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14 怒りと葛藤と愛情と(カーク視点)
しおりを挟むサクヤを守るという誓いは、その日のうちに破られてしまった。
俺がサクヤを一人にしたせいで、カイルたちに暴行されてしまったのだ。
その日、眠るサクヤは何度もうなされては悲鳴を上げ、そしてまた気を失うように眠っていた。
苦しむサクヤに何もしてやれないことが悔しくて。
夜に愛を注げなかったけれどサクヤが生きていることが嬉しくて。
愛を注ぐという言い伝えだったけれど、佳人を生かすのに必要なのが愛ではなくただの精液だったという事実がこんな形で判明したのが腹立たしくて。
ぐちゃぐちゃな感情のまま、ただサクヤの手を握って過ごした。
「サクヤ、今夜のために、俺に慣れてくれ」
サクヤはすっかり男がダメになってしまったらしく、小屋でもずっと怯えていた。
そして、プーラに乗せようと抱き上げた途端、絶叫して全力で逃げようと暴れた。
俺が誰かもわかっていない様子で泣き叫び続けた。
夜にはまた体を重ねなければならないというのに、サクヤの体が俺を受け付けない。
それは、絶望に近い感情だった。
慣れろ、と腕の中に閉じ込めたサクヤは、ずっと小さく震えていた。
震えが治まった頃、サクヤが口を開く。
「カークさんは、優しいですね」
「優しいのはサクヤだ」
差し出した手を、震えながらも取ってくれた。
本当は離れたいのだと、小さな振動が伝えていた。
けれど、怖がったことを申し訳なさそうにして、自分のことより俺のことを気遣ってくれている。
サクヤは綺麗で、儚い存在だ。
華奢で力も弱々しい。
けれど、決して弱くはない。
健気で、優しくて、強い心を持っている。
何より、サクヤは俺を、獣人を気持ち悪がらない。
時々触りたそうに視線が俺の尻尾を追いかけていて、気づかれていないと思っている様子が可愛らしい。
サクヤの一面を知るたびに、愛しさが増していく。
だからこそ、無言で耐え続けている姿が痛々しい。
集落には魔法薬の類はなく、サクヤの白い肌のあちこちに青黒い痣ができていた。
無理矢理穿たれた穴は切れ、内部もカイルたちの棘皮のせいでズタズタだった。
ラーナはゆっくり歩いてくれているが、その振動ですら辛いらしく、顔色は蒼白だ。
「サクヤ、もう少し耐えてくれ」
「はい」
辛いと言わないサクヤを、少しでも早く休ませてやりたい。
出航まで待たなくても乗れる船があったのは運が良かったのだろう。
チケットを出し乗り込もうとすると、受付の男に舌打ちと共に引き留められた。
「おい、お前らはあっちだ」
「……金は払ったが」
男が指したのは、甲板に備え付けられた騎獣用の柵。
日差し避けのお粗末な屋根があるくらいで、最低限の世話をするための藁と水桶しかない。
既に数頭、騎獣が入れられているそこを指さし、ニヤニヤしながら男は言う。
「これだから獣はバカで困る。そっちは人間様専用の客室だ。獣はあっち。ほら、お仲間が既に入ってるのが見えるだろ」
お仲間。
騎獣のことを指しているのだろうか。
腹は立つが、金だけ奪われることもあることを思えば、乗せてくれるだけマシかもしれない。
それに、ここで揉めるより、サクヤを早く休ませてやりたい。
「……わかった」
「はははっ! 最初っから素直にそうしてりゃいいんだよ! 人間様の手を煩わせるな、獣風情が!」
こんな罵倒、サクヤには聞かれたくなかった。
サクヤが佳人だとばれないようにしているとはいえ、サクヤまで獣扱いされるなんて。
いっそサクヤのフードを取ってしまいたい。
けれどそうすれば、きっと獣人の俺とは引き離されてしまう。
1人にしたときに、またあの香りがサクヤから出てしまったら?
考えるだけで、ゾッとする。
「えっ?! サクヤ、30歳なのか?!」
気を取り直して、サクヤにタグをつけてやろうとしてギョッとした。
タグに刻まれた年齢を、何度も見直してしまった。
今目の前にいるサクヤは、まだ少年といっても通じる幼さを残している。
やはり佳人は、歳を取らないと言われている精霊やエルフと同じ系統の種族なんじゃないだろうか?
「僕みたいなおじさんのために、カークさんの人生を狂わせてしまうなんて……!」
俺の年齢を知ったサクヤが、集落に帰ろうと言い出した。
子供扱いしていたことを、怒ってる? それとも、やっぱり年下はだめなのか?
いやそれより、サクヤがおじさんとか、似合わなすぎる単語だ。
「サクヤと離れるほうが後悔する。俺が一緒にいたいのはサクヤだけだ」
拒絶の言葉を聞きたくなくて、強引に口を塞いだ。
舌先を絡め、上顎を撫でてやると、吐息に甘い声が混じり始める。
俺のキスに懸命に応えようとしてくれるところも、おずおずと俺の背中に回された腕も、サクヤの何もかもが愛おしい。
「サクヤ、愛している」
幾度もそう囁き唇を離すと、頬を染め、とろんとした表情になったサクヤがいた。
こんな顔、俺以外の奴に見せたくない。
あぁもう、サクヤが可愛すぎるのが悪い。
欲を言えば、俺が愛していると告げた時に自分も、と答えて欲しかったが。
今はサクヤに拒絶されなかっただけで良しとする。
「カークさ」
「カーク」
早口でまくしたてていた時の口調が本当のサクヤの口調なんだろう。
素のサクヤで接してもらえていなかったことがショックで、呼び方や口調を戻すようお願いした。
戸惑うサクヤに何度目かの訂正をして、やっとそう呼ばせることに成功した。
サクヤを抱えた状態でなければ、歓喜で飛び跳ねていたかもしれない。
真っ赤になりながら俺の名を呼ぶサクヤが、とても可愛い。
こんな壁もない場所じゃなきゃ、押し倒したいくらいだ。
我慢、我慢。
「ねぇ、番ってどういう意味?」
可愛い表情のまま、サクヤがそう切り出した。
まさか、意味がわかっていなかったとは。
サクヤのことを何度も俺の番だと言っていたことに関して、何も言ってこないから、てっきり受け入れてくれるのかと思っていた。
勘違いしていた自分が恥ずかしい。
そういや、面と向かって、番になってくれとは言っていなかったか。
「番は……」
あーくそ、なんだこれ。
愛してるって言うより照れる。
サクヤが、首を斜めに倒して俺を見上げてくる。
目を逸らしたくなるのをグッと堪えて、俺は口を開いた。
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