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運命の人は案外近くに

4 まさかの私

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「ずっとそうなんだ……初めてできた彼女の自宅に呼んでもらった時は、うっかり浮かれすぎてパンツ下ろしたらビンタして振られた」
「え」
 ここは励ますべきか罵倒すべきかと悩んでいる間に、圭吾の独白が始まった。
 内容が割と濃い。
「いきなりやったのが駄目だったのかと思って、その次は鎌倉でデート中に『今から2人でパンツ脱いでノーパンデートに切り替えよう』ってちゃんと頼んだんだ。そしたらバッグで殴られて振られた」
「うわぁ」
「あのバッグについてるトゲトゲしたやつ…スタッズでいうんだっけ。めっちゃ痛いな」
 すごくどうでもいい情報だ。
 恐らく葉月は、この先スタッズのついたバッグで殴られる機会に巡り合うことはないだろう。
「いつもそうなんだ。俺のことを好きだって言ってくれてても、この性癖を知った途端にみんな俺から去っていく」
「……圭吾」

 それは完全に自業自得だ、と葉月は思った。
 こんなのに付き合える女性はそうそういない。自分だって彼氏にノーパンデートをしようと言われたら一発で別れる。
 だいたい相手の女性にパンツを脱がせるのはプレイとして理解できないこともないが、なぜ本人も脱ぐ必要があるんだろうか。露出狂だからか。
 カップルが2人揃ってノーパンなんて軽くホラーだと思う。
 高身長のイケメンで実家は資産家、そして大手商社勤務のエリートというセールスポイントが軽く吹っ飛ぶレベルの変態である。
 本当に彼のことを思うなら、その趣味を続けている限り彼女なんてできないよと教えてあげるべきだ。

 ――――でも。
 と、少し考えてから葉月は思いとどまった。
 性癖は人それぞれだ。
 甘いものが好きな人もいれば、しょっぱいものが好きな人もいるように、ノーマルなセックスが好きな人もいれば、アブノーマルなセックスが好きな人もいる。最近は性的少数者の権利だって見直されつつある。
 ということは、無差別に全裸コートをやらかして人様に迷惑を掛けたりしない限りは、圭吾の露出癖だって尊重されるべきではないだろうか。

 固定観念に囚われて頭ごなしに否定するのはよくない。
 この広い世界のどこかには、多分同じような露出癖のある女性だっているはず。
 ということは、いつかそういう人が圭吾の前に現れて、その趣味を理解し愛してくれる可能性だって完全にゼロではない。

 切なそうにカウンターテーブルを見つめる圭吾の姿は寂しそうで、なんとなく捨てられた子犬のようだった。
 これまでずっと性的嗜好を否定され、恋人に逃げられ続けて、心の中に密かな孤独を抱えていたのだろう。ずっと仲が良いと思っていたけれど、彼のうわべしか見ていなかったことを深く反省する。
 だから葉月は、優しい嘘をつく決心をした。

「私……私は全然アリだと思う!」
「え?」
 その言葉に弾かれたように振り向いた圭吾は、鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。
 よほど意外だったに違いない。
「今、なんて……」
 そもそも露出癖があるから何なのだ。
 たとえ彼女とノーパンデートをしていようと、圭吾が圭吾であることは変わらない。
 入社後のグループ研修で率先してリーダー役を引き受け、みんなをぐいぐい引っ張っていた姿を思い出す。営業部に配属されてからはメキメキと頭角を現し、上司の信頼も厚いと聞く。
 責任感があって、気配りができて、真面目で。
 そんな彼だからこそ、好きな人に好きだと5年も言い出せないのだ。
 世界中がドン引きしていても、自分だけは彼を応援してあげたいと思った。

「そういうのって、すごくドキドキしそう。全然引かないよ。だって私もちょっと、興味あるし!」
 葉月はぐっと拳を握りしめる。
 折しも今日はエイプリルフール。
 友人を励ますための嘘は、神様だって許してくれるはずだ。
 露出癖に理解のある女性だっているんだと実感したら、彼の孤独感も少しは癒えるだろう。
「ま、まさか圭吾も同じだとは思ってなかったな。もしかしたら他にもそういう人いっぱいいるのかもしれないね! だから圭吾も元気を」
「好きだ」
「――――――は?」
 元気を出して、と言いかけたところで力強い言葉に遮られた。
 ん? 今、「好きだ」って聞こえたような……。

「葉月、ずっと好きだったんだ」
「…………え?」
 なんだか、愛の告白をされている気がする。
 ポカンとして聞き返した葉月に、圭吾がぐいと身を寄せた。
「入社して一目惚れだったんだ。でもずっと彼氏がいるって思ってたし、俺のこんな性癖じゃ受け入れてもらえるわけないって黙ってた。だけど、まさか葉月も露出に興味があったなんて」
「……?!」

 ちょ、ちょっと待って。
 まず、圭吾の片想いの相手がまさかの自分だったという事実に驚愕した。
 そんな展開は予想もしていなかったのでただ驚くしかない。驚きすぎて開いた口が文字通りふさがらないくらいだ。

 もちろんその気持ちは普通に嬉しい。
 嬉しいけれど、さっきの露出に理解がある発言は圭吾が誰か他の女性が好きだと思っていたからついた嘘なのであって……ものすごい勢いで葉月の目が泳ぐ中、こちらを見つめる圭吾の瞳に熱が増す。

「葉月に出会った記念日には、毎年この店で飲み明かしてたんだ。今年も1年、せめて仲のいい同期のポジションは失いたくないって考えながら。でも俺たち、すごくいいパートナーになれると思わないか?」
「えっ! いやいやいや、それは……!」
「いいんだ、葉月が俺に恋愛感情を持ってないのは分かってる。でも少なくとも性的嗜好は一致してるだろ? 体から始まる恋だって、アリだと思うんだ」
 カウンターテーブルの上に置いていた左手を、圭吾の大きな手が力強く包み込む。
 その手が熱くて汗ばんでいて、葉月の手はぴくりとも動かない。
 彼が作り出す真剣な空気に呑まれそうになる。
「葉月の欲望を充してやれるのは俺しかいないと思う」
「…………!!!」

 ひいいいいっ、ちょ、本当にちょっと待って……!!
 愛の告白どころか露出プレイのお誘いまでされてしまい、葉月は完全にパニック状態だった。
 圭吾は思いっきり乗り気で、今さら嘘でしたなんて言い出せる雰囲気ではない。
 照明を絞った店内でこちらを見つめる圭吾は葉月の知らない“男”の顔をしていて、自分の周りだけ空気が薄くなったような心地になる。
 身から出た錆というか、自縄自縛というか、とにかく自分が悪いのは分かっている。でも、ひとつ嘘をついただけでこの展開はあんまりじゃないだろうか。
 さりげなく体を離そうとしても、節の目立つ彼の手はびくともしなかった。

「いや、ちょ、あのっ、ねぇ一旦落ち着」
「すみません! チェックお願いします。彼女の分も一緒に」
「ええっ」
「なんだよ、落ち着いてないのは葉月の方だろ?」
 にっと口角を上げた彼の笑みは余裕たっぷりで、さっきまで悲壮感いっぱいだった男とはまるで別人みたいだ。
 完全に向こうのペースに呑まれてしまっている。

 圭吾の言葉に反応したさきほどのバーテンダーがやって来て、おや、と片眉を上げた。
「五十嵐様……、おめでとうございます、と言わせていただいてもよろしいのでしょうか?」
「はい、とりあえずお試しで付き合ってもらえることになりました」
「それはそれは! よろしゅうございました」
「えっ?!」
 違う! と必死の形相で首を振ってもバーテンダーには伝わらない。
 第三者にまでにこやかに祝福されてしまい、どんどん逃げ道が塞がれていくようだった。
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