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1、神戸守の失恋① * (side:守)
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最悪だ。
ちょっと出張に行っている間に、愛しの富永くんがいなくなっていた。
ただでさえストレスが溜まる環境下。彼の顔を見ることが唯一の癒しだったのに。
抱きしたら折れてしまいそうな華奢な体。
困ったような眉で顔色を窺うように見上げてくる切れ長の目。
微かに震える様子はチワワのようで、庇護欲を掻き立てられる。
同時に、めちゃくちゃに乱して啼かせたいという嗜虐心も沸き立つ。
男の支配欲と、情欲を駆り立てる魅惑の存在。
しかし、彼は突然会社を辞めてしまった。社長である私に何の一言もなく。
「私の聖域がぁぁあ」
「その聖域を思いっきり穢しまくってたのは誰ですか。あと、いい加減仕事してください」
頭を抱え叫ぶ私に、冷ややかな視線と声を投げかけながら書類の束を寄越してきたのは秘書の阿倍野くん。
老若男女問わず私に媚びてくる連中ばかりのこの会社で、唯一私に冷たくあたる存在。
公私混同で色仕掛けしてこられるのが嫌で彼女を秘書に据えたわけだが、今だけは優しい言葉が欲しかった。
「阿倍野くんには、私の気持ちなどわからぬよ……」
顔立ちは整っているのに女性にしては背ばかり高く胸が絶壁という、残念な体形の彼女の左手の薬指には飾り気のない指輪が光っている。
誰にも媚びる様子のない彼女だが、家庭では旦那に甘えるのだろうか。それとも、思い切り甘やかすのだろうか。
どちらにしろ、パートナーとうまくいっている存在には、想い人に逃げられた私の気持ちなど理解できようはずもない。
「そもそも、何故私に無断で彼の退職願を受理したのかね」
「社長のセクハラが酷いから辞めたんですよ。訴えられなかっただけ感謝して欲しいですね」
「ぐっ……か、彼も私のことを好きだったはずなんだ!」
「100%ありえないです」
書類にポンポンと認印を押しながら文句を言う私に、阿倍野くんは容赦なく言い返してくる。
彼がいなくなったのは阿倍野くんのせいだ。阿倍野くんが退職願を受理せず、引き留めてくれていれば……。
「あなたが所構わず富永さんを口説いたり、セクハラしたりするからですよ」
「なっ」
「そもそも、真さんの悔しがる顔を見るために口説くとか、不誠実すぎます。ゲームじゃないんですから」
「わ、私は本気だった! そう、本気で彼を愛していたんだ」
「なら、なおさら悪いですね。傍から見たら、からかっているようにしか見えませんでしたし。嫌がっているのも気付かないなんて、独りよがりにもほどがあります。だから嫌われるんですよ」
現実を見てください、と言う阿倍野くんの言葉が胸に突き刺さる。
確かに、最初に富永くんが素敵だと言い出したのは従弟の真だった。
阿倍野くんの言うように、真が悔しがる姿を見たいという思いも初めはあった。
しかし、困ったような表情が可愛いとか、伏目がちのまつげが影を落とすのが色っぽいとか散々聞かされて、気づけば見るだけでたまらなく欲情するほど好きになっていた。
真から奪ってやろうという気持ちがあったのは確かだが、富永くんへの気持ちに嘘はない。
「……そういや、真の奴ずっと有給取ってたな」
富永くんが辞めた翌日からと聞くから、かれこれ一週間ほど。心配して電話やメールをしても反応がない。
相当入れ込んでいたからな。きっと傷心で何もやる気が起きないほどなのだろう。
仕方のない奴だ。ここは俺が喝を入れてやろう。そして、富永くんの愛おしさについて語り明かそう。
夜叉の如き阿倍野くんの制止もなんのその、と仕事を放り投げた罰が当たったのだろうか。
鍵がかかっていなかったのを不用心だと思いながらも、勝手知ったる従弟の家だと上がり込んだのが悪かったのだろうか。
真の部屋の扉を開けた途端、嬌声が耳に飛び込んできた。
「あっ、シンッ、そこっ」
「ここ?」
「も、やぁ……」
「嫌じゃないだろ? こんなに濡らして」
「あ、あぁっ……!」
真に穿たれ淫らな声を上げていたのは、姿を消したはずの富永くん。
真が腰を動かす度に、肌が打ち合う音と淫靡な水音が混ざり合う。
その音が、二人の息遣いが、富永くんの嬌声が私の耳朶を揺らす。
すぐに立ち去ればいいのに、富永くんの痴態が目に焼き付いて、私はその場から動くことができなかった。
「ん? あぁ、来たのか守」
「な、なんで、富永くんが、ここに……」
真が私に気付く。立ち去るのが遅かったのだ。
これはいったいどういう状況だと思うが、口をついて出たのはそんな間抜けな言葉だった。
真が上体を起こすと、ベッドが軋み富永くんの口から切なげな喘ぎ声が漏れた。
「どうしてって、見てのとおり、愛しあっているからだよ」
「そんなはず……」
「ね、リオ。俺にどうされたい? それとももうやめる?」
「やっ! もっと……やめないで、奥にちょうだい?」
腰を引き、入口まで肉棒を引き抜いた真に、富永くんが懇願する。
すっかり蕩けた顔は、私の存在に気付いていないかのように真だけを見つめている。
ふ、と笑った真が再び腰を動かす。
律動に合わせて漏れる富永くんの嬌声。
私がいることに気が付いたからだろうか。
声をこらえようとしている様子だが、吐息に甘く上擦る声が混ざっている。
二人のむつみ合いを見せつけられて、心がズキズキと痛む。
いや、痛いのは情欲を駆り立てられ外に出たいと暴れる股間の方か。
「苦しそうだな」
「え?」
「それ」
真が私の股間の膨らみを指さした。
かけられた声に呆けていると、突然真が体勢を変えた。
繋がったままの富永くんが「ぁ」と甘い声を上げる。
真は富永くんを抱いたままベッドの縁に腰掛けたものだから、繋がっている部分が嫌でもはっきりと見えてしまう。
「リオ、守がリオに入りたいって」
「え……?」
真は富永くんの中から出すと、富永くんを私に向けその脚を開かせた。
先ほどまで収まっていたものを求めるかのように、富永くんの蜜口が震える。
花薫るように紅く染まった肌に潤滑油がトロリと滴る様が美しくて、ゴクリと喉が鳴る。
「やっ! 嫌だ、シン!」
思わず手を伸ばしかけたところで、富永くんの声に我に返った。
先ほどまでの蕩けた表情はすっかり消え去り、顔を青ざめさせ拒絶する彼の姿がそこにあった。
「あ、と、富永くん……」
「やだ、やだ! 何で、嫌!」
私に背を向け真にしがみつく富永くんの怯えた声。先ほどまでとは違う感情から震える身体。
いくら私でも、さすがにわかる。
すべて、阿倍野くんの言うとおりだった。
彼は私を愛してはいない。
それなのに、ここまで怯えるほどのことを私はしてきたのだ。
「……帰るよ。邪魔してすまなかった」
私は扉に手をかけたところで立ち止まる。
一言だけ、言わなければ気が済まないことがある。
「真、私を試したんだろうが、二度とするな。富永くんを泣かせたら許さない」
「ああ、もちろん。触れてたら殴ってたところだった」
「シン、酷い……」
涙を流す富永くんも美しい。
が、胸が切なくなる。やはり泣いているよりは笑う顔が良い。
「……幸せにな」
それは負け惜しみではなく、心からの言葉。
こうして、私は完全に失恋したのだった。
ちょっと出張に行っている間に、愛しの富永くんがいなくなっていた。
ただでさえストレスが溜まる環境下。彼の顔を見ることが唯一の癒しだったのに。
抱きしたら折れてしまいそうな華奢な体。
困ったような眉で顔色を窺うように見上げてくる切れ長の目。
微かに震える様子はチワワのようで、庇護欲を掻き立てられる。
同時に、めちゃくちゃに乱して啼かせたいという嗜虐心も沸き立つ。
男の支配欲と、情欲を駆り立てる魅惑の存在。
しかし、彼は突然会社を辞めてしまった。社長である私に何の一言もなく。
「私の聖域がぁぁあ」
「その聖域を思いっきり穢しまくってたのは誰ですか。あと、いい加減仕事してください」
頭を抱え叫ぶ私に、冷ややかな視線と声を投げかけながら書類の束を寄越してきたのは秘書の阿倍野くん。
老若男女問わず私に媚びてくる連中ばかりのこの会社で、唯一私に冷たくあたる存在。
公私混同で色仕掛けしてこられるのが嫌で彼女を秘書に据えたわけだが、今だけは優しい言葉が欲しかった。
「阿倍野くんには、私の気持ちなどわからぬよ……」
顔立ちは整っているのに女性にしては背ばかり高く胸が絶壁という、残念な体形の彼女の左手の薬指には飾り気のない指輪が光っている。
誰にも媚びる様子のない彼女だが、家庭では旦那に甘えるのだろうか。それとも、思い切り甘やかすのだろうか。
どちらにしろ、パートナーとうまくいっている存在には、想い人に逃げられた私の気持ちなど理解できようはずもない。
「そもそも、何故私に無断で彼の退職願を受理したのかね」
「社長のセクハラが酷いから辞めたんですよ。訴えられなかっただけ感謝して欲しいですね」
「ぐっ……か、彼も私のことを好きだったはずなんだ!」
「100%ありえないです」
書類にポンポンと認印を押しながら文句を言う私に、阿倍野くんは容赦なく言い返してくる。
彼がいなくなったのは阿倍野くんのせいだ。阿倍野くんが退職願を受理せず、引き留めてくれていれば……。
「あなたが所構わず富永さんを口説いたり、セクハラしたりするからですよ」
「なっ」
「そもそも、真さんの悔しがる顔を見るために口説くとか、不誠実すぎます。ゲームじゃないんですから」
「わ、私は本気だった! そう、本気で彼を愛していたんだ」
「なら、なおさら悪いですね。傍から見たら、からかっているようにしか見えませんでしたし。嫌がっているのも気付かないなんて、独りよがりにもほどがあります。だから嫌われるんですよ」
現実を見てください、と言う阿倍野くんの言葉が胸に突き刺さる。
確かに、最初に富永くんが素敵だと言い出したのは従弟の真だった。
阿倍野くんの言うように、真が悔しがる姿を見たいという思いも初めはあった。
しかし、困ったような表情が可愛いとか、伏目がちのまつげが影を落とすのが色っぽいとか散々聞かされて、気づけば見るだけでたまらなく欲情するほど好きになっていた。
真から奪ってやろうという気持ちがあったのは確かだが、富永くんへの気持ちに嘘はない。
「……そういや、真の奴ずっと有給取ってたな」
富永くんが辞めた翌日からと聞くから、かれこれ一週間ほど。心配して電話やメールをしても反応がない。
相当入れ込んでいたからな。きっと傷心で何もやる気が起きないほどなのだろう。
仕方のない奴だ。ここは俺が喝を入れてやろう。そして、富永くんの愛おしさについて語り明かそう。
夜叉の如き阿倍野くんの制止もなんのその、と仕事を放り投げた罰が当たったのだろうか。
鍵がかかっていなかったのを不用心だと思いながらも、勝手知ったる従弟の家だと上がり込んだのが悪かったのだろうか。
真の部屋の扉を開けた途端、嬌声が耳に飛び込んできた。
「あっ、シンッ、そこっ」
「ここ?」
「も、やぁ……」
「嫌じゃないだろ? こんなに濡らして」
「あ、あぁっ……!」
真に穿たれ淫らな声を上げていたのは、姿を消したはずの富永くん。
真が腰を動かす度に、肌が打ち合う音と淫靡な水音が混ざり合う。
その音が、二人の息遣いが、富永くんの嬌声が私の耳朶を揺らす。
すぐに立ち去ればいいのに、富永くんの痴態が目に焼き付いて、私はその場から動くことができなかった。
「ん? あぁ、来たのか守」
「な、なんで、富永くんが、ここに……」
真が私に気付く。立ち去るのが遅かったのだ。
これはいったいどういう状況だと思うが、口をついて出たのはそんな間抜けな言葉だった。
真が上体を起こすと、ベッドが軋み富永くんの口から切なげな喘ぎ声が漏れた。
「どうしてって、見てのとおり、愛しあっているからだよ」
「そんなはず……」
「ね、リオ。俺にどうされたい? それとももうやめる?」
「やっ! もっと……やめないで、奥にちょうだい?」
腰を引き、入口まで肉棒を引き抜いた真に、富永くんが懇願する。
すっかり蕩けた顔は、私の存在に気付いていないかのように真だけを見つめている。
ふ、と笑った真が再び腰を動かす。
律動に合わせて漏れる富永くんの嬌声。
私がいることに気が付いたからだろうか。
声をこらえようとしている様子だが、吐息に甘く上擦る声が混ざっている。
二人のむつみ合いを見せつけられて、心がズキズキと痛む。
いや、痛いのは情欲を駆り立てられ外に出たいと暴れる股間の方か。
「苦しそうだな」
「え?」
「それ」
真が私の股間の膨らみを指さした。
かけられた声に呆けていると、突然真が体勢を変えた。
繋がったままの富永くんが「ぁ」と甘い声を上げる。
真は富永くんを抱いたままベッドの縁に腰掛けたものだから、繋がっている部分が嫌でもはっきりと見えてしまう。
「リオ、守がリオに入りたいって」
「え……?」
真は富永くんの中から出すと、富永くんを私に向けその脚を開かせた。
先ほどまで収まっていたものを求めるかのように、富永くんの蜜口が震える。
花薫るように紅く染まった肌に潤滑油がトロリと滴る様が美しくて、ゴクリと喉が鳴る。
「やっ! 嫌だ、シン!」
思わず手を伸ばしかけたところで、富永くんの声に我に返った。
先ほどまでの蕩けた表情はすっかり消え去り、顔を青ざめさせ拒絶する彼の姿がそこにあった。
「あ、と、富永くん……」
「やだ、やだ! 何で、嫌!」
私に背を向け真にしがみつく富永くんの怯えた声。先ほどまでとは違う感情から震える身体。
いくら私でも、さすがにわかる。
すべて、阿倍野くんの言うとおりだった。
彼は私を愛してはいない。
それなのに、ここまで怯えるほどのことを私はしてきたのだ。
「……帰るよ。邪魔してすまなかった」
私は扉に手をかけたところで立ち止まる。
一言だけ、言わなければ気が済まないことがある。
「真、私を試したんだろうが、二度とするな。富永くんを泣かせたら許さない」
「ああ、もちろん。触れてたら殴ってたところだった」
「シン、酷い……」
涙を流す富永くんも美しい。
が、胸が切なくなる。やはり泣いているよりは笑う顔が良い。
「……幸せにな」
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