嘘つきは露出狂のはじまり

柳月ほたる

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運命の人は案外近くに

11 胸が苦しい朝

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 ピピピピピ、という唐突な電子音に意識が浮上した。
 いつも通り枕元のスマホに手を伸ばした葉月は、あるはずの場所にそれがなくて困惑する。
 おかしい、寝ぼけて床に落としてしまったのだろうか。
 このイライラするアラームを早く止めたいのに。

 半分眠ったまま手を動かしていると、何か温かいものに触れた。
 しなやかに硬い感触。さわさわと形を確かめてみた葉月の耳に、少し抑えた笑い声が聞こえる。
「なに、朝から大胆だな。誘ってるなら俺は大歓迎だけど」
「……?!」

 ――――誰かいる。
 その事実に一気に頭が覚醒した。

 大きく目を開けると、慣れ親しんだ自宅の寝室よりも随分と高い天井が目に飛び込んできた。
 おしゃれなシーリングファン付き。
 部屋の隅には大きな観葉植物の鉢が置かれているが、ホテルや旅館といった雰囲気ではない。
 ここは一体……どこ?
 にわかにそんな大混乱に陥った葉月だったが、素肌に触れるシーツの香りから、昨夜の出来事が走馬灯のように蘇ってきた。
 気まぐれに入ったバー。そこで出会った彼のこと。
 初めて繋いだ手に、押し付けられた壁の硬さ。
 彼の匂いがするベッドに沈められ、汗でぬるつく熱い身体をバカみたいに求め合った一夜。
 ということは、ここは――――。

「……っっ」
 弾かれるように起き上がった葉月に向かい、その圭吾が悠然と微笑んだ。
「おはよう、葉月」
「……お、はよ」
 ベッドに寝そべる彼の、むき出しの上半身が目に入る。昨夜、視覚でも触覚でも十分に堪能した肉体美だ。
 かっと頭に血が上って、葉月は慌てて目を逸らした。
「い、今何時……っ?」
「5時。昨日自分でアラームをセットしてただろ?」
「あ……」
 そうだった。爛れたひとときのあと、自分がどうしたのかを思い出す。
 2日連続同じ格好で出社するわけにはいかないからと、一旦自宅に戻るつもりでこの時間にセットしたのだった。
 昨夜は全開だったカーテンはぴったりと閉じられており、その向こうはまだ薄暗いようだ。
 視線の端で、圭吾が気怠そうに起き上がる。

「道が空いてるうちに車で送ってやるよ。その後どっかで朝飯食おうぜ」
「……う、うん、ありがと」
 ほんの少し迷ったけれど、ありがたい申し出は素直に受け取ることにした。
 そんな手間をかけなければ彼はもっと寝ていられるが、そういうことも全て分かった上で提案してくれたのだろう。
 実は葉月も、彼ともう少し一緒にいたい。
 自宅までの往復と着替えにかかる時間、それから朝食を食べる時間を考えても始業には十分間に合うはずだ。
 早めに出社して、溜まっている雑事を片付ける余裕もあるかもしれない。

「せっかくなら美味いもん食いたいよな。何か希望ある?」
「……ううん、私は、なんでも」
 自分のスマホを手に取った圭吾にさらっと聞かれ、葉月はなんだか拍子抜けだった。
 なんというか……彼は、すごく普通だ。あまりにもいつもと変わらない態度。昨夜のことを意識すればするほど挙動不審になってしまう自分とはあまりにも対照的である。
 初めてしたセックスの翌朝でも、男性ってこんなものなんだろうか。
 葉月の困惑をよそに、彼は早速店を探し始めたようだ。
 そしてしばらくしてから、思いついたように顔を上げる。

「ここなんかどう? 先月できたばっかのカフェだけど、モーニングを6時からやってるって」
「え……と、うん。いいんじゃないかな」
 ここ、と差し出された画面には、とろり半熟卵のエッグベネディクトとサラダのプレートが表示されていた。
 他にも美味しそうなフレンチトーストやフレッシュフルーツの写真が載っていて、普段なら大喜びで飛びつくところである。
 だが今は圭吾の態度の方が気にかかって、なんだかぎこちない受け答えになってしまう。
 気付かれていなければいいのだけれど。

「よし、じゃあ決まり。……ていうか葉月、それ本当に誘ってるのか? まだ時間あるし、いいなら受けて立つけど」
「え?」
 何が? と、葉月はその視線の先を辿った。
 ベッドにあぐらをかき、太ももに肘をついて目を細める圭吾。
 少し頭を傾けた彼の視線はまっすぐに葉月の胸元から下に注がれており、同じように目線を移した葉月は思わず絶叫するところだった。

「…………っっっ!!!」
「……あーっ、なんだよ。そんなに思いっきり隠さなくてもいいだろ。昨日全部見せ合った仲なのに」
「そっ、そういう問題じゃないの!!」
 葉月は大慌てで叫ぶ。
 なにせ昨夜は情事のあと、一糸まとわぬ姿で寝てしまったのだ。そのまま起き上がったために、胸の柔らかなふくらみも、ほっそりとした腰のくびれも、控えめなへそも、全てを晒してしまっていた。
 手当たり次第にシーツを寄せ集め、真っ赤な顔と身体を隠す。

「~~~~っ! 最初から教えてくれてもいいじゃない!」
「やだよ。せっかく葉月の可愛いとこを見られるチャンスなんだから」
「……っ」
 可愛い、などと臆面もなく言われ、頬がさらに熱くなるのを感じた。
 そういうことお簡単に口に出さないで欲しい。
 いつもなら笑って流せる冗談も、今は真に受けてぬか喜びしてしまう。

 だいたい昨夜の出来事があったせいで、本当はまともに目を合わせるだけでも恥ずかしいのだ。
 なのに圭吾は普段通りに軽口を叩く余裕があるようで、葉月は少し不安になる。
 昨日はあんなに必死だったのに、どうしてこんなに普通の顔でいられるのだろう。
 もしかして、一度抱いたらどうでもよくなってしまったのだろうか。

 そういえば、男性には狩猟本能があるから手に入れるまでの過程に一番燃え上がり、自分のものになった途端に興味を失う場合もあると聞いたことがある。いわゆる、釣った魚には餌をやらないというやつだ。
 つまり、現在の葉月はすでに手に入れてしまった魅力の薄い魚。
 それなら圭吾の態度にも納得がいく。
 しかし葉月自身は、彼の熱烈な告白に翻弄されて、籠絡されて、すっかり絆されてしまった自覚がある。
 どうやったらこのろくでもない露出癖と共存していけるのだろうかと考え込んでしまうくらいには真剣で、彼に対する感情も、関係性も、昨日までとは180度変わってしまった。
 だからこうして身体を重ねた残滓を感じる空気は、気恥ずかしいし、照れくさい。
 胸が苦しくなるくらい意識してしまっている。

 でも、そんな葉月を見つめる圭吾は、涼しい顔で笑っているだけで。
 その笑顔を見ていると、小さく芽吹いた不安がむくりと大きくなった。
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