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第四章
8 父と兄の悪あがき・前編
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その翌年、伯爵令嬢エウフェミア・コンスタンツィと王太子アルベルトの結婚は華々しく行われた。
朝から花火の音が鳴り響き、沿道は成婚パレードを一目見ようとする人々でごった返している。
真っ白な衣装に身を包んだ可憐な花嫁は百合の妖精のよう、そしてそれを愛しげに見つめる花婿は壁画から抜け出した太陽神のようで、詰め掛けた人々はみなその美しさに感嘆の声を漏らした。
仲睦まじい若い2人へ送られるのは、割れんばかりの拍手と歓声だ。
その晩は王都のあちこちで篝火が炊かれ、国庫から酒が振舞われ、国中がお祭り騒ぎに包み込まれた。
同時に王城では、数多の国賓を招いた結婚披露の夜会が開かれる。
数ヶ月前から死に物狂いで頭に叩き込んだ招待客たちの情報を必死に思い出しながら、ミアは夫となったばかりのアルベルトと共に挨拶をして回っていた。
しかし他国の王族や代理の使者などは完全に初対面な上、必ず覚えるようにと渡された資料は膨大で、なおかつ手がかりになるはずの絵姿はかなり美化して描かれたものだ。正直全然似ていない。
それは人によっては神経のすり減る苦痛な時間であったかもしれないが、ミアは意外に楽しんでいた。
なぜなら社交辞令とはいえ、あちこちで招待客に美しいと褒めてもらえたからである。
「いやぁ、こんなに美しい奥方をもらわれるなど王太子殿下は幸せ者ですなぁ。わしがあと30歳、いや20歳でも若ければ、殿下に決闘を申し込んでエウフェミア殿を国に連れ帰っているところなのだが」
「あら、ご冗談がお上手ですのね」
現在の会話の相手は、東方にある大国の王弟殿下だ。
老練な紳士は物腰柔らかで褒め上手で、おじさまキラーのミアはすぐに彼と仲良くなってしまった。
別れ際には『ぜひいつか我が国にも遊びに来て欲しい』と招待までされ、あとでアルベルトが『王弟殿下は気難しくて有名なのに……』と驚いていた。
ミアにとっては、ただニコニコして楽しくお喋りしていただけなのだが。
そんな若夫婦は一番最後に、コンスタンツィ家の面々の元へと挨拶に訪れた。
男性陣はひどく呑んだくれているようで、みな一様に顔が赤い。
祝い事とはいえこれは呑み過ぎだとミアが駆け寄ると、一斉に彼らに取り囲まれる。
「ミア、嫌なことがあったらいつでも実家に帰って来ていいんだぞ?」
「そうだそうだ。アルベルトと喧嘩したらすぐにお兄様に言いなさい。絶対に味方してやるから」
酔っ払っているのか、完全に眼が据わっているようだ。
ロレンツォも2人の後ろでウンウンと頷いているが、さすがに軍の上官にあたるアルベルトの目の前で発言する勇気はないらしかった。
「……お父様もお兄様も酔っていらっしゃるのね?」
「いーや! 酔ってない!」
しかめっ面の父が声を張り上げる。
声量が大きくなるのは、父が酔っ払っている時の癖である。
結婚披露のおめでたい空気に乗ってたくさん呑んでしまったのだろうが、さすがに酔いすぎだ。
この酔っ払いたちをどうしたものかとミアが思案に暮れていると、ぐいと手を引っ張られてアルベルトの隣へと引き戻される。
父と兄の表情がなぜかとても険しくなった。
「義父上、ご心配なく。私はミアと喧嘩なんてする予定はありませんよ」
家族の前だというのに、見せつけるようにぎゅっと腰を抱き寄せられた。
そうだ、もう結婚したのだから、ミアの父はアルベルトの義理の父親でもある。彼が父を『義父上』と呼ぶのが照れくさくて、ミアの頬はぽっと赤くなった。
それを見た父は、さらに眉間の皺を深くする。
「ほほう、我が娘を大事にしていただけるのは大変ありがたいですな。しかしミア、王城には嫌味な奴も気難しい奴もいくらでもいる。例えば……ほら、万年独身の女官長はなんという名前だったかな。いびられたらすぐにお父様に言うんだぞ?」
「義父上、女官長の名前はエリザですが、彼女は昨年結婚しております。それに彼女はミアを非常に気に入っていますから大丈夫ですよ。何を教えても素直で飲み込みが早いと感心していました」
女官長のエリザは戦勝祝賀会の日にミアの髪を整えてくれた女性である。
そんな立場の人に世話になっていたと知り、ミアは後から青くなったものだ。
そこにクラウディオが、援護射撃のように横から口を出す。
「なにも敵は他人ばかりとは限らないだろう。アルベルトには兄弟が多いからな。もしも喧嘩したらお兄様が味方になってやるから、我慢しないで言うんだぞ?」
「それなら大丈夫よ。私すっかり仲良くなっちゃったの」
兄の杞憂を解消せねば! と、ミアは身を乗り出した。
アルベルトには弟と妹が2人ずついるのだが、彼らには非常に良くしてもらっている。
ミアよりも年上の王子にまで『義姉上』と呼ばれるのは若干恥ずかしいのだが、まだ12歳の第二王女が『おねえさま』と呼んで慕ってくれるのはとても可愛い。
末っ子だったミアにとって、初めて妹が出来たようで嬉しくて堪らないのだ。会う度に綺麗なリボンや可愛い小物を貢いでしまい、とうとう王妃に『王女を甘やかしすぎてはだめよ』と注意されてしまったくらいだった。
朝から花火の音が鳴り響き、沿道は成婚パレードを一目見ようとする人々でごった返している。
真っ白な衣装に身を包んだ可憐な花嫁は百合の妖精のよう、そしてそれを愛しげに見つめる花婿は壁画から抜け出した太陽神のようで、詰め掛けた人々はみなその美しさに感嘆の声を漏らした。
仲睦まじい若い2人へ送られるのは、割れんばかりの拍手と歓声だ。
その晩は王都のあちこちで篝火が炊かれ、国庫から酒が振舞われ、国中がお祭り騒ぎに包み込まれた。
同時に王城では、数多の国賓を招いた結婚披露の夜会が開かれる。
数ヶ月前から死に物狂いで頭に叩き込んだ招待客たちの情報を必死に思い出しながら、ミアは夫となったばかりのアルベルトと共に挨拶をして回っていた。
しかし他国の王族や代理の使者などは完全に初対面な上、必ず覚えるようにと渡された資料は膨大で、なおかつ手がかりになるはずの絵姿はかなり美化して描かれたものだ。正直全然似ていない。
それは人によっては神経のすり減る苦痛な時間であったかもしれないが、ミアは意外に楽しんでいた。
なぜなら社交辞令とはいえ、あちこちで招待客に美しいと褒めてもらえたからである。
「いやぁ、こんなに美しい奥方をもらわれるなど王太子殿下は幸せ者ですなぁ。わしがあと30歳、いや20歳でも若ければ、殿下に決闘を申し込んでエウフェミア殿を国に連れ帰っているところなのだが」
「あら、ご冗談がお上手ですのね」
現在の会話の相手は、東方にある大国の王弟殿下だ。
老練な紳士は物腰柔らかで褒め上手で、おじさまキラーのミアはすぐに彼と仲良くなってしまった。
別れ際には『ぜひいつか我が国にも遊びに来て欲しい』と招待までされ、あとでアルベルトが『王弟殿下は気難しくて有名なのに……』と驚いていた。
ミアにとっては、ただニコニコして楽しくお喋りしていただけなのだが。
そんな若夫婦は一番最後に、コンスタンツィ家の面々の元へと挨拶に訪れた。
男性陣はひどく呑んだくれているようで、みな一様に顔が赤い。
祝い事とはいえこれは呑み過ぎだとミアが駆け寄ると、一斉に彼らに取り囲まれる。
「ミア、嫌なことがあったらいつでも実家に帰って来ていいんだぞ?」
「そうだそうだ。アルベルトと喧嘩したらすぐにお兄様に言いなさい。絶対に味方してやるから」
酔っ払っているのか、完全に眼が据わっているようだ。
ロレンツォも2人の後ろでウンウンと頷いているが、さすがに軍の上官にあたるアルベルトの目の前で発言する勇気はないらしかった。
「……お父様もお兄様も酔っていらっしゃるのね?」
「いーや! 酔ってない!」
しかめっ面の父が声を張り上げる。
声量が大きくなるのは、父が酔っ払っている時の癖である。
結婚披露のおめでたい空気に乗ってたくさん呑んでしまったのだろうが、さすがに酔いすぎだ。
この酔っ払いたちをどうしたものかとミアが思案に暮れていると、ぐいと手を引っ張られてアルベルトの隣へと引き戻される。
父と兄の表情がなぜかとても険しくなった。
「義父上、ご心配なく。私はミアと喧嘩なんてする予定はありませんよ」
家族の前だというのに、見せつけるようにぎゅっと腰を抱き寄せられた。
そうだ、もう結婚したのだから、ミアの父はアルベルトの義理の父親でもある。彼が父を『義父上』と呼ぶのが照れくさくて、ミアの頬はぽっと赤くなった。
それを見た父は、さらに眉間の皺を深くする。
「ほほう、我が娘を大事にしていただけるのは大変ありがたいですな。しかしミア、王城には嫌味な奴も気難しい奴もいくらでもいる。例えば……ほら、万年独身の女官長はなんという名前だったかな。いびられたらすぐにお父様に言うんだぞ?」
「義父上、女官長の名前はエリザですが、彼女は昨年結婚しております。それに彼女はミアを非常に気に入っていますから大丈夫ですよ。何を教えても素直で飲み込みが早いと感心していました」
女官長のエリザは戦勝祝賀会の日にミアの髪を整えてくれた女性である。
そんな立場の人に世話になっていたと知り、ミアは後から青くなったものだ。
そこにクラウディオが、援護射撃のように横から口を出す。
「なにも敵は他人ばかりとは限らないだろう。アルベルトには兄弟が多いからな。もしも喧嘩したらお兄様が味方になってやるから、我慢しないで言うんだぞ?」
「それなら大丈夫よ。私すっかり仲良くなっちゃったの」
兄の杞憂を解消せねば! と、ミアは身を乗り出した。
アルベルトには弟と妹が2人ずついるのだが、彼らには非常に良くしてもらっている。
ミアよりも年上の王子にまで『義姉上』と呼ばれるのは若干恥ずかしいのだが、まだ12歳の第二王女が『おねえさま』と呼んで慕ってくれるのはとても可愛い。
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