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魔女に呪いをかけられた話

1、魔女との邂逅

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 赤い花が降り注ぐ中、少女は黒いスカートをひるがえして舞いわらう。
 くるくる、くるくる、くるくると――。
 涙とめまいで歪む世界の中、少女は歌うように言った。

「さあ、妾とゲームをしましょう」







「っ! ……また、この夢……」

 最近毎日のように悪夢を見る。
 目覚める度に気分が悪くて、心臓もバクバクしている。
 汗で濡れた服を着替えてふすまを開けると、着物が汚れないようたすき掛けにして廊下を雑巾がけしている長瀬さんがいた。

「おはようございます朔羅さくら様。今朝もうなされておいででしたね」
「……おはようございます長瀬さん。えぇ、ちょっと、夢見が悪くて……」
然様さようで。あまり続くようでしたら、清瀬命きよせのみことはらえをしていただいてはどうでしょう?」
「おじいちゃんに? ……いいや。どうせ、軟弱って言われるだけだろうし」

 僕の言葉に、長瀬さんが「まぁそうでしょうね」と小さく呟く。
 わざと聞こえるようにしているのか、聞こえても構わないと思っているのか。
 長瀬さんは僕の世話をしてくれているけれど、僕を疎ましく思っていることを隠そうともしない。

 長瀬さんはうちに住み込みで働いている宮司さんだ。
 宮司というのは神社で一番偉い神職の人。
 何故か僕のおじいちゃんを清瀬命きよせのみこと――神様として敬っている。

 神様なんていってもみんなに姿が見えるし、触れるし、食事だってする。他の人と何も変わらない普通の人間だ。
 神事では煌びやかな装束を着て役目を果たしているけれど、普段は口も態度も悪いし、願い事を聞いてくれるわけでもなくただ座って本を読んでいるだけ。
 そもそもあまり人間が好きではないのか、長瀬さん以外とはほとんど会話をしないし、僕をゴミでも見るかのような目で見てくる。

 それでもお祓いを依頼してくる信者の人はたくさんいて、終わった後はたくさんの謝礼金(ご寄進だと言ってるけど)やお菓子を置いていく。喜びすぎて泣く人もいる。
 みんな騙されてるみたいだけど、それがおじいちゃんの仕事だから養われている僕は口出しなどできない。
 僕はこの家に居場所がなくて、いつだって外に遊びに行く。

「おはようございます朔羅さん。今日も公園ですか?」
「おはようございます村木さん。ええ、行ってきます」

 鳥居のところで出勤してきた権禰宜ごんねぎの村木さんに声をかけられ挨拶をした。
 神職になりたての人で、うちには住まずに近くにある家から通いで来てくれている。
 村木さんは笑顔で接してくれてはいるけれど、僕が神様の孫という立場だからかどこかよそよそしい。


「おはよう姫ちゃん。相変わらずいっぱい引き連れてるね」
「おはようございます、お巡りさん。どこからか集まってくるんですよ」

 公園近くの商店街に差し掛かると、すっかり顔馴染みとなった近所の交番の中年巡査に声をかけられる。
 彼はいつもこの時間に自転車で巡回をしている。
 動物たちが群がる僕を見て「巨大な毛玉のようだ」と笑う巡査に敬礼のポーズをして返すと、喜んで飴をくれた。

 公園に来る頃にはさらに動物が増えている。
 これがいつもの光景だから、通りすがりに驚く人はもういない。
 集まった動物たちが満足するまで遊び、もふもふと撫で回して、一緒に日向ぼっこをする。

「あら、姫ちゃん今日も動物に囲まれているのね」
「可愛いわねぇ。そうだ。これ、良かったら食べて」

 ご近所の奥様たちが動物たちと僕の頭を撫で回してから小さな紙袋をくれた。
 本当は「姫」って呼ばれるのは嫌なんだけど、悪意がないのはわかるから我慢。
 笑顔でお礼を言うと、奥様たちは満足そうに去っていく。

「ふふ、今わけるから喧嘩しないで」

 もらった袋から取り出した蒸しパンを奪うように猫が叩き落とすと、一斉に犬や鳥たちが群がった。
 爪やくちばしで牽制し合いギャアギャアと騒ぐ彼らが、僕の言葉がわかるかのようにピタッと止まる。
 大人しく蒸しパンが配られるのを待つ様子に口元を緩ませた時だった。

「あら、あなた可愛いわね」

 そんな声が聞こえた方を見上げてギョッとした。
 だって、空の上から逆さまにジッと僕を見下ろしている少女と目が合ったんだ。
 そこには、少女が掴まれるような物なんて何一つない。
 それどころか、髪やスカートは重力に逆らい、まるで空が地面になったかのようで。

「ねぇ、わらわとゲームをしましょう?」

 明らかに異常な現象に、声も出せないほど震えてしまう。
 少女はそんな僕に構わずくるりと身をひるがえすと、音もなく地面に降り立った。
 僕はこの少女を知っている。
 毎日、悪夢の中で会っている。

 見た目は10代前半くらい。
 ゴスロリと言うのだろうか。フリルがたくさんついた黒いスカートと上着、十字を象った銀のピンバッジが胸元についている。
 ふわふわとした長い黒髪を両サイドで結び、ドクロのついた細めの赤いリボンがメッシュのようだ。
 この辺りのような田舎ではかなり浮いた格好だけど、顔立ちの整った少女にはよく似合っていた。

「妾はね、あなたのような可愛らしい女の子が大好きなの。特に、その顔が恐怖や苦痛で歪むのを見るのがね」

 ニタリという形容詞が似合う不気味な顔で少女は嗤った。
 怯えて声も出せない僕を庇うように、動物たちが威嚇の唸り声を上げる。
 すると、少女は眉間に皺を寄せる。

「うるさいわよ。今、妾はその娘と話しているの。お黙りなさい」

 バチュッ、と潰れるような音がして、突然僕が抱いていた猫がはじけた。
 生温かい何かが僕の顔にかかり、鉄錆のような臭いが鼻につく。
 一瞬理解が追いつかなかった。
 ただ、それが少女の起こした事象であると本能で悟った。
 そして、それが近い未来、自分に起こるだろうということも。
 恐怖で震え、歯の根が合わずカチカチと頭の奥に音が響く。

「ふふ、良い顔になったわね。もう一度言うわ。妾とゲームをしましょう」

 僕に拒否権はないと言って嗤う少女は、両手を僕の頬に添えて無理矢理顔を近づけた。
 吸い込まれそうなほど黒い瞳の中に、怯えた顔の僕が映っている。
 そのまま少女の顔が近づき、唇にふに、と柔らかな感触が触れた。
 美少女からキスをされた嬉しさなどなく、捕食者の牙が喉元にかかった気分だ。
 少女の吐息が口の中に吹き込まれると、途端に世界がぐにゃりと歪む。

「ルールはいたってシンプル。妾が隠れる。あなたが探す。妾を捕まえられたらあなたの勝ち」

 顔を離して、簡単でしょう、と少女が嗤う。
 身体から力が抜けて僕は地面に倒れた。
 そんな僕には構わずに少女は続ける。

「妾を捕まえられずにあなたが死ねば、そこでゲームはおしまい。妾はそれまであなたが苦しむ姿を楽しむの」

 そんなゲームなんてしたくない、という言葉は出てこなかった。
 声が出ない。力が出ない。
 そんな僕の目の前で、僕を守ろうとしてくれていた動物たちが次々と赤い花へと変えられる。
 悪夢と同じ光景の中、少女がくるくると回りながら声を上げて嗤う。

 ――やめて。やめてよ。僕の大切なともだちを奪わないで。

 懇願するにも声が出てこず、水から引き上げられた魚のように口をパクパクとさせることしかできない。
 涙で視界が歪む。

「ゲームをしたくなるように、あなたに呪いをかけたわ。これから、ありとあらゆる災難があなたを襲う。その呪いは、やがてあなたやあなたの大切な者の命をむしばむことでしょう。良い顔をたくさん見せてちょうだいね」

 呪い?
 言われて、先ほどのキスを思い浮かべる。
 口から何かを吹き込まれた。あれが呪いだとでも言うのか。

「妾を捕まえられたら、呪いは解いてあげる。妾は時空を操る魔女、ラウム。異界に隠れる妾を探すのはフェアじゃないから、妾の力の一端をあなたに貸してあげる」

 魔女? 異界?
 よくわからないけれど、みんなを殺したお前のことは、絶対にゆるせない。
 睨みつける僕の視線など気にもせずに少女は嗤う。

 めまいで世界がぐるぐる回る。
 ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる、ぐるぐる。
 楽しそうに少女が回る。
 くるくる、くるくる、くるくる、くるくる。

「さぁ、ゲームを始めましょう」

 回る世界の中、少女の嗤い声がいつまでも響いていた――。


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