崩れゆく世界で君と最期の夢を見る

禎祥

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第一章 聖域

20、水の精霊

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「さて、どっちに行こうか?」
「どっち、って言っても……どの方向に何があるの?」

 探検に行こうと促すスコットだったが、ユキは一歩を踏み出せない。
 どの方角に行ったところで、スコットがついてきてくれる限り迷子にはならないのだろうけれど。
 そんなユキの言葉に、スコットはそれを聞いちゃ探検にならないんじゃない? と頬をポリポリと掻く。
 だが、ユキにはとことん甘いスコットはまぁ良いかと大体の方角を示す。

「このまままっすぐ行くと神樹、逆にボクの後ろ方面に進めばホタルを見た川。太陽が見える方角に行けば神殿、その逆方向には洞窟があるよ」
「シンジュ?」

 それは何、と聞くユキにスコットは見てのお楽しみと笑う。
 どんなものかは実際に行ってみないとわからないらしい。
 ユキはしばらく考えて、決めた。

「うん、全部行きたい! 全部見に行こう?」
「そうだね。けっこう歩くけど平気?」

 頷くユキに、時間はあるし訓練しながらゆっくり行こうと言うスコット。
 訓練は夜、と言っていたから1日では回り切れない距離のようだ。

「まずはどこに行く?」
「川!」

 ユキはあの幻想的な光景をもう一度見たいと思っていた。
 どうせ一夜を過ごすのなら、あの河原で、と。
 スコットも2号も賛同し、早速向かう。
 場所はそれほど離れておらず、まだ日も高いうちに到着した。

「うわぁ~! 綺麗!」

 草の生い茂る河原を抜け、さらに川に近づくと石がごろごろしている。
 日の光が水面に反射し、キラキラと輝いている。
 さらに近づくと、日が反射して眩しいのは遠方の水面だけだとわかる。夜に来た時はわからなかったが、川幅は3メートル以上はあろうかという大きな川だった。
 覗き込んだ水はどこまでも透き通り、川底の石も泳ぐ魚の姿もはっきりと見えた。

「ふふっ」
「人魚!」

 水中を覗き込んではしゃいでいると、ふと笑い声がした。
 声のした方を見たユキは、対岸の岩に腰かけて微笑む人魚に驚く。
 まるで絵本の人魚姫のようだと、その美しさに息を呑むユキ。
 人魚は妖艶な微笑みのまま、こちらに話しかけてきた。

「ずいぶん可愛らしい子を連れているのね、スコット」
「やぁ、久しぶりだね。アイル」

 普通に挨拶を交わす二人を、ユキは驚き交互に見た。
 スコットが、彼女は水の上位精霊だよ、とユキに耳打ちする。

「スコットとずいぶん仲良くしているのね。人間なのに珍しい」
「ユキは特別だもの」

 アイルと呼ばれた人魚は飛沫を上げて川に入ると、こちらに寄ってくる。
 底が見えるほど透き通っていたためわかりにくかったが案外深いらしく、成人女性と同じくらいの背丈である人魚の腰の少し上に水面がある。
 対岸にいた時は気付かなかったが、水色の長い髪が裸体の上半身を隠しているだけ、という格好にユキは赤面する。
 そんなユキの顎下を、アイルがふぅん、と見定めるように指先でツ、と撫でた。

「ねぇ、貴女。わたくしの眷属と契約をする気はないかしら?」
「眷属?」
「そうよ。おいで」

 何故かスコットが止めようとするが、アイルは気にせずに両手で水を掬う。すると、彼女の両手の上には小さな少女が乗っていた。
 アイルとは違い人魚の姿ではなく、どちらかと言うとアース達に近い。違うのは、水色の鱗のようなものが生えた両脚と、水かきとヒレのついた手足。耳も魚のヒレのようだ。そして腰まで伸びた水色の髪で胸などは隠されているが、アイルと同様裸体だ。

「この子と契約してくださらない?」
「条件は?」

 少し警戒した様子でユキとアイルの間に立ち、スコットが尋ねる。
 アイルは簡単よ、とにっこりと微笑んだ。

「人間達に、わたくし達を呼び出す対価に人間の血肉を捧げるのをやめさせて欲しいの」
「え? 血肉?」

 ユキはギョッとして聞き返してしまう。
 スコットは逆に少しだけ警戒を緩めた様子で、アイルがユキと話しやすいよう体をずらした。

「わたくし達を呼び出す際に、どいつもこいつも血肉を対価にしてくるのよね。わたくし達を魔物と勘違いしているのかしら。失礼な話だと思わない?」

 アイルは心底憤慨しているといった様子で、ユキとスコットに同意を求める。
 ユキはアイルから圧のようなものを感じ、恐怖でコクコクと頷く。
 気を良くしたアイルは続ける。

「人間の血なんか混ぜられたら、水そのものであるわたくし達は濁ってしまうわ。汚れてしまう。わたくし達は、清流でいたいのに。たまに、わたくし達の眷属たる魚を対価にしてくる人間もいるけれど論外よ。子供同然に可愛がっている眷属を殺されて、その遺骸を突き付けられて喜ぶ親がどこにいますか」
「あぁ、だからあまり召喚に応じないんだ?」
「えぇ。弔ってやりたい気持ちもあるから一応は従うけれど、力を揮う気にはならないわね」

 水の精霊はできることが少ないのに気位が高く扱いにくいと人間達が言っているのだとスコットがユキに教える。
 それが聞こえたようで、アイルは不機嫌顔でバシャッ、と尾で水面を叩いた。
 飛沫がユキとスコットに盛大にかかる。

「失礼ね! 何だってできるわよ!」

 見ていなさい、とアイルが川面に向かい手を翳す。
 すると、見る見る水が空へと立ち昇り、巨大な水の柱のようになった。
 アイルが音楽を奏でるかのように指を動かすと、水柱が生き物のように動き出す。
 上へ、下へ、左へ、右へと流れるように動く姿はまるで龍のようだ。
 その透明な水の中で、魚達が普通に泳いで回る。

「わぁっ!」

 幻想的な光景に手を叩いて喜んでいるユキに、水流が向かってきてその身体を持ち上げる。
 沈ませることなくユキを持ち上げた水柱は、しばしユキを空中遊泳させる。
 そんなユキを、スコットがハラハラと顔を青褪めさせ、時折危ない、と声を上げながら追いかける。

「どうかしら」
「わかった! わかったから、ユキを下ろして!」

 ふふん、と勝ち誇った表情のアイルが手を下ろすと、水柱は滑り台のようにユキを地面へと導いた。
 スコットがユキを受け止め、地面に立たせる。

「すっごく楽しかった! アイルさん、凄いね!」

 大満足のユキは、アイルを苦手だと思ったことも忘れて心からの賛辞を贈った。
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