箱庭のエデン

だいきち

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後日譚 二人の恋愛事情 3 *

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 夜見が怖い。由比都の中で、初めて芽生えた感情だ。怒られたくはない、逃げ道を探そうにも、今はどこに足を向けても地雷を踏み抜きそうだった。
 押し黙る夜見は、由比都からの言葉を待っているようだった。無骨な指先が由比都の胸の頂を掠めて、唐突な刺激にびくりと肩が揺れた。
 
「く、クラブでの時に」
「……俺が間に合わなかったやつか」
「間に合うとかじゃ、ないだろ……あと、あんまり覚えてないんだ。だから、蒸し返さないでほしい」
「……まじでずるい。そんなこと言われたらなんも言えねえじゃん」
 
 悔しそうに顔を歪めて、夜見が由比都の胸元に額をくっつけた。子供が拗ねているようだと口にしたら酷い目に遭いそうだ。由比都は夜見の少し伸びた金髪を指で横に流すと、不服そうな顔で見つめ返された。
 嫉妬をしてくれているのだと思う。そう考えると、夜見の感じている気分とは真逆の感覚が胸の内を支配する。しばらく、黙りこくったまま見つめ合っていた。
 しかし、由比都から微かな喜色を感じ取ったのか、夜見の表情は徐々に怪訝そうな顔になってくる。耐えられなくなって、由比都はついにぎこちなく顔を逸らした。
 
「おい」
「なんだ」
「なんか少し喜んでない?」
「……喜んでない」
 
 腰に回された腕の力が強まって、引き寄せられる。先ほどよりも体が密着して、少しだけ苦しい。肩に添えた手で緩く押し返すと、夜見が唇を引き結んだまま見上げてくる。
 
「泣くよ」
「泣くよって……」
「由比都からキスしてくれなきゃ泣く」
「だから、なんでだ」
「だっていやだろ、俺は由比都の素肌を知らないのに」
「人の胸弄っといてよく言えたものだ」
「あのさあ」
「うわっ」
 
 視界がぐるりと動いて、気がついたら由比都は夜見を見上げていた。二人分の体重を受け止めたソファが、ギシリと軋む。由比都の顔の横に手をつく夜見の腕には、力が込められているのだろう。己にはない太い血管が走っていた。
 光を背負うような、夜見の表情に影が落ちる。黙っていれば、本当に顔がいい。そんな関係のないことを思ってしまった。
 顔が近づいて、キスをされるのかと思った。思わず目を瞑って肩をすくませた由比都の額に、夜見の額が重なった。
  
「好きだから、触りたいんだよ」
「……触ればいいじゃないか」
「わかってない。俺の言う触りたいは」
 
 こう言うことだよ。少しだけ、苛立ったような声で夜見は言った。首筋に顔が埋まって、柔らかな夜見の唇が触れる。それだけで、全身が痺れたように力が抜ける。
 吉木の時とは違う。体の変化に、由比都はかちりと動きを止める。
 夜見の吐息が首筋を撫でて、服の隙間から手のひらが侵入してくる。先ほど触れた胸元に指が滑ると、そわりと背筋が震えてしまう。
 
「っ……」
「……いやじゃない?」
「うん、へ、平気だ」
「痩せ我慢してない?」
「心配性……」
 
 本当は、少しだけしている。だけど、そんなことが夜見にバレてしまったら格好がつかない。情けない男の矜持を、夜見には知られたくない。いつだって、由比都は夜見の中ではできる男でいたいのだ。
 余裕を見せなくてはいけない。そんな不毛なことを思って、由比都の腕が夜見の背に回った。体重をかけないように遠慮していたらしい。夜見の体を引き寄せると、由比都の膝に夜見の下腹部が触れた。膝に、熱いものが当たる。由比都は、初めて言葉の意味を理解した。
 
「な、なんで勃って」
「言ったよね、俺」
「へ」
「好きだから触りたいって」
「ま、っんん、んっ」
 
 夜見の薄く開いた唇に目が奪われてからは、あっという間であった。由比都は静止を求めることすら許されずに、深く唇を重ねられる。
 頭を馬鹿にするキスだ。熱と、とろけた唾液が舌の上で味蕾同士の摩擦を促す。唇の隙間からあえかな夜見の吐息が漏れるだけでいけない。時折甘えるかのように喰まれる唇に、啄むだけがキスじゃないのだと教え込まれている。
 思考を奪う口付けは、由比都に正しく雄の役割を思い出させる。静かな部屋を、唾液同士が弾ける音が混じり合う。時折漏れる互いの余裕のない吐息が、生々しさに輪郭を与える。
 布越しでもわかる。夜見の膨らんだ下腹部が、由比都の慎ましいそこへと押し付けられている。
 目が見えなかった時も、時折そこが腫れることはあった。どうしていいかわからないまま、時折風呂場で惰性で慰めるだけ。ただの摩擦は由比都にとっての作業であった。そのはずなのに。
 
「ま、っれ、っ……ん、んっ」
「……っ……」
「ふ、……ぁは……」
 
 泣きそうな声が出てしまった。赤く熟れた舌同士が唾液の糸で繋がった。由比都の制止を前に、夜見の動きが止まる。少しでも顔を傾ければ、再び唇同士は触れ合ってしまう距離。
 
「触るって、そこ……?」
「今止められんの、結構きついんだけど」
「だって、お、お前……っ、お、男同士じゃできない……」
「できるんだよ由比都。男同士でも、使う場所が違うだけで」
「使う……? ぁ、や、だめだって」
 
 大きな手が、由比都の片足を持ち上げる。必然的に夜見へと己の膨らんだ中心を晒すことになってしまった。白い肌が真っ赤に染め上がる。はだけた胸元を隠すようにシャツの裾を伸ばす由比都の尻へと、夜見の布越しの性器が押し付けられた。
 
「ぁ、」
「もっかい聞くけど……やめる?」
 
 夜見の余裕のない表情が、苦しげに歪められていた。瞳の奥は確かにぎらぎらとしているのに、まだ選択肢を与えてくれている。
 心臓が、痛いほど早鐘を打つ。触れ合った吐息の温度、混じり合った唾液の甘さ。そして、見たこともない夜見の男の顔。
 ずるい。そんなに知らない、見たこともない表情を晒されてしまったら、由比都は全てを知りたくなる。
 好奇心は身を滅ぼすとはよく言ったものだ。由比都は、まだ見ぬ夜見の表情を欲しがった。
 厚みのある手のひらが、唇の柔らかさを確かめるように触れる。じんわりと頭の後ろで熱が広がって、心臓の鼓動がどくりと大きく跳ねる。
 
「もう、俺はどうしたいか聞かないよ。本当にいいんだね」
 
 夜見の整った顔を、苦しげに歪められるのは由比都だけだ。そんな優越感が勝り、気がつけば由比都は小さく頷いていた。
 


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