配達人~奇跡を届ける少年~

禎祥

文字の大きさ
上 下
57 / 64
四通目 おまけの話

4、少女と子犬 ④

しおりを挟む
 人形店を出た僕は、楓と共にマロンの辿った道を追っていた。
 気になったのは、マロンのなくなった首輪の行方。覗いた記憶の中で、首が絞まる感覚がした場所があった。
 蔦に覆われた古い家の塀だった。身動きが取れなくなったマロンの首輪を外したのは、その蔦屋敷の隣に住む若い女性。首輪はその後どうなっただろう?

「あ、ここ!」

 とても特徴的な家だから、いくらもしないうちにすぐ見つかった。
 人形店からあまり遠くない通り。記憶の中そのままの家だけど、どうやら無人の家のようだ。塀はひび割れ、そこから蔦や木の枝が付き出している。きっとこの枝に引っかかったのだろう。


 ピンポーン……ピポピポピポピポ

「ちょ、楓!」
「うるさいわね! 誰よ!」

 何度チャイムを押しても反応がない様子に楓がチャイムを連打し始め、止めようとしたところをジャージに眼鏡姿の女の人が凄い形相で出てきた。
 マロンの見た人は眼鏡をかけていなかったけど、たぶんこの人だ。

「あの、この前子犬を助けてくれませんでした?」
「え? ええ」

 お姉さんは確かにマロンを助けたその人で。
 話をするのに家に入れてくれたんだけど、トイプードルを始めいろんな犬がいた。
 正直、世話をし切れていないんじゃないかって思ってしまうような環境で。

「酷いでしょう? 捨てられている子や虐待されている子を見るとつい拾ってしまって。でももう飼いきれなくて、市の役員からもいろいろ言われてるの」

 部屋の状況を恥ずかしそうに言うお姉さん。
 それまでは何とかやってこれていたのだが、染みついた体臭が原因で仕事を辞めさせられたらしい。それで、自分の食事も犬達の食事も満足に調達できなくなって、市やボランティアの人に助けを求めて少しずつ引き取り先を探して手放しているのだと。
 そう語るお姉さんはとても悔しそうに唇を噛み締めた。

「こんなことになってしまったけど、この子達は私の家族なの。できれば手放したくないけど」

 この子達が幸せになることが最優先だもの、というお姉さん。
 仕事を探しながら、趣味で描いていた絵本をネットで売ったりして何とか生きているんだって。

「話が逸れちゃったわね。それで、助けを求めるような声が聞こえて見に行ったらうちの子そっくりな子が身動き取れなくなっていたの」

 首輪を外した途端逃げてしまって保護できなかったのだけど、と首輪を返してくれた。

「それで、あの子はちゃんと家に帰れた?」
「それが……」

 僕はマロンの顛末をお姉さんに伝えた。
 お姉さんはマロンに自分の犬達を重ねてしまったのか、ボロボロと泣いてしまった。優しい人なんだ。
 そんなお姉さんを心配そうに舐めるやせ細った犬達。この子達も、このまま引き取り先が見つからなければマロンのようになってしまうのだろうか?
 お姉さんだって、ジャージから覗く身体が異様に細い。食事のほとんどを犬達にあげているからだ。何とかしてあげたい……そうだ!

「ねえ、楓。あの人形店にもう一度行きたいんだけど。お姉さん、一緒に来て!」
「え、ええ。大丈夫だけど。何……?」



 僕はお姉さんを強引に連れて人形店に戻ってきた。
 人形を怖がられることを悲しく思っているおじいさん。仕事がなくて家族を養えなくなっているお姉さん。おじいさんさえ了承してくれれば、いっぺんに救えると思うの。

「お姉さん、このお店の人形たちに物語を作ってよ。で、おじいさんはお姉さんにご飯を食べさせてあげて」
「「え?」」

 僕の突然の提案に、二人は目を見合わせてどういうことかと首を傾げる。

「お姉さん、ここの人形どう思う?」
「とても綺麗だけど……リアルすぎて、少し怖いわね」

 その返答を聞いて、おじいさんが悲しそうな顔をする。
 でも、言われ続けてきたことだからか、怒ったりはしない。

「うん、だから、怖くないように、一体一体に素敵な物語をつけて欲しいの。それで、それをお店のホームページに載せて欲しい。そうすれば、皆この子達が怖いなんて言わなくなるよ」
「確かに、ただこうして並べているよりも物語ごと愛してもらえるようになるな」

 楓が僕のアイディアに感心したように頷く。
 楓が言うには、人は物そのものではなくて、それにまつわるエピソードを大切にするんだって。
 だから、物語を気に入ればずっと手元に置いて語りたくなるだろうって。

「その物語の絵本を作って人形の購入者にプレゼントするってのはどうだ?」
「うわぁ、良いね! それ良い! きっと色んな人に見せたくなるね!」

 楓が思いついたように言う。
 僕のも思いつきだけど、でも、とても素敵だと思うんだ。
 もっとも、作るのは大変だし、決めるのはおじいさんとお姉さんだけど。
 チラ、と二人を見ると、見つめ合っていた二人は不思議そうな顔だったのが決意に満ちた顔になっていた。

「……やって、いただけますか?」
「是非やらせてください!」

 もし作成していただけるのならば……というおじいさんの声に被せてお姉さんが返事をした。
 絵本を作ってネットで売っていたというお姉さん。でもそれは全部手作りの一点物で、趣味としか呼べない物だったらしい。
 でも、それが今お店の商品に付随するものとして求められている。お姉さんは今日で一番キラキラした顔で笑った。


 作成していただいた人形の価格の一割を報酬としてお支払いします、とおじいさんが言った。サイトに乗せる物語そのものに対しての支払いと、絵本が完成したらそれに対してに支払うって。
 一体一体は数万円~数十万円だから、報酬としては決して高くはないけれど、とお爺さんが申し訳なさそうに言う。本当は誰かを雇う余裕がないんだって。
 それでもお姉さんのやる気は変わらなかった。

 そこからのお姉さんは凄かった。ショーウィンドウの人形はそのままのエピソードを、その他の人形たちは作った時のイマジネーションなどを聞き取ってあっという間に作ってしまった。
 物語を載せた後は、写真やイラストも使ってホームページも作り直してた。
 その間にも、ホームページの物語を見て人形が欲しくなったという問い合わせが来て。おじいさんはお姉さんを正式に雇用することを決めた。
 お姉さんを連れて帰る時、深々と頭を下げていたおじいさんの姿が忘れられない。


「良かった。これであの子達にご飯を食べさせてあげられる」
「うんうん、おじいさんも喜んでいたね」

 お姉さんにとって犬達が家族なように、おじいさんにとって人形は我が子にも等しいものだったのだろう。
 怖がられていた子達が、物語をもらったことで愛される存在になった。それがとても嬉しいと言っていた。

「それで、ね、お姉さん。マロンを亡くしたおばちゃんがね、毎日毎日マロンを探して街をウロウロしているの。可哀想で。お姉さんが大事にしているトイプードル、譲ってあげられないかな」

 それは、お姉さんの家族を奪ってしまうということだけど。
 せっかく、家族を養えると喜んでいたところだったのに、その家族をくれだなんて酷いことを僕は言っている。
 お姉さんは、しばらく悩んだ感じだったけど、頷いてくれた。

「本当を言うと、譲りたくはない。でも、今の私には世話をしきれないって、市役所の人にもボランティアの人にも言われ続けてて自分でもわかってる。仕事は見つかったけれど、それで世話をできる頭数ではないって。だから」

 大切にしてって伝えてください、と泣きながらトイプードルの中でも一番幼い子犬を譲ってくれた。
 成犬ではなく子犬を譲ってくれたのは、その方が懐きやすいって言う理由の他に、一番体力がなくて保護が必要だからなんだって。



 あれから半年、その子犬は今、やせ細っていたなんて想像もできないくらい元気に走り回っている。
 マロンと呼ばれて、嬉しそうに。一緒にいるおばさんもとても嬉しそうだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

夫の裏切りの果てに

恋愛
 セイディは、ルーベス王国の第1王女として生まれ、政略結婚で隣国エレット王国に嫁いで来た。  夫となった王太子レオポルドは背が高く涼やかな碧眼をもつ美丈夫。文武両道で人当たりの良い性格から、彼は国民にとても人気が高かった。  王宮の奥で大切に育てられ男性に免疫の無かったセイディは、レオポルドに一目惚れ。二人は仲睦まじい夫婦となった。  結婚してすぐにセイディは女の子を授かり、今は二人目を妊娠中。  お腹の中の赤ちゃんと会えるのを楽しみに待つ日々。  美しい夫は、惜しみない甘い言葉で毎日愛情を伝えてくれる。臣下や国民からも慕われるレオポルドは理想的な夫。    けれど、レオポルドには秘密の愛妾がいるらしくて……? ※ハッピーエンドではありません。どちらかというとバッドエンド?? ※浮気男にざまぁ!ってタイプのお話ではありません。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

妻のち愛人。

ひろか
恋愛
五つ下のエンリは、幼馴染から夫になった。 「ねーねー、ロナぁー」 甘えん坊なエンリは子供の頃から私の後をついてまわり、結婚してからも後をついてまわり、無いはずの尻尾をブンブン振るワンコのような夫。 そんな結婚生活が四ヶ月たった私の誕生日、目の前に突きつけられたのは離縁書だった。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

(完結)私より妹を優先する夫

青空一夏
恋愛
私はキャロル・トゥー。トゥー伯爵との間に3歳の娘がいる。私達は愛し合っていたし、子煩悩の夫とはずっと幸せが続く、そう思っていた。 ところが、夫の妹が離婚して同じく3歳の息子を連れて出戻ってきてから夫は変わってしまった。 ショートショートですが、途中タグの追加や変更がある場合があります。

処理中です...