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第三章 魔物の巣へ
3、魔物と初遭遇
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門から出た先は、整備された道が続いている。
菊に似た白い花が街を囲む高い壁に沿って延々と咲いており、平和そのものの光景だ。
門を出たらすぐ魔物の巣窟と想像していたユキは、その長閑な光景に拍子抜けする。
「……何ともないね」
「ここはまだ、な」
「まずは街道を行ける所まで行ってみよう」
ユキとは違い、油断なく周囲を警戒しながらガレートが先行する。
ユキはガレートの合図を待って進むアッバスに遅れないようついていく。
すると、徐々に木々が生い茂り、空気が重苦しくなってきたように感じた。
道も草が覆い始め、やがて完全に消えてしまう。
「地形が変わってるって話だったが、まだ普通に進めるな」
「道が消えたくらいだね。ここからは方角を確認しながら進もう」
鬱蒼と視界を塞ぐ草木の中をゆっくりと進む。
鳥や精霊の声は聞こえない。
代わりに聞こえてくるのは、キシキシ、キュイキュイと何かがこすれるような音。
時折ガサガサと葉が揺れ、そこかしこに何かが潜んでいる気配がする。
精霊の森で数日過ごしただけのユキにも、この森が異常だと感じた。
「ねぇ、この黒いもやもや、何? 煙、じゃないよね?」
「黒いもや?」
「どこだい?」
低い場所から上空へ漂う黒いもや。臭いが全くしないことから、何かを燃やして発生した煙ではないことはわかる。
しかし、どうやらそれはユキにしか見えていないらしい。
ユキが示すものがわからずキョロキョロと首を動かす二人の動きに攪拌されるように、黒いもやは周囲の空気へと溶けていく。
「それより、近くに何かいるぞ」
「ユキちゃん、念のため発煙筒を1本、すぐに火をつけられるようにしておいて」
「う、うん」
アッバスに言われて筒状の虫除けと着火石を取り出す。
ロットまで行くのにどれだけ必要になるかわからないから、点火は二人が対処しきれない数の虫が出た時だけと言われている。
いよいよ戦闘になるかもしれないと、ユキの心臓は痛いくらい早鐘を打った。
「飛び出しては来ないな……」
「よし、先へ進もう。これまでよりも慎重に」
木々の影に太陽が隠れる頃。
ユキにとって最初の難所が現れた。
それは、視界いっぱいに広がる白。
雪が降ったわけでもないのに、木々も地面も何もかもを覆うように白い幕がかかっていた。
「何、これ……」
「触るなユキ。蜘蛛の巣だ」
薄闇の中浮かび上がるように見えるその幕にうっかり手を伸ばしかけたユキを、ガレートが止める。
その声はまるで冷たい刀身を突き付けられているかのようで、ユキはビクリと身を竦めた。
ユキはガレートに促されるままゆっくりと下がりながら、恐る恐る目の前の幕を見る。
形は確かに蜘蛛の巣だ。しかし、視界を覆うほどの規模の巣など、いったいどれほどの大きさ、そして数がいるのだろうか。
想像して顔を青褪めさせるユキの足に、何かが触れた。
「ヒッ!」
「ユキ!」
アッバスがユキの腕を掴んで引き寄せ、ガレートがユキのいた場所に剣を突き立てる。
そこには、ガレートの剣で地面に縫い付けられてなお脚を動かす巨大な蜘蛛がいた。
大型犬ほどの大きさで、横に広い腹部には硬そうな棘が多数生えている。
黒い頭部に茶色の腹部のその蜘蛛は、巨体にも関わらず完全に森の木と同化していた。
だからこそ接近されるまで気が付けなかったのだろう。
ユキの身長ほどもある長い脚をばたつかせるその蜘蛛の頭を、アッバスが切り落とした。
頭を落とされてもなおしばらく蠢くその姿に、ユキは吐き気を催す。
普通サイズの蜘蛛であれば平気なユキも、さすがにこのサイズは恐怖でしかない。
「トゲグモだ」
「魔物化してるね」
魔物化すると、眼が紅く光り好戦的になるそうだ。
赤い虹彩の瞳の生き物もいるが、魔物は白眼部分が鮮血のように赤く、縦に細い瞳孔が特徴なのだと。
「次、来るよ!」
「アッバス!」
「応!」
悠長に話している余裕はなかったようだ。
スコットが短く警告を発すと同時に、上からも前方からも音もなく蜘蛛が飛び出してくる。
ガレートの剣はまだ最初の蜘蛛に突き立ったままだ。
昆虫の生命力は凄まじく、まだ脚が蠢いているため引き抜けずにいる。
「ユキちゃん、発煙筒を!」
「う、うん」
アッバスが飛び掛かってきた蜘蛛を剣で弾き飛ばし、ガレートが松明の火で牽制しながら予備の剣を抜いた。
二人が前に出て戦ってくれている間に、ユキは震える手で何とか火を点けた。
途端にもうもうと出てきた煙に、蜘蛛達は波が引くように後ずさり逃げていく。
「凄い効き目……」
「大きくなっても生体はあまり変わってないのか。助かったな」
「ちっ、だから蟲は嫌なんだよ。しぶといし気持ち悪し」
ユキとアッバスがほっと息を吐く横で、ガレートが愚痴を吐いた。
ユキにも今ならガレートの気持ちはよくわかる。
ただでさえウゾウゾ大量にいるのは気持ち悪いのに、巨大でしかも自分を狩ろうと襲ってくるのだ。
悍ましいし、恐ろしい。
「とにかく、この巣から離れよう」
「だな」
完全に日が落ちる前に休める所を探そう、とその場を後にした。
菊に似た白い花が街を囲む高い壁に沿って延々と咲いており、平和そのものの光景だ。
門を出たらすぐ魔物の巣窟と想像していたユキは、その長閑な光景に拍子抜けする。
「……何ともないね」
「ここはまだ、な」
「まずは街道を行ける所まで行ってみよう」
ユキとは違い、油断なく周囲を警戒しながらガレートが先行する。
ユキはガレートの合図を待って進むアッバスに遅れないようついていく。
すると、徐々に木々が生い茂り、空気が重苦しくなってきたように感じた。
道も草が覆い始め、やがて完全に消えてしまう。
「地形が変わってるって話だったが、まだ普通に進めるな」
「道が消えたくらいだね。ここからは方角を確認しながら進もう」
鬱蒼と視界を塞ぐ草木の中をゆっくりと進む。
鳥や精霊の声は聞こえない。
代わりに聞こえてくるのは、キシキシ、キュイキュイと何かがこすれるような音。
時折ガサガサと葉が揺れ、そこかしこに何かが潜んでいる気配がする。
精霊の森で数日過ごしただけのユキにも、この森が異常だと感じた。
「ねぇ、この黒いもやもや、何? 煙、じゃないよね?」
「黒いもや?」
「どこだい?」
低い場所から上空へ漂う黒いもや。臭いが全くしないことから、何かを燃やして発生した煙ではないことはわかる。
しかし、どうやらそれはユキにしか見えていないらしい。
ユキが示すものがわからずキョロキョロと首を動かす二人の動きに攪拌されるように、黒いもやは周囲の空気へと溶けていく。
「それより、近くに何かいるぞ」
「ユキちゃん、念のため発煙筒を1本、すぐに火をつけられるようにしておいて」
「う、うん」
アッバスに言われて筒状の虫除けと着火石を取り出す。
ロットまで行くのにどれだけ必要になるかわからないから、点火は二人が対処しきれない数の虫が出た時だけと言われている。
いよいよ戦闘になるかもしれないと、ユキの心臓は痛いくらい早鐘を打った。
「飛び出しては来ないな……」
「よし、先へ進もう。これまでよりも慎重に」
木々の影に太陽が隠れる頃。
ユキにとって最初の難所が現れた。
それは、視界いっぱいに広がる白。
雪が降ったわけでもないのに、木々も地面も何もかもを覆うように白い幕がかかっていた。
「何、これ……」
「触るなユキ。蜘蛛の巣だ」
薄闇の中浮かび上がるように見えるその幕にうっかり手を伸ばしかけたユキを、ガレートが止める。
その声はまるで冷たい刀身を突き付けられているかのようで、ユキはビクリと身を竦めた。
ユキはガレートに促されるままゆっくりと下がりながら、恐る恐る目の前の幕を見る。
形は確かに蜘蛛の巣だ。しかし、視界を覆うほどの規模の巣など、いったいどれほどの大きさ、そして数がいるのだろうか。
想像して顔を青褪めさせるユキの足に、何かが触れた。
「ヒッ!」
「ユキ!」
アッバスがユキの腕を掴んで引き寄せ、ガレートがユキのいた場所に剣を突き立てる。
そこには、ガレートの剣で地面に縫い付けられてなお脚を動かす巨大な蜘蛛がいた。
大型犬ほどの大きさで、横に広い腹部には硬そうな棘が多数生えている。
黒い頭部に茶色の腹部のその蜘蛛は、巨体にも関わらず完全に森の木と同化していた。
だからこそ接近されるまで気が付けなかったのだろう。
ユキの身長ほどもある長い脚をばたつかせるその蜘蛛の頭を、アッバスが切り落とした。
頭を落とされてもなおしばらく蠢くその姿に、ユキは吐き気を催す。
普通サイズの蜘蛛であれば平気なユキも、さすがにこのサイズは恐怖でしかない。
「トゲグモだ」
「魔物化してるね」
魔物化すると、眼が紅く光り好戦的になるそうだ。
赤い虹彩の瞳の生き物もいるが、魔物は白眼部分が鮮血のように赤く、縦に細い瞳孔が特徴なのだと。
「次、来るよ!」
「アッバス!」
「応!」
悠長に話している余裕はなかったようだ。
スコットが短く警告を発すと同時に、上からも前方からも音もなく蜘蛛が飛び出してくる。
ガレートの剣はまだ最初の蜘蛛に突き立ったままだ。
昆虫の生命力は凄まじく、まだ脚が蠢いているため引き抜けずにいる。
「ユキちゃん、発煙筒を!」
「う、うん」
アッバスが飛び掛かってきた蜘蛛を剣で弾き飛ばし、ガレートが松明の火で牽制しながら予備の剣を抜いた。
二人が前に出て戦ってくれている間に、ユキは震える手で何とか火を点けた。
途端にもうもうと出てきた煙に、蜘蛛達は波が引くように後ずさり逃げていく。
「凄い効き目……」
「大きくなっても生体はあまり変わってないのか。助かったな」
「ちっ、だから蟲は嫌なんだよ。しぶといし気持ち悪し」
ユキとアッバスがほっと息を吐く横で、ガレートが愚痴を吐いた。
ユキにも今ならガレートの気持ちはよくわかる。
ただでさえウゾウゾ大量にいるのは気持ち悪いのに、巨大でしかも自分を狩ろうと襲ってくるのだ。
悍ましいし、恐ろしい。
「とにかく、この巣から離れよう」
「だな」
完全に日が落ちる前に休める所を探そう、とその場を後にした。
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