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運命の人は案外近くに

12 だって好きだから

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「……葉月?」
 急にしゅんと沈んでしまった葉月を不審に思ったのか、ベッドの上で圭吾が一歩近付いた。
 マットレスがわずかに沈み、同時に細い肩に逞しい腕が回される。
 女性としては背が高めの自分だが、圭吾がその気になればすっぽりと覆い隠されてしまうのだと昨日初めて知った。
 そんなところからも、彼の男の部分を思い知らされる。

「悪かったよ、いじめすぎた。葉月が可愛いから、つい困らせたくなるんだ」
「…………」
 ……また可愛いって言った。
 右のこめかみのあたりに、柔らかい唇がそっと触れる。
 剥き出しの肩に髪の毛の先が当たって、くすぐったさから身をよじった。
 なおも触れ続けようとする唇から逃げるみたいに顔を背け、葉月はシーツをぎゅーっと抱きしめて背を丸める。
 釣った魚に餌をやるつもりがないなら、これ以上期待させないように放っておいてくれたらいいのに。

「なぁ、ごめんって。今度から葉月が裸なところを見つけても黙って鑑賞するだけにする。それを指摘して恥ずかしがってるとこも楽しめたら二度美味しいとか欲張らない」
「は?! そっ、そういうことを言ってるんじゃないの!」
「え、じゃあ何が駄目だったんだ?」
 本気で分からない、という様子の彼の言い分は割とめちゃくちゃだった。
 二度美味しいって何だ。
 お菓子のキャッチコピーか何か。

 葉月としては、裸の場面に遭遇したら見なかったフリをしてこっそり立ち去るか、黙って洋服を差し出すかして欲しい。だいたい、“裸なところを見つける”という状況には、そもそもあまり陥らないと思うのだが……。
 とはいえ、今この問題はそんなに重要な訳ではなくて。
 彼のセリフがあまりにも突っ込みどころが多すぎて、思わず口が滑る。

「だ、だって、圭吾がいつもと全然変わらないからっ」
「……は?」
「わ、わたしは普通に顔を見るだけでも恥ずかしいのに、どうしてそんなに普通なの? 私ばっかりドキドキして、バカみたいじゃない」
 あぁ、全部、言ってしまった。
 これではあなたが好きすぎてつらいんですと白状しているようなものだ。
 一度寝たくらいでこんなめんどくさいことを言うなんて、重い女だと思われてしまうかもしれない。
 自業自得とはいえ、ちょっと落ち込む。

 面食らったように硬直していたいた圭吾はやがて、葉月の背後でハアアアア、と大きなため息をつく。
 やっぱり重かったんだ、と涙目になった葉月は、急に痛いくらい抱きしめられて心底驚いた。
「なんだよ、その可愛すぎる理由っ! 俺これから心臓が何個あっても足りないじゃん」
「……え、ええ?」
「あのさ、付き合い始めたばっかの彼女の前で男がかっこ悪いとこ見せらんないだろ。これでも虚勢張ってんの。分かったか?」
「……へ?」
 ポカンとして振り返れば、そこには少し拗ねた表情の彼がいた。

「まぁ、確かに焦りが顔に出ないってよく言われるけど。内心めっちゃ焦ってるからな」
「あの、じゃなくて……彼女、なの? 1回抱いたら興味がなくなっちゃったのかと思って……」
「はあああッ?!」
 今度は圭吾が驚く番だった。
 目を丸くして、それからがくっと項垂れる。
 俺をそんな人間だと思ってたのか、どういう理屈でそうなるんだ……、という恨み言は、これまでになく弱々しかった。

「ご、ごめんっ、そんなつもりじゃなかったんだけどっ」
 慌ててフォローに走るが、意気消沈した彼は完全に無言だ。
 ベッドに座り込んでがっくりと肩を落とし、両手で顔を覆うとい分かりやすいポーズ。
 葉月がもう少し冷静であったなら、こんなに芝居がかった落ち込み方には裏があると気付いたのかもしれない。
 が、あいにく恋愛経験値は限りなくゼロに近い。
 そのためすっかり騙されてしまったのだ。

「あのっ、ごめんね。圭吾のことは本当に誰よりも信用してるの。でもちょっと、私に自信がなくて」
「…………」
「私がどうかしてたと思う。圭吾の性格は知ってるのに疑っちゃうなんて」
「…………」
「ほんとにごめん! お詫びになんでもするから許して」
「……………………なんでも?」
 長い沈黙のあと、チラ、と長い指の間から覗いた瞳に、葉月はこくこくと頷いた。
 やっと話を聞いてもらえた。

「なんでも! ……あ、でも車とかバイクとか、あんまり高いものを買えっていうのは無理かな」
「そっか。だったら今、葉月とキスしたい」
「うん! じゃあキスを…………ってキスっ?!」
「そうだよ」
 いつも通りのトーンで発せられた願望に、葉月は一瞬言葉を失った。
 そんな、だって、キスって……!
 なんでもするとは言ったものの、これから食べる朝食をおごるとか、雑用を代わるとか、何か罰ゲーム的な内容を想定していたのに。
 今まで色っぽい雰囲気を出さないでいたくせに、突然そういう流れを持ち込まれて慌てふためく。

「でも、それは……っ」
「いーから。はい、目つむってー」
「ねぇ、圭吾っ」
 なんて強引な男だ。
 展開が早すぎてついていけない。
 有無を言わせない追い込みっぷりに、もしかしてあの落ち込み方も演技だったのでは? とやっと気付くがもう遅い。落ち込んでいるのが演技だと気付いていれば、軽々しく「なんでも」なんて言わなかったのに。
 まぁ今より早い段階で気付いたとしても、結果は変わらなかったような気もするが、一応気持ちの問題である。

「葉月。早く」
「……っ、……もうっ」
 どうしようもなく逃げ場のない状況で、葉月は長い長い逡巡の末に観念した。
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