獣は愛に囚われる

禎祥

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5、放っておけない * (side:淳)

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「じゃあさ、これから毎日ここで夕飯食べていったらいいよ」

 自分でも何でそんなことを言ってしまったのか、今でもわからない。
 言ってしまってから、いきなりそんなことを言って引かれるんじゃないかとか、迷惑じゃないかとか内心焦ってしまった。
 けれど、目の前の少年、律は一瞬驚いた顔をしてから、すぐに「いいの?」と目を輝かせた。

「ご馳走様でした」

 食後、毎回そう言って手を合わせる律。
 今どきの子にしては礼儀正しいというか、育ちがいいというのか。
 好き嫌いをせず、毎回美味しそうに綺麗に食べてくれるから、作り甲斐がある。

「そうだ、律。これ、明日の朝ごはん用に持っていって」
「いいの?」
「うん、作りすぎちゃって。同じ料理が続いてしまって申し訳ないけれど」

 取れそうなくらい首をぶんぶん振る律。
 果物を拾ってくれたお礼なら十分果たしたのだけど、彼の境遇を知ってしまったら、何とかしてあげたいと思う。
 両親が多額の借金を残して消えてしまったとかで、毎日夜遅くまで働きながら学校に通っているんだって。
 ここで夕食を食べるようになってからは、学校帰りに直接来ているみたいだ。

「じゃあ、今日もバイト頑張って」
「うん。いってきます」
「いってらっしゃい」

 そんな挨拶を交わすのがいつの間にか当たり前になっていた。
 最近はここで仕事着に着替えていくことも多い。
 服を脱いだ律は、あばらが浮くほど痩せていた。

「村岡さんの料理が美味しいから、ちょっと太っちゃった」

 俺の視線に気づいた律はそう言って嬉しそうに笑ってた。
 太ってこれとか、普段どれだけ食べれていないんだろうって泣きそうになった。
 夕食以外でも食事を持たせてあげたい。
 少しでも普通の生活を送らせてあげたい。
 赤の他人なのに、知り合ったばかりなのに、なんだか放っておけないんだ。




「そろそろ、律が来る頃かな?」

 チラチラと横目で時計を見ることが多くなった。
 今日は何を作ろうかと、冷蔵庫の食材を何度も確認したり。
 何を作っても美味しそうに食べるけど、律は何が好きなんだろう?

「マスター、最近楽しそうだね」
「あぁ、可愛い子ができたんでしょぉ」
「やだなぁ、そんなんじゃありませんって」

 そわそわしていると、常連のお客さんに揶揄われてしまった。
 いつも三時頃来て夕方までいる熟年のご夫婦で、隠し事ができないくらい鋭い。
 律に味見してもらった新作のムースを、とても喜んでくれた。

「あんまり奥手じゃ、いつまで経っても奥さんできんぞ」
「そうよぉ。今どき授かり婚なんて珍しくないんだから、ガッといっちゃいなさいガっと」
「やめてくださいよ。第一、男の子ですよ?」

 手を出すも何もないって。
 苦笑いして答えると、二人は一瞬呆けた後カラカラと笑った。

「あらぁ、全然いい人作らないと思ったらそういうことだったのぉ」
「いろいろ自分に言い訳してたら先に進まんぞ。まぁ、マスターなら胃袋掴んでやりゃ大丈夫だろう」
「何言ってるんですか!」

 じゃあ年寄りはさっさと退散するかぁ、なんて最後まで笑いながら代金を置いて帰ってしまった。
 本当に、何考えてるんだ。
 確かに律といるのは楽しいし、放っておけないとは思うけど、そんなんじゃ……。


 ガっといけ――。
 ふと、律の裸を思い出してしまう。
 痛々しいほど細い体躯。けれど、最近はしなやかな筋肉もついてきて艶がある。

 あの白い肌に触れたら、律はどんな反応をするだろう?
 愛らしいピンクの乳首を転がしたら?
 小さな双丘はどんな感触だろうか?

 音を立てて吸い、軽く噛んでから舌先で優しく愛撫する。
 微かに震えながらも、律は声を出さないよう口を覆い恥じらう。

『……っ。……う……』
『律、可愛い。我慢しないで。もっと声を聴かせて……』
『アッ――!』

 耳元で囁きながら律のペニスを手で包んで、それで……。

『ここが気持ちいいの?』
『やっ、村岡さん、そんな、したら、イっちゃ……』



「……勃った」

 なんてことだ。
 俺は男の子もいけたのか。
 奥さんが変なことを言うから。
 確かに律は可愛いと思ってる。
 思ってはいるが、弟とか、そういう関係としてのはずだ。

「……まだ、律が来るまでに時間あるよな……?」

 元々性欲が強い方ではない。
 まして四十路になってからは、自分で慰めることもほとんどしていなかった。
 その反動だろうか。
 ズボンの中で痛いほどに膨らんだそれが、自然に収まる気がしなかった。

 2階の居住スペースに生き、早くも下着に染みを作り始めていたそれを出す。
 律が来る前に、一度出して鎮めないと。
 血管が浮き出るほどに怒張したペニスを握り、先走りを塗り付けるようにゆっくりと動かす。
 指先で亀頭を刺激しながら、徐々に手を速めていく。

『村岡さん、気持ちいい?』
「ん、いいよ、律……」

 先ほど想像した律の痴態を思い浮かべながら、律に咥えてもらう想像をする。
 小さな口いっぱいに頬張り、喉の奥で扱く律。
 亀頭の割れ目をチロチロとなぞる、小さな紅い舌先。
 あの子がそんないやらしいことをするはずがないのに。

「はっ……、はぁっ……」

 上下に扱く手が止まらない。
 自慰とはこんなに気持ちがいいものだっただろうか。
 根本の奥からせり上がる快感。

「ぅ、くっ……」
『ご馳走様、村岡さん』

 上気した顔でペロリと唇を舐める律。
 食後に見せるその表情はとても色っぽくて、想像の淫らな律と重なった。

「あ……俺は、なんてことを……」

 よりにもよって、律で抜くとか。
 荒い呼吸が整ってくるのに比例して湧き上がる罪悪感。
 律にどんな顔をして会えばいいのだろうか。

 こんな、変態じみたこと、律に悟られてはいけない。
 バイト先に来る社長さんとやらの愚痴を散々聞かされたじゃないか。
 これじゃ、その社長さんと同じだ。律に嫌われてしまう。
 きっと律は、男に言い寄られることを快く思わない。

 なるべくいつもどおりを装わないと。
 そう意気込んで、急いで部屋を換気して念のため消臭剤を撒く。
 着替えて料理をして。なるべくいつもどおりに。



「……遅いな、律……」





 その日、結局律は来なかった。
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