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10 人間しかいない町
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振動を感じて目が覚める。
ラーナの背の上、カークさんに抱かれ眠っていたことに気付き、ギョッとする。
思わずのけ反ってしまい、落ちそうになった僕をカークさんが慌てて抱き寄せる。
「驚かせてすまない。日が暮れる前に町に入りたくて」
「いえ……」
心臓がバクバク言っているのは、落ちそうになったからなのか、カークさんの逞しい腕に抱かれていたからなのか。
無理にでも慣れて貰うと、ずっと抱きしめられた状態で移動していたのに、まだ慣れることはできないみたいだ。
けど、朝抱き上げられるだけで叫んで震えていたことを思えば、だいぶマシになったと思う。
カークさんの顔がまともに見られなくて、ラーナのモップのようなごわついた毛に視線を落とす。
「あの……まだ、臭いますか?」
「いや、だいぶ薄くなった。これなら、獣人でもよほど近寄らなければ大丈夫だろう」
よかった。
理性を奪う香りが出ているとか、恐怖でしかない。
カークさんに抱かれたらそれが薄くなったとか、嫌だけど、僕が佳人だと認めるしかないようだ。
カークさんの大きくなったものが当たっているのは、気づかないふりをしておこう。うん。
「サクヤの香りが強くなったからだが、町に着く前に済ませられてよかった」
「?」
「今向かっている町には、獣人が泊まれる宿はないんだ」
カークさん達銀猫族の集落を管理するために作られた町らしい。
町の港以外の場所は、崖などで海に降りられなかったり、潮流の関係で沖まで出られなかったりで、その町から出る船以外では本土へ辿り着けないそうだ。
名目上は迫害されている亜人の保護、ということで、集落では生産できない金属製品やガラス製品などを融通するための商工窓口の役割を与えられている町。
けれど、そこに亜人は一人もおらず、亜人に対する偏見も強いという。
其れ故、亜人のための宿などなく、野宿するか集落に戻れという態度なのだそうだ。
僕を送り届けるために、カークさんをそんな環境に連れ出さなければならないことが心苦しい。
「族長によれば、本土の連中よりは多少マシらしいが」
「あの、ごめんなさい。僕のせいで……」
「いや、サクヤのせいじゃないから。それに……」
「ムムゥ~」
「! えっ? 今の声、ラーナ?」
「はは、ラーナもサクヤは悪くないって言ってる」
ヤギのようなしゃがれた高い鳴き声。結構でかい。
これまで全然鳴かないから、そういう生態なのかと思ってた。
あれ? さっきカークさん何か言いかけてたような?
ラーナの鳴き声で驚いて、聞きそびれちゃった。
「あ、サクヤ、ほら。見えてきた」
「あれが、町……」
「サクヤ、ここからはなるべく髪や顔を見られないように気を付けて」
「は、はい」
まだ少し遠いけれど、壁のようなものが見える。
亜人差別が強く、人間しかいないと聞いたせいか、町を囲むその壁が、外から来る者を拒んでいるように感じてしまう。
近づいていくと、門の前に武装した人が二人いることが分かった。
門の傍には、大きな鐘。紐が門の中ほどまで垂れていて、それを引いて鳴らすのかな?
門衛からも僕たちが見える距離だと気づき、慌ててフードを引き下げ、下を向く。
「おや、カークじゃないか。連れがいるなんて珍しいな」
「俺の番だ。あまり見るな」
「ハハッ! 少しくらい見たって減るもんじゃねぇだろうが。しかし、そうか。お前が番をなぁ。新婚旅行ってところか? なら、御祝儀代わりだ。入町料は俺が出してやる」
「すまない、恩に着る」
あれ?
なんか、聞いていた話と違ってフレンドリーだ。
って、それより、新婚旅行って何? カークさんも、何で頷いているの!?
えっと、話合わせた方がいいのかな?
「俺達は、冒険者登録をして東に移る。ここに戻ることはもうない」
「いやいや、本土は亜人には暮らしにくいし、集落に戻った方がいい」
最初にカークさんに声をかけた門衛さんが慌てたように集落に戻れと言う。
もう一人の門衛さんも、亜人のお前たちが冒険者だなんて、亜人を殺したい連中のカモになるだけだと説得してくる。
それが親切心からなのか、亜人であるカークさんを集落から出さないようにするためなのかは判別できないけれど。
前者だったらいいなぁ。
「いや、ちょっとカイルたちとの喧嘩が行き過ぎて、半殺しにしてしまって。族長から集落を追放された。だから戻れないんだ」
「なんだって? それ、悪いのは絶対カイルだろ? 何でカークが追放なんだ?」
「おい、やめろ。既に集落内で決まったなら、俺達が口を出すことじゃない」
「それもそうだな。カーク、出ていくなら、南の街道は避けた方がいい。最近そこを通った連中が失踪していると聞く」
「ああ。族長からも、少し険しいが北の旧道を行くよう勧められた」
え? カークさんが、追放?
どういうこと?
聞きたいけれど、今は口を挟むわけにはいかない。
じゃないと、僕が集落の亜人じゃないってバレる。
「はぁ、わかっているとは思うが、集落を出たら自分たちの生活も命も全部自分の責任だ。人間に危害を加えるようなことがあれば、俺達は容赦なくお前たちを処罰しなければならん」
「わかってる」
「ならいい。冒険者登録と本土への連絡船の申請はギルドでやっている。大通りを進んで港に出た所の右の建物だ」
「ありがとう」
ぺこりと軽く頭を下げると、門衛さんが笑顔で手を振ってくれた。
うん、最後まで親切だった。
ラーナの背の上、カークさんに抱かれ眠っていたことに気付き、ギョッとする。
思わずのけ反ってしまい、落ちそうになった僕をカークさんが慌てて抱き寄せる。
「驚かせてすまない。日が暮れる前に町に入りたくて」
「いえ……」
心臓がバクバク言っているのは、落ちそうになったからなのか、カークさんの逞しい腕に抱かれていたからなのか。
無理にでも慣れて貰うと、ずっと抱きしめられた状態で移動していたのに、まだ慣れることはできないみたいだ。
けど、朝抱き上げられるだけで叫んで震えていたことを思えば、だいぶマシになったと思う。
カークさんの顔がまともに見られなくて、ラーナのモップのようなごわついた毛に視線を落とす。
「あの……まだ、臭いますか?」
「いや、だいぶ薄くなった。これなら、獣人でもよほど近寄らなければ大丈夫だろう」
よかった。
理性を奪う香りが出ているとか、恐怖でしかない。
カークさんに抱かれたらそれが薄くなったとか、嫌だけど、僕が佳人だと認めるしかないようだ。
カークさんの大きくなったものが当たっているのは、気づかないふりをしておこう。うん。
「サクヤの香りが強くなったからだが、町に着く前に済ませられてよかった」
「?」
「今向かっている町には、獣人が泊まれる宿はないんだ」
カークさん達銀猫族の集落を管理するために作られた町らしい。
町の港以外の場所は、崖などで海に降りられなかったり、潮流の関係で沖まで出られなかったりで、その町から出る船以外では本土へ辿り着けないそうだ。
名目上は迫害されている亜人の保護、ということで、集落では生産できない金属製品やガラス製品などを融通するための商工窓口の役割を与えられている町。
けれど、そこに亜人は一人もおらず、亜人に対する偏見も強いという。
其れ故、亜人のための宿などなく、野宿するか集落に戻れという態度なのだそうだ。
僕を送り届けるために、カークさんをそんな環境に連れ出さなければならないことが心苦しい。
「族長によれば、本土の連中よりは多少マシらしいが」
「あの、ごめんなさい。僕のせいで……」
「いや、サクヤのせいじゃないから。それに……」
「ムムゥ~」
「! えっ? 今の声、ラーナ?」
「はは、ラーナもサクヤは悪くないって言ってる」
ヤギのようなしゃがれた高い鳴き声。結構でかい。
これまで全然鳴かないから、そういう生態なのかと思ってた。
あれ? さっきカークさん何か言いかけてたような?
ラーナの鳴き声で驚いて、聞きそびれちゃった。
「あ、サクヤ、ほら。見えてきた」
「あれが、町……」
「サクヤ、ここからはなるべく髪や顔を見られないように気を付けて」
「は、はい」
まだ少し遠いけれど、壁のようなものが見える。
亜人差別が強く、人間しかいないと聞いたせいか、町を囲むその壁が、外から来る者を拒んでいるように感じてしまう。
近づいていくと、門の前に武装した人が二人いることが分かった。
門の傍には、大きな鐘。紐が門の中ほどまで垂れていて、それを引いて鳴らすのかな?
門衛からも僕たちが見える距離だと気づき、慌ててフードを引き下げ、下を向く。
「おや、カークじゃないか。連れがいるなんて珍しいな」
「俺の番だ。あまり見るな」
「ハハッ! 少しくらい見たって減るもんじゃねぇだろうが。しかし、そうか。お前が番をなぁ。新婚旅行ってところか? なら、御祝儀代わりだ。入町料は俺が出してやる」
「すまない、恩に着る」
あれ?
なんか、聞いていた話と違ってフレンドリーだ。
って、それより、新婚旅行って何? カークさんも、何で頷いているの!?
えっと、話合わせた方がいいのかな?
「俺達は、冒険者登録をして東に移る。ここに戻ることはもうない」
「いやいや、本土は亜人には暮らしにくいし、集落に戻った方がいい」
最初にカークさんに声をかけた門衛さんが慌てたように集落に戻れと言う。
もう一人の門衛さんも、亜人のお前たちが冒険者だなんて、亜人を殺したい連中のカモになるだけだと説得してくる。
それが親切心からなのか、亜人であるカークさんを集落から出さないようにするためなのかは判別できないけれど。
前者だったらいいなぁ。
「いや、ちょっとカイルたちとの喧嘩が行き過ぎて、半殺しにしてしまって。族長から集落を追放された。だから戻れないんだ」
「なんだって? それ、悪いのは絶対カイルだろ? 何でカークが追放なんだ?」
「おい、やめろ。既に集落内で決まったなら、俺達が口を出すことじゃない」
「それもそうだな。カーク、出ていくなら、南の街道は避けた方がいい。最近そこを通った連中が失踪していると聞く」
「ああ。族長からも、少し険しいが北の旧道を行くよう勧められた」
え? カークさんが、追放?
どういうこと?
聞きたいけれど、今は口を挟むわけにはいかない。
じゃないと、僕が集落の亜人じゃないってバレる。
「はぁ、わかっているとは思うが、集落を出たら自分たちの生活も命も全部自分の責任だ。人間に危害を加えるようなことがあれば、俺達は容赦なくお前たちを処罰しなければならん」
「わかってる」
「ならいい。冒険者登録と本土への連絡船の申請はギルドでやっている。大通りを進んで港に出た所の右の建物だ」
「ありがとう」
ぺこりと軽く頭を下げると、門衛さんが笑顔で手を振ってくれた。
うん、最後まで親切だった。
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