上 下
4 / 60
第一章 聖域

3、困惑

しおりを挟む
「あのね? 探検、したらダメ?」
「探検?」

 ユキの言葉がまたまた予想外だったのだろう。スコットが聞き返す。
 その反応にユキがまたビクリ、と身を竦ませた時、2号が大声を上げた。

「おお! 良いな、それ!」

 スコットの視線がユキから2号に移ったことと、2号が賛同してくれたことにユキはホッと小さな胸を撫で下ろす。

「スコットはこの辺詳しいんだろ? 案内してくれよ!」
「……まぁ、良いけどさ。ユキより楽しんでない?」

 不承不承、と言った様子のスコットの肩によじ登り、ポンポンと指のない棒のような手でスコットのもふもふな頬を叩いている2号。
 そんな2号を前足で払いのけたスコットは、物語の中で王子様がお姫様にするようにユキを抱き起こした。

「なんか、2号が仕切っちゃってるけど良いの?」

 ふわふわと柔らかな毛に包まれる幸福な感触にユキがうっとりしていると、頭上からそんな言葉が降ってきて我にかえる。
 慌てて首を縦に振って、最初に言い出したのはあたしだから、とちゃんと声に出して言う。
 思えば、こんな風に誰かと話すのはいつぶりだろう、とユキはふと思い出した。

 
  ――黙ってないで何とか言いなさい!
  ――ちゃんと言わなきゃわからないよ?

 同時に嫌なことまで思い出してしまったユキは、嫌な記憶を頭から追い出すように首を振ってスコットの毛並みに抱きつくと顔を埋めた。


「…………嘘つき」

 言ったら言ったで罵声を浴びせるくせに。後で「こう言ってた」なんて難癖つけて殴るくせに。そんな怒りが沸々と、いつまでも心から消えてくれない。
 誰もユキの味方ではなかった。
 ユキは別に失語症というわけではなく、最終的に罵声や暴行を受けるのであれば一番痛みが少ない方を、と選んだ結果「声を一切出さない」という結論になっただけだったのだ。
 記憶の中の大人達に呟いたつもりのその一言は、しかし耳の良いスコットにはしっかりと聴こえてしまっていたようで。ユキを抱いたままビクリ、と体を震わせた。

「え?」
「え?」

 困惑したような表情のスコットの大きなスカイブルーの瞳の中に、同じく困惑した顔のユキが写っていた。

「……え? あぁ、いや、なんでもないよ」

 パッパッとユキの背や頭についた葉を払いながらスコットが言う。
 不自然さは変わらずだが、スコットが何故そんな態度なのかユキにはわからなかった。
 ので、ユキは話を元に戻す。

「……あのね、あたし、ずっと誰もいない所に行きたかったの」

 それは12歳の少女が願うにはあまりにも哀しすぎる願望だとスコットは感じた。

「だから、最期にそれが叶ったんでしょう? だから、あたし、あちこち見て回りたいの。あたしのための世界を。自分の足で」

 ユキはずっと遠くに行きたかった。誰もいない秘境。まだ誰も見たこともないような世界の奥地。ユキを傷つける人間という種が存在しない場所へ――。
 深い深い森の中、見渡す限り人工の物など一つもない「ユキの世界」。
 歩けるようになったからだろうか。身体が、心が軽い。だから行きたい。どこまでも見てみたい。それが今のユキの願い。

「そういや、ユキはずっと秘境の写真集とか眺めてたっけな」
「!?」
「知ってるさ。ユキをずっと見てきたんだから」

 驚くユキに2号は誇らしげに言う。軽くストーカー発言をしていることには気づいていない。
 2号の失言を取り繕うように、スコットは言った。

「ま、まぁ、こいつはユキの分身、ボクはここの案内人だと思ってくれれば!」
「……そっか、だから2号なんだ」

 苦しい言葉だったのに、ユキはあっさりと信じた。
 スコットの言葉に、よろしくねー、なんて2号を掲げ持ってクルクル回っているユキ。
 自殺しただなんて信じられないような、年相応の少女がそこにいた。

「この分なら、楓との約束はすぐに果たせそうだな……」

 ユキに命を分けたから、スコットの命の灯火はいつ消えるともわからない。
 約束は、ユキが生きたいと願えるように導くこと。スコットが消える前に、この少女が一人でも生きていけるようにしてあげなければ。
 安堵と共に漏れ出てしまった心の声は、はしゃぐユキには聞こえていなかったようだ。
 既にこれだけよく話し、よく笑う少女であれば、あとは現実を受け入れてもらえさえすれば良いだけなのかもしれない、とスコットは思う。
 それは確かに簡単ではないだろうけれど、悲観するほど難しくないのかもしれない。万が一にも途中でスコットが消滅することがあっても、ユキには2号がいる。

「よし、やろう。時間がもったいない」
「え?」
「もうすぐ日が暮れるよって話。探検は明日からね」

 気合いを入れるための声はしっかりと聞かれていて、スコットは取り繕う。
 ここはこの世界最後の聖域。夜でも別段危険はない。転んだりとかはあるかもしれないが。少なくとも、聖域の外みたいにこの世界を蝕む病魔――魔物に殺される心配や、崩壊に巻き込まれて命を落とす心配はまだない。
 
「明日かぁ」

 夢なのに、明日とか変なの、と訝しむユキの言葉に再び肝を冷やしつつ、スコットはユキが休めるように野営地を拵えるのだった。
しおりを挟む
感想 87

あなたにおすすめの小説

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

絶世の美女オフィーリア、復讐する

四季
恋愛
絶世の美女オフィーリアは婚約者から理不尽に拒まれた。 そんな彼女の復讐とは……?

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

オタクおばさん転生する

ゆるりこ
ファンタジー
マンガとゲームと小説を、ゆるーく愛するおばさんがいぬの散歩中に異世界召喚に巻き込まれて転生した。 天使(見習い)さんにいろいろいただいて犬と共に森の中でのんびり暮そうと思っていたけど、いただいたものが思ったより強大な力だったためいろいろ予定が狂ってしまい、勇者さん達を回収しつつ奔走するお話になりそうです。 投稿ものんびりです。(なろうでも投稿しています)

処理中です...