崩れゆく世界で君と最期の夢を見る

禎祥

文字の大きさ
上 下
51 / 60
第二章 プリメア

18、帰還

しおりを挟む
 パチパチと火の爆ぜる音。ぐつぐつと煮立つ音。鳥の鳴き声や精霊の笑い声。
 ユキが目覚めると、寝ている間に移動していたらしく既に神樹が遠くに見えた。
 力を使って眠った後だったため例に漏れず異常なほどお腹が空いている。
 薪が燃える匂いと共に漂う美味しそうな香りが余計に空腹を刺激する。

「やぁ、そろそろ起こそうかと思っていたところだよ」
「おはよう、ユキちゃん」
「おはよう」
「……おはよう、ございます」

 ユキが身を起こしたのに気付いて、次々に声をかけられる。
 いつの間に合流したのか、ガレートも一緒だった。
 スープ鍋をかき混ぜるアッバスと、串に刺さった魚や肉の位置を調節しているガレート。
 人型のスコットはユキの鞄からサンドイッチを取り出していた。

「お腹空いているでしょ? たくさんお食べ」
「うん」

 ユキがお腹を空かせて目が覚めるのを知っていたスコットが食事を用意しておいてくれたのだと思った。
 差し出された卵とベーコンと野菜たっぷりのサンドイッチを頬張り、貝の旨味が凝縮された塩風味のスープで流し込む。
 がっつくユキに、アッバスが一晩眠っていたのだと教えてくれた。
 アッバスとガレートにとっても朝食となるようで、出来上がった焼き魚を手に輪になって座り一緒に食べた。

「街に戻ったら、1日だけ休みをもらいたいんだけど、良いかい?」

 食べていると、アッバスがそう聞いてきた。
 恐らく、祝福の実を奥さんに渡したいのだろう。
 保健体育の授業は始まっていたから、実を食べただけで子供ができるわけではないことはユキにも想像できた。
 少しだけ顔を赤らめて頷くと、アッバスはホッとしたように顔を崩した。

「じゃあ、街についたら1日休みってことで。その間、ユキは俺と一緒に買い物な」

 ガレートがユキの予定まで決めてしまった。
 買物って、何を買うつもりなんだろう? と必要な物は全て揃えた気でいるユキは首を傾げる。
 街を出た途端襲われそうになったので街中を歩くのは少し不安だが、ガレートと一緒なら大丈夫だろうとユキは思うことにした。

 食事が終わると、早速出発する。
 足の遅いユキは、再びスコットが大きな猫型になり背に乗せた。
 精霊と高ランク冒険者は足場の悪い森の中を風のように駆け抜け、あっという間に森の出口まで来る。

「じゃあ、スコット交代ね。今度はあたしが抱っこしてあげる」
「ふふ、じゃあ甘えちゃおうかな」

 スコットは小さくなると、大人しくユキに抱かれた。
 整備されていない獣道を少し進むと、行きで襲われた街道へと出る。
 既に遺体は片付けられ、地面は炭のような黒色と土が混ざっていた。

「血の臭いで獣や魔物が集まってこないよう、藁を敷いて燃やしてから土を被せたんだ」

 ガレートがそう説明してくれた。
 だからなのだろう。大勢の人がここで死んだなどとわからないほどで。
 あれほど怖い思いをしたユキも、特に恐怖が再燃することもなくこの場所を通れた。

「ユキ! おかえり! 無事で良かった!」

 正門前で出入りする人をチェックしていたライーが、ユキの姿を見つけるなり駆け寄ってきた。
 怖かっただろう、とユキを抱きしめてくるライーにユキはおずおずと「ただいま」と言う。
 こんな風に出迎えてくれる人なんて今までいなかったから、「ただいま」「おかえり」というやり取りがなんだかくすぐったい。

「お前達も、よくユキを守ってくれた! 感謝する」
「大げさだよ、ライーさん」
「そうそう、俺達は当たり前のことをしただけで」

 ライーの言葉に、アッバスもガレートもどこかむず痒い顔をしていた。
 ガレートはユキを家まで送ると言ってくれたのだが、ユキはライーの仕事が終わるまで正門にある衛兵の詰め所で待つことになった。
 襲撃があった以上、ユキを家で一人にするのが心配だとライーが譲らなかったのだ。

 翌朝、朝食を用意しているとガレートがやってきた。
 ユキを一人にしたくないライーが、自分の出勤時間前にガレートに預けようと呼んだのだ。

「こんな朝早くに呼びつけて悪かったな」
「いいや。お陰で美味しい朝食にありつけたから大丈夫」

 今日の朝食はパンと卵焼きに、ジャガイモのポタージュスープ。
 パンもポタージュスープもライーが買ってきた温めるだけのもので、手間暇かからないお手軽メニューだ。
 それでも、ガレートは美味い美味いと平らげた。

「昨日ユキを襲った連中だが、例によって背後にいる奴はわからなかった」
「まぁ、そう簡単に依頼者を喋ったら信用を失くすからな」

 ライーは昨日の襲撃事件について調べてくれたらしい。
 実行犯が傭兵だったということで依頼した何者かがいるはずだが、そこまでは突き止められなかったのだと。
 ガレートも予想はしていたようで、特に何も文句は言わない。

「ギルドの方には抗議を入れておいた。犯罪の依頼を受けないとは言っていたよ」
「口約束だろう? あいつらが守るもんか」
「まぁな。むしろ、ギルド員が殺されたとお前達が訴えられる可能性もある」
「あのギルド長ならやりかねんな」

 嫌悪感を隠そうともせずに話す二人。
 冒険者ギルドと傭兵ギルドでは仕事が重なることもあると言っていたから、ガレートが傭兵ギルドにあまり良い感情を持っていないのは理解できるが……。
 二人の会話を聞きながら、ユキは何故そんな人物がギルド長などをやっているのかと不思議に思っていた。
しおりを挟む
感想 87

あなたにおすすめの小説

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

処理中です...