前で横に避け、すれ違いざまに片足を切断して後方に飛び退る。
 足の長さが変わりバランスを崩したゾンビは、地面に倒れもがいていた。

「これで時間を稼ぐ。腕で這う速度は速くないから、距離が開けば諦める」
「なるほど。確かに、一体一体倒す必要はないな」
「頭を落とすんじゃないのか」
「頭を落としたところで、奴らは追いかけてくるぞ、リージェ」
「うぇぇ、気色悪……」

 ゾンビをすべて倒して進むつもりでいたらしいフェリシアは、さっそく近づいてきた他の個体の足を切断する。
 リージェは聖属性の魔法を使えるからか、剣での倒し方は知らないようだ。
 或いは何か別の魔物の倒し方と勘違いしているのかもしれない。

 ゾンビは頭を落としても、頭と胴が別々に動くようになるだけだ。
 倒したと油断すれば胴体に捕まり頭に噛まれ、奴らの仲間入りをすることになると族長に教えられた。
 ともかく、対処方法が有効だと納得してもらえ、領主の別邸にすぐ向かうことに同意してくれた。

「しかし、フェリシア。貴様のその恰好、息苦しくはないのか?」
「うるさい、リージェ。臭いよりマシだ」

 俺も鼻は利くほうだが、フェンリルはもっと嗅覚が鋭いらしい。
 アンデッドの放つ腐臭がよほど堪えるらしく、顔に布を幾重にも巻いている。
 顔の下半分が数倍に膨れ上がったような形状でかなり不格好なのだが、フェリシアはあまり外見を気にしない質(たち)らしい。
 割と美人なのに勿体ない。まぁ、サクヤの方がもっと美人で可憐だがな。

「そんなことより、道はこっちで合っているのか?」
「あぁ。地図で確認したし、臭いが強まっているから間違いない」

 そんなに布を巻いているのに臭いがわかるのか、と思ったが口に出すのは憚られた。
 領主の別邸へと走りながら二人が計画を練る。
 屋敷の正面でフェリシアが騒ぎを起こし、屋敷内の人間とゾンビを引き付ける。
 その隙に身軽な俺と空を飛べるリージェとで屋根からゾンビを生み出している魔素溜まりを探し、浄化魔法を放つ。
 リージェが浄化魔法を放つまでの間、リージェを守るのが俺の役目だ。
 サクヤの救出はその後。

「殺した者たちを遺棄している土地が近くにあるはずだ。まず間違いなくそこが現場だろう」
「浄化魔法を放つのに、どのくらい時間を稼げばいい?」
「1分、と言いたいところだが、囲まれたらあの対処法ではどうにもならんだろう。30秒、いけるか?」
「わかった」

 二人のやり取りには、どこか慣れを感じる。
 森で一人獣を狩っていた俺とは違う。
 気付けば二人に従う形になっていた。

「いいか、貴様の女を助け出すのは、ゾンビ共を蹴散らして安全を確保してからだ」
「もし屋敷の扉がゾンビに破られているようなら、屋敷内の捜索を優先。サクヤとやらを救出して脱出だ」
「すまない、恩に着る」

 ゾンビたちを足止めし、駆け抜けることしばし。
 遠目にもおびただしい数のゾンビに囲まれた屋敷が見えた。
 まず間違いなく、あそこが領主の別邸だろう、とリージェ。
 生前に強い恨みを抱いて死んだ者は、復活後その元へと向かうものなのだそうだ。

「では、手はずどおりに」
「気をつけろよ」
「ああ」

 フェリシアと別れてしばらくすると、金属と金属がぶつかり合うような音が鳴り響く。
 始まったな、と声を潜めるリージェに無言でうなずき、屋敷の塀に飛び乗る。
 リージェも背から翼を生やすと、音もなく屋敷の上空へ飛んだ。

(あいつ……最初から空を飛んでいれば一人で解決できたんじゃ……)

 フェリシアを囮に使う必要も、俺に協力を求める必要もなかったことに今更気付く。
 サクヤを取り返すために協力しろ、というのは俺に貸しを作らない言い訳だったのかもしれない。
 暗黒破壊神とか嘯いているくせに、とんだお人好しじゃないか。
 苦笑いしながら、木の枝を伝い屋敷の屋根に上る。
 リージェは既に詠唱を始めていた。
 屋敷はどこも破られた様子はない。

『――……集え。切り裂け。闇夜を裏切り偽りの太陽を讃えよ。闇の眷属に囚われし魂を解放させよ――』
「!」

 詠唱に集中するリージェに向かい、飛翔する何か。
 それに気づいたと同時に、ナイフを投げていた。
 弓も持ってはいたけれど、構える暇がなかったのだ。
 飛んできたのは鋭い嘴を持つ巨鳥。

「ガアアアアアッ」
『――顕現せよ、光の精霊王。配下を率い闇の軍勢を蹂躙せよ――』
「くっ」

 片目にナイフが命中したが、鳥は痛みすら感じないかのように奇声を上げ向かってくる。
 ナイフは確実に脳天まで到達しているはずなのに、絶命する気配はない。
 奴もまたゾンビか。
 ならば、と翼の付け根を狙い、ナイフを投擲する。
 腐りかけていたのか、翼はあっさりと取れた。片翼を失った鳥は墜ちていく。

『不浄なる地を清め、永久の加護を授けよ――《光の聖地サンクチュアリ》――』

 ……一瞬、だった。
 リージェから目が潰れそうなほど眩い光が放たれたと思ったら、空一面に街を覆うほど大きな円陣を描いた。
 そして、そこから幾本もの光の槍が降り、ゾンビだけを葬った。
 空にはまだ魔法陣がキラキラと輝き、その光の下で次々と、瘴気によって枯れたはずの植物が芽吹くという信じられない光景を生み出す。

「は、はは……ほんと、俺要らなかったんじゃ……」
「何を言うか。貴様があの鳥から守ってくれたおかげで詠唱が完了したのだ。誇るが良い」

 乾いた笑いと共に出た俺の本音に、リージェが真面目な顔で宣う。
 こんな広範囲に及ぶ強力な聖属性魔法、御伽噺でしか聞いたことがない。
 まさか、リージェは伝説の聖竜なんじゃ……?
 割と本気で聞いたのに、「俺様は暗黒破壊神だ」と笑いやがった。
 こんな聖属性魔法を使うお人好しな暗黒破壊神がいてたまるか。

「それよりほら、ここからが本番だぞ。貴様の女を取り返すのだろう?」
「あ、ああ。頼む」
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