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27 花の蜜は呪いを祓う
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魚人族の現状を知って、何とかしてあげたい気持ちは確かにある。
けれど、僕の勘違いじゃなければ、皆が祈りを捧げている像から出ている水、聖水と呼ばれるものに僕の精液をかけるよう言われている。
恥ずかしいし、恐ろしい。
戸惑って首を縦に振れずにいると、カシさんが祈る人たちの中の一人を指す。
「あそこで祈っているのは、私の妻です」
「!」
「御子様をお迎えできましたので、自決するのは待ってもらっていますが、先週自決した娘の元へ行きたいと泣いておりました。御子様が現れた喜びと感謝は勿論ありますが、何故、もっと早く来てはくださらなかったのかという気持ちもまた、私たちの内にあるのです」
カシさんが握りしめた拳から血が滴る。
これまでどんな気持ちで僕らに接していたのだろう。
怒り? 悔しさ?
そんな感情など微塵も感じさせずに、カシさんは努めて丁寧に接してくれていた。
祈っていた人たちが、カシさんの血の匂いに反応して歯を剥き出しに飛び掛かってきた。
その腕に繋がれた鎖に引っ張られ、プールからは上がれずに水面からカチカチと鋭い歯を鳴らして睨んでいる。
その中には、カシさんの奥さんだという人もいた。
これが、使徒化。
さっきまで、普通の人のように祈っていたのに。
僕らを獲物としか見ていない。
その現実が、とても恐ろしく、悲しい。
シャーッ、と威嚇するような音がこちらに向けられるたびに、何だか気が遠くなるような感覚までする。
ケットシー様たちの像があったさっきの神殿と違い、こっちの神殿は空気が重く、濁っている。
呼吸が苦しく感じるのも、きっとこの空気のせいだろう。
「私たちには、もう時間はないのです」
「……聖なる水って、何のことだかわかっているのか?」
「恐らくは、ウンディーネ様の水甕から出る水でございましょう。あれは、汲み上げているのではなく、ウンディーネ様の奇跡によって何もない器から何千年も絶えることなく滾々と湧き出ているのでございます」
「あの、蜜って、涙とか、血でも良いんですかね? 量はどのくらいとか? 言い伝えを疑う訳ではないですけど、解釈が間違えている可能性がゼロではないなら、器に汲んで少しずつ試すとかどうでしょう?」
聖なる水にアレを混ぜるとか、罰当りにもほどがあるよ?
時間がないのも理解はできるけど、だからこそ失敗は許されない。
聖水が汚されたり、そのせいで枯れるようなことがあればそれこそ取り返しがつかない。
「血って、サクヤの肌に傷をつけるなんて……!」
「大丈夫。僕だって男だもの。ほら、傷は男の勲章って言うでしょ? それでここの人たちが助かるなら、大したことないよ」
僕が血を流すことに、カークさんは大反対だったけれど。
状況が改善されるなら多少時間がかかってもいいとカシさんが折れてくれて、まずは血から試すことになった。
コップで水甕から流れる水を受け、ナイフで傷をつけた指を浸ける。
流血はすぐに水に溶け、同時に出血は水に圧されて止まる。
見た目には水に血が混じってるなんてわからないくらいだけど、これで本当にどうにかなるのだろうか?
「サクヤ、痛くはないか? すぐに手当てを」
「大丈夫だって。そんなに深く切ってないもの。もう血だって出てない」
心配して指を布でぐるぐる巻きにするカークさん。
ぎゅって圧迫されると、少しの痛みと共に血が滲み出る。
大騒ぎするカークさんを横目に、僕はコップをカシさんに渡した。
「これでダメなら、次はもう少し血の量を増やしてみましょう。方法も、かけるのと飲ませるのと、両方試すとか」
「御協力、ありがとうございます。御子様が今夜あなたを抱く際には、是非他の体液もお願いします」
「だっ……!」
まだ諦めてなかった!
カークさんも、それなら、とか頷いてないでよ!
恥ずかしさに絶句した僕に、にこりと笑顔を向けるとカシさんは奥さんの傍に行く。
カシさんの奥さんは、血の匂いに反応しているのか、腕を振り上げカシさんの方へ伸ばしながら、威嚇音を出し、歯を鳴らしている。
「さぁ、これを飲んでみなさい」
振り回す腕をカシさんは見事に抑え込み、奥さんの口にコップの水を注ぐ。
カシさんが噛みつかれたりしないだろうかとヒヤヒヤしていたけれど、どうやら杞憂だったようだ。
しばらくそのまま様子を見ていると、体色はそのままだけれど、焦点が合ってなかった瞳がだんだんカシさんをしっかりと捉えるのがわかった。
そういえば、目の色も、黒から青に変わってる。
「あら……? 私、いったい……」
「カラ! 良かった! あぁ、ウンディーネ様……感謝します!」
正気を取り戻した奥さんを、カシさんが抱きしめる。
どうやら、血でも効果があったようだ。
良かった。本当に、良かった。
ホッとしたら、体から一気に力が抜ける。
「サクヤ、お前、また……」
「へ? カーク、何で、勃って……」
ふらついてプールに落ちそうになった僕を、カークさんが抱き止めてくれた。
お礼を言おうとしたら、切なそうな表情で顔を赤らめるカークさんと目が合う。
そして、僕の太ももに、カークさんの熱を持った膨らみが当たる。
今のどこにそんな要素があっただろうか。
不思議に思う僕の耳元で、「香りが」って呟くカークさん。
「ふむ、これが……花人と呼ばれるのも納得の香りですな……しかし、これは少々いけない気持ちになってしまう。御子様、どうぞお部屋に」
「あ、ああ。そうさせてもらおう」
「わっ!?」
カシさんが鼻を抑えながら言うと、カークさんが僕を抱え上げた。
そのまま足早に最初の部屋に向かう。
部屋を出る際に、「神殿を浄化してくださってありがとうございます。これで数日はもつでしょう」とカシさんにお礼を言われた。
神殿の、浄化?
僕がやったのって、奥さんに血を分けたくらいだよね?
混乱しているうちに、カークさんにベッドにそっと下ろされていた。
けれど、僕の勘違いじゃなければ、皆が祈りを捧げている像から出ている水、聖水と呼ばれるものに僕の精液をかけるよう言われている。
恥ずかしいし、恐ろしい。
戸惑って首を縦に振れずにいると、カシさんが祈る人たちの中の一人を指す。
「あそこで祈っているのは、私の妻です」
「!」
「御子様をお迎えできましたので、自決するのは待ってもらっていますが、先週自決した娘の元へ行きたいと泣いておりました。御子様が現れた喜びと感謝は勿論ありますが、何故、もっと早く来てはくださらなかったのかという気持ちもまた、私たちの内にあるのです」
カシさんが握りしめた拳から血が滴る。
これまでどんな気持ちで僕らに接していたのだろう。
怒り? 悔しさ?
そんな感情など微塵も感じさせずに、カシさんは努めて丁寧に接してくれていた。
祈っていた人たちが、カシさんの血の匂いに反応して歯を剥き出しに飛び掛かってきた。
その腕に繋がれた鎖に引っ張られ、プールからは上がれずに水面からカチカチと鋭い歯を鳴らして睨んでいる。
その中には、カシさんの奥さんだという人もいた。
これが、使徒化。
さっきまで、普通の人のように祈っていたのに。
僕らを獲物としか見ていない。
その現実が、とても恐ろしく、悲しい。
シャーッ、と威嚇するような音がこちらに向けられるたびに、何だか気が遠くなるような感覚までする。
ケットシー様たちの像があったさっきの神殿と違い、こっちの神殿は空気が重く、濁っている。
呼吸が苦しく感じるのも、きっとこの空気のせいだろう。
「私たちには、もう時間はないのです」
「……聖なる水って、何のことだかわかっているのか?」
「恐らくは、ウンディーネ様の水甕から出る水でございましょう。あれは、汲み上げているのではなく、ウンディーネ様の奇跡によって何もない器から何千年も絶えることなく滾々と湧き出ているのでございます」
「あの、蜜って、涙とか、血でも良いんですかね? 量はどのくらいとか? 言い伝えを疑う訳ではないですけど、解釈が間違えている可能性がゼロではないなら、器に汲んで少しずつ試すとかどうでしょう?」
聖なる水にアレを混ぜるとか、罰当りにもほどがあるよ?
時間がないのも理解はできるけど、だからこそ失敗は許されない。
聖水が汚されたり、そのせいで枯れるようなことがあればそれこそ取り返しがつかない。
「血って、サクヤの肌に傷をつけるなんて……!」
「大丈夫。僕だって男だもの。ほら、傷は男の勲章って言うでしょ? それでここの人たちが助かるなら、大したことないよ」
僕が血を流すことに、カークさんは大反対だったけれど。
状況が改善されるなら多少時間がかかってもいいとカシさんが折れてくれて、まずは血から試すことになった。
コップで水甕から流れる水を受け、ナイフで傷をつけた指を浸ける。
流血はすぐに水に溶け、同時に出血は水に圧されて止まる。
見た目には水に血が混じってるなんてわからないくらいだけど、これで本当にどうにかなるのだろうか?
「サクヤ、痛くはないか? すぐに手当てを」
「大丈夫だって。そんなに深く切ってないもの。もう血だって出てない」
心配して指を布でぐるぐる巻きにするカークさん。
ぎゅって圧迫されると、少しの痛みと共に血が滲み出る。
大騒ぎするカークさんを横目に、僕はコップをカシさんに渡した。
「これでダメなら、次はもう少し血の量を増やしてみましょう。方法も、かけるのと飲ませるのと、両方試すとか」
「御協力、ありがとうございます。御子様が今夜あなたを抱く際には、是非他の体液もお願いします」
「だっ……!」
まだ諦めてなかった!
カークさんも、それなら、とか頷いてないでよ!
恥ずかしさに絶句した僕に、にこりと笑顔を向けるとカシさんは奥さんの傍に行く。
カシさんの奥さんは、血の匂いに反応しているのか、腕を振り上げカシさんの方へ伸ばしながら、威嚇音を出し、歯を鳴らしている。
「さぁ、これを飲んでみなさい」
振り回す腕をカシさんは見事に抑え込み、奥さんの口にコップの水を注ぐ。
カシさんが噛みつかれたりしないだろうかとヒヤヒヤしていたけれど、どうやら杞憂だったようだ。
しばらくそのまま様子を見ていると、体色はそのままだけれど、焦点が合ってなかった瞳がだんだんカシさんをしっかりと捉えるのがわかった。
そういえば、目の色も、黒から青に変わってる。
「あら……? 私、いったい……」
「カラ! 良かった! あぁ、ウンディーネ様……感謝します!」
正気を取り戻した奥さんを、カシさんが抱きしめる。
どうやら、血でも効果があったようだ。
良かった。本当に、良かった。
ホッとしたら、体から一気に力が抜ける。
「サクヤ、お前、また……」
「へ? カーク、何で、勃って……」
ふらついてプールに落ちそうになった僕を、カークさんが抱き止めてくれた。
お礼を言おうとしたら、切なそうな表情で顔を赤らめるカークさんと目が合う。
そして、僕の太ももに、カークさんの熱を持った膨らみが当たる。
今のどこにそんな要素があっただろうか。
不思議に思う僕の耳元で、「香りが」って呟くカークさん。
「ふむ、これが……花人と呼ばれるのも納得の香りですな……しかし、これは少々いけない気持ちになってしまう。御子様、どうぞお部屋に」
「あ、ああ。そうさせてもらおう」
「わっ!?」
カシさんが鼻を抑えながら言うと、カークさんが僕を抱え上げた。
そのまま足早に最初の部屋に向かう。
部屋を出る際に、「神殿を浄化してくださってありがとうございます。これで数日はもつでしょう」とカシさんにお礼を言われた。
神殿の、浄化?
僕がやったのって、奥さんに血を分けたくらいだよね?
混乱しているうちに、カークさんにベッドにそっと下ろされていた。
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