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運命の人は案外近くに

5 真摯な告白

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「葉月、この後まだいいよな? 俺ん家、リビングと寝室の南側が全面掃き出し窓になってるんだ。ベランダも広いし、公園まで行かなくても気軽に楽しめるだろ? よかったら見に来いよ」
「?!」
 会計を終え、さりげなく入り口で別れようとしたのに、彼は空気を読んでくれなかった。
 駅に向かおうとした背中を強引に抱き寄せられ、葉月はあっさりと捕獲されてしまう。
 全面掃き出し窓とベランダで何をする気なのか。
 9割がた予想はついたがそれは悪夢でしかない。
「いや、でもあの、今日は……ちょっと。明日も会社だし、もう遅いしっ」
「まだ21時じゃん。俺のマンション会社から徒歩8分だからギリギリまで寝てられるぞ」
「近すぎる……!」

 水を得た魚のように生き生きした圭吾に引きずられ、次の断り文句を考え始めた頃にはすでに目的地に着いていた。
 初めて見た彼の自宅はお洒落な造りのデザイナーズマンションで、一目でハイクラスだと分かる。大通りから1本入っているからか都心の割に静かな環境で、周囲も雑然とした印象がない。
 こんな非常事態でなければ、「やっぱりお坊っちゃまはいいところに住んでるんだね~」などと軽口を叩くのに。
「ごめん、さっきは私も興味があるって言ったけど、実は誤解があって……っ」
「なんだ? もしかして、興味はあっても未経験なことに負い目があるのか? 大丈夫、最初はみんな初心者だから気にしなくていい」
「そうじゃなくて……!」

 さっきまであんなにネガティブだったくせに、一度立ち直るとものすごい勢いでポジティブだった。
 ノーパンデートも掃き出し窓も広いベランダも本当に勘弁して欲しいのに、『ここの15階なんだ』と晴れ晴れとした笑顔で告げられる。
 結局断り文句は見つからず、そのまま部屋に入ることになってしまった。
 広い玄関を通り過ぎ、圭吾がスーツの上着を無造作に放る。

「じゃあ、あの! 窓とベランダを見たら本当に帰るから」
「そんなこと言わずに。ほら、こないだビデオカメラも買ったんだ。こんなにコンパクトで軽いのに、風呂場でも使える防水仕様。しかも超ロングバッテリーを採用してるから、例えば葉月を裸のまま開脚で縛って路上に放置プレイしても、その姿を10時間も連続撮影が可能なんだ」
「は?!」
 深夜の通販番組のようなノリでものすごいことを言われた。
 なんてアクティブな露出狂だ。
 その超ロングバッテリーは多分、例えば幼稚園児のお遊戯会を最初から最後まで録画するとか、そういう平和な用途のために作られたんだと思う。
 開発者の誰が、開脚緊縛羞恥プレイに使われると予想しただろう。
 過去最高にドン引いた葉月に気付いたからか、圭吾は焦ったように笑みを作る。
「ごめん、さすがにこれは上級者向けか。葉月はもっとソフトなところから始めような」
「……!」
 つまり最終的には開脚緊縛放置プレイに到達する予定なのか。

 無理。絶対に、無理。
 本当は興味があるっていうのも嘘なの……!

 そう叫ぼうとしたのに、その直前、大きな手に口を塞がれてしまう。
 抗議しようと見上げると、彼は困ったように眉を下げた。
「悪い……ちょっとがっつきすぎてたよな。まさか俺と趣味を共有してくれる子が現れて、しかもそれが葉月だなんて思ってなかったから。こんな奇跡が起こるんだって、浮かれてた」
「いや、それは」
 その奇跡は、偽物で。
 そう言いたかったけれど、圭吾がふいに真剣な表情になる。
 その雰囲気に圧され、葉月の発しかけた言葉が宙に浮いた。

「葉月、本当に好きなんだ。初めて会った時、笑顔がすごく可愛くて一目惚れだった。花が咲くように笑うってこういうことなんだなって、胸を鷲掴みにされたみたいで……。けどそれだけじゃないんだ。お人好しすぎるくらい優しいところとか、いつも明るくてがんばり屋なところとか、知れば知るほどもっともっと好きになってた」
「……う、ん」
「今まで何度も諦めようと思ったんだ。でも、好きな気持ちだけはどうにもならないだろ。だから、どうしても諦められなくて。だけどこんな日が来るなら、片想いも悪くなかったと思ってるなんて、ちょっと現金すぎだよな」
 はは、と彼が照れ隠しのように苦笑を漏らす。
 その横顔には妙に女心をくすぐるわんこ感があって、葉月はぐっと言葉に詰まってしまった。
 今までめちゃくちゃ強引だったくせに、今になってそんな告白をするなんてズルい。
 だからって断じて絆されてなんかないんだから……と言いたいところだが、実はさっきからドキドキしすぎてまともに彼の顔を見られない。

 ときめきと混乱の狭間で返す言葉が見つからないでいると、葉月の頬にそっと手が添えられた。
 骨ばって指の長い、男の人の手。
 優しく滑ったそれに促されるまま視線を上げた葉月は、愛おしげにこちらを見つめる瞳に胸を締め付けられた。

「本当に、誰より大切にする。今は趣味が同じってだけの関係かもしれないけど、いつか絶対に好きにさせてみせるから。だから……だからこれからずっと、俺を葉月の隣にいさせてくれないか」
「……っ」
 とりあえずこちらの性癖への認識が根底から間違っている。が、ただただ葉月を想ってくれるまっすぐな気持ちに胸を打たれたのも事実だった。
 思い余ったように引き寄せられ、葉月は緊張からその腕の中で身を硬くする。彼の長い腕は背中に回り、広い胸板に柔らかな頰が密着している。
 薄いシャツ越しに感じる体温、鼓動、そして彼の匂い。
 ずっと仲は良かったけれど、こんなに近づくのはもちろん初めてだ。

 そんな葉月の胸の奥の奥では、ふわふわして、むずむずして、なんだか甘酸っぱい感情が渦巻いていた。
 掴みどころがなくて、浮ついていて、でも全然不快ではない。切なくてやたらと胸が疼く。もう少し手を伸ばせば届きそうなのに、分かりそうで分からないこの気持ち。
 たったひとつ確かなのはこうして抱きしめられているのが嫌ではないということだ。
 むしろずっと前からここが定位置だったみたいに、彼の匂いに包まれていると幸せを感じる。

 ところがその感情に名前を付ける前に、体に巻きつく腕の強さで息が苦しくなってきた。
 慌てて圭吾の脇腹をタップする。
「く、くるし……っ」
「あぁっ、ごめん。ほんと好きすぎて、つい」
 慌てて飛び退いた圭吾が心配そうに背中をさすってくれる。
 その行為がやけにきゅんときて、葉月は思わず頬を赤く染めた。
 情熱的で、一途で、揺るぎなくて。しかも友人として大好きだった相手。
 彼の性癖は地球がひっくり返ってもありえないと思っているけれど、なりふり構わず全身で好きだと伝えられたら理性がぐらぐらと揺れてしまう。
 というか、ほとんど陥落しかかっているような。

 この男に絆された先には、ダブルノーパンデートと開脚緊縛羞恥プレイという地獄のような試練が待ち構えている――――のに……。

「……なぁ、葉月。キスしていい?」
 背中をさすってくれていた手は、いつの間にか止まっていた。
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