嘘つきは露出狂のはじまり

柳月ほたる

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運命の人は案外近くに

13 露出狂的対価(完)

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「……い、1回だけだからね?」
 恥ずかしさを誤魔化すように念を押すと、圭吾は不満そうに首を傾げた。
「なんで? 俺は何回でもしたい」
「……っ!! い、1回だけっ!」
 いっそ発火してしまいそうなほど顔が熱い。
 それを全て見られているかと思うと、心の中を丸ごと見透かされているみたいでいたたまれない。本当は今にも逃げ出したい。

 そうは言っても一応約束は約束のため、恥ずかしさを振り払うように目を閉じる。
 一人で真っ暗闇にでも放り込まれたような気分。視覚の代わりにそれ以外の感覚が敏感になり、遠くで聞こえるサイレンの音が妙にクリアだ。自宅とは全然違う匂いがする。
 空気に触れる素肌がなんだかピリピリして、ぎゅっと閉じたまぶたなんて小さく震えてしまっている。
 もう早くして……! と唇を差し出した時だった。

 ――――パシャ

 …………ん?
 恥ずかしさやらなんやらでいっぱいいっぱいになっている葉月の至近距離からシャッター音が聞こえた。
 室内には自分と圭吾しかいない。しかもこの状況で窓の外の景色を撮ったとは考えにくい。
 と、いうことは。
 約束のキスは終わっていないが、弾かれたように目を開けると、そこにはスマホを構えてニッと笑った圭吾がいた。
「え……今……」
「すげぇ可愛かったから永久保存しておこうと思って。葉月のキス顔撮っちゃった」
「はぁっ?!」
 撮っちゃった、じゃない。
 少しクールダウンしていたはずの葉月の顔が、再びかぁっと熱くなる。
 顔を真っ赤にして絶句する葉月に向かい、もう一度シャッターが切られた。

「おー、耳まで赤くなった」
「……っ! だ、駄目! 消してよ!」
「やだ。俺、これから毎晩眺めながら寝るわ。葉月が恥ずかしがってるとことか可愛すぎて死ぬ」
「~~~~っ!!」
 こうなったらもう実力行使しかない。
 そう決意して彼のスマホに手を伸ばした葉月だったが、当然力の差は歴然としている訳で。
 あっさりと捕獲され、上機嫌の圭吾にシーツごと抱き留められる。
 それどころか一瞬の隙を突き、無防備な唇をちゅ、と奪われてしまった。
「これがさっきの約束の分。ていうかその格好で抱きついてくるとか本当に誘ってるだろ?」
「え、ちが……っ!!」
 あぁ、また考え無しなことをしてしまった。
 恥ずかしい写真を取り返したい緊急事態とはいえ、お互いほとんど全裸に近い状態でこんなことをしたら誤解も招くというものだ。
 軽く落ち込む葉月の耳元で、圭吾が楽しそうにクスクスと笑う。

「じゃあさ、俺の写真も送るからそれで手打ちってことでどうだ」
「え……」
 彼が提案したのは写真の交換である。
 シーツに包まれて身動きが取れない葉月を膝に乗せ、嬉しそうに頬を寄せてくる。
 つまりこちらの写真を消さない代わりに、なんらかの圭吾の写真を渡してくれるということ。人質を交換するようなものだ。
 よほど写真を消したくないのだろう。

 だが正直言って、それが等価交換になるかというと全然ならない。
 なぜなら葉月は、圭吾の写真なんて既にいくらでも持っているからだ。
 夏に行ったビアガーデンや忘年会のオフショットに、会社から配られた新人研修の集合写真。先日も同期で作っているグループチャットに圭吾の映っている写真が投稿されていたし、とっくの昔にフレンドになっているSNSのページを見れば写真なんて無限に手に入る。
 ということで手打ちにはできないからキス顔を消せと迫ったのに、圭吾は一瞬言葉に詰まったあと強引に無視をした。
 。
「よし、決まりな。今から気合入れて撮ってくるから待ってろ」
「は?! だからいらないって!」
 思いっきり聞こえないフリをした圭吾の膝の上から降ろされる。
 ていうか気合入れて撮るって何なの? いつもより3割増しくらいでイケメンになってるとか?
 それならちょっと見てみたい気もしないでもない……と少しだけ思いつつも、自分の恥ずかしい写真と引き換えにするのはやっぱりキツイ。
 軽い足取りで寝室から出て行く後ろ姿をなすすべもなく見送り、葉月は小さな声で呟いた。
「もう……フツーの写真だったら許さないから」

 誰もが度肝を抜かれるレベルの変顔とか、お世辞抜きでいつもより10割増しのイケメンとか。
 仕方ないけれど、そのくらいなら許してあげてもいいかなと思う。
 我ながら大甘な裁定だが、可愛いから写真が欲しいと真正面から言われ、嬉しくなかったと言えば嘘になるのだ。
 彼を許す口実が欲しい。
 本当にものすごい変顔を送ってきたら、同期のグループチャットで拡散してやろうか、なんていういじわるな気持ちも顔を出した。

「あ、きたきた」
 そうこうするうちにメッセージアプリがピコン! と音を立てる。
 一体どんな写真を撮ったんだろう。
 敢えて別室に篭って準備するくらいだから相当気合が入っているんだろうか。
 なんだかんだでワクワクしつつ審査員気分でアプリを開いた葉月は、そこに表示された写真を前に一瞬停止した。

 …………顔、じゃない……??

 そこに表示されていたのは、全体的に肌色の画像。
 なんだこれ、と困惑し、まじまじと見つめる。
 画像の下の方には黒々とした何かが生い茂っていた。
 その中央には、その茂みをかき分けるように重そうな袋が垂れ下がっている。茂みの上には若干の赤みを帯びた暗い肌色の何かが禍々しく屹立し、太い静脈が蛇のように巻きついていた。
 張り詰めた上部は傘のような形をし、先端が2つに割れていて――――

「きゃああああっっ?!」
 それが一体何なのかに気付いた瞬間、葉月は勢いよくスマホをぶん投げ――ようとして、危ういところで手を止めた。
 駄目だ、壁に投げたら壊れる。
 しかしこんなものを平気な顔で眺める気にはなれなくて、震える手でベッドのできるだけ離れた場所へと放り投げる。
 キス顔の対価として局部の写真(しかも臨戦態勢)を送りつけるとかふざけてんのか。
 等価交換どころか著しくマイナスである。

 それとも露出狂的には、これがwin-winの関係なんだろうか。
 昨夜うっかり自分も露出癖に興味があると嘘をついてしまったから、圭吾もすっかりそのつもりで葉月に露出狂界の常識を適用した可能性も否定はできない。
 ただ昨夜圭吾は、『好きな子に局部を見せつける妄想をしている』と言っていた記憶があるため、ただ欲望に従ってやりたいことをやりたいようにやっただけ、という可能性も高そうだが。

 そんな結論に頭痛を覚えた葉月の耳には更に、ピコン! ピコン! という通知音が追い討ちのように飛び込んできた。
 え、まさかの複数枚……?
 もう中身を確認する気も起きず、スマホには枕と布団をかぶせて封印する。
 それでもなおくぐもった音で聞こえる通知音は、地獄の釜から漏れ出る亡者のうめき声のようだ。
 数分前までのセンチメンタルな気持ちは跡形もなく消えた。

「ちょっと圭吾っ、色々話したいことがあるんだけど!」
 彼が出て行ったドアの向こうへ呼びかけつつ、床に落とされていたシャツブラウスを羽織る。
 洗濯しても型崩れしない形状記憶シャツのはずが、今はやけにヘロヘロだ。持ち主の精神状態に影響されているのだろうか。
 ボタンを留めて、スカートを穿いて。
「聞いてる? 私こういう写真いらないってば!」

 未だ鳴り続ける通知音を耳にしながら、やっぱり露出狂と付き合うのは無理かも……と思い始めた葉月なのであった。

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