2 / 14
始まりの憂鬱
2
しおりを挟む
見慣れた教室で尚也は自分の席に座っていた。一番廊下側の真ん中。クラスメイト達は楽しげに過ごしているのに、自分だけはただ座って机の真ん中を見つめている。
一年前まで、自分も楽しく笑っていたのに。
机の天板に人影が落ちる。顔を上げると、一人の生徒が尚也を睨み付けて立っていた。彼は素早く腕を振ると尚也の顔を指差し叫んだ。
「こいつが悪い!」
すると他の生徒達も口々に尚也を罵倒し始めた。
喧騒の中、体が固まって動かない。
そんな事は無い! 僕は何もしていない! そう反論したいのに、喉は見えない糸に締め付けられ声が出なかった。
聞きたくない。
そう思った瞬間、頭がまるで鉛のように重くなった。細い首は支えきれずに、強かに額を天板に打ち付けた。
痛みが襲うかと思ったが否、机はそのまま尚也の頭をずぶずぶと飲み込んでいく。
水の中に潜った時のような、轟々と低い音が耳の奥に渦巻き脳を揺さぶった。
抵抗出来ない。顔が完全に埋もれる。
両手を天板に突っ張って必死にもがくのだが一向に上がらない。むしろその手すら飲み込まれていくのだ。
苦しい、助けて!
「うわぁっ」
尚也はばっと飛び起きた。跳ねる心臓が破裂しそうだ。頭から汗が噴き出す。
薄暗い和室のしんとした部屋に、自分の鼓動と激しい呼吸音だけが響いた。
額の汗を拭って深呼吸を繰り返す。
仄暗い空気がからだの中に充満していく。
あぁ嫌だな。
尚也の口からぽつりとこぼれ落ちた。
言葉は半紙の上に墨を落としたようにじわじわと心を侵食していく。黒い染み。腹の底がずっしりと重くなっていく。
「池田君」
襖の奥から先生の声がした。一瞬で現実に連れ戻される。
「はいっ」
「夕食の用意が出来ましたよ」
襖を開けると先生の後ろで廊下のライトが光っていた。もうそんな時間なのか。一体どれくらい寝ていたのだろう。普段スマホで確認していたので時間が分からない。
さっきの言葉を聞かれたかと思ったが、先生の笑顔は変わらない。知られないように小さく息をついた。
到着した部屋はダイニングだった。意外にも、白い壁紙の洋風な部屋で、ステンレス製のアイランドキッチンがあり、向かいにはテーブル、その上に食事が二人分用意してあった。やはりというか、焼き魚がメインの和食だ。
暖かな部屋と食事と向かいに座る先生の楽し気な表情。
自分だけが異質のように思えた。
食事や入浴など一通り終わらすともうやることはない。敷いた布団のその中に潜り込み強く目を瞑った。
今度こそ、嫌な夢を見ないといい。
* * *
庭へと繋がる障子がほんのりと黄色く輝いている。
いつもより早く寝たはずなのに体がだるい。まるで全身に泥がへばり付いているような、ずっしりと重く感じる。
支度を済ますとダイニングへ向かった。先生は居なかったが朝食は用意してある。卵焼きがまだ温かかったので寝坊した訳ではないだろう。
食べ終えると自分で食器を洗った。しかし、勝手にさわるなと言われるかもしれないと、頭の片隅で不安に思う。
こんな些細な事で悩むなんて、気の小ささが自分でも嫌になる。重いため息をついた。
特にやることもなく、陽気に誘われて縁側へと進んだ。自由にしていいと言われているのだが、他人の家を歩き回るのは何となく居心地が悪い。だから、池の前で佇む先生を見つけた時は、覚えなくてもいいばつの悪さを感じた。
声を掛けるより先に、尚也の方を振り返り微笑んだ。
「おはようございます」
「あっはい」
先生は縁側まで来ると尚也の近くに座った。特に促されたわけではないが、尚也も隣に腰をおろした。ズボン越しにヒヤリとした感覚がある。
陽光に照らされてより白く見える月色の髪。染めた訳ではないだろう、眉や睫毛まで同じ色をしている。
黒い髪に特徴の無い顔。その上濃い隈まで出来ている。平凡より少し劣る自分とは同じ人間だと思えない。
「変わった色でしょう」
まともに目が合ってドキリとした。
頭の中を読まれたかと思う。
「この色のせいで子供の頃はよく苛められていました」
「えっ!」
「嘘です」
なんだそれ。
尚也の口がへの字に曲がった。
先生はふふふ、と笑って楽しそうだ。
「少し話をしましょうか」
先生が空を仰いだ。
暖かな日の光が降り注ぐ。
尚也も真似をした。わずかに鳥のさえずりが聞こえる。遠くから風が吹いてきて、目の前の木々を揺らしたかと思うと、尚也の髪をふわりと撫でていった。
「大丈夫ですよ。あまり気を張らないで」
先生の表情につられて尚也も微笑んだ。この笑みは、あまり悪い気にならなかった。
一年前まで、自分も楽しく笑っていたのに。
机の天板に人影が落ちる。顔を上げると、一人の生徒が尚也を睨み付けて立っていた。彼は素早く腕を振ると尚也の顔を指差し叫んだ。
「こいつが悪い!」
すると他の生徒達も口々に尚也を罵倒し始めた。
喧騒の中、体が固まって動かない。
そんな事は無い! 僕は何もしていない! そう反論したいのに、喉は見えない糸に締め付けられ声が出なかった。
聞きたくない。
そう思った瞬間、頭がまるで鉛のように重くなった。細い首は支えきれずに、強かに額を天板に打ち付けた。
痛みが襲うかと思ったが否、机はそのまま尚也の頭をずぶずぶと飲み込んでいく。
水の中に潜った時のような、轟々と低い音が耳の奥に渦巻き脳を揺さぶった。
抵抗出来ない。顔が完全に埋もれる。
両手を天板に突っ張って必死にもがくのだが一向に上がらない。むしろその手すら飲み込まれていくのだ。
苦しい、助けて!
「うわぁっ」
尚也はばっと飛び起きた。跳ねる心臓が破裂しそうだ。頭から汗が噴き出す。
薄暗い和室のしんとした部屋に、自分の鼓動と激しい呼吸音だけが響いた。
額の汗を拭って深呼吸を繰り返す。
仄暗い空気がからだの中に充満していく。
あぁ嫌だな。
尚也の口からぽつりとこぼれ落ちた。
言葉は半紙の上に墨を落としたようにじわじわと心を侵食していく。黒い染み。腹の底がずっしりと重くなっていく。
「池田君」
襖の奥から先生の声がした。一瞬で現実に連れ戻される。
「はいっ」
「夕食の用意が出来ましたよ」
襖を開けると先生の後ろで廊下のライトが光っていた。もうそんな時間なのか。一体どれくらい寝ていたのだろう。普段スマホで確認していたので時間が分からない。
さっきの言葉を聞かれたかと思ったが、先生の笑顔は変わらない。知られないように小さく息をついた。
到着した部屋はダイニングだった。意外にも、白い壁紙の洋風な部屋で、ステンレス製のアイランドキッチンがあり、向かいにはテーブル、その上に食事が二人分用意してあった。やはりというか、焼き魚がメインの和食だ。
暖かな部屋と食事と向かいに座る先生の楽し気な表情。
自分だけが異質のように思えた。
食事や入浴など一通り終わらすともうやることはない。敷いた布団のその中に潜り込み強く目を瞑った。
今度こそ、嫌な夢を見ないといい。
* * *
庭へと繋がる障子がほんのりと黄色く輝いている。
いつもより早く寝たはずなのに体がだるい。まるで全身に泥がへばり付いているような、ずっしりと重く感じる。
支度を済ますとダイニングへ向かった。先生は居なかったが朝食は用意してある。卵焼きがまだ温かかったので寝坊した訳ではないだろう。
食べ終えると自分で食器を洗った。しかし、勝手にさわるなと言われるかもしれないと、頭の片隅で不安に思う。
こんな些細な事で悩むなんて、気の小ささが自分でも嫌になる。重いため息をついた。
特にやることもなく、陽気に誘われて縁側へと進んだ。自由にしていいと言われているのだが、他人の家を歩き回るのは何となく居心地が悪い。だから、池の前で佇む先生を見つけた時は、覚えなくてもいいばつの悪さを感じた。
声を掛けるより先に、尚也の方を振り返り微笑んだ。
「おはようございます」
「あっはい」
先生は縁側まで来ると尚也の近くに座った。特に促されたわけではないが、尚也も隣に腰をおろした。ズボン越しにヒヤリとした感覚がある。
陽光に照らされてより白く見える月色の髪。染めた訳ではないだろう、眉や睫毛まで同じ色をしている。
黒い髪に特徴の無い顔。その上濃い隈まで出来ている。平凡より少し劣る自分とは同じ人間だと思えない。
「変わった色でしょう」
まともに目が合ってドキリとした。
頭の中を読まれたかと思う。
「この色のせいで子供の頃はよく苛められていました」
「えっ!」
「嘘です」
なんだそれ。
尚也の口がへの字に曲がった。
先生はふふふ、と笑って楽しそうだ。
「少し話をしましょうか」
先生が空を仰いだ。
暖かな日の光が降り注ぐ。
尚也も真似をした。わずかに鳥のさえずりが聞こえる。遠くから風が吹いてきて、目の前の木々を揺らしたかと思うと、尚也の髪をふわりと撫でていった。
「大丈夫ですよ。あまり気を張らないで」
先生の表情につられて尚也も微笑んだ。この笑みは、あまり悪い気にならなかった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
幽子さんの謎解きレポート~しんいち君と霊感少女幽子さんの実話を元にした本格心霊ミステリー~
しんいち
キャラ文芸
オカルト好きの少年、「しんいち」は、小学生の時、彼が通う合気道の道場でお婆さんにつれられてきた不思議な少女と出会う。
のちに「幽子」と呼ばれる事になる少女との始めての出会いだった。
彼女には「霊感」と言われる、人の目には見えない物を感じ取る能力を秘めていた。しんいちはそんな彼女と友達になることを決意する。
そして高校生になった二人は、様々な怪奇でミステリアスな事件に関わっていくことになる。 事件を通じて出会う人々や経験は、彼らの成長を促し、友情を深めていく。
しかし、幽子にはしんいちにも秘密にしている一つの「想い」があった。
その想いとは一体何なのか?物語が進むにつれて、彼女の心の奥に秘められた真実が明らかになっていく。
友情と成長、そして幽子の隠された想いが交錯するミステリアスな物語。あなたも、しんいちと幽子の冒険に心を躍らせてみませんか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる