月下美人は甘露に濡れる

禎祥

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31 怪しい協力者たち(カーク視点)

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「……い、おい! 聞こえるか? しっかりしろ!」
「……あ……ここ、は……?」
「よし、ようやく目が覚めたか」

 目の前で幾度も手を叩き、呼びかける声。
 それがだんだんとはっきりしてきた時、目の前には見知らぬ男女が立っていた。
 場所も、屋内のようだ。

 カシと別れた河原にいたはずなのに、一瞬で移動したというのか?
 いや、開けられた木窓からは空をオレンジに染めながら沈もうとしている日が見える。
 いったい、どれだけの時間意識が飛んでいたのか。

「おい、シャキッとしろ。それと、ここはネイティアの宿屋だ」
「獣人が泊まれる宿はここしかないのでな、質素なのは我慢しろ」

 長い白髪を後ろで一つに結んだ女が、先ほどの俺の独り言のような疑問に答える。
 そのやや後ろで仁王立ちした黒髪の男が言うように、ベッドの他は小さな棚しかない部屋だ。
 ネイティアで獣人が泊まれる唯一の宿。確かに、記憶の中の百花亭と室内が一致する。

「それで、いったい何があった?」

 男のような言葉遣いの女。
 軽装ではあるが、要所を守る革鎧と、隙を見せない所作から察するに二人とも冒険者だろう。

 ――いいか、カーク。人間の冒険者ほど警戒するんだよ。彼らは人間社会ですら馴染めなかったはぐれ者だ。まともな人間は冒険者になどならない。

 族長の言葉が頭をよぎる。
 そうだ。何の理由もなく人間が獣人を助けるわけがない。
 ましてや、黒髪の男の服装は上から下まで黒だ。
 黒は使徒の色だと忌避されているというのに。
 その黒を、好んで身に着ける人間だ。どんな性格かなど推して知るべし。

「ん? ああ、この服が気になるか? 素晴らしいだろう。高貴な俺様によく似合っていると思わんか?」
「リージェ、貴様の服装自慢はうんざりだ。それに、今はそんな話をしていない」
「なんだと、フェリシア。俺様の聖女が俺様のために創った服だぞ!? 自己修復機能と清浄機能がついて、ずっと着たままでも清潔なままいられる優れものだぞ?!」
「うるさい、黙れ。耳元で喚くな」

 俺の存在を無視して、言い合いを始める二人。
 だが、その言葉の端から得られた情報もある。
 黒づくめの男の名がリージェ。白い女の名がフェリシア。教会の関係者らしい。

 白を貴ぶ教会の聖女が黒い服を作るというのが疑問ではあるが。
 使徒が崇める暗黒破壊神に仕える女は魔女と呼ばれるそうだから、少なくとも使徒ではない。
 使徒と間違えられる服装は、何か意図があるのかもしれない。

「話を戻すが、貴様は河原で蹲っていた。誰かに強力な暗示をかけられた状態でな。そのままでは危ないと判断しここに連れてきたわけだ」
「暗示を解いたフェリシアに感謝をしつつ、誰に、何て言われたか覚えている限り話すがいい」

 じゃれ合いをやめて二人が俺に向き直る。
 暗示? 誰……そう言えば、誰かに何か言われたような……?
 つい先ほどのことのはずが、思い出せない。
 何か大切なものを忘れているような。
 記憶を辿っていると、控えめにドアが叩かれた。

「食事を持ってきたんだけど、食べられそうかい?」
「ああ、女将、ありがたくいただこう」
「それで、そっちの……あんた、あの子はやっぱり連れていかれちまったのかい?」
「あの子?」

 入ってきた女性――クロエに、フェリシアが応じる。
 食事と水差しの乗ったトレーを渡したクロエは、憐れむような目を俺に向けた。
 クロエの言葉に、連れがいたのかとリージェが反応する。
 リージェの問いに答えたのは、俺ではなくクロエ。

「ああ。どこか具合が悪いのか、ずっとその子が抱いててね。顔色は悪かったが、綺麗な子だったよ。最初、顔を隠してたから犯罪者じゃないかって疑ったのに、笑って許してくれてね。今時珍しいくらい礼儀正しい子だった。街で佳人が見つかったって騒いでたから、まさかとは思ったけど。でも、その様子じゃぁ……ね」
「そうだったか……それで、佳人はどこに連れていかれるか知っているか?」
「恐らく、領主の別邸じゃないかね。あそこは、領主が佳人を探しているってお触れが出る前から若い女の子が集められては、死体になって出てくるって話さね」
「死体とは、穏やかじゃないな」

 ぼんやりと話を聞いていたが、だんだんと記憶がはっきりしてくる。
 そうだ。サクヤだ。
 あんなに大切な存在を、何故一瞬でも忘れていたのか。
 ふらつきながら立ち上がると、二人が立ちふさがる。

「おい、どこへ行く」
「サクヤを、助けに。サクヤが連れていかれる時、俺は何もできなかった……」
「強い暗示をかけられていたのだ。無理もない」
「相手は領主だよ。行ったら、獣人のあんたは殺されちまうよ。そんなこと、あの子だって望まないだろう」

 クロエまで、無理だと止めようとする。
 確かに、俺は獣人で、最下層の存在だ。
 そして、敵は領主。
 ひとこと命じれば俺の首など容易く飛ばせるだろう。配下がどれほどいるかもわからない。
 それでも。

「それでも、行かなければ……俺は、俺を許せない!」

 連れ去られる時、俺の名を呼ぶサクヤに何の反応も返せなかった。
 それがどれだけサクヤを不安にさせているだろう。
 守ると誓った。大切にすると。二度と傷つけさせないと。
 それなのに容易く奪われてしまった。

「ふむ。ならば、我らも手を貸そう」
「愛する女を取り返すか。血が滾るな。だが、まずは腹ごしらえだ。腹が減っては戦はできぬと言うだろう? ほら、貴様も食え」
「どこの言葉だ。だが、リージェの言うとおりだ。食って力をつけろ。そんなふらついていては、戦う前に倒れるぞ」

 俺を手助けするのが当然のように二人は言う。
 一体何を企んでいるんだ。
 嘘を吐いているようでもないし、真意がわからない。
 けれど、目の前でガツガツと肉を食べる二人は、食べながら作戦会議だ、などと言い出し、俺を食事の前に座らせたのだった。
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