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第一章

作戦会議

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第十一話 作戦会議


「で。それだけ偉そうにしてるおおかみは、至宝の隠し場所の手がかりとか、ちゃんとつかんでくれてるんだよね?」
「オオカミやないわ!大神!オ、オ、ガ、ミや。言うてみい!」
「あっそ。で、オオカミはー……」
「こんのガキぃー!」
 神殿を出た後、一行はユファの家で至宝探しのミーティングを開く事になった。
現在、駿里とエアハルトが向かい合ってテーブルに座り、世界地図を広げながら仲良く口げんかの真っ最中だ。
「自信満々に里に潜り込んできたんだから、それくらい当然知ってるかと思ったよ」
「俺は便利屋ちゃうわ。アホ!」
「もう。二人とも、さっきから話が全然進んでないわ」
ユファはぎゃいぎゃい騒ぐ二人を残し、台所で三人分のお茶を用意していた。
ルイスが待ち合わせ時間を過ぎても到着していないのが、ユファにとっては気がかりだ。
せっかく護衛を引き受けてくれたのに、ルイスの気持ちをきちんと考えられなかった自分に、ユファは少しだけ罪悪感を感じていたのだ。
ルイスがハメルの一件以来、重度の人間嫌いになったのはユファにも理解できた。周囲の反対を押し切って駿里を護衛にしたのはワガママに過ぎないという自覚もあった。
「ねえ。ユファもこっちに来てよ!」
 思い悩むユファの思考を、エアハルトの明るい呼び声が遮る。
「う、うん。分かったわ。エアハルト、お茶は何がいい?」
「ボクは、ココティー!砂糖はたくさん!」
「はいはい。シュンリは、何がいいの?」
ユファは、ココの粉をマグカップに入れながら、駿里にも同じ質問を投げかけた。
「緑茶はない、ウーロン茶もない、コーヒーもない……」
「シュンリ?何か言った?」
「あ、いや。よう分からんから、何でもええよ。お前と同じでええ」
「そう?」
 ユファの好みに合わせればミルクティーになるのだが、何だか駿里に甘い紅茶は似合わない気がする。……偏見を抱きながらも、ユファは用意した三人分のお茶をトレイに載せてテーブルへと運んだ。
「おおかみってさー、ちょっと変だよね?半翼っていうだけじゃなくて、言葉遣いとかもさぁ」
「変ってなんやねん!失礼やなー。あと、オオカミちゃうからな!」
「でも、確かに変だわ……」
「お前まで言うか!」
 ユファがいたって真面目に返すと、駿里はがっくし肩を落として脱力してしまった。しまいには、子供みたいにテーブルに顎を載せ、じろりとユファを睨んでくる。お行儀良く座っているエアハルトと並べると、どっちが子供か分からなかった。
「俺の事は今はええやろ。それより、ヒンメルとか言う至宝のハナシや」
「えっ?知ってるの?」
「さっきは知らないって言ったじゃないさ」
エアハルトが駿里に食って掛かると、駿里はべーっと舌を出し、目の下の皮を指で引っ張ってみせた。黙って大人しく座っていてくれればそれなりに絵になるだろうに、心底残念な人だとユファはしみじみ思った。
「知らんとは言っとらんやろ。目星くらいはつけとるわ」
「ホント?」
ユファとエアハルトは、期待をこめて駿里の次の言葉を待つ。
「ジャッポや!」
「……」
が、駿里の口から出た奇怪な単語に、二人とも返す言葉を失ってしまった。
「なにそれ……ダサい名前……」
一拍間を置いた後、エアハルトが怪訝そうな目で駿里を見つめて呟く。
「おい、ガキんちょ!ダサいとはなんや!ジャッポは、半翼の故郷や」
「半翼の?」
しかし、エアハルトの話からすると、半翼は百五十年前に絶滅してしまっている筈だ。
「あの、シュンリ……」
ユファが半翼について駿里に訊ねようとすると、マグカップから口を離した駿里は、瞳を細めてにんまり笑った。
「おっ、この茶美味いやんけ。やるな、ユファ」
「そ、そう?口にあったなら、いいけど」
「ユファのお茶が美味しいのなんて、当たり前でしょ。そんなことより、ジャッポなんてヘンテコな国、地図のどこにもないんだけど?」
エアハルトは、広げた世界地図を北から南、東から西と、順繰りに指でなぞって確認していく。
北には「アイスベルグ」王国。アイスベルグの南には「グリューエン」王国。東には「シュラーク」王国。西に「ラヴィーネ」王国。
世界はこの四つの主王国からなっている。それ以外の小国は全て、四つの大国の内、いずれかの属国だ。
しかし「ジャッポ」という国は、四国いずれの領土にも記されておらず、ユファ達も名前すら聞いたことがない。
「あるわけないやろ。ジャッポはアイスベルグの西南西の方角に位置するちっこい島国やねん。どの国の領土モンでもない。存在が認知されとったんは、もう百五十年も前やけどな」
「それなら、シュンリは何処から来たの?」
ユファは神殿で皆の話を聞いてから、ずっと気になっていたことを訊ねた。
半翼が滅び、故郷もないというのなら、駿里は一体何者なのだろう。
「俺は、ほら。半翼の子孫っちゅーか、なんちゅうの?そんな感じやねん」
「子孫?」
 では、駿里のような半翼の子孫は現代に生き残っていて、いまもどこかでひっそり生活しているのだろうか。
双翼の民一族のように、隠れ里があるのかも知れない。
「さ、ジャッポの説明はしたで。前座はもうええやろ」
詳細を聞きたいとユファは思ったが、駿里はさっさと話題を変えてしまった。
「本題に入ろか!俺らの故郷はこの通り地図にないし、完全に人々から忘れ去られとる。けどな、まだ島自体は、消えた訳や無いとみた」
「どういうことさ?」
「沈没でもせん限り、島が忽然と消える思うか?なんや、他の連中に見つかったら都合悪いから隠蔽したんちゃう?……宝モンを隠して置くために、な」
駿里はそこまで説明するとマグカップに口をつけ、ミルクティーをずずずと豪快にすすった。
「つまり、その地図から消えた島国に、ヒンメルの宝珠があるかもしれないってことよね?」
「……ご明察う!つっても、確信ある訳やないけどな。行って確かめるしかないっちゅうこっちゃ」
「ちょっと、待ってよ。なんで半翼の故郷に、ボクら一族の至宝が隠されてるのさ?伝承では、人間に盗まれたって言われているんだけど」
エアハルトが納得いかない顔で駿里を問い詰めるが、確かに最もな疑問だった。
記された歴史とは、あまりにかけ離れ過ぎている。
「伝承は、あくまで伝承やろ?後でいくらでも捻じ曲げられるわ。盗んだのが人間やっちゅー証拠はないんやろ?」
「それは、そうだけどさ……」
弁達者のエアハルトもしばし考え込む様子を見せ、首を捻りながら思い当たる可能性を発言した。
「じゃあ、盗んだのが、アンタみたいな半翼だったとか?」
「ボウズー!とことん俺を悪モンにしたいんは分かるけどな!?双翼の民の仕業っちゅー可能性は、考えへんのかいな!?」
 ユファは、駿里の指摘にはっと息を呑んだ。
――確かに、神殿でのユリアの言葉を思い出してみると、彼女は「至宝は有る」とはっきり言い切った上、至宝を持ってくる様に試練を与えたのだ。
「……じゃあ、私達一族が隠したっていうの?」
「真相は分からへんって言うたやろ。それに、今大事なんは“なぜ至宝が隠されたか”やなくて、至宝を里に持ち帰ることやろ。ちゃうか?」
駿里は、ユファの頭をポンっと軽く叩いた。荒っぽい手つきだったが、「安心しろと」励ましてくれているようで、混乱するユファの思考が少しだけほぐれた。
「とにかく、そのジャッポとやらに行くしかないってことだね、はい、きまりー!」
 三人で作戦会議を進めていく内に、島国ジャッポへ向かうにはアイスベルグ港から海を船で渡るしかないという結論に至った。
双翼の民のユファ達が空を飛んでいけば一番手っ取り早いが、駿里には翼がないため、飛行となると駿里を抱えたまま、ユファ達が長距離を飛ぶ羽目になってしまう。双翼の民の体力も、無尽蔵にあるわけではない。途中休憩できるような中間地点がなければ、飛行のみで向かうのは厳しい。
「でもさー、人間の船に乗るなんて大丈夫なのかな?絶対ボクらの正体、ばれると思うよ?羽は背中にしまえるけど、ボクらの容姿、人間と違うし」
「アホ。律儀に乗せてくれーなんていうて、乗せてくれる人間おるかいな」
「どーいう意味さ?」
二人が計画を練っている傍ら、ルイスがなかなか姿を見せない事が、ユファは心配になってきた。
「私、ルイス兄さんの様子を見てくる。流石に遅すぎるわ」
 作戦会議を始めてから、すでに一時間以上が経過していた。
「一度家へ立ち寄って準備をして来る」と約束していたルイス。以前のように隣同士とはいかないが、二人の家の距離は目と鼻の先なのに遅刻するのは考えにくい。
「ルイスだって子供じゃないんだから、放って置いて平気だと思うけどなー。ユファとの約束だけは、死んでも守りそうだしさ」
お茶請けのクッキーをぼりぼりかじりながら、エアハルトが呟く。だが、ユファは胸がざわついて安心できなかった。
「二人とも、少し待っててね!」
ユファは、二人に手を振ってから「いってきます」と言って、家を出た。

* * *

「本気なの?あの子について行くなんて。あなたに何かあったら……」
「言ったろう、フロー。これは必要なことなんだよ」
 ユファは広場を抜け、ルイスの家の扉の前まで来たところで足を止めた。戸をノックしようとした時、室内から漏れる話し声を聞いてしまったのだ。相手は声の高さや口調から察するに女性のようだ。
ルイスはハメルの里の頃から、柔らかい物腰や紳士的で優しい振る舞いから、女性人気が高かった。
ルイスが里を発つとなれば、別れを惜しむ女性が何人いたところでユファは驚かない。
昨夜のプロポーズめいた発言を思い出してみると、内心複雑ではあるけれど。
(出直したほうがいいかな……)
下手に割り込んでいける空気でもない。扉の前で立ち止まり、ユファが逡巡しているその時だった。
「おおっ?浮気現場発覚かいな?やるやーん!」
「……!?」
――ユファの背後から、突拍子もなく茶化すような陽気な声が聴こえて来た。声の主は、その特徴的なイントネーションから言わずもがな、だ。
「も、もうっ。何でここにいるのよ?エアハルトと留守番してて、って言ったじゃない!」
「トイレー!言うて、ちと抜けてきた」
「エアハルトが、今頃沸騰してるわよ!」
徐々にヒートアップしていくユファを見た駿里は、口元に人差し指を当てて「しぃー」、という動作をした。
さらに、ユファの手首をつかむと、問答無用でルイス宅の裏口へと連れ込んでいった。
駿里の掌は、氷のような冷たさだった。
ユファがその温度にびっくりして、変な声を上げてしまいそうになるくらいに。
「ちょっと……!」
「ここなら、聞こえるやろ」
 裏口の窓から、ルイスに抱きついている女性の姿が見えた。どうやら彼女は、ルイスと同じくらいの年頃の女性のようだ。長い銀髪を華やかなアップにして結わえており、厚い唇に艶やかな紅を差している。
衣の胸元は大きく開いており、どぎまぎするような扇情的な雰囲気だった。
……自分と同じような服を着ていてこうも見映えが違うのかと、ユファは密かに落胆する。
「こりゃまた、派手なねーちゃんやなあ。あいつ、あんな堅物そうなナリして実はムッツリっちゅーオチか?」
「なっ、なに変なこと言っているのよ?それより、隠れて盗み聞きなんて……」
 ユファが駿里に抵抗しようともがいていると、ルイスと女性の会話が聞こえてきた。
「フロー、大丈夫だよ。ユファの護衛の任は、ユリア様の望みでもある。あの方のお考えに間違いはない。僕は自身の果たすべき役目を果たして来る」
「本当ね?信じているわ。わたし達一族のためにも、必ず無事に帰ってきてね」
会話の内容からして、ユファの護衛として旅立つルイスの身を女性が案じている事は伝わってくる。
(でも、ユリア様の命令だから、私に付いて来てくれただけみたいな言い方よね……)
ユリアが双翼の民の絶対的象徴であり、一族を束ねる威厳と能力を備えていることは、ユファも重々承知している。
だが、二人の寄り添う影が更に距離を縮めていくのが窓の外から見えたとき、ユファの胸の中はもやもやし始め、息苦しくなっていった。
「見なくてええ」
 駿里は短くそれだけ言うと、ユファの顔を半ば強引に自分の胸に押し付けた。
手のひらは凍りつくほどの温度なのに、胸の中は温かくてユファは驚いた。心臓の音が聞こえてくる。駿里の規則正しい鼓動を聴いている内に、ユファの荒れ狂う心は落ち着きを取り戻していった。
「あのあんちゃんと、何かあったんやろ?」
「……別に、何もないわ」
「ホンマかー?昨日の晩、お楽しみやったくせに?」
「!」
――そう言えば、昨晩。
ユファがルイスに求婚されていた時、二人の間を裂くように窓から小石が飛び込んできた。しかもその後、ユファの椅子にかかっていた駿里のマントが消えていた。
「やっぱり……!?あれは、あなたの仕業だったのね?」
「はははー」
「はははー、じゃないわ!こそこそ覗き見した挙句、人の家の窓を壊すわ、勝手に侵入するわ、何を考えているのよ!?」
真っ赤になって文句を言いながら、ユファはちょっとだけ後ろめたさを覚えた。……今現在、自分もデバガメの真っ最中だったからだ。
「なんも考えてへん!あー、ひとつ以外は、やけど」
「え?」
ユファが、駿里の意味深な言葉を問い返そうとした時だった。裏口の窓が、ガラガラと音を立てて開かれた。
「あ」
――顔を見合わせ、駿里とユファは同時に声を失った。窓を開けて二人を覗き込んでいるのは、どす黒いオーラを全身に滾らせた般若……もとい、ルイス張本人だった。
「こんな所で何しているんだ、ユファ」
「あの、兄さんが遅いから、呼びに行こうと思って……」
「ご丁寧に、その半翼を引き連れてか?」
「え、えっと、別に引き連れてるつもりはないというか……。その、成り行きで」
ユファがルイスに詰問されている間に、入り口の戸から誰かが出て行く足音がした。恐らく、先ほどルイスにフローと呼ばれていた女性だ。
「君はその半翼に誑かされているんだ。穢れた半翼と深く関われば、君が傷つくことになるぞ」
「半翼じゃなくて、シュンリよ。それに、兄さんだって誰かと会う約束があるなら言ってくれれば、邪魔なんてしなかったわ」
 盗み聞きは申し訳ないと思うものの、ルイスの本心が見えなくてユファが戸惑っているのも事実だった。
「……ルイス兄さんこそ、私を誑かしたんじゃないの?」
「ユファ。違う、僕は本気で」
「私の護衛をしてくれるのだって、ユリア様の命令だからでしょ?」
「それは――」
「あんちゃん、わざわざ呼びに来たったんやから、さっさとしてくれや。護衛がそろわんと、作戦会議にならんやろうが」
ルイスが尚も何か言おうとするが、駿里がその先を遮った。顔をしかめたルイスは、憎悪を込めた眼差しで駿里を睨みつけた後、窓をぴしゃりと閉めてしまった。
「これでええ。すぐに出てくるやろ。ほな、先に戻っとこか」
「……」
「どないした?」
「私、兄さんのこと何も知らなかったみたい。生まれてから今日まで、一緒に暮らしてきたのに……」
「人間だろうと、双翼の民だろうとなぁ、完全に他者を理解するなんて不可能やろ。違うからこそおもろいんやで。……せやけど、皆ほんの少しでもええから、大事なモンに近づくために、生きていこうとするんちゃうかな」
「近づくために……」
 思い悩むユファの内側に、駿里の言葉がすっと染み込んでいった。それはユファにとっての希望の輝き。双翼の民一族にも人間にとっても。――互いに歩み寄れる未来が本当に訪れるなら、どんなに素晴らしいことだろう。
「少なくとも、で」
駿里はマントを風になびかせながら、先にすたすた歩きだしてしまった。ユファはその後姿をしばし呆然と見つめる。双翼の民一族とは違う、翼を持たないその背中を。

――遠い。

駿里の心の奥にある、手が届かない場所に秘められた思いを知りたい。
ユファは小走りで駿里の後を追いながら、そう思わずにはいられなかった。
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