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19 呪われし英雄と堕ちてゆく姫巫女(カーライル視点)
しおりを挟む「グッ……アアアアアアア!!!!」
全身を灼けるような熱が駆け巡る。
身体を一度溶かされ、再度構築されているかのような激痛に悲鳴を上げ転げ回る。
否、比喩ではなく実際身体が変化しているのだ。
「兄さま?! あぁ、兄さま、大丈夫ですか?! わたくしがわかりますか?!」
妹が駆け寄ってくる。
あぁ、そうだ。
全て、覚えている。
「ああ、兄さま! 良かった! 意識が戻りましたのね!」
「待て、リゼ。まだ解くな。……いや、それより、私をすぐに処刑せよ。私は償いきれない罪を犯した」
「そんな! それは呪いのせいではありませんか!」
「だとしても……たくさんの死者を出した。到底、許されることではない」
拘束を解こうとしたリゼを制止する。
リゼは呪いのせいだと言うが、それでも私は多くの罪のない者たちを殺してしまった。
何故今こうして正気を取り戻したかは知らないが、肉体を変化させてしまうほどの呪いは、まだこの身に黒髪という残滓を纏わせている。
完全に解けたわけではないのだ。
私はいずれまた獣となり多くを殺すだろう。そうなる前に。
「ならば、わたくしも加担しました。兄さまが死を選ぶのならば、わたくしも一緒に死にますわ」
「ダメだ、リゼ!」
「ならば生きてくださいませ。こうして呪いが解けたのですから。王都へ戻り、わたくしたちを追放した狼藉者たちを成敗してやりましょう。きっと、呪いをかけたのも兄さまを王にしたくないディート兄さまの仕業ですわ」
リゼが黒髪を揺らし熱弁する。
その様子に、ざわりと肌が粟立つ。
リゼは、こんな子ではなかった。
等しくひとつの命だと、亜人に慈悲をかける優しい子だった。
しかし、呪われた私を助けようとして呪いに触れ、そして呪いに呑まれてしまった。
ならば、リゼがこのような思想に染まってしまったのもまた私の罪か。
一年前までは、順風満帆な人生だった。
賢王と讃えられる尊敬して止まない父。厳しくも優しい母。あらゆる分野に秀でた自慢の兄。歴代最高の聖女と崇められる妹。
いつかは王となる兄を支え、妹を守り、3人で力を合わせて国を良くしていくのだと信じ、鍛錬に鍛錬を重ね騎士団長まで上り詰めた。
部下からの信頼、民衆からの尊敬。そして、家族からの期待と愛情。
幸せな日々はいつまでも続くのだと、そう……信じていた。
「また黒髪に食料を与えていたのか」
「……あの子たちは、生まれつき黒髪だというだけで捨てられたのです」
「今はか弱い幼子でも、大人になれば使徒として牙を剥く。小さくても使徒は使徒だ」
「兄上……黒髪だというだけで邪神の使徒と見做す今の風習は間違っていると思う私は、おかしいのでしょうか。彼らだって、飢えることがなければ人を襲いません。優しさを向ければ、笑顔をくれる。私たちと何一つ変わらないと、そう思うのです」
黒が魔物の色だと、邪神の使徒だと忌避する風習は、遥か昔から続いているという。
黒髪黒目を持って生まれた子は、いずれ使徒になり人を害すとして捨てられる。
けれど、本当に人に仇なす存在かは、目を見ればわかる。
街道から少し離れた場所で息を潜める彼らは、ただの虐げられている弱者だった。
人を襲うのは、そうしなければ生きられないからではないのか。
騎士団長として魔物を倒す日々を過ごし、森の中で隠れ住む黒髪の孤児たちを見るうちにそう考えるようになった。
いつしか、彼らを見かける度に保存食を渡すようになっていた。
黒を忌み嫌う風習をどうにかしない限り、根本的な解決にはならない。
けれど、それができる立場の父や兄とは、この考えを解りあうことがどうしてもできなかった。
そうして、私の人生を変える出来事が起きた。
使徒殲滅の王命に、騎士団が総出で討伐に出た日のことだった。
それは、普段の黒髪の孤児とは違う、本物の使徒。
他者を殺めることが最大の愉悦という集団。
魔物を使役し、強大な魔法を操る人間離れした存在。
「……貴様も、我らと、同じ想いを、味わえ……」
「カーライル様!」
最後まで抵抗をしていた男は、剣を突き立てた私に向かいそんな呪詛を吐いた。
絞り出したような声。
血に塗れた手を伸ばし、私の腕を掴む。
部下が慌てて駆け寄り、袈裟斬りでとどめをさす。
男の最期の言葉はゴボゴボという血泡に消えた。
「問題ない」
そう、その時はまだ何ともなかったのだ。
その日のうちに凱旋し、民衆の安堵と歓喜に満ちた歓声に出迎えられ、父からもよくやったと労いの言葉を賜った。
すべてが崩れ去ったのは翌朝のこと。
耳をつんざく悲鳴で跳び起きた私の視界に入ったのは、怯えた表情の侍女。
「そんな……カーライル様が、獣人……!?」
「なんだと?」
驚き、鏡を見て愕然とした。
そこには、頭から黒い獣の耳を生やした私がいた。
侍女の悲鳴を聞きつけた兵により、私はそのまま地下牢に入れられた。
「本物のカーライル様をどこにやった」
「いつからカーライル様になりすましていた」
私が本物のカーライルだと、いくら訴えても信じてはもらえなかった。
王族が獣人であるはずがない、と口々になじられ、拷問される日々。
父や母、兄ですら、騙していたのかと、汚らわしい獣人と言う。
その目は、家族を見る目ではなかった。
(あなたがたは、いつも獣人をそのような目で見ていたのですね……)
獣人だって、国民だ。
黒髪の孤児も、獣人も、差別や偏見がなく手を取り合って生きていられるならば、使徒化などせずに済んだのではないのか。
国民を蔑視する者が統べる国に待つのは崩壊と滅びだけだ。
これまで父や兄に幾度も説いては、綺麗ごとだと一蹴されてきた想いが強くなる。
「兄さま! あぁ、兄さま、なんというお姿に……」
「なりません、姫様! そやつは獣人でありながら王族のふりをしていた」
「黙りなさい! この方は兄さま本人です! 兄さま、今、呪いを解きますね」
「呪い……?」
――我らと、同じ、想いを、味わえ……。
使徒を倒した際に言われた言葉が頭をよぎる。
あれが、このように姿を変えるほどの呪いとなるとは。
祝詞を言祝ぐ妹の声に小さな光の粒が集まり、妹の周りを舞うように回る。
その神秘的な美しさは、まさにリアンの宝花。
「さあ、兄さま、お手を」
妹が差し伸べる手に、そっと触れる。
これで、元に戻れる。
元の姿に戻ったら、兄を支えるのではなく、私こそが王となろう。
獣人や黒髪を差別しない国を創るのだ。
これまでの慣習や偏見を壊し、誰もが笑って暮らせる国を。
獣人に偏見がある兄ではだめなのだ。
獣人が実際に人間からどんな目で見られ、どんな態度を取られるか知っている私でないと。
「……そんな……姫様……ひぃっ!」
見守っていた兵士の口から洩れる絶望。
呪いは、解けなかった。
それどころか、私の獣化は進み、妹までもが呪詛に呑まれた。
妹までもが獣人の姿になってしまったことで、私の呪いは感染するものとして、王都から遠く離れたネイティアへ妹もろとも居を移すことになった。
表向きは療養として、ネイティア領主に嫁いだ姉の別荘に。
現実は、囚人のように部屋から出ることも叶わず。
獣化が進む私は鎖に繋がれてしまった。
私はこのまま、ここで朽ちていくのか。ただの獣として。
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