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32 不安な作戦(カーク視点)
しおりを挟む「何で、俺に良くしてくれるんだ?」
「「ん?」」
「俺は、見てのとおり獣人だ。お前たち人間が、獣だの魔物だのと見下している存在で、そんなのを助けるなんて」
「何か裏があるって?」
「理由がなければ助けてはならんのか?」
行動を共にする以上、敵か味方かはっきりさせておかなければならない。
そう思って問いただすと、食事のおかわりを用意してきてくれたクロエにも話が聞こえたようで、バカ言ってんじゃないよ、と頭を叩かれる。
「あたしだってほとんど人間だけどね、この街の人間の、獣人を見下す態度には腹が立って仕方がない。人間が獣人を助けたらいけないってのかい? 二人はあんたをそのまま放っておくことだってできたんだ。まずはお礼だろ?!」
「あ、ああ。すまない。恩に着る」
ドン、と音を立てて水差しを置くクロエ。
気圧されて、そういえばまだ礼を言っていなかったと思い返す。
そんな俺に、二人は気にするなと笑う。
「あんたも、獣人ってだけで辛い目に遭ってきたんだろう。けどね、親切を素直に受け取れなくなっちゃいけないよ。この二人は、あんたを本気で心配して、何時間も呼びかけてたんだよ」
「お、女将。それは言わなくていいと……!」
フェリシアが顔を真っ赤にして慌てている。
嘘を吐いている様子はない。
信じて、良いのだろうか。
じっと見ていると、水を飲み一息ついた男が声を上げる。
「人間が信じられないと言うなら安心しろ。俺様もフェリシアも人間ではない。な、フェリシア」
「ああ。我々は、幻獣だ。今は人間の姿に化けてはいるが、な」
本当の姿に戻ると部屋を壊してしまう、と二人は体の一部だけを変えて見せた。
リージェは、背に蝙蝠のような白銀の羽。そして、キラキラと輝く白銀の鱗が腕に現れる。
フェリシアは、ふさふさの白く長い尾。そして、少し丸みのある三角の耳を頭から生やす。
「私はフェンリルのフェリシア。古き神に仕えた祖先を持つ誇り高き血族だ。そしてリージェは、ドラゴンだ」
「この姿だと竜人と間違えられるが、正真正銘の竜だ。何故助けるのかと聞いたな。ノブレス・オブリージュ。貴様ら弱者を救うのは高貴なる者の務めだ。気にせず助けられていろ」
「だから、どこの言葉だそれは」
驚いた。
幻獣は、獣人の祖と言われている原始の知性ある生き物だと族長に教えられた。
不思議な力を自在に操る、神に近い存在。
神話の時代にいたとされる伝説の生き物。
もはや御伽話の中だけとなっていた存在が、今、目の前にいる。それも、二人も。
「信じる気になったか? ん?」
「さて、お姫様を助けに行きますかね」
「あんたたち、無茶するんじゃないよ。死んだらあの子も悲しむからね」
外見を人間に戻した二人が、立ち上がる。
二人の正体に驚き固まっていたクロエも、今度は止める気はないらしい。
幻獣というのはそれだけ強力な戦力なのだ。
「ところで、領主の下に強力な暗示をかけられる者がいるならば、対策が必要だな、フェリシア?」
「うむ。……そうだな、お前からケットシーの匂いがする。何か祖先から受け継いだものを持っていたりするのか?」
「祖先から? いや……」
ない、と言いかけて思い出した。
ケットシーの像に祈りを捧げた時に出てきた石を、サクヤが俺に持っていろと渡してきたのだった。
「もしかして、これか?」
「そうだ! こんな強力な加護のかかった物をどうして身に着けない? リージェ、加工してやれ」
「ふん、貸せ」
空間スキルで仕舞ったままだったそれを手のひらに出すと、フェリシアが目を瞠る。
幻獣が驚くほど凄い物だったのか。
これを身に着けていれば、サクヤを奪われずに済んだのか?
考えている隙にリージェが石を奪い、透明なクリスタルのような箱に入れて返してくる。
片方の先端には紐通しがついていた。
「首にかけているチェーンに一緒に着けていろ」
「すまない」
「それと、念には念を入れて……『光よ、この身に纏いて悪しき念により降りかかるあらゆる害を弾き返す鎧となれ――《聖銀の鎧》――』」
リージェの手のひらから光があふれ、俺たちの周りをぐるぐると回る。
あまりの眩しさに一瞬目を閉じ、瞼越しに感じる光が消えてから目を開けると、三人の体がうっすらと光っていた。
「さて、これで準備はいいだろう。行くぞ」
「いや、待て待て待て、リージェ」
「何だフェリシア」
「何だじゃない! これから領主の屋敷に侵入するというのに、何だこれは! こんな光っていたんじゃ、こっそり忍び込むなどできないではないか!」
「ふん、こそこそ忍び込むなど、俺様の性に合わん。正面から堂々と! それこそが強者のあり方だ!」
狂者の間違いじゃないだろうか。
「本当に大丈夫かい?」
クロエまで不安げだ。
だが、暗示のような精神攻撃に対抗するのにこれ以上の守りはないと自信たっぷりに胸を張るリージェ。
神に匹敵すると言われる存在なのだから、効果がないということはないだろう。
クロエに領主の館の位置を教わり、急いで向かう。
「ん? 何だ?」
「霧か? ……うっ! 臭い……!」
「何かいるな……あれは……ゾンビ!? 何故まだいる?!」
領主の館に向かっていると、靄で視界が悪くなり、腐臭が漂ってきた。
フェリシアは、臭すぎて堪らんと鼻を抑えている。
ゾンビは一昨日サクヤが浄化し倒れたはず。回収し損ねた死体があったのだろうか。
『光よ、死してなお死に切れぬ弱きものの恨みを打ち消し導く慈雨となれ――《浄化の光雨》――』
リージェの掌から放たれた光が、幾重にも別れ空を走る。
光はそのまま雨のように降り注ぎ、蠢いていたゾンビを撃ち抜く。
光に穿たれた死体は、もう動くことはなかった。
しかし、一度は晴れた靄がまた広がってくると、新手のゾンビがやってくる。
「チッ、キリがないな。フェリシア、詠唱の時間を稼げるか?」
「できる……いや、無理だ。鼻が曲がる」
「チッ。役立たずめ」
「何だと!? 普段、暗黒破壊神を名乗っては要らん面倒を呼び込む貴様のフォローを誰がやってると……!」
「二人とも静かにしろ! 気付かれるだろ!」
幸いにしてゾンビに気付かれず、向かってくるやつ以外は素通りできた。
館に近づくほどにゾンビの数が増えていく。
クロエが言っていた。
ゾンビは領主に連れていかれた者のなれの果てだと。
なら、その領主の元に連れていかれたサクヤは?
「落ち着け。領主が佳人を集めているのは、ゾンビによって生じた瘴気を浄化するためであろう? 貴様の女が役目を拒まない限り、殺されはしない。まだ時間はある」
「それはつまり、今夜サクヤが領主に抱かれている可能性に祈れと?」
「……いずれにせよ、夜明けまでは無事でいるだろう」
佳人が無事に夜明けを迎えるということ。
それが意味するところなど一つしかない。
ギリ、と噛みしめた唇から、血の味が広がった。
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