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4 花は拒絶する
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気が付くと、知らない部屋だった。
起き上がろうとすると身体が重怠く、腰が悲鳴を上げている。
見ず知らずの男性に抱かれたのは、夢ではなかったらしい。
キスだって、初めてだったのに。あんな……思い出すだけでも恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
「すまない、無理をさせた」
僕が悶絶していると、服をきちんと着込んだ青年が僕の上体を起こすのを手伝ってくれた。
相手の顔を見る余裕などなかった僕は、そこで初めて相手をじっと見る。
猫耳が生えてるように見えたのは、気のせいではなかった。
叱られている時の猫のように、ペタリと後ろに倒れている。わかりやすい。
「かぁ、くん?」
「……カークだ」
耳先の長い焦げ茶の毛が耳を尖って見せるところも、片耳の毛に白いメッシュのような柄が入っているところも、かぁくんの特徴そのままで。
鼻筋の通った顔立ちに金色がかった翡翠の瞳もかぁくんと同じで。
かぁくんが人に化けたのかと割と本気で思ってしまったのだけれど、違ったらしい。
細長い尻尾を不機嫌そうに揺らしながら、青年はカークと名乗った。
同年代くらいに見えるけれど、体格は格闘技選手のようにがっしりとしている。
着せてもらっている服がぶかぶかすぎて、体格差に軽くへこむ。
「あ、僕は、兎木咲夜です」
「トキサクヤ」
「咲夜が名前で、兎木が家名です」
「サクヤ」
相手の名前を聞いたのに、まだ名乗ってなかったと気づいて名前を教える。
カークさんは、何だか嬉しそうに「サクヤ、サクヤ」と僕の名前を繰り返す。
何故か僕の手をぎゅっと握って。
「あの……何で、僕に、その……」
あんな事したのか、と聞こうとしたけど聞きづらい。
男の僕から見ても見惚れてしまうくらい格好いい人から、そういう趣味でとか性欲発散のためとか答えが返ってくるのも嫌だ。
寝ている間に服を着せてくれていたり、起きてからもいやらしいことをしようとしない。少なくとも、今のカークさんは紳士的だ。
混乱して俯いた僕の頭を、カークさんがそっと撫でてきた。
「ここは、サクヤのいた世界ではない」
「……あ、はい」
うん、知ってた!
思わずカークさんの頭の上に生える猫耳を見てしまう。
僕の世界には獣人なんて物語の中にしかいない。
感情豊かに動く耳が作り物だとは思えないし、カークさんの言うとおり異世界なんだと納得するしかないよね。
あれ? でも、何でカークさん、僕が異世界から来たってわかるの?
「サクヤのように、異世界から来た存在をこちらでは佳人と呼ぶ」
カークさんは、淡々と説明をしてくれた。
右も左もわからない世界で、こうしていろいろ教えてくれる人と出逢えた僕は運が良かったのかもしれない。
でも……!
「えっと、じゃあ、その、今夜も……?」
「ああ。ここに、俺の精を注ぐ必要がある」
カークさんが僕の下腹部に触れる。
顔がかっと熱くなる。鏡を見なくても、顔が真っ赤になったのがわかった。
佳人である僕は、毎晩男性から体内に射精してもらわないと死んでしまうんだって。
何それ、どこのサキュバスだよ。
「む、無理……!」
「そうか……だが、俺はサクヤを他の男に抱かせる気はない」
「他の男とかじゃなくて、行為そのものが嫌なの!」
反射的に怒鳴ってしまった。
カークさんの耳がピャッと後ろを向き、尻尾が不機嫌そうに揺れる。
けれど、耳や尻尾の動きを見るまでもなく、不機嫌が貌に現れている。
親切にしてくれたのに、怒らせてしまっただろうか。
ここが異世界なのは疑いようがないけれど。
だからって僕がその、男に抱かれないと死んでしまう佳人だとは限らないじゃないか。
カークさんだって、佳人は皆見目麗しい女性だって言った。
「カークさんだって、そんな義務みたいに体を重ねるのは嫌でしょう?」
「サクヤが相手ならむしろ喜んで」
おおぅ、そうか、喜んじゃうのか……。
イケメンの笑顔ずるい。うっかりときめいたじゃないか。
正直、カークさんが嫌だってわけじゃない。
昨夜の意識は朦朧としてはいたけれど、僕に触れる手も、見つめる眼差しも凄く優しかったのは覚えている。
ただ、凄く、恥ずかしいだけだ。
今だって、際どい部分を撫でられたけど、嫌悪感より羞恥心の方が勝っている。
「でも、僕は佳人じゃありません。だから」
「いや、サクヤは佳人だ。この甘い香りが証拠だ」
抱く必要はないのだという言葉を遮って、断言するカークさん。
香り? 自分ではわからないけれど、と思わず体臭を確認してしまう。
他にも、死にかけていたとか、抱いたら意識が戻ったとか。
昨夜の頭痛や吐き気が、その証拠なんだと言われても。
「とにかく、僕は佳人じゃありません!」
「だが、ここではない世界から来たのだろう?」
「そ、それは認めますが……」
「なら、やはりサクヤは佳人だ」
何と言われても自分が佳人だと認めたくない僕と、断言するカークさん。
話はずっと平行線で。
ふぅ、と重々しい溜息を吐いてカークさんが急に立ち上がった。
「少し、頭を冷やしてくる。夜までには戻る」
真顔で急に顔を近づけると、耳元で「戻ったら抱く」と囁いてきた。
そのまま僕の頬に軽くキスをすると、カークさんは宣言どおり出て行ってしまった。
ベッドに一人残された僕は、毛布に潜って顔を覆う。顔から火が出るかと思った。
ほんと、イケメンずるい……。
起き上がろうとすると身体が重怠く、腰が悲鳴を上げている。
見ず知らずの男性に抱かれたのは、夢ではなかったらしい。
キスだって、初めてだったのに。あんな……思い出すだけでも恥ずかしくて、顔から火が出そうだ。
「すまない、無理をさせた」
僕が悶絶していると、服をきちんと着込んだ青年が僕の上体を起こすのを手伝ってくれた。
相手の顔を見る余裕などなかった僕は、そこで初めて相手をじっと見る。
猫耳が生えてるように見えたのは、気のせいではなかった。
叱られている時の猫のように、ペタリと後ろに倒れている。わかりやすい。
「かぁ、くん?」
「……カークだ」
耳先の長い焦げ茶の毛が耳を尖って見せるところも、片耳の毛に白いメッシュのような柄が入っているところも、かぁくんの特徴そのままで。
鼻筋の通った顔立ちに金色がかった翡翠の瞳もかぁくんと同じで。
かぁくんが人に化けたのかと割と本気で思ってしまったのだけれど、違ったらしい。
細長い尻尾を不機嫌そうに揺らしながら、青年はカークと名乗った。
同年代くらいに見えるけれど、体格は格闘技選手のようにがっしりとしている。
着せてもらっている服がぶかぶかすぎて、体格差に軽くへこむ。
「あ、僕は、兎木咲夜です」
「トキサクヤ」
「咲夜が名前で、兎木が家名です」
「サクヤ」
相手の名前を聞いたのに、まだ名乗ってなかったと気づいて名前を教える。
カークさんは、何だか嬉しそうに「サクヤ、サクヤ」と僕の名前を繰り返す。
何故か僕の手をぎゅっと握って。
「あの……何で、僕に、その……」
あんな事したのか、と聞こうとしたけど聞きづらい。
男の僕から見ても見惚れてしまうくらい格好いい人から、そういう趣味でとか性欲発散のためとか答えが返ってくるのも嫌だ。
寝ている間に服を着せてくれていたり、起きてからもいやらしいことをしようとしない。少なくとも、今のカークさんは紳士的だ。
混乱して俯いた僕の頭を、カークさんがそっと撫でてきた。
「ここは、サクヤのいた世界ではない」
「……あ、はい」
うん、知ってた!
思わずカークさんの頭の上に生える猫耳を見てしまう。
僕の世界には獣人なんて物語の中にしかいない。
感情豊かに動く耳が作り物だとは思えないし、カークさんの言うとおり異世界なんだと納得するしかないよね。
あれ? でも、何でカークさん、僕が異世界から来たってわかるの?
「サクヤのように、異世界から来た存在をこちらでは佳人と呼ぶ」
カークさんは、淡々と説明をしてくれた。
右も左もわからない世界で、こうしていろいろ教えてくれる人と出逢えた僕は運が良かったのかもしれない。
でも……!
「えっと、じゃあ、その、今夜も……?」
「ああ。ここに、俺の精を注ぐ必要がある」
カークさんが僕の下腹部に触れる。
顔がかっと熱くなる。鏡を見なくても、顔が真っ赤になったのがわかった。
佳人である僕は、毎晩男性から体内に射精してもらわないと死んでしまうんだって。
何それ、どこのサキュバスだよ。
「む、無理……!」
「そうか……だが、俺はサクヤを他の男に抱かせる気はない」
「他の男とかじゃなくて、行為そのものが嫌なの!」
反射的に怒鳴ってしまった。
カークさんの耳がピャッと後ろを向き、尻尾が不機嫌そうに揺れる。
けれど、耳や尻尾の動きを見るまでもなく、不機嫌が貌に現れている。
親切にしてくれたのに、怒らせてしまっただろうか。
ここが異世界なのは疑いようがないけれど。
だからって僕がその、男に抱かれないと死んでしまう佳人だとは限らないじゃないか。
カークさんだって、佳人は皆見目麗しい女性だって言った。
「カークさんだって、そんな義務みたいに体を重ねるのは嫌でしょう?」
「サクヤが相手ならむしろ喜んで」
おおぅ、そうか、喜んじゃうのか……。
イケメンの笑顔ずるい。うっかりときめいたじゃないか。
正直、カークさんが嫌だってわけじゃない。
昨夜の意識は朦朧としてはいたけれど、僕に触れる手も、見つめる眼差しも凄く優しかったのは覚えている。
ただ、凄く、恥ずかしいだけだ。
今だって、際どい部分を撫でられたけど、嫌悪感より羞恥心の方が勝っている。
「でも、僕は佳人じゃありません。だから」
「いや、サクヤは佳人だ。この甘い香りが証拠だ」
抱く必要はないのだという言葉を遮って、断言するカークさん。
香り? 自分ではわからないけれど、と思わず体臭を確認してしまう。
他にも、死にかけていたとか、抱いたら意識が戻ったとか。
昨夜の頭痛や吐き気が、その証拠なんだと言われても。
「とにかく、僕は佳人じゃありません!」
「だが、ここではない世界から来たのだろう?」
「そ、それは認めますが……」
「なら、やはりサクヤは佳人だ」
何と言われても自分が佳人だと認めたくない僕と、断言するカークさん。
話はずっと平行線で。
ふぅ、と重々しい溜息を吐いてカークさんが急に立ち上がった。
「少し、頭を冷やしてくる。夜までには戻る」
真顔で急に顔を近づけると、耳元で「戻ったら抱く」と囁いてきた。
そのまま僕の頬に軽くキスをすると、カークさんは宣言どおり出て行ってしまった。
ベッドに一人残された僕は、毛布に潜って顔を覆う。顔から火が出るかと思った。
ほんと、イケメンずるい……。
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