月下美人は甘露に濡れる

禎祥

文字の大きさ
上 下
12 / 36

12 冒険者登録 ②

しおりを挟む

 恥ずかしくて、顔が上げられない。
 僕はフードを目深に引き寄せ、そっと様子を窺った。
 あれ? 結構人がいる。
 亜人が外で生きていくための手段っていうから、冒険者は亜人ばかりかと思ったのに。
 むしろ、人間しかいない。それとも、カークさんみたいな外見的特徴がないだけ?

「いらっしゃいませ。今日はどのような御用件でしょうか」
「登録をしたい。それから、本土へ渡る船のチケットを二人とプーラ1頭分」

 カウンターにいた女性に、カークさんが声をかけた。
 僕を抱えたままのカークさんに、女性は椅子を勧めた。
 椅子は2脚あったけれど、カークさんはやっぱり僕を抱えたまま座る。

「代筆は必要ですか?」
「要らん」

 呆れたような声音になった女性が紙を2枚、カークさんの前に置く。
 文字は、何故か問題なく読めた。
 「登録申請書」と書かれた紙が2枚並んでいる。ということは、一枚は僕のだろう。
 カークさんの服を引くと、自分で書ける、と言いたいことに気付いてくれて紙とガラスペンのような筆記具を寄越してくれる。
 抱えられたままだから凄く書きにくかったけど、何とか必要事項を書いて女性に渡した。

「おいおい、さっきから見せつけてくれてんなぁ! ここは獣が交尾する場所じゃねぇんだよ!」
「そうだそうだ! 獣臭いんだよ! とっとと森に帰れ!」
「いっそのこと、魔物と間違えたってことにして狩っちまうか?!」

 背後から、そんな声がかけられる。
 状況からして、僕たちに言っているのだろうか。
 だけど、カークさんは一切無視して、書き上げた申請書を女性に渡す。

「おら、何とか言ったらどうなんだ?」
「そっちの奴、怯えてんのか? ちょっと顔を見せてみろよ」

 カークさんが無視していることが気に入らないのか、最初の声の主が椅子を蹴ってきた。
 もう一人が突然僕のフードに手を伸ばす。
 カークさんは、その腕を掴むと捻り上げた。

「ギャァアアア!」
「煩い。俺の番に触れるな。俺達を狩る? なら、今ここでお前たちを喰い殺したところで正当防衛だよな?」
「ひっ」

 見上げたカークさんの瞳はいつになく鋭く。視線だけで人を殺せそうな凄みがあった。
 思わずビクリとしてしまった僕の頭をカークさんは胸に抱き、開いた方の手で剣を抜く。

「やめてください! ギルド内での争いはタグ剥奪ですよ!」

 本当に殺し合いが始まりそうな雰囲気を止めたのは、先ほど用紙を受け取った女性の金切り声。
 絡んできた人たちは、その言葉に「興覚めだ」とか「命拾いしたな」とか呟いて去っていく。

「はい、では、こちらがカーク様、サクヤ様の冒険者タグになります。先ほどは未遂でしたが、冒険者同士の争いは」
「わかっている。だが、先に手を出したのは向こうだ」

 女性が差し出したのは、ドッグタグのような小さな茶色いプレートと、同じ色の腕輪だった。どちらも新しい10円硬貨のようにピカピカしている。
 カークさんは女性の言葉を遮り、プレートと腕輪を掴んだ。

「では、これも承知しておいてください。あなた達亜人は、人間よりも弱い立場にあります。先ほどのような場合でも、手を出せば人間より亜人であるあなた達の方が罪が重くなります」
「そんな、不公平じゃないですか」
「状況によっては、亜人だからって理由で処刑されることもあるって族長が言っていたな……。気を付ける。それでいいか」
「はい」

 僕は納得できないんだけど。
 カークさんの返事に満足したのか、お姉さんがにこりと笑う。
 それから、冒険者ギルドの仕組みの話になった。

「登録された冒険者は、依頼の達成数に応じてランクが上がっていきます」

 初めは銅、青銅、真鍮、銀、金と上がっていくらしい。
 金の上はオリハルコンというランクがあるけれど、そこまで上り詰める人はほぼおらず、歴史上数えても7名しかいないそうだ。
 オリハルコン……馴染み深いファンタジー鉱物の名前にちょっとときめく。
 タグはそのランクの鉱物で作られていて、一目でランクがわかるようになっている。

「タグには受注している依頼の内容や依頼の成功率、賞罰情報など、こちらの装置を使わないと読むことのできない情報も登録されております。タグの偽造はタグ剥奪の他、罰金や懲役刑……亜人の場合は処刑もありますので、絶対にしないでくださいね」
「ああ」

 やっぱり、亜人だけ罪に対する罰が重い。
 亜人が差別されているって、こういうことなんだ。
 聞いていて、凄く気分が重くなってくる。

「依頼を受けるときは、1つ上のランクまで受けることができますが、失敗の場合賠償が発生することもありますのでご注意ください。また、依頼を3回失敗するとランクが下がります。銅ランクで3回失敗するとタグ剥奪です。また、銅ランクは1年で1度も依頼を受注しないと、やはりタグ剥奪となります」

 どこのギルドもこの仕組みは変わらないそうだ。
 また、依頼を受けたギルド以外で達成報告をしても構わないらしい。
 これは、時間制限のある依頼や、鮮度が重要視される常在依頼からの配慮なんだとか。
 また、ギルドを通じて手紙や荷物も送れるらしい。

「それと、依頼中にもし冒険者の遺体を見つけたら、腕輪はそのままに、タグをお持ち帰りいただければ情報料をお支払いします」

 よく見ると、腕輪にも名前と年齢が刻印されている。
 何かあった際に、腕輪だけでも身元を確認できるようになっているそうだ。
 依頼途中で命を落とす可能性がある職業だから、失踪した冒険者の情報には報酬が出るのだという。
 ちなみに、タグ、または腕輪を紛失した場合は2000ロピーかかるらしい。
 それがどのくらい高いのかとかわからないや。あとでカークさんに教わらないと。

「さっそく何か仕事を受けていかれますか?」
「いや、今日中に本土へ渡りたいんだ。一番早い船のチケットを頼む」
「わかりました。亜人2名と騎獣1頭で5500ロピー、登録料が一人1000ロピーで、合計7500ロピーです」

 カークさんが腰のポーチから金貨を1枚お姉さんに渡すと、お釣りで銀貨が25枚返ってきた。
 ということは、銀貨1枚が100ロピーで、金貨1枚が1万ロピーか。
 購入したチケットの船はすぐに出発するというので、僕たちは慌てて乗り場へと向かった。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

私の入る余地なんてないことはわかってる。だけど……。

さくしゃ
恋愛
キャロルは知っていた。 許嫁であるリオンと、親友のサンが互いを想い合っていることを。 幼い頃からずっと想ってきたリオン、失いたくない大切な親友であるサン。キャロルは苦悩の末に、リオンへの想いを封じ、身を引くと決めていた——はずだった。 (ああ、もう、) やり過ごせると思ってた。でも、そんなことを言われたら。 (ずるいよ……) リオンはサンのことだけを見ていると思っていた。けれど——違った。 こんな私なんかのことを。 友情と恋情の狭間で揺れ動くキャロル、リオン、サンの想い。 彼らが最後に選ぶ答えとは——?

アルバイトで実験台

夏向りん
BL
給料いいバイトあるよ、と教えてもらったバイト先は大人用玩具実験台だった! ローター、オナホ、フェラ、玩具責め、放置、等々の要素有り

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる

ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。 幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。 幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。 関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

俺は勇者のお友だち

むぎごはん
BL
俺は王都の隅にある宿屋でバイトをして暮らしている。たまに訪ねてきてくれる騎士のイゼルさんに会えることが、唯一の心の支えとなっている。 2年前、突然この世界に転移してきてしまった主人公が、頑張って生きていくお話。

処理中です...