月下美人は甘露に濡れる

禎祥

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25 神の猫と、黒の使徒

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「カークが神様の子孫って……じゃあ、何でこんなに差別されているの? 何で簡単に殺すって言えるの? おかしいよ!」
「……どうやら、あなたは普通の花人とは違うようですな」

 カシさんが僕の言葉に初めて反応した。
 深海のような青い眼が、真っすぐに僕を見ている。
 それから、僕の憤りを諭すかのように、静かに話し始めた。
 カシさんたち魚人族が語り継ぎ、守り続けた、今ではもう陸上の人々に忘れ去られた真の歴史。

「かつて、精霊族と人族との間で大きな戦争がありました」

 それは今から何千年もの昔の話。
 この世界は、神々の対立により一度滅びかけた。
 リアマンティーネ様に仕えていた神獣、双子のビッグ・イアーが反旗を翻したのだという。
 世界は双子神が生み出した魔物で溢れ、瘴気に呑まれ、崩れ始めた。

「この世界は、リアマンティーネ様が生命を守るために造った結界の内側。祖霊ウンディーネ様はこの世界を箱舟と呼びました」

 外側の世界は滅び、箱舟だけが残った。
 箱舟の創造で力を喪い永い眠りに就いたリアマンティーネ様に代わり、箱舟の管理者となったのは、その神獣であったケットシー。
 しかし、外側の世界を滅ぼす原因となった双子も箱舟に侵入していた。
 ケットシーは、もう一匹の神獣フェンリルと共に双子を倒さんと立ち上がる。

「双子神との戦いに集中するため、ケットシー様は世界を5つの領域に分け、その管理権限を譲渡されました」

 管理を任された者が、それぞれ王としてその土地に君臨したそうだ。
 気候の変化が少ない中央の大地には、人族の王。
 一年中雪と氷に閉ざされた極寒の北の大地には、フェンリルの子供たち。
 ここネイティアを含む小さな島々で構成された西の海域には、水の精霊ウンディーネ。
 灼熱の火山と炎の運河で構成された南の大地には、火の精霊。
 東の大地、風の柱で断絶された原始の森・ブルムには、森の乙女と玄鹿。

「げんろく?」
「1000年生きて精霊化した鹿ですな。彼もまた神獣と言って差し支えありませぬ。森の乙女もまた森から生まれた精霊で、生と死と豊穣を司っております」

 花人は人間というよりは、玄鹿たち森の精霊に近い亜人らしい。
 僕、いつの間にか亜人になってた……。

「花人について知りたければ玄鹿に聞けばよろしいでしょう。私より、かの王の方が詳しい」

 僕たちが目指しているブルムに今も君臨しているはずだとカシさんは言う。
 話が逸れてしまったと、カシさんが説明の続きに戻る。

「神々の争いは、やがて精霊族と人族による代理戦争となりました」

 双子神は領土を拡大したがっていた人間を味方につけ、精霊が治める他の土地へ攻め入った。
 強大な力を持つ精霊たちは、人間の数の力の前にやがて力尽きていき、人間が箱舟のすべてを掌握した。
 敗者である精霊族は魔物の糧とされるか、人間に使役されるか。
 精霊族と人間が交わって生まれた亜人は、精霊族の劣等種として更に酷い扱いをされたそうだ。
 魔物を生み出した双子神が本来の神様であるリアマンティーネ様やケット・シー様を差し置いて信仰の対象となっているのは、代理戦争で双子神を信仰する人間が勝ったからなんだろう。

「精霊族の血を受け継ぎ、強大な力を持つ亜人を、ニンゲンは恐れております。それ故支配下に置き、制御したい。いざという時利用できるよう、数も減らしたくない。そうして出来上がったのが亜人保護区なのです」
「恐れと支配は違くないか? それに、奴らからはいつも見下されていたが」
「それは、使徒化が原因でしょうな」
「使徒化?」

 ギルドでも聞いた言葉だ。
 話の腰をまた折ってしまうが、教えて欲しい。
 そう頼むと、カシさんはカークさんの頭をチラ、と見た。
 カークさんがその視線に気づき、ああ、と口を開く。

「この髪色は、生まれつきだ。使徒化するならもっと早くなっている」
「……精霊族や亜人が瘴気に侵され魔物に堕ちることを、そう呼びます。亜人は精霊族ほどではありませんが、瘴気の影響を受けやすい。魔物になると、理性を失いますから……」

 カークさんは以前、魔人という言葉で説明していたけれど、一般には使徒化というらしい。
 使徒化すると、見境なく他者を襲う獣以下の存在として、討伐対象となる。
 そして、魔物や魔人を操り世界を滅ぼそうとした『暗黒破壊神』とかいう邪神もいるらしい。

 暗黒破壊神は、倒されても数百年に一度の周期で復活し、破壊と虐殺の限りを尽くす。
 暗黒破壊神の支配下にある魔物や、暗黒破壊神に心酔し復活を早めようとする者たちを使徒と呼ぶようになったそうだ。
 それが、いつからか魔物全般を使徒と呼ぶようになり、魔物化することを使徒化すると言うようになったのだとか。

「えっと、つまり、人間たちの神様が双子神で、亜人たちの神様がリアマンティーネ様やケット・シー様で、魔物や魔人の神様が暗黒破壊神?」
「正確には、人間の管理下にない亜人の信仰対象がケット・シー様ですね。長く人間の管理下に置かれた保護地区では、双子神が信仰されていると聞きます」
「そうだな、確かに、集落の祭壇には双子の像があったな。こんな獣の姿ではなかったが」

 カークさんの集落では、少年と少女の姿をした像に祈りを捧げていたという。

「それは、双子神が人間の前に顕現した際の姿ですな。それに、魔人のすべてが暗黒破壊神を信仰しているわけではないでしょうし、人間にも使徒はおります。魔物化そのものを使徒化と呼ぶようになったというだけですな。そして、使徒化の特徴として、体色が黒くなるというものが挙げられます」
「だから、体のどこかに黒が入っている奴は嫌われてるし、使徒化する前に殺せなんて言うのもいる。例外は佳人くらいだな。佳人は放っておけば死ぬし、手に入れれば力を得られる」
「そんな……」

 カークさんの髪や耳、尻尾は黒に近い焦げ茶だ。
 生まれつきって言ってた。
 亜人であることに加えて、体の特徴で差別されるなんて。
 きっと小さい頃から酷いことを言われたり、冷たい視線を浴びせられたり、暴力だって受けてたかもしれない。

「そんなのって、酷いよ……カークは優しいのに。見た目で判断して、酷いこといっぱい言って、殺そうとするなんて……」
「サクヤ……」

 それなのに、カークさんは会ったばかりの僕を助けようとしてくれた。
 何で、みんなカークさんの優しい部分を知ろうとしてくれないんだろう。
 カークさんのこれまでの人生を想うと悲しくて、悔しくて。
 涙が勝手に溢れて止まらない。
 カークさんさんは、そんな僕を抱きしめると耳元で小さく「ありがとう」と言った。

「お前たちが俺を御子と呼ぶ理由は分かった。だが、俺は見てのとおり銀猫族では異端だ。銀猫族が誰でも使えるような空間スキルも使えない。だから、お前の願いは叶えられない」
「いいえ、御子様。我らの願いは簡単なことでございます。それは――」

 カシさんの言葉に、僕は固まり、カークさんは激昂した。

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