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第一章 聖域
27、朝ごはんを作ろう
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雨で出歩けず一日洞窟の中で訓練をしていたユキは、いつの間にか力尽きてしまっていたらしく。洞窟の入り口から顔に当たる日差しの温かさと猛烈な空腹で目を覚ました。
雨の影響で地面や木々は濡れていたが、気持ちの良い快晴だ。
ぼんやりと外を眺めていると、ユキの下から声がした。
「あ、起きたね。ごはんにしよう」
ユキが濡れないようにとずっと抱いていてくれたのだろう。
慌ててユキが下りると、立ち上がったスコットの背は濡れてドロドロになっていた。
ユキが申し訳なく思っていると、スコットは乾いちゃうから平気だよと笑う。
「それより、雨の後の煮炊きをどうするか、だね」
取り敢えず薪になりそうな枝を集めてこよう、というスコットと共に森へと入る。
たっぷりの雫を抱いて朝日を反射する若葉はキラキラと輝いて、まるで宝石のようだとユキは思う。
クス、とユキは笑った。
「ユキ、どうしたの? 何か面白いことあった?」
「ううん。……あのね、あたし、日本でずっと下を向いてたの。だから、見えるのはずっと灰色の地面ばかりで。でも、ここだと下を見てもたくさんの色があって、いろんな生き物がいて。だからちょっと楽しいの」
自分の足で歩いて、自分で考えて行動する今の状況が楽しくて仕方ないのだと笑うユキ。
スコットは胸が締め付けられるように感じて、思わずユキを抱きしめた。
「わっ、ス、スコット! 濡れちゃうよ?」
「いいよ……グスッ……乾くもの」
「スコット泣いてる?」
「泣いてない……グスッ」
「泣いてるな」
「うるさいバカ2号」
草をかき分けて歩いているうちにユキの服が濡れてしまっていた。
スコットも濡れてしまうとユキは慌てたのだが、ボクも濡れてると一蹴された。
スコットが泣いているのには気づいたが、自分のために泣いているとは思わないユキはただ狼狽えるばかりだ。
結局スコットが自分から離れてくれるまでそのまま固まっていた。
「えっと、薪がじゅうぶん集まったので今から火をつけます!」
「何だそのテンション……」
照れ隠しなのかやたら張り切った様子のスコットを2号がからかう。
じゃれ合う二人をクスクスと笑いながら見ていたユキだったが、ふとあることに気づく。
「ねぇスコット、この枝、昨日の雨で濡れちゃってるけど燃えるの?」
「うん、大丈夫。あのね……」
「あ、俺知ってるぞ! 芯までは濡れてないから、鉈とかナイフで濡れてる部分削るんだろ?」
ユキの疑問に2号がはーいはいはい! と勢いよく手を上げながら言う。
スコットはそんな2号に苦笑してそれでも良いんだけど、と言った。
「確かに精霊術を使えない人はそうしてるらしいね。けど、ボクらだからできるもっと簡単な方法がある。ユキ、スイを呼んでみて」
「う、うん。スイ、お願い」
ユキが両手を皿にしてスイを呼ぶと、スイがユキの掌の上に現れる。
スコットに言われるままスイを集めた枝の上に降ろした。
「スイ、この枝に染み込んだ水を全て吸い取ってほしいんだ」
「お願い、スイ」
スイはユキの言葉に頷くと、両手で枝をポンポンと叩いた。
すると、枝からぷくぷくとシャボン玉のようなものが浮き出てくる。
次々と出て来ては宙に浮かぶ小さな水の玉にスイが両腕を伸ばすと、一か所にまとまって大きな水球になった。
「ありがとう、スイ」
これで良い? とばかりにスイがユキの方を向いて首を傾げるのでお礼を言うと、スイはにっこり笑って水球ごとどこかに消えた。
残された枝は、しっかり乾いていた。
「凄いな」
その後サラマンダーを呼び出し、あっという間に燃え上がった焚火の前で2号が言う。
今までの苦労は何だったんだ、なんてブツクサ言っているから、雨の日の火おこしで苦労したのかもしれない。
そんな2号は放置して、ユキとスコットは食事の準備を進める。
「……そういえば、異空間から出すと一気に入れていた分の時間が進むんでしょ? お肉や料理が傷まないのは何で?」
「生きてないからだよ」
「?」
鞄から食材を取り出したユキは、ふと不安になって肉の匂いを嗅いでみた。
しかし、特に傷んだ様子もないので聞いてみると、スコットからは理由になっていないような答えが返ってくる。
そういえば、料理も傷んでないどころか出来立てのままだったな、と思う。
「えっとね、ボクも実際にやってしまった失敗からわかっただけで原理はよくわかってないんだ。だけど、たぶん生きているものは、本来あるべき姿に戻ろうとしてるんだと思う。前に時間と歴史を司る精霊が言っていたのだけど、生あるものには歴史の強制力が働くって。だから過去や未来を変えようとしてもダメなんだって」
「うーん、よくわからんが、異空間で時間を止めておいて若いまま未来に行くと、その時間軸の歴史が変わってしまうからってことか?」
「??」
スコットの説明で2号は何となくわかったようだが、ユキにはわからない。
わかったのは、過去にスコットが何らかの生き物でやらかしてしまったという点だけだ。
よほど理解していない顔をしていたのか、2号が更に言い直す。
「生きている奴は、あるべき未来を変えてしまう可能性があるから、だから出した時点でのそいつのあるべき姿に調整されるんだと。で、料理とか肉とか、生きていないものはその心配がないからそのままなんだと」
「う……よくわからないけどわかった」
2号が地面にガリガリと線を引いて説明する。
理屈はよくわからないが、わかったと言っておかないと延々と同じ説明をされそうで、ユキは取り敢えず「生きてないものは入れた時のまま。生きてるものは時間が進む」、そういうものだと思うことにした。
何よりユキは空腹で倒れそうだった。
恐竜の咆哮のような腹の音に気付いたスコットが、大慌てでユキを座らせると、生でも食べられる野草に塩を振ってユキに食べさせる。
その間に肉を焼き、焼けたのをユキに渡しまた肉を焼き、を繰り返すスコット。
結局手伝えなかったことを残念に思いながら、ユキは腹を満たすのだった。
雨の影響で地面や木々は濡れていたが、気持ちの良い快晴だ。
ぼんやりと外を眺めていると、ユキの下から声がした。
「あ、起きたね。ごはんにしよう」
ユキが濡れないようにとずっと抱いていてくれたのだろう。
慌ててユキが下りると、立ち上がったスコットの背は濡れてドロドロになっていた。
ユキが申し訳なく思っていると、スコットは乾いちゃうから平気だよと笑う。
「それより、雨の後の煮炊きをどうするか、だね」
取り敢えず薪になりそうな枝を集めてこよう、というスコットと共に森へと入る。
たっぷりの雫を抱いて朝日を反射する若葉はキラキラと輝いて、まるで宝石のようだとユキは思う。
クス、とユキは笑った。
「ユキ、どうしたの? 何か面白いことあった?」
「ううん。……あのね、あたし、日本でずっと下を向いてたの。だから、見えるのはずっと灰色の地面ばかりで。でも、ここだと下を見てもたくさんの色があって、いろんな生き物がいて。だからちょっと楽しいの」
自分の足で歩いて、自分で考えて行動する今の状況が楽しくて仕方ないのだと笑うユキ。
スコットは胸が締め付けられるように感じて、思わずユキを抱きしめた。
「わっ、ス、スコット! 濡れちゃうよ?」
「いいよ……グスッ……乾くもの」
「スコット泣いてる?」
「泣いてない……グスッ」
「泣いてるな」
「うるさいバカ2号」
草をかき分けて歩いているうちにユキの服が濡れてしまっていた。
スコットも濡れてしまうとユキは慌てたのだが、ボクも濡れてると一蹴された。
スコットが泣いているのには気づいたが、自分のために泣いているとは思わないユキはただ狼狽えるばかりだ。
結局スコットが自分から離れてくれるまでそのまま固まっていた。
「えっと、薪がじゅうぶん集まったので今から火をつけます!」
「何だそのテンション……」
照れ隠しなのかやたら張り切った様子のスコットを2号がからかう。
じゃれ合う二人をクスクスと笑いながら見ていたユキだったが、ふとあることに気づく。
「ねぇスコット、この枝、昨日の雨で濡れちゃってるけど燃えるの?」
「うん、大丈夫。あのね……」
「あ、俺知ってるぞ! 芯までは濡れてないから、鉈とかナイフで濡れてる部分削るんだろ?」
ユキの疑問に2号がはーいはいはい! と勢いよく手を上げながら言う。
スコットはそんな2号に苦笑してそれでも良いんだけど、と言った。
「確かに精霊術を使えない人はそうしてるらしいね。けど、ボクらだからできるもっと簡単な方法がある。ユキ、スイを呼んでみて」
「う、うん。スイ、お願い」
ユキが両手を皿にしてスイを呼ぶと、スイがユキの掌の上に現れる。
スコットに言われるままスイを集めた枝の上に降ろした。
「スイ、この枝に染み込んだ水を全て吸い取ってほしいんだ」
「お願い、スイ」
スイはユキの言葉に頷くと、両手で枝をポンポンと叩いた。
すると、枝からぷくぷくとシャボン玉のようなものが浮き出てくる。
次々と出て来ては宙に浮かぶ小さな水の玉にスイが両腕を伸ばすと、一か所にまとまって大きな水球になった。
「ありがとう、スイ」
これで良い? とばかりにスイがユキの方を向いて首を傾げるのでお礼を言うと、スイはにっこり笑って水球ごとどこかに消えた。
残された枝は、しっかり乾いていた。
「凄いな」
その後サラマンダーを呼び出し、あっという間に燃え上がった焚火の前で2号が言う。
今までの苦労は何だったんだ、なんてブツクサ言っているから、雨の日の火おこしで苦労したのかもしれない。
そんな2号は放置して、ユキとスコットは食事の準備を進める。
「……そういえば、異空間から出すと一気に入れていた分の時間が進むんでしょ? お肉や料理が傷まないのは何で?」
「生きてないからだよ」
「?」
鞄から食材を取り出したユキは、ふと不安になって肉の匂いを嗅いでみた。
しかし、特に傷んだ様子もないので聞いてみると、スコットからは理由になっていないような答えが返ってくる。
そういえば、料理も傷んでないどころか出来立てのままだったな、と思う。
「えっとね、ボクも実際にやってしまった失敗からわかっただけで原理はよくわかってないんだ。だけど、たぶん生きているものは、本来あるべき姿に戻ろうとしてるんだと思う。前に時間と歴史を司る精霊が言っていたのだけど、生あるものには歴史の強制力が働くって。だから過去や未来を変えようとしてもダメなんだって」
「うーん、よくわからんが、異空間で時間を止めておいて若いまま未来に行くと、その時間軸の歴史が変わってしまうからってことか?」
「??」
スコットの説明で2号は何となくわかったようだが、ユキにはわからない。
わかったのは、過去にスコットが何らかの生き物でやらかしてしまったという点だけだ。
よほど理解していない顔をしていたのか、2号が更に言い直す。
「生きている奴は、あるべき未来を変えてしまう可能性があるから、だから出した時点でのそいつのあるべき姿に調整されるんだと。で、料理とか肉とか、生きていないものはその心配がないからそのままなんだと」
「う……よくわからないけどわかった」
2号が地面にガリガリと線を引いて説明する。
理屈はよくわからないが、わかったと言っておかないと延々と同じ説明をされそうで、ユキは取り敢えず「生きてないものは入れた時のまま。生きてるものは時間が進む」、そういうものだと思うことにした。
何よりユキは空腹で倒れそうだった。
恐竜の咆哮のような腹の音に気付いたスコットが、大慌てでユキを座らせると、生でも食べられる野草に塩を振ってユキに食べさせる。
その間に肉を焼き、焼けたのをユキに渡しまた肉を焼き、を繰り返すスコット。
結局手伝えなかったことを残念に思いながら、ユキは腹を満たすのだった。
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