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11 冒険者登録 ①
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僕の素性を尋ねられることもなく、そのまま通してもらえた。
助かったけど、いいのかな?
フード越しに町の様子を窺うと、一昔前の木造平屋のような建物が並んでいる。
そして、こちらをチラチラと見ては顔を顰める人たち。
亜人が、という囁きも聞こえてきて、何だか嫌な感じだ。
「カークさん、さっきの話……」
「ん? ああ、冒険者登録か」
そっちじゃないんだけど、と口を挟む隙もなく、カークさんが話を続ける。
「冒険者登録は、亜人が亜人地区から出て生きていくための唯一の手段だ」
亜人は、基本的に一生を亜人地区で過ごすそうだ。
それは迫害され数を減らした亜人を保護するためであり、亜人が結束して武力蜂起させないためでもある。
許されているのは、亜人地区に隣接する商工町との交流のみ。
それも、決まった数名しか行き来できない。
「冒険者登録をした亜人は、亜人地区での保護の対象外になる」
亜人地区を出てどこにでも行けるようになるけれど、亜人を良く思わない人からの保護もまた受けられない。
生活の保障も、命の保障もない。
それが、さっき門衛さんが言っていたことか。
「そんな亜人に仕事を斡旋しているのが冒険者ギルドだ」
冒険者の仕事は主に、魔物退治や、魔物の発生によって瘴気に侵された地域の調査。
人間がやりたがらない、危険な仕事。
危険を冒す者、だから冒険者。
剣と魔法のファンタジーに憧れるのは、それがフィクションだからだ。
現実に命のやり取りをするとか、怖すぎて僕には無理。
東の亜人地区へ行くためとはいえ、冒険者としてやっていける気がしない。
「気負わなくていい。サクヤのことは俺が守る」
「カークさん……」
やだ、カークさんがかっこよすぎる。
うん、僕も、自分でできそうなことはちゃんとやろう。
「サクヤは、それよりも髪を見られないよう気を付けてくれ」
もう何回目かになる注意に、頷いてフードを更に深く下ろす。
このフード、大きくて顔が半分隠れるんだ。
ここまで下ろすと前なんか全然見えない。
ラーナに乗ってるだけだからそれでも良いんだけど。
「黒髪、だからですよね」
「そうだ。……黒髪が忌避される理由なんだが」
この世界には魔素と呼ばれるエネルギーが空気中に漂っているんだって。
で、魔法やスキルを使うにはその魔素が必要になるんだけど、使われなかった魔素は、空気と一緒に取り込まれ、身体に蓄積されていくんだとか。
そうして蓄積された魔素は、だんだん生物を凶悪に変化させる。
そのように変質した生物を、魔物と呼んでいるらしい。
「亜人も、変質しやすいんだ。体毛が黒くなり、目は赤く光り、他の生命を憎むかのように力を揮う。亜人が隔離されているっていうのは、そういう理由もある」
「そんな……」
魔物と化した亜人は、魔人と呼ばれる。
黒髪は、魔物の色であり、魔人の色。
「あの、じゃあ、カークさんも……?」
「俺のは生まれつきだ。瘴気を出しているわけでもなく、黒く変化もしていない」
生まれた時から変色していないと聞いてホッとしたけど、カークさんが少し不機嫌そうな顔になってしまって、慌てて謝る。
誰だって、お前は魔人になるのかと聞かれていい気はしない。
「あの、ところで、瘴気って何ですか?」
「瘴気は、魔物や魔人が出す有害なガスだ。毒気の強さは、魔物の強さに比例する」
ちょいちょい出てくる単語が気になって聞いてみた。
瘴気は森を涸らし、水を毒に変え、人を死に至らしめるんだって。何それ怖い。
吸い込んですぐにどうにかなるような濃度の瘴気は今のところ発生したことがないらしいけれど、それでも魔物を倒しても消えてなくなるわけではないんだとか。
その瘴気を浄化――無害化できるのが佳人だとか言われても、どうやればいいのかすら知らないのに。
「それで、カークさんが、集落を追放されたっていうのは……?」
「言葉どおりだ。サクヤを襲ったカイルたち4人を、族長が止めに入らなければ殺すところだった」
「じゃ、じゃあ、僕のせいで」
「それは違う。サクヤを襲ったカイルたちが悪い」
「ムムゥ~」
「ほら、ラーナもそう言ってる」
けど、それだって僕が佳人の香りで狂わせてしまったからなんじゃ。
僕がいなければ、あの人たちが僕を襲うことも、カークさんが報復して追放されることもなかった。
僕がカークさんの人生を狂わせてしまったんだ。
申し訳なさで、心が痛い。
僕が、カークさんにしてあげられることは何かあるのだろうか。
「サクヤ、着いたぞ。歩けるか?」
「あ、はい」
考え込んでいる間に、目的の建物に着いてしまっていた。
平屋が多かった住宅と違い、2階建てで広さもある。
けれど、周囲にも同じような高さの建物が並ぶから、そこまで目立った感じではない。
ラーナの手綱を柱に括ったカークさんに支えられて降りようとする。
けれど、身体に力が入らず、ぺたりと地面にへたり込んでしまった。
「すみません、まだ、無理みたいです」
「いや、傷が治る前に旅に連れ出したのは俺だからな。気にするな」
カークさんの言葉に、思わず顔が熱くなる。
違うんです……さっきの激しすぎるセックスのせいで、まだ腰が抜けているんです……。
なんて、恥ずかしすぎてそんなこと言えない。
カークさんは、僕が怪我のせいで動けないと思っているみたい。
確かに怪我はしているけれど、痛むのは殴られた頬とお腹、それと、乱暴に開かれた股関節。
何かに掴まりながらなら、たぶん歩けると思う。
だからこそ、怪我とは違う要因で歩けない事実が恥ずかしい。
「って、カークさん、何を!? お、下ろしてください!」
「歩けないんだろう? 大丈夫、落とさないから」
なんと、カークさんが僕を突然お姫様抱っこしたのだ。
カークさんの男前な顔が近くて、心臓がドキドキする。
いくら僕が小柄だからって、結構な重さがあるはずなのに、カークさんは余裕な表情。悔しい。
しかもそのままカークさんは建物に入ってしまうから、中にいる人の視線が僕たちに集中してしまった。
助かったけど、いいのかな?
フード越しに町の様子を窺うと、一昔前の木造平屋のような建物が並んでいる。
そして、こちらをチラチラと見ては顔を顰める人たち。
亜人が、という囁きも聞こえてきて、何だか嫌な感じだ。
「カークさん、さっきの話……」
「ん? ああ、冒険者登録か」
そっちじゃないんだけど、と口を挟む隙もなく、カークさんが話を続ける。
「冒険者登録は、亜人が亜人地区から出て生きていくための唯一の手段だ」
亜人は、基本的に一生を亜人地区で過ごすそうだ。
それは迫害され数を減らした亜人を保護するためであり、亜人が結束して武力蜂起させないためでもある。
許されているのは、亜人地区に隣接する商工町との交流のみ。
それも、決まった数名しか行き来できない。
「冒険者登録をした亜人は、亜人地区での保護の対象外になる」
亜人地区を出てどこにでも行けるようになるけれど、亜人を良く思わない人からの保護もまた受けられない。
生活の保障も、命の保障もない。
それが、さっき門衛さんが言っていたことか。
「そんな亜人に仕事を斡旋しているのが冒険者ギルドだ」
冒険者の仕事は主に、魔物退治や、魔物の発生によって瘴気に侵された地域の調査。
人間がやりたがらない、危険な仕事。
危険を冒す者、だから冒険者。
剣と魔法のファンタジーに憧れるのは、それがフィクションだからだ。
現実に命のやり取りをするとか、怖すぎて僕には無理。
東の亜人地区へ行くためとはいえ、冒険者としてやっていける気がしない。
「気負わなくていい。サクヤのことは俺が守る」
「カークさん……」
やだ、カークさんがかっこよすぎる。
うん、僕も、自分でできそうなことはちゃんとやろう。
「サクヤは、それよりも髪を見られないよう気を付けてくれ」
もう何回目かになる注意に、頷いてフードを更に深く下ろす。
このフード、大きくて顔が半分隠れるんだ。
ここまで下ろすと前なんか全然見えない。
ラーナに乗ってるだけだからそれでも良いんだけど。
「黒髪、だからですよね」
「そうだ。……黒髪が忌避される理由なんだが」
この世界には魔素と呼ばれるエネルギーが空気中に漂っているんだって。
で、魔法やスキルを使うにはその魔素が必要になるんだけど、使われなかった魔素は、空気と一緒に取り込まれ、身体に蓄積されていくんだとか。
そうして蓄積された魔素は、だんだん生物を凶悪に変化させる。
そのように変質した生物を、魔物と呼んでいるらしい。
「亜人も、変質しやすいんだ。体毛が黒くなり、目は赤く光り、他の生命を憎むかのように力を揮う。亜人が隔離されているっていうのは、そういう理由もある」
「そんな……」
魔物と化した亜人は、魔人と呼ばれる。
黒髪は、魔物の色であり、魔人の色。
「あの、じゃあ、カークさんも……?」
「俺のは生まれつきだ。瘴気を出しているわけでもなく、黒く変化もしていない」
生まれた時から変色していないと聞いてホッとしたけど、カークさんが少し不機嫌そうな顔になってしまって、慌てて謝る。
誰だって、お前は魔人になるのかと聞かれていい気はしない。
「あの、ところで、瘴気って何ですか?」
「瘴気は、魔物や魔人が出す有害なガスだ。毒気の強さは、魔物の強さに比例する」
ちょいちょい出てくる単語が気になって聞いてみた。
瘴気は森を涸らし、水を毒に変え、人を死に至らしめるんだって。何それ怖い。
吸い込んですぐにどうにかなるような濃度の瘴気は今のところ発生したことがないらしいけれど、それでも魔物を倒しても消えてなくなるわけではないんだとか。
その瘴気を浄化――無害化できるのが佳人だとか言われても、どうやればいいのかすら知らないのに。
「それで、カークさんが、集落を追放されたっていうのは……?」
「言葉どおりだ。サクヤを襲ったカイルたち4人を、族長が止めに入らなければ殺すところだった」
「じゃ、じゃあ、僕のせいで」
「それは違う。サクヤを襲ったカイルたちが悪い」
「ムムゥ~」
「ほら、ラーナもそう言ってる」
けど、それだって僕が佳人の香りで狂わせてしまったからなんじゃ。
僕がいなければ、あの人たちが僕を襲うことも、カークさんが報復して追放されることもなかった。
僕がカークさんの人生を狂わせてしまったんだ。
申し訳なさで、心が痛い。
僕が、カークさんにしてあげられることは何かあるのだろうか。
「サクヤ、着いたぞ。歩けるか?」
「あ、はい」
考え込んでいる間に、目的の建物に着いてしまっていた。
平屋が多かった住宅と違い、2階建てで広さもある。
けれど、周囲にも同じような高さの建物が並ぶから、そこまで目立った感じではない。
ラーナの手綱を柱に括ったカークさんに支えられて降りようとする。
けれど、身体に力が入らず、ぺたりと地面にへたり込んでしまった。
「すみません、まだ、無理みたいです」
「いや、傷が治る前に旅に連れ出したのは俺だからな。気にするな」
カークさんの言葉に、思わず顔が熱くなる。
違うんです……さっきの激しすぎるセックスのせいで、まだ腰が抜けているんです……。
なんて、恥ずかしすぎてそんなこと言えない。
カークさんは、僕が怪我のせいで動けないと思っているみたい。
確かに怪我はしているけれど、痛むのは殴られた頬とお腹、それと、乱暴に開かれた股関節。
何かに掴まりながらなら、たぶん歩けると思う。
だからこそ、怪我とは違う要因で歩けない事実が恥ずかしい。
「って、カークさん、何を!? お、下ろしてください!」
「歩けないんだろう? 大丈夫、落とさないから」
なんと、カークさんが僕を突然お姫様抱っこしたのだ。
カークさんの男前な顔が近くて、心臓がドキドキする。
いくら僕が小柄だからって、結構な重さがあるはずなのに、カークさんは余裕な表情。悔しい。
しかもそのままカークさんは建物に入ってしまうから、中にいる人の視線が僕たちに集中してしまった。
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