月下美人は甘露に濡れる

禎祥

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24 海底の楽園と古の神殿

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「えっと、おはようございます、カークさん」
「さんは要らない。敬語も。やり直し」
「う……おはよう、カーク」
「うん、おはよう、サクヤ」

 なんとなく気恥ずかしくて、雰囲気を改めようとしたのだけれど。
 呼び捨てじゃないのが気に入らなかったみたい。
 パシン、と揺れていた尻尾が、呼び捨てにしたとたんに上向きに揺れている。
 こういうところ、わかりやすくて好き。

「体は平気か? 痛み止めの飲み薬もあるが……」
「ん……まだ痛いけど、平気。昨日ほどじゃないよ」

 カークさん達……銀猫族って言ったっけ……射精の時、猫みたく棘皮が出るんだ。
 獣人とはいえ見た目はほとんど人なのに。
 僕の体がしんどいのは、単に乱暴されたからじゃなくて、棘皮を出した状態でピストンされて中がズタズタになったってのが大きい。
 ズタズタにしたのはカークさんじゃなくて、あの4人組だけど。
 それだって、だいぶ良くなってきている。
 僕がカークさんとの行為の後で眠ってしまっている間も、あのように薬を塗ってくれていたのかもしれない。

 カークさんは棘皮を出した状態では動かないでいてくれてた。
 それって、感覚的には寸止めに近いんじゃないのかな……。
 まだ若いのに、自分の欲望より相手の体を優先できるところは男として尊敬する。

「ところで、ここ、亜人の隠れ家だっけ?」

 カークさんとの行為を思い出してしまって、恥ずかしくなった僕は無理やり話題を変える。
 ふかふかのベッド、広くて豪華な部屋。
 壁は一面ガラスのように透明で、その向こう側をたくさんの魚が泳いでいる。
 まるで水族館の中に寝室を造ったかのようだ。

「海の底なの?」
「そうだよ。魚人族が助けてくれたんだ」

 出入口が海の底にあるとかで、魚人族の助けがなければ出入りできないそうだ。
 どうしてガラスが割れないんだろう。
 息苦しさは全くないし、換気とかどうなってるのかな?
 そんなことを考えながら何となく魚を目で追っていると、控えめにドアがノックされた。

「御子様、花人の具合はいかがでしょう」
「ああ、大丈夫だ。すまない」
「あの……助けてくださって、ありがとうございます」

 入ってきたのは、初老の男性。人間の耳の位置に、耳ではなくヒレが生えている。
 助けてくれた魚人だと思いお礼を言うと、一瞬こちらに視線を向け、すぐにカークさんに向き直る。
 何だろう。カークさんに向ける態度と全然違うような……。

「上はまだニンゲン共が騒いでおります。落ち着くまではこちらで過ごされるのがよろしいでしょう」
「そうか……それで、何を企んでいる? 全くの善意で俺達を助けたわけではないのだろう?」

 魚人の人を警戒しているのか、カークさんは僕を庇うように体をずらす。
 確かに、あんなに追いかけ回された後じゃ、金銭目的とか言われる方が信用できるよね。
 魚人の人は、僕の方にまた視線を向けると、カークさんの足元に跪いた。
 顔の前で手を組み頭を垂れる姿は、祈りを捧げているようにも見える。

「実は、2点ほどお願いがございます。どうか、我ら魚人の一族をお救いください、御子様」
「そのミコ様ってのは俺のことか? 何故俺をそう呼ぶ。願いとは何だ」

 魚人の人――名前はカシというらしい――は、直接見ていただいた方が早いと、カークさんについてくるよう更に頭を深く下げる。
 僕を置いてはいけないと言うカークさんにお姫様抱っこされ、案内されたのは神々しいという言葉がぴったりな部屋。
 ベッドを6つも入れたらいっぱいになりそうな広さだけど、天井が高いのと、ガラスの壁に囲まれているから狭さを感じない。
 部屋の奥には彫像が数体置いてあるだけで、他に調度品はない。
 けれども、薄青い柔らかな光に包まれたその部屋に入った瞬間、空気が違うというか、何だか背筋を正したくなるような気持ちになった。

「神殿か?」
「然様でございます、御子様」

 部屋の奥にある彫像は、魚人の信仰する神様なのだという。
 一番に目を魅かれるのは、中心にある女の人の像。
 そして、その女の人の足元に、3匹の猫と1匹の犬。

「この方が、神様?」
「見たこともない神像だな。これが魚人族の神か?」

 魚人族が崇めているにしては、女の人にはヒレも鱗も尾もない。
 こう言っちゃ失礼かもしれないけど、ごく普通の人に見える。
 カークさんが見たことがないと言うから、陸上の人たちの信仰対象でもないみたいだし。

「このお方は、創世神リアマンティーネ様。そして、リアマンティーネ様に仕えた神獣様たちです。リアマンティーネ様を崇めているのは、我々とブルムの亜人くらいでしょう。地上の神殿からリアマンティーネ様が拝されて久しい。御存知ないのも無理はありません」

 カシさんは、リアマンティーネ様の存在は、陸上の人には忘れ去られていると言う。
 そんなリアマンティーネ様を祀るここは、古の神殿と呼ばれていて、魚人族が日頃礼拝している神殿とは区別されているのだとか。
 ここは特別な日に祈りを捧げるための神殿なのだそうだ。

 魚人族がリアマンティーネ様より身近な存在として信仰を捧げているのは、祖霊であるウンディーネ様。
 祖霊って、祖先ってことかな?
 ウンディーネ様が、人間から子孫を守るため、海底にこの建物を築いたらしい。

「我々が我々らしく自由に暮らせるここは、まさしく楽園と言えましょう。そして、ウンディーネ様もまたリアマンティーネ様に創られた存在であるため、感謝を捧げるべく、こうしてリアマンティーネ様を祀っております」
「それで、それが俺とどう繋がる?」

 カシさんが、女神像の周囲にある猫の像を示す。
 二匹寄り添うようにいる耳が少し長い猫が、現在陸上で信仰されている神様なんだって。
 そして、その二匹と対立するようなポーズをしている、二匹より一回り大きな猫。

「こちらが、御子様の祖霊であるケットシー様。つまり、御子様は神の子孫。特別な存在であります」

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