月下美人は甘露に濡れる

禎祥

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21 嘘と偽善と偏見と

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 クロエさんに道を聞き、冒険者ギルドに着いた。青い屋根の大きな建物だ。
 まだ日は高いというのに、ドアを開けると酒の匂いが鼻を衝く。
 ここも酒場が併設されているようだ。
 カークさんの僕を抱く腕に力が籠る。

「素材の買い取りを頼む」

 躊躇なく建物に入ったカークさんは、真っすぐにカウンターに行くと、鞄から動物の皮を出した。
 一瞬だけ静かになったと思ったら、ヒソヒソと何かを話す声が波紋のように広がっていく。
 フード越しでも、視線が突き刺さってくるのを感じた。

「これは……ウッドベアーと、プーズーの毛皮ですね。状態は悪くはありませんが……今は需要がないんですよねぇ。全部合わせて500ロピーってところでしょうか」

 カウンターから低めの、けれど聞きやすい男性の声が返ってくる。
 獣人のカークさん相手でも丁寧な対応だ。
 なのに、何だろう。居心地が悪いというか、嫌な感じ。

「……なら、いい。他の所で売る」
「おや、売る当てがおありで? 冒険者ギルド以外で、獣人と取引をしようなんて店はそうないでしょう?」

 ここで売るなら、少しおまけして600ロピーまで出すと言う男性。

「サクヤ、予定が少し変わるが、依頼を見ていいか? すぐこなせそうなのがあれば受けて、旅の資金にしよう」
「うん、大丈夫」
「ま、待ってください! 800、いや、1000ロピー出します!」

 毛皮を鞄にしまおうとするカークさんに、慌てたような声。
 ああ、違和感の正体がわかった。
 結局この人も、カークさんが獣人だからと見下してるんだ。
 おそらくは毛皮を安く買い叩こうとしたのだろう。
 カークさんは男性を無視して、依頼ボードの前へ。

「ウッドグリズリーの討伐、5万ロピー……これ、さっきの毛皮?」
「いや、ウッドグリズリーはウッドベアの上位種で、色合いも違う。少なくとも、島にはいなかったな」
「そっか……ねぇ、どうせ最初の1年は何か受けないといけないのなら、これは?」
「郵便配達……配達先は、ブルム? 凄い、サクヤ。よく見つけたな」
「えへへ」

 長期間放置されていたのか、色あせてインクが見えにくくなった紙。
 ゴミ捨てや排水溝掃除などといった街中の雑用依頼に紛れて、ブルムという単語が見えたから指してみたけれど、大当たりだったみたい。

「あ、でも、この依頼じゃ旅の資金は作れないね……。他にも何か受ける?」
「そうだな……ただ、あまり危険なものは避けたい。……となると、このあたりか?」

 カークさんが選んだのは、薬草採取と木の実採取の2つ。
 薬草の方は10本で50ロピー、木の実は1つ100ロピーで買取とある。

「これなら、さっきの毛皮を買い取ってもらったほうがいいんじゃない?」
「いや、2つとも上限がないから、数を集めればいい値段になる」

 カークさんと僕の連名で、3つの依頼受注の手続きをしてもらう。
 預かった手紙は黄ばんでいて、少し埃っぽい。
 だいぶ前に書かれたらしいそれを、カークさんが鞄に入れた。

「よぉ、お前ら。今から依頼か? 俺らの依頼も手伝ってくれよ」
「断る。そこをどけ」

 出口の前に立ちふさがった人がいるらしい。
 囲まれたのが気配でわかる。

「話も聞かずに断るなんて、つれないじゃねぇか。まぁ聞けよ。俺たちが受けたのはな、佳人探しだ」
「!」
「昨夜街を浄化してくれた佳人に礼がしたいから館まで連れてきてくれって、領主からの依頼でよ。佳人なんだろ? そいつが」
「触るな」

 パシン、と頭のすぐ近くで軽い音がした。
 カークさんが僕のフードに伸びてきた手を払ったのだとわかったのは、僕の顔のすぐ前にたくさんの手が近づいてきたから。
 身体が震える。
 何で、バレて……。

 クロエさんは、領主の館に行った佳人は誰一人生きて出てこないって言っていた。
 お礼がしたいなんて、言葉どおりの意味なはずがない。

「触るなと言っているだろう!」
「まぁまぁ、落ち着いてください」

 苛立ちを隠さないカークさんの後ろから、受付男性の穏やかな声がかかる。
 冒険者同士の争いは御法度だって、間に入ってくれるのかも。
 そんな期待は、次の言葉で砕かれる。

「どうでしょう。その佳人を預けてくださるなら、あなたがこの街で快適に過ごせるよう便宜を図りますよ」
「俺がその程度で番を売るとでも?」
「番? 困りましたね。保護区で過ごされていたあなたは御存知ないでしょうが、佳人はすべて国が保護するという法律ができましてね……佳人と番えるのは王族か、王族が許可した者だけになったのですよ」

 パチン、と指を鳴らす音に続き、周囲からガチャガチャと金属がぶつかる音がする。
 僕らを取り囲む大勢の人がさまざまな武器を向けていた。

「つまり、王族のものに手を付けたあなたは大罪人というわけです。さあ、大人しくその佳人を渡して報酬を貰うか、罪人として捕まるか、どちらを選びます?」
「どちらもごめんだ」

 僕のせいで、カークさんが罪人に……?
 そんなのダメだ。
 僕を置いていくよう伝えようとカークさんの服を掴む。
 同時に、カークさんの怒声が空気を震わせた。

「そこをどけ!!」
「おい、領主様へ知らせに行け! 報奨金は山分けだ!」
「獣人はどうする?」
「あの毛色、どうせ使徒化寸前だ。殺しちまえ!」

 使徒化って、何? 殺すって、何で? 獣人だから?
 獣人に対する命の軽さに、怒りを覚える。
 やめて、って言いたいのに、恐怖でうまく息が吸えない。

「サクヤ、大丈夫。少しだけ目を瞑って」

 カークさんが優しくそう言った後、ダンッ、と大きな音がした。
 刹那、体が重力に反するように浮く。
 そっと目を開けると、建物の外。
 カークさんは、そのまま入口前に繋いでいたラーナに飛び乗ると駆け出す。

「カーク……血が……」
「大丈夫だ。サクヤ、もう少しだけ我慢できるか?」

 武器を構えた人に囲まれていたのだ。無傷で脱出とはいかなかったようだ。
 カークさんの右頬からぽたぽたと血が滴っていた。
 逃がすな、と叫ぶ声が響く。
 馬や巨大な狼のような動物の背に跨り、弓をこちらに構える人たちが見えた。
 危ない、と思った次の瞬間。ラーナが倒れて地面に放り出された。

 あまり痛くなかったのは、カークさんが僕を庇ってくれたからだ。
 お尻や足に何本も矢が刺さったラーナは、それでも再び立ち上がろうともがいていた。
 その間にも、追っ手が迫る。

「ラーナ!!」
「……すまん、死ぬな」

 カークさんは、僕を抱き上げると走り出した。
 塀を飛び越え、細い道に入り、時に屋根を走りまた塀を越え、驚く人たちをすり抜けていく。
 息一つ乱れずそんな芸当をやってのけるのは、彼が猫の獣人だからだろうか。
 それでも、どこへ行っても誰かが追いかけてくるから、追っ手を振り切れる気配がない。
 とうとう、噴水のある広場で囲まれてしまった。

「追い詰めたぞ!」
「さぁ、観念してそいつを渡すんだ」
「断る!!」

 噴水を背に、ジリジリと距離を詰められる。
 もうだめだ。
 カークさん一人なら逃げられたのに、僕が足手まといなせいで。
 いや、そもそも彼らの目的は僕なんだ。
 僕さえ我慢すれば……。

 カークさんを逃がすために覚悟を決めた時。
 突然、カークさんが後ろに倒れ込むように水に落ちた。
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