獣は愛に囚われる

禎祥

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6、ムカつく (side:美紀)

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「あぁ、早く律くんに会いたい。私の天使……」
「早く会いに行きたいなら、しっかり仕事を片付けていってくださいね」
「ナンセンスだよ、阿倍野くん! 私を誰だと思っている?!」
「社長です」
「そうだとも! だから定時などない! つまり、いつでも帰っていいのさ!」

 社長が目に見えて浮かれている。
 先日まで「富永くんがいなくなった」と仕事も手につかないほどだったのに、早くも次の相手を見つけたらしい。
 今度の相手はバーテンダーなんだとか。

「どうせまた社長の思い違いじゃないんですかね?」
「ははは、今度は違うぞ! ちゃんと嫌いかと聞いて、否定しなかったからな!」
「仕事もしないようなダメ人間を、天使が愛してくれるとお思いでしたらどうぞご自由に」
「! や、やはり仕事をしなくてはいかんな!」

 慌てたように執務室に戻る社長。
 こういう単純なところがバカ可愛いと思っていた。
 だというのに、今はイライラする。

「……バカ」



 ずっと、女の子になりたかった。
 小さい頃は姉のお下がりをずっと着ていて。
 可愛らしい服を着せられた私を皆が姉よりも似あうと、可愛いと褒めてくれた。

 でも、小学校の入学式前日。
 初めてお下がりではない、自分のための服を買ってもらえることになった日。
 自分はおかしいのだと気づかされた。

「みのり、これがいい」
「ダメよ、それは女の子の」
「だって、この前までヒラヒラ着てたよ?」
「美紀ちゃんは男の子でしょう? 男の子は、こっち」

 男の子が女の子の服を着るのは変だと、他の誰でもない母に言われた。
 本当は可愛いものが好き。
 戦隊ものより、魔法少女に憧れた。
 おもちゃの剣より、姉が抱くウサギのぬいぐるみが欲しかった。

 甘いお菓子や、少女漫画。フリルのついた服やリボン、アクセサリー。
 何で女の子だけのものなんだろうって、ずっとずっと羨ましかった。


 興味があるのは女の子よりも、彼女たちが身に着けているものばかり。
 一生懸命周囲が求める男を演じてはきたけれど、ずっと違和感だけが付きまとっていて。
 だから誰とも長続きはしなかった。


「好きなんだ。大事にする。俺と、結婚を前提に付き合ってください」
「……本当? 嬉しい……」

 大学を機に一人暮らしを始めてからは、自分の着たい服装で過ごした。
 可愛い服が似合うようにメイクを勉強して、髪も伸ばして。
 そうしたら、男性たちが優しくなった。
 女性よりも男性に魅かれると気づいたのもこの頃で。

「今は、こんな指輪しか買えないけど。いつか、ちゃんと婚約指輪も買うから」

 それは、とても待ち望んだ言葉。
 付き合い始めた彼は誰よりも大事にしてくれて。誰よりも好きだった。
 左手の薬指に愛の証をくれて。
 この人と身も心も結ばれるのだと。この人のオンナになれるのだと。

 ――信じていたのに。

「嘘だろ……? お前、男だったのかよ! 俺を騙していたのか?!」
「ち、違う! 私は、あなたのことが」
「楽しかったかよ!? 俺を騙して! ああ?! くそ、この変態が!」

 プツン、と何かが切れた。
 気付けば、その人を乱暴に犯していて。
 泣き叫びながら、それでも反応している彼の醜態に得も知れぬ興奮と快感を覚えて。
 自分の中に、こんな獣のような雄の部分が眠っていたなんて知らなかった。

「可愛い。好きだよ」
「くそ……俺は、嫌いだ……」

 行為が終わると、顔も見たくないと吐き捨てて彼は去っていった。
 指にはまったままの指輪が虚しく光る。
 裏切られた。本当に、本当に好きだったのに。

 滝のようにあふれ出す涙を、通りすがる人が無遠慮に見ては知らぬ顔をしていく。
 誰も私と関わりたくはないのだ。
 お前を愛する存在などどこにもいないと言われているように感じた。

「……ッ……こんな、もの……っ」

 指輪を引き抜く。
 遠くへ投げ捨てようとして、できなかった。
 酷くなじられ罵られても、それでも、これをくれた時は確かに愛があったのだ。
 指輪を握った手を下ろし、力を抜く。
 捨てられないなら、自然に零れ落ちていけばいい。

「お嬢さん、落としましたよ」
「ふぇ?」

 それが手のひらから消えたのを感じた時、背後から声をかけられた。
 背の高い、高級そうなスーツに身を包んだ男性だった。
 見惚れてしまうほど整った顔立ちのその男性は、私の左手を取った。

「大事なものでしょう? 失くしたら、贈った相手も悲しみますよ」

 薬指にはめられたのは、わざと落としたはずの指輪。
 男性は胸ポケットからハンカチを取り出すと私の涙を拭った。

「ちが、うの。……振られたの。もう、私を、必要としてくれる人なんて……」
「それなら、私の会社に来ませんか? あなたのような美人と一緒に働けるなら、皆やる気がみなぎりますよ。そうしてあなたの心の傷が癒えた頃、私にあなたを口説くチャンスをください」

 男性は微笑むと私の左手の甲にキスをして去っていった。
 物語から王子様が出てきたようで、私は彼に一瞬で恋に落ちた。
 キスされる際に左手に握らされたのは一枚の名刺。

「神戸、守さん……」

 一緒に働きたいと言われた。
 私も、彼の傍にいたい。
 その一心で彼の会社に就職した。

 私が女性もののスーツを着ていても悪く言う人なんて誰もいなくて。
 みんなが私を女の人として扱ってくれた。
 彼と言葉を交わすことも幾度もあった。

 それなのに、彼は私のことなど覚えてはいなかった。
 いつも綺麗な女の人を連れて。
 私を秘書にと声をかけてくれた時は思い出してくれたのかと期待もした。

「なのに、口を開けば天使天使って……」

 相手が女性ならまだ我慢もできた。
 私では本当の女性には敵わないのだと諦めることができたから。
 だけど、惚れられやすく誰にも執着しないはずの彼が本気になった相手は男性だった。

「なんで、私じゃダメなの……?」

 やっと富永さん邪魔者を排除したというのに、傷ついた彼の心を盗んだのはまたしても男だった。
 男でもいいなら、男が好きなら、なぜ私を口説かないのか。
 口説かせてくれって言っていたのは何だったのか。

 許せない。彼は私のものだ。
 かっこいい彼も、バカで可愛い彼も。
 絶対に渡せない。渡したくない。

「あ、そうか」

 抱けなくしちゃえばいいんだ。
 身体で繋ぎとめて、なしでいられなくしてしまえばいい。
 他の人のことなんて考えられないくら愛してあげるから、待っていてね、俺のお姫様。

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