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三通目 親子の情
#13
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お兄さんの先導で、大沢総合病院へ。
手ぶらで行くわけにはいかない、とお爺さんが途中で花束を買った。つわりが酷いなら食べ物じゃないほうが良いだろうって。花と色は一花さんの好みに合わせてお兄さんが選んだ。
「あれ、香月? どうしたんだこんな所で?」
東棟に入るなり、お父さんと出くわしてしまった。
その質問には「あんなに病院に来るの嫌がってたじゃないか」という疑問がありありと込められていた。
「ちょっとね。あ、ねぇお父さん、ここに一花ってお姉さん入院してるでしょ? えっと、201号室?」
「ん? ああ、森田さんね。うん、そこのエレベーターで二階に行って、左に行った突き当り右側の部屋だよ。入る前に消毒液があるから手を消毒してね」
僕が花束を持ったお爺さんを連れているので事情を察してくれたみたいで、エレベーターに通じるガラスドアのカードキーを開けながら簡単に説明してくれる。
ここ、大沢総合病院は病棟が複数あり、この東棟が産婦人科だ。
自動ドアが二重構造になっていて、入る前に消毒をしないといけない。
さらに、エレベーターに乗る前にナースステーションに声を掛けてドアを開けてもらわないといけないという、入院する女性を配慮した高セキュリティの病棟で有名だ。そして、各病室の前にも消毒液が設置してある。院内感染を防ぐためなんだろう。
「君のお父さんは、君が学校をサボっていることについて何も言わないのか?」
「うん……ああ、いや、無理しなくて良いって言ってくれてるよ? 僕が馴染めていないのを解ってくれてるの」
「そうか……」
でも最近は頑張って通うようにしてるって言ったらお爺さんはそれ以上追求してこなかった。
教えてもらった病室に入ると、痛々しいほど細い腕に点滴を刺したお姉さんが上体を起こして本を読んでいた。
ショートヘアが良く似合う綺麗な人だ。
声を掛ける前に、お姉さんの方が僕らに気付いて声を掛けてきた。
「貴方は……敏さんのお父さん?」
「はい。一花さん、ですか?」
お爺さんの方は今日初めてお姉さんを知ったが、お姉さんの方はお爺さんのことをお兄さんに聞いて知っているようだった。
「敏さんは……? それに、そっちの子は……?」
弟がいるなんて聞いてない、と不思議そうな顔をするので名乗る。
「初めまして。僕は香月です。敏郎さんに頼まれて、お爺さんと敏郎さんの想いをお届けに来ました」
「え?」
顔にありありと「?」マークが浮かぶお姉さんの手をぎゅっと握る。お兄さんが視えるように。
「敏さん! 急に来なくなって、どうしたの? 連絡も取れなかったから、あたし不安で……」
身動きが取れないみたいで、点滴に繋がれていない右腕を伸ばしてお兄さんに触れようとする。
しかし、その指先はお兄さんに触れることがなく、スッ、とすり抜けてしまった。
「え……どうして? 敏さん、触れない……ここにいるのに」
困惑したようにスカスカと何度も手を動かすお姉さんに、お兄さんは小さくごめん、と呟いた。
『一花、ごめん。俺、死んじまったんだ』
「嘘! だって、敏さんここにいるじゃない! ホログラムか何かなんでしょ? こんな手の込んだことして……もう驚いたから。だから、ちゃんと出てきて……」
お姉さんはボロボロと涙を流す。こういう人は何度も見てきた。お姉さんもきっと、頭じゃ理解しているけれど認めたくないんだろう。
「嘘じゃないんだ。一花さん。あのバカは、先月トラックに轢かれて……」
泣き崩れるお姉さんを慰めるようにお爺さんがそっと触れてそう伝える。
『それでな、一花。遅くなったけど、これ……』
お兄さんの代わりに僕が青い小さな箱を取り出して渡す。
『順番が違うし、今となっては意味がないけど』
「……本当に、遅いよ、バカ……」
箱に入っていたのはキラキラした綺麗な台座に小さな宝石のついた指輪。
お姉さんは、嬉しそうにも悲しそうにも見える笑顔で泣きながらそれを自分で左手の薬指に填めた。
「……指輪、だけ? 言ってはくれないの?」
期待に満ちた目でお姉さんがお兄さんを見上げる。
『いや、だって……』
「言って。お願い。意味があるとかないとかは関係ないの」
『……一花、俺と、結婚してください』
「はい。喜んで」
お姉さんは、大粒の涙を流しながらも、それでも笑顔をお兄さんに向ける。
『ありがとう、一花。幸せにしてやれなくて、ごめん。置いていっちまって、ごめん。でも、これから先の事を親父に頼んである。金も、結婚資金に、って貯めてたのが少しならある。その指輪も、生活資金にしてしまっていい。だから』
「売らないよ。絶対。だって、敏さんが私のために選んでくれたんだもん。……ねぇ、これからも、こうして会える?」
お姉さんの言葉に、お兄さんが僕を見る。
僕は無言で首を横に振った。死者が長く留まるのは、今までの経験からして良いことがない。それは、お兄さんのような良い幽霊であってもだ。
未練を断ち切って天国に行ってもらうのが、お兄さんにとってもお姉さんにとっても最善なのだ。
『……ごめん』
「そっか。なら、せめて、子供の名前を決めて? そのくらいの時間はあるでしょう?』
男の子なの。格好良い名前をつけてね、とお腹を撫でながら、お姉さんは悲し気に笑った。
手ぶらで行くわけにはいかない、とお爺さんが途中で花束を買った。つわりが酷いなら食べ物じゃないほうが良いだろうって。花と色は一花さんの好みに合わせてお兄さんが選んだ。
「あれ、香月? どうしたんだこんな所で?」
東棟に入るなり、お父さんと出くわしてしまった。
その質問には「あんなに病院に来るの嫌がってたじゃないか」という疑問がありありと込められていた。
「ちょっとね。あ、ねぇお父さん、ここに一花ってお姉さん入院してるでしょ? えっと、201号室?」
「ん? ああ、森田さんね。うん、そこのエレベーターで二階に行って、左に行った突き当り右側の部屋だよ。入る前に消毒液があるから手を消毒してね」
僕が花束を持ったお爺さんを連れているので事情を察してくれたみたいで、エレベーターに通じるガラスドアのカードキーを開けながら簡単に説明してくれる。
ここ、大沢総合病院は病棟が複数あり、この東棟が産婦人科だ。
自動ドアが二重構造になっていて、入る前に消毒をしないといけない。
さらに、エレベーターに乗る前にナースステーションに声を掛けてドアを開けてもらわないといけないという、入院する女性を配慮した高セキュリティの病棟で有名だ。そして、各病室の前にも消毒液が設置してある。院内感染を防ぐためなんだろう。
「君のお父さんは、君が学校をサボっていることについて何も言わないのか?」
「うん……ああ、いや、無理しなくて良いって言ってくれてるよ? 僕が馴染めていないのを解ってくれてるの」
「そうか……」
でも最近は頑張って通うようにしてるって言ったらお爺さんはそれ以上追求してこなかった。
教えてもらった病室に入ると、痛々しいほど細い腕に点滴を刺したお姉さんが上体を起こして本を読んでいた。
ショートヘアが良く似合う綺麗な人だ。
声を掛ける前に、お姉さんの方が僕らに気付いて声を掛けてきた。
「貴方は……敏さんのお父さん?」
「はい。一花さん、ですか?」
お爺さんの方は今日初めてお姉さんを知ったが、お姉さんの方はお爺さんのことをお兄さんに聞いて知っているようだった。
「敏さんは……? それに、そっちの子は……?」
弟がいるなんて聞いてない、と不思議そうな顔をするので名乗る。
「初めまして。僕は香月です。敏郎さんに頼まれて、お爺さんと敏郎さんの想いをお届けに来ました」
「え?」
顔にありありと「?」マークが浮かぶお姉さんの手をぎゅっと握る。お兄さんが視えるように。
「敏さん! 急に来なくなって、どうしたの? 連絡も取れなかったから、あたし不安で……」
身動きが取れないみたいで、点滴に繋がれていない右腕を伸ばしてお兄さんに触れようとする。
しかし、その指先はお兄さんに触れることがなく、スッ、とすり抜けてしまった。
「え……どうして? 敏さん、触れない……ここにいるのに」
困惑したようにスカスカと何度も手を動かすお姉さんに、お兄さんは小さくごめん、と呟いた。
『一花、ごめん。俺、死んじまったんだ』
「嘘! だって、敏さんここにいるじゃない! ホログラムか何かなんでしょ? こんな手の込んだことして……もう驚いたから。だから、ちゃんと出てきて……」
お姉さんはボロボロと涙を流す。こういう人は何度も見てきた。お姉さんもきっと、頭じゃ理解しているけれど認めたくないんだろう。
「嘘じゃないんだ。一花さん。あのバカは、先月トラックに轢かれて……」
泣き崩れるお姉さんを慰めるようにお爺さんがそっと触れてそう伝える。
『それでな、一花。遅くなったけど、これ……』
お兄さんの代わりに僕が青い小さな箱を取り出して渡す。
『順番が違うし、今となっては意味がないけど』
「……本当に、遅いよ、バカ……」
箱に入っていたのはキラキラした綺麗な台座に小さな宝石のついた指輪。
お姉さんは、嬉しそうにも悲しそうにも見える笑顔で泣きながらそれを自分で左手の薬指に填めた。
「……指輪、だけ? 言ってはくれないの?」
期待に満ちた目でお姉さんがお兄さんを見上げる。
『いや、だって……』
「言って。お願い。意味があるとかないとかは関係ないの」
『……一花、俺と、結婚してください』
「はい。喜んで」
お姉さんは、大粒の涙を流しながらも、それでも笑顔をお兄さんに向ける。
『ありがとう、一花。幸せにしてやれなくて、ごめん。置いていっちまって、ごめん。でも、これから先の事を親父に頼んである。金も、結婚資金に、って貯めてたのが少しならある。その指輪も、生活資金にしてしまっていい。だから』
「売らないよ。絶対。だって、敏さんが私のために選んでくれたんだもん。……ねぇ、これからも、こうして会える?」
お姉さんの言葉に、お兄さんが僕を見る。
僕は無言で首を横に振った。死者が長く留まるのは、今までの経験からして良いことがない。それは、お兄さんのような良い幽霊であってもだ。
未練を断ち切って天国に行ってもらうのが、お兄さんにとってもお姉さんにとっても最善なのだ。
『……ごめん』
「そっか。なら、せめて、子供の名前を決めて? そのくらいの時間はあるでしょう?』
男の子なの。格好良い名前をつけてね、とお腹を撫でながら、お姉さんは悲し気に笑った。
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