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天満月編
しおりを挟む夏休みも中盤に差し掛かったある日、
夜の学校に集合していた。
普通ならば学生がいる時間では無いのだが。
事の発端は秋庭先輩が、
「夏と言ったら怪談か肝試しじゃない?」
という何気ない一言からだった。
そこからの櫻子先生との交渉は知る由もないが、
名目上は生徒会主導での夜間警備で肝試しは
成立してしまった。
俺が生徒会室に行く頃には先生、秋庭先輩、
古谷先輩、純一、西園寺、緑、霜塚、七美川、文月が既に集まっており、俺と妹の由美で最後の様だ。
「予定通り始めるよー。まずは蝋燭を各自1つ配りまーす。これから灯りは蝋燭だけ。そして1人ずつ用意して貰った怪談を話して、火をリレーして消していく。その後が本番の肝試し。
肝試しはペアでやろうと思って、
クジも作ったから。先にペア決めようか。」
そう言って鞄から蝋燭とクジを出す。
くじの結果、俺は秋庭先輩と1番手になった。
憧れの秋庭先輩とペアと意識しただけで
心臓が早鐘を打つ。
「はい、じゃあ怪談始めるよ~」
パンパン、と手を鳴らし、先輩は自分の蝋燭に
火をつけると、生徒会室の照明を切る。
…………
「…ってことが今年の初めにあったんだ。」
と、俺は数ヶ月前に起こった恐怖体験を話し、蝋燭を消す。俺が最後の話し手だった為生徒会室を輪郭付けるのはカーテンから僅かに漏れた月明かりだけだった。
怪談大会は各々話した内容がかなり怖いものだっためこの後行う肝試しの雰囲気作りには大成功
と言えるだろう。
少しの静寂の余韻の後、秋庭先輩は
自分の蝋燭に再度点火し、
「さて、肝試しだね。ルールは簡単、蝋燭1本に
火をつけてゴールとなる保健室の机に置くだけ。
途中で火が消えた場合罰ゲームがあるから。
先に着いた人は自由行動。黙って帰って神隠しの
演出をするも良し、後続を驚かせても良し。
準備良いかな?」
「まずは私とあっきーからだね、早速出発!
蝋燭はあっきーが持ってね!」
「分かりました。罰ゲームになるかは俺次第に
なりますけど大丈夫ですか?」
夜の校舎だからって何がある訳でもない。
火を消すほどビビることなんてないだろ。
「いいよいいよ。罰ゲームも楽しみの
1つってやつなのさ。」
俺は蝋燭に火をつけると秋庭先輩は既に生徒会室の扉を開けていた。
「じゃあ、20分後に2組目が来てねー」
秋庭先輩はそう言いのこし、俺と廊下へ出る。
「どんなルートで保健室まで行きます?」
「どーせならちょっと遠回りかな。」
先輩はご機嫌に前を歩いていく。
「っ!」
先輩は何かに足を滑らせるが後ろにいた俺の胸に
後頭部が当たり、転倒は避けられた。
「足とか捻ってないですか?あまり早く行かないでくださいよ。明かりなんて蝋燭しかないんですから。」
「よく出来た後輩だなぁ。大丈夫だよ、
何ともない。お姉さんと腕組もうか。」
蝋燭を持っていない左腕に抱き着いてくる。
「いつにもましてテンション高いですね。」
「大好きな後輩と2人っきりだからねぇ♪」
ただの冗談なのは分かっている。
俺はただの懐いている後輩。
それでいいさ。俺は1番仲のいい後輩で居られれば良い。
先輩への好意は、
ずっと心に秘めておくのだろうから。
「ここの階段降りたらすぐの科学室にはいるよ。」
「入れるんですか?」
「あっきーには言ってなかったけど、
オカルト同好会に協力お願いしててさ。
先生と交渉して教室入れるようにして、
仕掛けをして貰ったのよ。」
「なんて用意周到なんだ。夜間警備とは一体…?」
科学室に足を踏み入れると模型の手やら頭やら、
悍ましい仕掛けがあった。
叫びはするが何とか蝋燭だけは死守した。
被服室や調理室、音楽室。仕掛けは豊富だった。
何かに縋りたかったが片手は蝋燭、片腕は抱きつかれていた為逃げ場所がなかった。
柔らかな双丘の感触を思い出せないのが恨めしい。
そして、夜の校舎を舐めてた出発前の
俺に蝋をぶっかけてやりたい。
「な…なんとか保健室ですね…火は消えてませんがだいぶ短くなっちゃいましたね。」
「面白かったね。これで罰ゲーム回避だ。」
保健室に着き、予め用意されていた机に蝋燭を
置くとほっと一息ついた。
「この後どうします?驚かせに行きましょうか?」
「んー。神隠し、されちゃおっか。」
悪戯っぽく笑うと保健室を出ていく。
先輩は窓から射し込む月光で髪を宝石のように
煌めかせながら渡り廊下を歩いていく。
この先はプールだ。
「そっちも鍵、開けてあるんですか?」
「まさかね、ここは鍵空いてないよ。」
「…忍び込むんですか?あそこから。」
今年の6月、俺と先輩は生徒会の仕事の最中に、
草陰とプールの設備で上手いこと死角になっているフェンスの撓みを発見した。
撓みから生じた隙間は俺が体をねじ込み、
助けがあれば入れる、という大きさだった。
夜のプールサイドは背徳感を含み、
明らかに校舎とは違う、形容のし難い雰囲気を
漂わせていた。
心が静かにざわつく。
そんなことを思っていると、
先に入った先輩は既に奥の飛び込み台に
立っていた。
「分かってると思いますが、
落ちないでくださいね!」
「あはは、大丈夫、大丈夫!」
先輩は軽やかにジャンプして第6レーンから
第5、第4と飛び込み台へと移動した。
俺はその様子を見ながらのんびり歩く。
プールの水面を見やれば
天満月の鏡写しと、漣に揺れる先輩。
それは幻想的で、瞬きするのも惜しいほどに
美しいと息を飲む。
先輩がそのまま飛び込み台に座るのを見て
追いついた俺は隣のレーンに座る。
「まさか先輩の方からこんな悪い誘いを受けるとは思いませんでした。」
「生徒会長だった頃に比べたら少しは
自由ができるよ。」
「生徒会長の時も結構自由でしたよね?」
「言えてる。訂正、以前に増して好き勝手できるよ。新会長の椿も優秀だしね。
もう教えることなんてなんもないもん。」
西園寺椿は先輩から直々に指名され、各所から異論なしであった。他の役員は必要に応じて任命するらしい。
「お疲れ様でした。先輩と仕事や活動ができて
楽しかったです。色々勉強にもなりました。」
先輩の方に向き直り深く頭を下げる。
半年程でもう会えなくなる。このレーンの様な、
近いけどギリギリ手の届かない距離を壊したくない。卒業するその時までは楽しい関係でありたい。
「なんも教えてないよ、私は。ただ好きなように
楽しく活動してきただけ。お礼を言うなら
私の方さ。よく今までワガママに付き合ってくれたね。」
「…本当に、先輩には感謝しています。」
先輩との出会いは去年の秋。先輩が生徒会長
として、所信表明演説を行った時だった。
一目惚れだった。演説で語った内容を実現しようと率先して誰より行動していたから。
心を動かされた。これまで努力もせず、
怠惰に過ごしてきた俺が初めて、
何か手伝えることがあるなら手伝いたい、
憧れの先輩に追いつきたい。
いつかは、隣を歩きたい。
そう真っ直ぐに思った。
だから櫻子先生に雑用を押し付けられても
取り組んだ。誰に頼まれても断らなかった。
それが功を奏したか、先輩の目に留まり。
特別補佐の役で先輩の手伝いをしてきた。
でも、先輩は俺の想像よりも凄い人で。
追いつく、隣を歩くなんて烏滸がましかった。
先輩は海外の有名大学に進学が決まった。
俺の努力ではどうにも出来ない程遠くへ
行ってしまう。
悔しかった。でも納得してしまった。
俺と先輩にはそれだけ差があったのだから。
「今日はちょっとおかしいね?」
先輩は再び立ち上がり、俺を見下ろす。
「そうですか?肝試しが結構怖かったから
かもしれません。」
「キミがそう言うならそれでいいか。
でも私に何か言いたいこと、あるでしょ?」
クスッと笑いながら問いかけられる。
先輩が『キミ』と使う時は大抵真面目な話だ。
「…別に何もないですよ?」
どこまで見透かされているのだろうか。
「出会った時から、意外と強情だよね。
私は、キミに沢山言いたいことがあるよ。」
「何ですか、言いたいことって。」
「私にだけ言わせるのは狡いなぁ。
でも、いいか。言ったげる。」
「我儘言っていいんだよ。抱え込まなくていい。
キミが今、『誰か』の為にって思っている事は
ただの独りよがりだよ。」
唐突に先輩が優しく抱き締めてくれる。
桃のような甘い香りに包まれ、先程まで漂っていた塩素の香りが感じられない。
「先輩…狡いですよ。俺だって。
俺なりに考えて…」
「だからさ、それが良くないんだって。
ちゃんと私に言ってみなよ。」
「嫌なんですよ、迷惑かけたくないですから…」
先輩の抱き締められた腕が解かれる。
俺の肩に手を置かれ、甘い香りが離れる。
眼前の強い意志の籠った大きな双眸に見つめられ、俺の目は逸らすことは出来なかった。
「私を言い訳に使わないで。心の底から納得しているなら何も言わなくていい。でも、私にはそうは
見えないから、こうして言ってる。」
僅かに怒気を孕んだ言葉に、伝えないとした決心が瓦解する。言わなければ一生後悔する事に
なるだろうと、何かが告げる。
「俺は…先輩がずっと好きでした。隣を歩きたい。恋人になりたいと思ってました。でも…」
その先を言おうとすると再び甘い香りに包まれ、
阻害される。
「私が海外に進学するから。余計な心労を
かけたくなかったんだよね。」
一層強く抱き締められる。柔らかな感触に包まれ、安心を感じる。
「でも、そんなに気を使われて、何も無かった事に
されるのは悲しいよ。」
「私も、キミの事が好きなんだよ。」
抱き締めるのをやめ、見つめられる。
その言葉に、瞳に、堰を切ったように
俺は涙を流す。
「俺なんかを好きになるなんて…」
「なんかじゃない。キミは率先して人を助け、
親身になれる立派な人間だよ。」
「大学なんてたった4年だよ?その後ずっと一緒に居ればいいじゃない。だから、付き合ったげる。」
「これから宜しくね、
生徒会新副会長さん。」
俺は驚きのあまり崩れ、
水飛沫をあげることになった。
月の重力に似たものを感じながら
見上げる。
そこに居た秋庭先輩は天満月を背に、
無邪気に微笑んでいた。
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