月下美人は甘露に濡れる

禎祥

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30 魔猫は花を弄ぶ *

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「はな、して……」
「あら? まだ抵抗できるなんて、頑張りますわね」

 ふわり、ふわりと女の子は僕を担いだまま跳ぶ。
 木の枝から枝へと飛び移りながら、どこかに向かっている。
 凄い速さで景色が変わっていくのに、何故か他人事のように感じる。
 まるで、テレビでも見ているかのように。

「でもね、『お人形さんになった方が楽』よ? 『あなたはこれから兄さまの玩具になるの』だから」
「なに、を……?」

 また耳鳴り。
 頭がくらくらして、意識が飛びそうだ。
 女の子が何かを言っているのだけれど、何を言っているのか解らない。
 聞こえているのだけど、内容を認識できないのだ。

「兄さまには佳人が必要なの。だけど、兄さまったら、すぐに壊してしまうの。きっと暴れるのが気に入らないのね。あなたも、お人形さんになっていれば、少しは大事にしてもらえるかもしれなくてよ」
「ぅ……」
「だから、『あなたは兄さまのお人形。兄さまにされることは何でも嬉しいと思うの』。ね、これはあなたのためでもあるのよ?」

 くすくすと、頭の中で笑い声が響く。
 気付けば、街の中に入っている。
 屋根から屋根へと跳ぶ女の子に、街の人たちは気づいていないみたいだ。
 そうして、街の中でも一際大きなお屋敷へと女の子は入っていった。

「兄さま、兄さま。佳人を連れてきたわ」
「グルルルル」
「そう、気に入ってくださったのね。嬉しいわ、兄さま」

 弾む女の子の声に答えるのは、獣の低い唸り声。
 首を絞められていると錯覚するほど、空気が澱み息苦しい部屋に、女の子は僕を運び込む。
 ズタズタに裂けたベッドに横たえられ、ぼんやりと壁の巨大な爪痕を眺めていると、唸り声の主だろうか。
 人間の倍はあろうかという巨大な獣の影が現れた。

「ガルルルゥ」

 ボロボロのカーテンが揺れ、光が差し込む。
 猫、というにはあまりにも醜悪な姿。
 昔読んだ化け猫の本の挿絵よりも、禍々しい。
 耳まで裂けた口からは涎が滴り、淀んだ黒い目は爛々と狂気を帯びる。

 僕はここで死ぬのかもしれない。
 そんな感覚ですらどこか他人事で。
 少女に兄さまと呼ばれていた人型の獣が横たわる僕にのしかかり、首元に鼻を寄せる。
 スンスンと臭いを嗅がれ、荒い鼻息が首をくすぐる。

「ふふ、兄さま、リゼはまた次のお人形さんを探しに行きますわね。どうぞ、楽しんで」

 リゼと名乗った少女は、ニタリと笑うと部屋を出て行った。
 それを合図にしたかのように、僕の服が皮膚ごと引き裂かれる。
 大型獣の大きく開かれた顎が、僕の首に突き立てられた。

「うあっ! ああああ!」

 口から溢れる悲鳴も、自分の声じゃないみたいで。
 意識にずっと霞がかかっているのは、ある意味幸運だったのかもしれない。
 こんな、生きたまま引き裂かれ、喰われるなど、きっと正気のままじゃ耐えられない。
 獣が肌をなぞる度に、肌に爪痕が刻まれ血が流れる。
 獣はそれを、音を立てて舐めている。

「グルルルルルル」

 どこか満足そうに喉を鳴らす様は、やっぱり猫科の動物なんだ。
 なんて思った次の瞬間、腰を持ち上げられ、いきなりお尻に何かが入ってくる。
 何か、なんて、結合部が丸見えで、それが獣の性器だと嫌でもわかってしまう。
 カークのものより、熱くて、太くて、長い。

「あ、ああ、や、やだ、やだぁああ! 抜いてっ! 抜いてよぉ……」
「グルルルルルル」


 相変わらず抵抗らしい抵抗ができない。
 カーク以外の人なんて嫌なのに。
 何度も丁寧に快楽を教え込まれたそこは、獣のものによる刺激でも熱を集め始めてしまう。
 カークにすら触れられたことのない最奥まで一気に突かれ、入口まで抜けてはまた最奥を押される。

「や、あっ、んっ……なんで……やだぁ、あっ、はぁ、あっ」

 貫かれるたびに、お腹がボコりと膨らむのが見える。
 乱暴に体を揺すられているというのに、それすら気持ちよくなっていく。
 獣のものが膨らみ、棘皮が開く。
 そのまま抜き差しをされ、気持ちよくなってしまうしこりを棘皮が刺激していく。
 痛みすら、気持ちいい。

「あっ、んぅ……や、だぁ……」

 こんなの嫌なのに。
 獣は僕の胸を、腹を、背を、爪で切り裂いてはザラザラの舌で血を舐め啜る。
 その刺激ですら、もはや快感として拾ってしまう。
 無理やり高められた熱を逃がしたくて伸ばした手は、人型の獣によってベッドに縫い留められてしまった。

「や、あっ、ん、ぁあああっ!」
「フーッ、フーッ」

 自分の喘ぎ声と、獣の荒い吐息が混ざり合う。
 散々種付けされて、達して敏感になった最奥を更に突かれてはまた種付けされる。
 絶え間ない絶頂はもはや苦痛でしかない。
 脳が焼けきれるほどの快楽に、視界がチカチカと明滅して。

 意識が飛んでも、戻っても、快楽地獄は終わらなくて。
 ただ、気のせいだろうか。
 自分を抱く獣の容姿が、だんだん変わってきているような?

 黒かった体表はやがて輝くような白銀に、狂気を宿した黒い瞳は優しさを湛えた青色に。
 毛むくじゃらから、人の姿へ。
 その姿は、僕に愛を教えてくれた……――。

「かぁ、く……?」

 最奥を突かれながら、愛しい猫の名を呼ぶ。
 ぼんやりと、その瞳を見上げると、深い口付けが落ちてくる。
 あぁ、やっぱりカークだ。
 乱暴に揺さぶるだけだった獣とは違う。
 気が付けばいつもの、体調を気遣うようなゆっくり丁寧な愛撫に変わっている。
 彼はいつだって、僕を傷つけたくないと、少しねちっこいエッチをするのだ。

「ん、あ……カーク、もっと……」

 蕩けた頭でねだると、彼はいつものように応えてくれる。
 深く深く口付けて、ゆっくりとピストンを再開する。
 ぎゅっと抱きしめ合って、蕩け合って、一つになる。
 なんて幸せなのだろう。
 体力がない僕は、熱を放つと同時に再び意識を手放した。
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