上 下
36 / 60
第二章 プリメア

3、嘘がバレた

しおりを挟む
「ライー、そいつは隠し子か?」
「おいおい、ここは子連れで来るところじゃないぜ?」

 建物に入るなり、そんな野次とゲラゲラ笑う声を浴びせかけられる。
 トラウマを刺激されたユキは、その声に身をすくませた。
 ライーはそれに気づき、後ろに庇うようにしてユキを隠す。と言っても周囲にたくさんいるためちっとも隠せてないのだが。

「やめろ、子供が怯えてるだろ。ユキ、相手にするな」

 俺の子じゃねぇ、と野次馬達に怒鳴ってから、おいで、とライーはユキの手を引く。
 ユキは辺りをきょろきょろと窺う。

 全身鎧に身を包み顔も性別も不明な巨体、ヤクザにしか見えないスキンヘッドの男や、腕や首に入れ墨を入れたヒョロリとした男性など、威圧的な外見の男性が圧倒的に多い。その多くがニヤニヤと厭らしい嗤いを浮かべながらユキを見ていた。
 女性の姿もチラホラと見られるが、彼女達はユキには関心が無いのかチラリと一瞥しただけで壁の掲示物を見たり仲間たちとの歓談に戻ったりしている。
 ユキは恐怖で無意識のうちにライーの体の影に隠れるように身を寄せる。

「あら、ライーさん珍しいですね。衛兵隊長自らギルドにお越しなんて」
「先にジグを知らせに寄越したはずだが……ギルド長はいないのか?」

 カウンターらしき場所へと連れてくると、ライーが女性と何やら話している。
 カウンターはユキの背丈からは高すぎて、その奥にいる女性の姿は見えない。
 聞こえてきた声から、ライーは隊長だったのかと知る。

「子供を保護したって?」
「あぁ。先月からキーダンの避難民がチラホラ来てただろ。その中の子じゃないかって思うんだが……名前以外何も覚えてないらしいんだ」

 やはりカウンターの奥から男性の声が聞こえてくる。
 何も見えないカウンター内よりは、ギルドの壁面に貼られている紙や地図、絵画が気になったユキ。ライーの体に貼りついたまま、内容が見えないものかと注視していると不意に頭を触られた。
 驚いて飛び上がるように見上げると、銀縁眼鏡で詰襟のような服を着た男性が薄く笑いながらカウンター越しに身を乗り出してユキの頭を撫でていた。

「ずいぶんと懐かれているじゃないか、ライー」
「懐かれたっていうより、隠れてるだけだろ。強面が多いからな」
「ふふ、違いない。場所を移そう。この体勢じゃ話にくい」

 小さい子供が依頼者として来ることも想定して、もっと低いカウンターも設置しないとダメだなぁ、なんて話しながら2階にある立派な部屋へと案内される。
 ふかふかとした椅子に座ると、体が沈み込むようで落ち着かない。

「さて、私はこのプリメアの冒険者ギルドのギルド長を務めているアルカという。君の名前を教えてくれるかな?」
「ユキ」

 アルカと名乗った男は白髪が混じったグレーの髪ではあるが、ライーよりも若く見える。
 一見微笑んで見えるが、糸目なだけで実際は笑っていないことにユキは対面してすぐに気が付いた。
 値踏みするような視線に警戒しながら、ユキも同じようにアルカのひととなりを見極めようと観察する。

「ユキ、聞かせてくれるかな? 何故、精霊を連れている?」
「!」
「何?!」

 アルカの言葉に、ユキは一気に緊張する。ライーは驚いたようにユキを見、それからスコットに視線を移した。

「まさかこんなに早く見破られるとはね」

 スコットがユキの手の中からスルリと抜け出すと、人型を取りユキの真横に立つ。
 剣を抜くライーに、ユキはオロオロとすることしかできない。

「よりにもよって、『猫』とは」
「ボクがケット・シーで何か問題でも?」
「大ありだ。『猫』が魔物を生み出したんだろうが。ここでも魔物を出す気か」
「スコットはそんなことしない!」

 今にも斬りかかりそうな剣幕のライーとアルカ。あらぬ疑いをかけられたことに、ユキは憤慨して思わず叫んでいた。
 人間が女神を憎むようになったとは聞いていたが、精霊であるスコットにまでいきなり敵意を向けられるとは思っていなかった。
 視線が一斉にユキに集まり、ユキはまたガタガタと体が震えるのを感じる。
 しかし、今ユキが動かなければ、スコットが殺されてしまうかもしれない。震える口で、ユキは言葉を紡ぐ。

「スコットは、あたしを助けてくれたんだもん。一緒に魔物を倒しに行くんだもん。悪いことしないよ! スコットは神様だもの。あたしの神様を悪く言わないで!」
「ユキ……」

 嬉しそうに、スコットがユキを抱きしめる。
 フーッと威嚇するような荒い呼吸で涙をボロボロと流しながら睨みつけてくるユキに、ライーは毒気を抜かれたようで剣を下ろす。
 アルカはスコットとユキの様子を観察するような視線を向けたまま、フム、と呟いた。

「座りなさい。ライーも」
「ああ」

 スコットはユキを抱っこする姿勢で椅子に腰かける。
 ユキはまだ涙が止まらずにただアルカを睨んでいた。
 ライーは困ったような顔をしているが、アルカは感情の読めない薄笑いを浮かべたままだ。

「魔物を倒しにいく、と言ったかね?」
「そうだよ。正確には、魔物を生み出している装置を壊しにね」
「何故今頃? いや待て、装置だと?」
「今までは装置が精霊を呑み込み、魔物に作り替えてしまうため近寄れなかった。それはボクも一緒。でも、今は違う。この子が現れた。魔素を霊素に作り替えられるこの子なら、装置に近寄って壊すことができる」

 泣いたままのユキをあやすようにスコットが頭を優しく撫でながら、アルカと話を進める。
 双子を止められなかった贖罪から、『猫』を代表してこの使命に乗り出したこと。
 世界が装置のせいで崩壊していること。ユキの出自や能力などもアルカの質問に包み隠さず話していく。

「ユキはキーダンからの避難民じゃなかったのか?!」
「そんなこと、ユキは一言も言ってないよ」

 ライーが自分の勘違いに気付いて声を上げる。
 アルカは一通りスコットの説明を聞くと、フゥ、とため息を吐いた。

「嘘は吐いていないようだな」

 どうやらアルカはスコットの正体を見破ったように、話の真偽を見破る能力を持っているようだった。
 敵意は減ったものの、アルカがスコットをどうするのか、どんな行動に出るのかわからずユキはスコットにしがみついたままアルカをジッと見ていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

貴方が望むなら死んであげる。でも、後に何があっても、後悔しないで。

四季
恋愛
私は人の本心を読むことができる。 だから婚約者が私に「死んでほしい」と思っていることも知っている。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。

桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。 「不細工なお前とは婚約破棄したい」 この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。 ※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。 ※1回の投稿文字数は少な目です。 ※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。 表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年10月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 1ページの文字数は少な目です。 約4500文字程度の番外編です。 バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`) ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑) ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?

ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。 世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。 ざまぁ必須、微ファンタジーです。

【完結】彼女以外、みんな思い出す。

❄️冬は つとめて
ファンタジー
R15をつける事にしました。 幼い頃からの婚約者、この国の第二王子に婚約破棄を告げられ。あらぬ冤罪を突きつけられたリフィル。この場所に誰も助けてくれるものはいない。

婚約破棄の場に相手がいなかった件について

三木谷夜宵
ファンタジー
侯爵令息であるアダルベルトは、とある夜会で婚約者の伯爵令嬢クラウディアとの婚約破棄を宣言する。しかし、その夜会にクラウディアの姿はなかった。 断罪イベントの夜会に婚約者を迎えに来ないというパターンがあるので、では行かなければいいと思って書いたら、人徳あふれるヒロイン(不在)が誕生しました。 カクヨムにも公開しています。

処理中です...