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第一章 聖域
3、困惑
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「あのね? 探検、したらダメ?」
「探検?」
ユキの言葉がまたまた予想外だったのだろう。スコットが聞き返す。
その反応にユキがまたビクリ、と身を竦ませた時、2号が大声を上げた。
「おお! 良いな、それ!」
スコットの視線がユキから2号に移ったことと、2号が賛同してくれたことにユキはホッと小さな胸を撫で下ろす。
「スコットはこの辺詳しいんだろ? 案内してくれよ!」
「……まぁ、良いけどさ。ユキより楽しんでない?」
不承不承、と言った様子のスコットの肩によじ登り、ポンポンと指のない棒のような手でスコットのもふもふな頬を叩いている2号。
そんな2号を前足で払いのけたスコットは、物語の中で王子様がお姫様にするようにユキを抱き起こした。
「なんか、2号が仕切っちゃってるけど良いの?」
ふわふわと柔らかな毛に包まれる幸福な感触にユキがうっとりしていると、頭上からそんな言葉が降ってきて我にかえる。
慌てて首を縦に振って、最初に言い出したのはあたしだから、とちゃんと声に出して言う。
思えば、こんな風に誰かと話すのはいつぶりだろう、とユキはふと思い出した。
――黙ってないで何とか言いなさい!
――ちゃんと言わなきゃわからないよ?
同時に嫌なことまで思い出してしまったユキは、嫌な記憶を頭から追い出すように首を振ってスコットの毛並みに抱きつくと顔を埋めた。
「…………嘘つき」
言ったら言ったで罵声を浴びせるくせに。後で「こう言ってた」なんて難癖つけて殴るくせに。そんな怒りが沸々と、いつまでも心から消えてくれない。
誰もユキの味方ではなかった。
ユキは別に失語症というわけではなく、最終的に罵声や暴行を受けるのであれば一番痛みが少ない方を、と選んだ結果「声を一切出さない」という結論になっただけだったのだ。
記憶の中の大人達に呟いたつもりのその一言は、しかし耳の良いスコットにはしっかりと聴こえてしまっていたようで。ユキを抱いたままビクリ、と体を震わせた。
「え?」
「え?」
困惑したような表情のスコットの大きなスカイブルーの瞳の中に、同じく困惑した顔のユキが写っていた。
「……え? あぁ、いや、なんでもないよ」
パッパッとユキの背や頭についた葉を払いながらスコットが言う。
不自然さは変わらずだが、スコットが何故そんな態度なのかユキにはわからなかった。
ので、ユキは話を元に戻す。
「……あのね、あたし、ずっと誰もいない所に行きたかったの」
それは12歳の少女が願うにはあまりにも哀しすぎる願望だとスコットは感じた。
「だから、最期にそれが叶ったんでしょう? だから、あたし、あちこち見て回りたいの。あたしのための世界を。自分の足で」
ユキはずっと遠くに行きたかった。誰もいない秘境。まだ誰も見たこともないような世界の奥地。ユキを傷つける人間という種が存在しない場所へ――。
深い深い森の中、見渡す限り人工の物など一つもない「ユキの世界」。
歩けるようになったからだろうか。身体が、心が軽い。だから行きたい。どこまでも見てみたい。それが今のユキの願い。
「そういや、ユキはずっと秘境の写真集とか眺めてたっけな」
「!?」
「知ってるさ。ユキをずっと見てきたんだから」
驚くユキに2号は誇らしげに言う。軽くストーカー発言をしていることには気づいていない。
2号の失言を取り繕うように、スコットは言った。
「ま、まぁ、こいつはユキの分身、ボクはここの案内人だと思ってくれれば!」
「……そっか、だから2号なんだ」
苦しい言葉だったのに、ユキはあっさりと信じた。
スコットの言葉に、よろしくねー、なんて2号を掲げ持ってクルクル回っているユキ。
自殺しただなんて信じられないような、年相応の少女がそこにいた。
「この分なら、楓との約束はすぐに果たせそうだな……」
ユキに命を分けたから、スコットの命の灯火はいつ消えるともわからない。
約束は、ユキが生きたいと願えるように導くこと。スコットが消える前に、この少女が一人でも生きていけるようにしてあげなければ。
安堵と共に漏れ出てしまった心の声は、はしゃぐユキには聞こえていなかったようだ。
既にこれだけよく話し、よく笑う少女であれば、あとは現実を受け入れてもらえさえすれば良いだけなのかもしれない、とスコットは思う。
それは確かに簡単ではないだろうけれど、悲観するほど難しくないのかもしれない。万が一にも途中でスコットが消滅することがあっても、ユキには2号がいる。
「よし、やろう。時間がもったいない」
「え?」
「もうすぐ日が暮れるよって話。探検は明日からね」
気合いを入れるための声はしっかりと聞かれていて、スコットは取り繕う。
ここはこの世界最後の聖域。夜でも別段危険はない。転んだりとかはあるかもしれないが。少なくとも、聖域の外みたいにこの世界を蝕む病魔――魔物に殺される心配や、崩壊に巻き込まれて命を落とす心配はまだない。
「明日かぁ」
夢なのに、明日とか変なの、と訝しむユキの言葉に再び肝を冷やしつつ、スコットはユキが休めるように野営地を拵えるのだった。
「探検?」
ユキの言葉がまたまた予想外だったのだろう。スコットが聞き返す。
その反応にユキがまたビクリ、と身を竦ませた時、2号が大声を上げた。
「おお! 良いな、それ!」
スコットの視線がユキから2号に移ったことと、2号が賛同してくれたことにユキはホッと小さな胸を撫で下ろす。
「スコットはこの辺詳しいんだろ? 案内してくれよ!」
「……まぁ、良いけどさ。ユキより楽しんでない?」
不承不承、と言った様子のスコットの肩によじ登り、ポンポンと指のない棒のような手でスコットのもふもふな頬を叩いている2号。
そんな2号を前足で払いのけたスコットは、物語の中で王子様がお姫様にするようにユキを抱き起こした。
「なんか、2号が仕切っちゃってるけど良いの?」
ふわふわと柔らかな毛に包まれる幸福な感触にユキがうっとりしていると、頭上からそんな言葉が降ってきて我にかえる。
慌てて首を縦に振って、最初に言い出したのはあたしだから、とちゃんと声に出して言う。
思えば、こんな風に誰かと話すのはいつぶりだろう、とユキはふと思い出した。
――黙ってないで何とか言いなさい!
――ちゃんと言わなきゃわからないよ?
同時に嫌なことまで思い出してしまったユキは、嫌な記憶を頭から追い出すように首を振ってスコットの毛並みに抱きつくと顔を埋めた。
「…………嘘つき」
言ったら言ったで罵声を浴びせるくせに。後で「こう言ってた」なんて難癖つけて殴るくせに。そんな怒りが沸々と、いつまでも心から消えてくれない。
誰もユキの味方ではなかった。
ユキは別に失語症というわけではなく、最終的に罵声や暴行を受けるのであれば一番痛みが少ない方を、と選んだ結果「声を一切出さない」という結論になっただけだったのだ。
記憶の中の大人達に呟いたつもりのその一言は、しかし耳の良いスコットにはしっかりと聴こえてしまっていたようで。ユキを抱いたままビクリ、と体を震わせた。
「え?」
「え?」
困惑したような表情のスコットの大きなスカイブルーの瞳の中に、同じく困惑した顔のユキが写っていた。
「……え? あぁ、いや、なんでもないよ」
パッパッとユキの背や頭についた葉を払いながらスコットが言う。
不自然さは変わらずだが、スコットが何故そんな態度なのかユキにはわからなかった。
ので、ユキは話を元に戻す。
「……あのね、あたし、ずっと誰もいない所に行きたかったの」
それは12歳の少女が願うにはあまりにも哀しすぎる願望だとスコットは感じた。
「だから、最期にそれが叶ったんでしょう? だから、あたし、あちこち見て回りたいの。あたしのための世界を。自分の足で」
ユキはずっと遠くに行きたかった。誰もいない秘境。まだ誰も見たこともないような世界の奥地。ユキを傷つける人間という種が存在しない場所へ――。
深い深い森の中、見渡す限り人工の物など一つもない「ユキの世界」。
歩けるようになったからだろうか。身体が、心が軽い。だから行きたい。どこまでも見てみたい。それが今のユキの願い。
「そういや、ユキはずっと秘境の写真集とか眺めてたっけな」
「!?」
「知ってるさ。ユキをずっと見てきたんだから」
驚くユキに2号は誇らしげに言う。軽くストーカー発言をしていることには気づいていない。
2号の失言を取り繕うように、スコットは言った。
「ま、まぁ、こいつはユキの分身、ボクはここの案内人だと思ってくれれば!」
「……そっか、だから2号なんだ」
苦しい言葉だったのに、ユキはあっさりと信じた。
スコットの言葉に、よろしくねー、なんて2号を掲げ持ってクルクル回っているユキ。
自殺しただなんて信じられないような、年相応の少女がそこにいた。
「この分なら、楓との約束はすぐに果たせそうだな……」
ユキに命を分けたから、スコットの命の灯火はいつ消えるともわからない。
約束は、ユキが生きたいと願えるように導くこと。スコットが消える前に、この少女が一人でも生きていけるようにしてあげなければ。
安堵と共に漏れ出てしまった心の声は、はしゃぐユキには聞こえていなかったようだ。
既にこれだけよく話し、よく笑う少女であれば、あとは現実を受け入れてもらえさえすれば良いだけなのかもしれない、とスコットは思う。
それは確かに簡単ではないだろうけれど、悲観するほど難しくないのかもしれない。万が一にも途中でスコットが消滅することがあっても、ユキには2号がいる。
「よし、やろう。時間がもったいない」
「え?」
「もうすぐ日が暮れるよって話。探検は明日からね」
気合いを入れるための声はしっかりと聞かれていて、スコットは取り繕う。
ここはこの世界最後の聖域。夜でも別段危険はない。転んだりとかはあるかもしれないが。少なくとも、聖域の外みたいにこの世界を蝕む病魔――魔物に殺される心配や、崩壊に巻き込まれて命を落とす心配はまだない。
「明日かぁ」
夢なのに、明日とか変なの、と訝しむユキの言葉に再び肝を冷やしつつ、スコットはユキが休めるように野営地を拵えるのだった。
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