月下美人は甘露に濡れる

禎祥

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(番外編)受付嬢にはもふもふが足りない

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 ここは世界の最西端にある弱小冒険者ギルド。
 酒場が併設になっていて、冒険者より酔っ払いが多い。そんな場所。
 ここに配属されると、もはや出世は見込めないと言われている。
 冒険者が足りないということは、依頼がそれだけ焦げ付くというわけで。

「はぁ、もっとまともな冒険者は来ないかしら」

 本土から渡ってきた依頼や、この町の住人からの依頼がボードに貼ってあるが、それらが剝がされることはほとんどない。
 このギルドに来るのは、亜人地区から出るために冒険者登録をしに来る銀猫族か、本土から素行不良で流れてくる冒険者くらいだ。
 そして、どちらも依頼を受けようとはしない。

 本土から来た人間の冒険者は、働くくらいなら欲しいものを奪い取るという人種ばかり。
 銀猫族はタグを受け取ると依頼を受けることなく本土へ渡ってしまうことがほとんどだ。
 そもそも、亜人地区を出たくて登録するわけだから、亜人を閉じ込めるためのこの島に居ついて仕事をするわけがない。

「何だよ、俺たちがまともじゃないってぇ?」
「まともなつもりがあるのなら、依頼を受けてくださらない?」
「ははは、こんな低レベルな依頼、俺たちのランクには見合わないのさ」
「依頼を受けて欲しいってんなら、もっと良い依頼を用意しな!」

 この酔っ払いが。昼間っから呑んでばっかりいないで、ちっとは働けや。
 内心で舌打ちするのはこれで何度目だろうか。
 細々とでも依頼を消化できていたのは、銀猫族の狩人であったカークが売りに来た素材のおかげだ。
 しかし、そのカークさえも出て行ってしまった。

(しかも、あんなイチャつきっぷり……)

 よほど大事なのだろう。
 建物の中ですらずっと抱きかかえていた。
 今まではどんなに絡まれても相手にしなかったのに、フードの子に手を伸ばした相手を殺そうとするほどに。
 そんなに大切にしている子と出ていくなど、銀猫族の集落で何が起きたのだろう。

(いや、待って……? あの子、猫耳がついてなかった……?)

 銀猫族がフードを被ったのなら、耳のある位置がもっと膨らむはず。
 フードを取られるのを拒否したのは、顔を見せたくなかったからではなく、猫耳じゃないのを隠していたからだとすれば。
 そんな可能性に気付いてしまい、慌てて銀猫族の住民資料を引っ張り出す。

「お~? 何だ何だ?」
「ミーシァ、仕事なんて放っておいて、俺たちと飲もうぜぇ!」
「私に御酌してもらいたければ、ここの依頼全部こなしてから言ってください。働かない穀潰しに振りまく愛想はありません」
「ひぃ……す、すいませんでした……」
「おい、あっちで飲もうぜ……」

 威圧スキルを使ってギロリと睨みつけると、酔っ払いたちは隅で静かになった。
 最初から大人しくしてろっての。銀猫族以下のゴミムシ共が。
 せめて頭に猫耳つけてから物を言え。
 いや、むさい顔面やゴツい顔面に猫耳が生えてもホラーでしかないか。
 あれは銀猫族の綺麗な顔立ちにあるから良いのだ。


 ミーシァの生まれた地方は蜥蜴族の保護地区に近く、亜人といえば光沢のある鱗が生えた蜥蜴族だった。
 蜥蜴族の鱗を綺麗だと感じていたミーシァは、亜人への嫌悪感が比較的少ないまま大人になった。
 そして、なり手が少ないため給与が高くなっていた冒険者ギルドの職員になった。
 就職してすぐに配属されたここで、初めて見た亜人はふわふわの尻尾とピクピク動く耳の銀猫族で。

 その外見を愛らしいと思ってからは、入り浸る飲んだくれの方が醜悪に見えて最悪だった。
 働き者のもふもふ少年と、大口を叩き周囲に迷惑をかけるだけのゴツい男なら、前者の方が好感度は高いというもの。
 ミーシァがもふもふ好きのケモナーになるのに時間はかからなかった。


「……やっぱり。サクヤなんて名前、住民記録にない」

 保護地区の亜人には、住民記録の登録が義務付けられている。
 地区の代表者が、月に1度生まれた者の名と死んだ者の名を届け出るのだ。
 その管理も、保護地区に隣接するこの町の冒険者ギルドの役目であった。

 住民の数が減りすぎれば、それを理由に冒険者登録を断ったり、逆に増えすぎれば、冒険者として若者を徴収する。
 過去には減りすぎた保護地区に発情を促す薬を混ぜた物資を送った事例もあるらしい。
 幸い、銀猫族の数は一定で、本部から住民数に介入する指示がきたことはないが。

「この町の住民でもなかった」

 小さな町だ。住民は全員把握している。
 港もあるため人の出入りは多いが、顔見知りの商人ばかりだ。
 その中に、サクヤなる人物はいない。
 なら、あれは……。

「……佳人? でも、男、だったわよね……?」

 人の出入りが徹底的に管理されている土地に突如現れた正体不明な人物。
 ならば、それは異世界から来たと考える方が自然だ。
 瘴気が発生し住民が逃げ出している街が近くにあり、数日前は満月。
 佳人が現れるとされている条件は揃っている。
 だが、佳人は皆女性のはず。
 頭にいくつも疑問符が浮かぶ。

 しかし、疑問を持ちようがない事実が1つ。
 彼はこのギルドに素材を卸してくれる救世主であり、ミーシァの癒しでもあったカークを連れて行ってしまった。
 このままでは依頼は焦げ付き、立ちいかなくなる未来しかない。

「レモータ支部より、ネィティア支部へ」
「はい、こちらネィティア支部」

 通信用の魔道具を起動すると、すぐに応答がある。

「銀猫族の冒険者登録をしました。2名、先刻の船でそちらへ。どうぞ」
「了解しました」

 亜人地区を出た者がいれば、記録と報告をするのが規則。
 嘘は言っていない。
 佳人の可能性あり、という推測情報を伏せただけ。

 ネィティアは今、件の瘴気で佳人を必要としている。
 実際、各地で保護された佳人が何人も派遣されている。
 そう、何人も。
 本来は、一人でも十分浄化されるはずなのに。
 そして、それだけ派遣されてもなお瘴気に悩まされている街。
 そんな中、街へ佳人かもしれない者が街へ渡ったなど言えば、どうなるかは明らかだ。

(捕まるんじゃないわよ)

 カークが笑っているところを初めて見た。
 お礼を言われたのも初めてだった。
 亜人地区を出るということがどういうことか、知らないわけではないだろう。
 なのに、船のチケットを手に出ていく彼の尻尾は、嬉しそうに揺れていた。
 外の世界への不安や期待よりも、二人でいる幸せが大きいのだろう。

 それなら、少しでも協力してあげたい。
 それが、このギルドの恩人であるカークにミーシァができること。
 本当は、いつかその尾に触れたいと思っていたけれど。

「あ、そうだ。徴収権を使って、集落から一人、このギルド常駐の冒険者になってもらいましょう」

 使っていない二階を居室に改装して、獣人でも泊まれる環境に。
 そうすればここを拠点に活動できるはずだ。
 ついでにミーシァ自身の部屋も用意してしまえば、出勤の時間が省ける。

 族長に頼んで、素直で真面目で、でも少し不器用な子を選んでもらおう。
 採取のノウハウを教えるなんて言って一緒に行動したり。
 多く作りすぎたと言っておいしい食事を振舞ってみたり。
 そうして信用を勝ち取れば、いつかその毛並みをもふもふさせてくれるかもしれない。

「名案だわ! ふふふふふふふ♪」

 ミーシァはふわふわな毛並みを妄想しほくそ笑む。
 少し乱暴で反抗的なカイルという青年が、ギルドの受付嬢によって生意気な態度ながらも勤勉な冒険者となるのは、そう遠くない未来の話。
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