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第二章 プリメア

7、プリメアの街中にて

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 冒険者ギルドでの用事が終わったユキは、ライーが街中を案内してくれることになった。
 この街で滞在している間、必要な物を揃えるという目的もある。

「何せ、俺の家には何もないからな。布団や着替え、食器類もか? 食べ物も好みがあれば言ってくれ」
「逆に独り身の男の家にユキにピッタリな着替えがある方が怖いんだが」
「黙れキノコ。焼いて食うぞ」

 鞄からひょっこり顔を覗かせた2号が、ヒェッと慌てて鞄に引っ込む。
 くれぐれも精霊だとばれないようにしてくれ、と改めて念を押され、スコットもユキも無言で頷く。
 冒険者ギルドの建物を出れば、路面も見えないほどの人、人、人。

 ライーに連れられて来た時はライーについて行くので必死でそれどころじゃなかったが、アルカ達と話して少しだけ心が落ち着いて周囲を見る余裕ができたユキはその人の多さに固まる。
 この世界に来るまで、道を歩けば突然見知らぬ大人から一方的に怒鳴られ殴られ、幼い子供からは石を投げつけられていたユキ。冒険者ギルドから幼い子が出てくるというその奇妙な光景に好奇の視線を向けられ、ユキの足は竦み身体が震え出す。
 ライーは、ユキが何故突然怯えだしたかわからず、困惑していた。

「あー、その……手でも繋ぐか?」

 どこか照れた様子で差し出された手を、ユキはおずおずと握った。
 もう片方の手ではしっかりとスコットを抱えている。
 スコットはスコットで、落ちないようユキの肩に上体を乗せた。
 ふわふわの毛並みがユキの顔に触れる。その柔らかさや温かさに少しだけユキは落ち着く。

「手離すなよ。この人混みだ。はぐれちまったら大変だからな」

 ライーの言葉にユキはコクコクと何度も頷き、握る手に力を籠める。
 そんなユキに苦笑しつつも、ライーはゆっくりと歩き出した。
 ユキがまた無言になってしまったため、ライーが一人でずっと喋り続ける。
 右が武器屋、その横は防具屋、どこそこのパンが美味い、あそこは高くて不味い、など。
 ライーの説明にユキはその店を覚えようと示された店をじっと見る。衛兵の仕事として迷子を保護することもあると言っていただけあって、ライーの説明はわかりやすく歩調もちょうど良い。

「この前大きく揺れただろう? その時に古い建物が崩れたりしてな。怪我人も多く出た。だから、ユキが森から持ってきてくれた薬草はとても助かる」

 ユキは冒険者ギルドを出る前に野草を買い取ってもらっていた。
 食料として摘んでおいたのだが、その中に回復効果のある植物が紛れていたのだ。ケアプラントというその草は、霊素に満ちた精霊の森で独自進化したものだ。
 ライーの言葉通りこの街では現在薬が必要とされているらしく、一束が金貨3枚で売れた。日本円にして約3万円という破格の値段である。

「あぁ、ほら、あそこも」

 ライーが示した建物は半分崩れていて、大工らしい人がレンガを積みながら固定剤で補強をしていた。その建物の前に堆く積まれた瓦礫をどこかに運んでいく人など、多くの人間が忙しそうにしている。
 そんな建物の前を通り過ぎ、ユキ達は雑貨屋へと入った。スコットと懇意の店かとユキは思ったが、どうやら違うらしい。
 その店でユキは鞄に入っていない日用品を買い込む。スコットが色々用意してくれていたおかげで、所持金で何とか間に合った。買い込んだ物は店の者が夕刻までに届けてくれるらしい。

 店を出ると、中央通りと呼ばれる大きな道に出た。
 街の中心から南北へとまっすぐに伸びるその道には様々な店が軒を並べ、他の集落から来たらしい行商人が道端に平たい木箱を並べて自慢の商品の売り込み文句を声高に叫んでいる。
 大通りの正面には遮るものはなく巨大な門が見える。

「実のところね、先月流れてきたキーダンからの避難民でこの街の住民は飽和状態……住むところも仕事も足りていない状態だったんだ」

 先日の地震で崩れた建物が多く出たことで、補修工事で人手が必要になったそうだ。崩れた建物を改築して住宅問題を一気に解決するのだと活気づいているらしい。
 だからこんなに賑やかなのか、とユキは周囲を窺いながら納得した。

「あっ! 尻尾! あの人も精霊?」
「ん? ああ、違う。あれは獣人ってやつだ」

 門から出入りする人たちの中に、瓦礫を運ぶための天秤棒を担いだ犬耳の青年がいた。
 驚いたユキが声を上げると、ライーが説明してくれる。
 獣人と呼ばれる種族は、獣の肉体を持ち人間に変身することのできる精霊族と交わった者達の子孫だ。
 彼らは絶対数が少なく、突如現れた魔物という脅威に自身に宿る精霊族の力で毅然と立ち向かった経緯から神聖視されることが多い。もっとも、魔物と混同して嫌悪する思想もあると言えばあるのだが。

「そんなわけでな、何度も言うが、精霊連れだとバレないようにな」
「スコットは悪いことしないのに」
「猫の精霊は残虐で気紛れ、何より魔物を生み出したって伝わっているからな。動物の猫は愛せても精霊の『猫』はどうしても、な」

 スコットのように人と慣れ合う『猫』がいるとは思わなかったとライーはすまなそうに言った。
 猫好きのユキとしては、どうしても猫だからという理由でスコットが自由に過ごせないのが納得できない。
 だが、人間の考え方を変えるのは世界を救うより難しい。アルカがユキに便宜を図ってくれるのだって、ユキ達が「魔物を生み出す装置を壊す」ために動いているからだろう。

 話ながら歩いていると、先ほど見かけた犬耳犬尻尾の青年が一生懸命汗水流しながら働いているのにきつくあたられているところに出くわしてしまった。
 青年に大声で罵声を浴びせ続ける中年男性。ライーは聞かない方が良いと言うが、声が大きいので聞こえてしまう。
 スコットをあんな目に遭わせたくない。ユキはスコットが精霊だとバレませんようにと願いながらスコットをギュッと抱きしめ、ライーの家まで急いだ。
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