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第二章 プリメア
5、ギルドカード
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不敵に笑うアルカと緊張した面持ちのユキが対峙していると、コンコン、と扉がノックされた。
アルカが入室を許可すると、ワゴンに何かの装置と羽ペン、インク、羊皮紙を乗せた先ほどの女性が入ってくる。
「お待たせしました。こちらに記入をお願いします」
「文字は書けるかね?」
女性は子供であるユキにも丁寧に接してくれる。チラチラとスコットの方を見ているから、ユキというよりはスコットの機嫌を損ねないようにしているのかもしれない。
アルカに自分で書けるか聞かれ、ユキは羊皮紙を見る。
不思議なことに、それは日本語とそっくりだった。漢字ばかりだが、読書が趣味だったユキには何となく意味が理解できる。
「日本語でも良ければ」
ユキは羽ペンを手に取り、インクをつけると羊皮紙を押さえる。
羽は先が尖っていたし、インク壺と一緒にあったからそれで書くのだとわかった。習字と同じようにすれば良いのかな、とつきすぎたインクをインク壺の淵で落とす。
ツルツルとした紙しか知らないユキにとっては、羊皮紙も初めて見る。少し黄ばみ、でこぼことした手触り。
上手く書けるかドキドキしながら、ツ、とペン軸を動かす。
「ふむ、子供で読み書きができるのは珍しいな」
アルカが覗き込みながら感心している。初めからスコットが代筆するものと思っていたようだ。
ライーも女性も、ユキが自分で記入していることに驚きつつも、記入欄と内容が合っているか見守っている。そして……。
「「「12歳!?」」」
揃って、年齢の欄で驚きの声を上げた。
ライーは苦労してきたんだな、と目を潤ませ、アルカは女性にすぐに栄養のあるものを持ってこいとか命令している。
女性もそれに応じてパタパタと大急ぎで部屋を出ていった。
ユキだけは、3人が何故そんな反応をするのかわからず首を傾げ、残りの欄の記入に取り掛かる。
「あの、この職業って」
「あぁ、そこには自分が得意としている戦闘スタイルから形式的に剣士や槍術士などと書いているが……ユキは空欄で良い。精霊術師であることは隠したほうが良い」
「ボクもそう思うよ」
ライーのアドバイスに、スコットも同意する。
アルカ達の態度や、スコットが普通の猫のふりをしようとしていたことからも精霊に対する人間の反応を察したユキは素直に従う。
同じように、得意武器の箇所も空欄で良いと言われた。実年齢よりもさらに幼く見える外見から、何か言われたらまだ何が自分に合っているかわからないことにしておけとアドバイスもくれた。
「じゃあ、これ、できました」
「あぁ」
その他の欄も一通り目を通すが、緊急連絡先や遺品を渡す相手の指定などユキには書けないものばかりだった。
羊皮紙をアルカに渡した所で、お菓子を大量に持った女性が戻ってくる。
たくさん食べて大きくなるのよ、と涙ぐみながら寄越してくる。
食べながらで構わないとアルカも言うので、ちょうど小腹の空いていたユキは一番近くにあったパイに手を伸ばす。
口に入れると、塩気が口に広がる。それは玉ねぎのようなシャキシャキとした野菜と何かのひき肉がたっぷり入ったミートパイだった。
甘味だと思って口にしたユキは驚くが、これはこれで美味だと味わって食べる。
「じゃあ、冒険者ギルドの説明をしますね」
アルカが装置をカタカタと操作する隣に座った女性がユキに説明を始める。
ギルドに登録した冒険者には、守らなければいけない規則があるらしい。
1、街に滞在している間の宿泊先を必ず報告すること。これは魔物の襲来など緊急時に呼び出しがあるからだそうだ。
2、ギルドを通さない直接依頼は受けないこと。これは冒険者達の公平性のためであるが、ユキ自身が騙されて不利益を得ないためでもあるらしい。
3、私闘の禁止。相手が同じギルド員であっても、一般人であっても襲ってはいけない。これにはユキも当然だと思って頷く。
4、素材の売却先は冒険者ギルドのみ。これは、流通を管理している商業ギルドとの取り決めらしい。
5、探索中倒した魔物について、掲示板に依頼票があれば必ず受付へ報告すること。これは、誰かが依頼を受けて討伐のために探している可能性があるかららしい。
6、町を出る前に受付に報告すること。これは安否確認の他、緊急時に誰がいるか把握しておくためだそうだ。
「こんなところでしょうか。依頼の受注は出かける前でも戻ってきてからでも良いのですが、トラブルを避けるためにも受注してから出かけてもらえると助かります」
「受注ってどうやるの?」
「掲示板に貼ってある紙を受付に出すだけですよ」
「難易度とランクの話が抜けているぞ」
装置からカタカタと板状の物が出てくるのを見ながらアルカが言う。
女性はそうでした、と慌てて付け足す。
「冒険者にはランクが決められていて、それに応じて受けられる依頼も変わってきます」
ランクは上からS、A~Hとあり、基本は同ランク以下の依頼が受けられる。
基本というのは、依頼は事後でも受注可能なためである。
ランクは安全マージンを取って設定されており、上のランクに上がるには一定以上の依頼達成と実力試験に合格することが必要となる。
「基本的にギルド登録は15歳からで、Fランクからのスタートになります。ユキ様のように特例で認められた未成年者や、登録時に実力不足と見做された者はHランクからのスタートです」
「じゃあ、あたしはHから?」
「そうなります」
女性はスコットの顔色を窺いながら、規則ですので、と申し訳なさそうに言う。
余計なもめごとに巻き込まれたくないユキにとっては、特に気にするところはない。
「さぁユキ、出来たぞ」
アルカが真新しい薄水色のカードをユキに渡す。
硬質の色ガラスのような質感のカードに、ユキの名前とランクが書かれている。
カードの右下には、小さくプリメアとある。
「それが身分証になるから、無くすなよ」
「はい」
「早速だが、ユキに、というかそっちの精霊に頼みがある」
ユキがカードを鞄にしまうと、アルカが切り出した。
やっぱりか、とユキは思った。
人間が親切にしてくれる時は何か裏があるのだ。
無理な頼みだったらカードは惜しいが返そうと、ユキは緊張してアルカの次の言葉を待った。
アルカが入室を許可すると、ワゴンに何かの装置と羽ペン、インク、羊皮紙を乗せた先ほどの女性が入ってくる。
「お待たせしました。こちらに記入をお願いします」
「文字は書けるかね?」
女性は子供であるユキにも丁寧に接してくれる。チラチラとスコットの方を見ているから、ユキというよりはスコットの機嫌を損ねないようにしているのかもしれない。
アルカに自分で書けるか聞かれ、ユキは羊皮紙を見る。
不思議なことに、それは日本語とそっくりだった。漢字ばかりだが、読書が趣味だったユキには何となく意味が理解できる。
「日本語でも良ければ」
ユキは羽ペンを手に取り、インクをつけると羊皮紙を押さえる。
羽は先が尖っていたし、インク壺と一緒にあったからそれで書くのだとわかった。習字と同じようにすれば良いのかな、とつきすぎたインクをインク壺の淵で落とす。
ツルツルとした紙しか知らないユキにとっては、羊皮紙も初めて見る。少し黄ばみ、でこぼことした手触り。
上手く書けるかドキドキしながら、ツ、とペン軸を動かす。
「ふむ、子供で読み書きができるのは珍しいな」
アルカが覗き込みながら感心している。初めからスコットが代筆するものと思っていたようだ。
ライーも女性も、ユキが自分で記入していることに驚きつつも、記入欄と内容が合っているか見守っている。そして……。
「「「12歳!?」」」
揃って、年齢の欄で驚きの声を上げた。
ライーは苦労してきたんだな、と目を潤ませ、アルカは女性にすぐに栄養のあるものを持ってこいとか命令している。
女性もそれに応じてパタパタと大急ぎで部屋を出ていった。
ユキだけは、3人が何故そんな反応をするのかわからず首を傾げ、残りの欄の記入に取り掛かる。
「あの、この職業って」
「あぁ、そこには自分が得意としている戦闘スタイルから形式的に剣士や槍術士などと書いているが……ユキは空欄で良い。精霊術師であることは隠したほうが良い」
「ボクもそう思うよ」
ライーのアドバイスに、スコットも同意する。
アルカ達の態度や、スコットが普通の猫のふりをしようとしていたことからも精霊に対する人間の反応を察したユキは素直に従う。
同じように、得意武器の箇所も空欄で良いと言われた。実年齢よりもさらに幼く見える外見から、何か言われたらまだ何が自分に合っているかわからないことにしておけとアドバイスもくれた。
「じゃあ、これ、できました」
「あぁ」
その他の欄も一通り目を通すが、緊急連絡先や遺品を渡す相手の指定などユキには書けないものばかりだった。
羊皮紙をアルカに渡した所で、お菓子を大量に持った女性が戻ってくる。
たくさん食べて大きくなるのよ、と涙ぐみながら寄越してくる。
食べながらで構わないとアルカも言うので、ちょうど小腹の空いていたユキは一番近くにあったパイに手を伸ばす。
口に入れると、塩気が口に広がる。それは玉ねぎのようなシャキシャキとした野菜と何かのひき肉がたっぷり入ったミートパイだった。
甘味だと思って口にしたユキは驚くが、これはこれで美味だと味わって食べる。
「じゃあ、冒険者ギルドの説明をしますね」
アルカが装置をカタカタと操作する隣に座った女性がユキに説明を始める。
ギルドに登録した冒険者には、守らなければいけない規則があるらしい。
1、街に滞在している間の宿泊先を必ず報告すること。これは魔物の襲来など緊急時に呼び出しがあるからだそうだ。
2、ギルドを通さない直接依頼は受けないこと。これは冒険者達の公平性のためであるが、ユキ自身が騙されて不利益を得ないためでもあるらしい。
3、私闘の禁止。相手が同じギルド員であっても、一般人であっても襲ってはいけない。これにはユキも当然だと思って頷く。
4、素材の売却先は冒険者ギルドのみ。これは、流通を管理している商業ギルドとの取り決めらしい。
5、探索中倒した魔物について、掲示板に依頼票があれば必ず受付へ報告すること。これは、誰かが依頼を受けて討伐のために探している可能性があるかららしい。
6、町を出る前に受付に報告すること。これは安否確認の他、緊急時に誰がいるか把握しておくためだそうだ。
「こんなところでしょうか。依頼の受注は出かける前でも戻ってきてからでも良いのですが、トラブルを避けるためにも受注してから出かけてもらえると助かります」
「受注ってどうやるの?」
「掲示板に貼ってある紙を受付に出すだけですよ」
「難易度とランクの話が抜けているぞ」
装置からカタカタと板状の物が出てくるのを見ながらアルカが言う。
女性はそうでした、と慌てて付け足す。
「冒険者にはランクが決められていて、それに応じて受けられる依頼も変わってきます」
ランクは上からS、A~Hとあり、基本は同ランク以下の依頼が受けられる。
基本というのは、依頼は事後でも受注可能なためである。
ランクは安全マージンを取って設定されており、上のランクに上がるには一定以上の依頼達成と実力試験に合格することが必要となる。
「基本的にギルド登録は15歳からで、Fランクからのスタートになります。ユキ様のように特例で認められた未成年者や、登録時に実力不足と見做された者はHランクからのスタートです」
「じゃあ、あたしはHから?」
「そうなります」
女性はスコットの顔色を窺いながら、規則ですので、と申し訳なさそうに言う。
余計なもめごとに巻き込まれたくないユキにとっては、特に気にするところはない。
「さぁユキ、出来たぞ」
アルカが真新しい薄水色のカードをユキに渡す。
硬質の色ガラスのような質感のカードに、ユキの名前とランクが書かれている。
カードの右下には、小さくプリメアとある。
「それが身分証になるから、無くすなよ」
「はい」
「早速だが、ユキに、というかそっちの精霊に頼みがある」
ユキがカードを鞄にしまうと、アルカが切り出した。
やっぱりか、とユキは思った。
人間が親切にしてくれる時は何か裏があるのだ。
無理な頼みだったらカードは惜しいが返そうと、ユキは緊張してアルカの次の言葉を待った。
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