箱庭のエデン

だいきち

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後日譚 二人の恋愛事情 2

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 昼間の出来事を思い返しても、まだ腑に落ちない。あの時由比都は確かに主導権を握っていたし、夜見だって楽しそうに会話をしていたように思う。
 帰宅後、昼間の話を蒸し返すわけではなかったが、お誂えのようにテレビからは多様化する若者の性事情なるニュースが流れていたのだ。
 そんなものに、あからさまに反応をするようにテレビを消した夜見が悪い。だから由比都は、たっぷりと仕方ないをため息に乗せたのだ。
 今はバカ広い夜見の家のリビングのソファの上。由比都はちょこんと座ったまま、夜見の入れてくれたホットミルクを手に持っていた。

「まず、男同士でもキス以上のことはできます」
「…………」
「あ、その顔可愛い。写真撮っていい?」
「やめろ」
 
 真剣な顔で何を言い出すのか。由比都は無駄に面のいい顔を駆使して見つめてくる夜見から、ゆっくりと目を逸らす。こめかみが少し痛い。理解に苦しむ時によく起こる現象だ。
 要するに二人の関係の発展についての話だろう。指先で眉間をもみながら、横目で見やる。
 夜見は、空中でハンバーグでもこねるように手をわきわきとさせていた。

「俺ね、別にこう言うのは自然の流れに身を任せればいっかなって思ってたんだよ」
「私もそう思っていたし、だいたいそれ以上ってなんだ。子供を養子にしたいとかそう言う話か」
「飛躍、飛躍してる由比都!」
「ハグする回数を増やすか?」
「戻るのも早いね~!」
 
 夜見の入れてくれたホットミルクには、少しはちみつが入っている。グビリと飲み込んで、ほう、と息を吐く。夜見が小難しいことを考えているのは理解したが、それにしたって無理な話だ。何より、由比都の中で知識がない。キス以上の関係だなんて知るわけがない。目で見て知る機会がずっとなかったのだから。
 もしかしたら、夜見はそれすらも思い至ってないのかもしれない。たまに、こうしてふとした瞬間にあらわになる。二人の間の認識の違い。
 
「まず私は、恋人同士が発展していくうちに何が起こるかを知らない。子供を作ると言う行為があることを知っているが、あくまで男女間であると言うことが発生条件だろう」
「発生条件とか言うのやめてくんない……」
「夜見が何を私としたいのかを、きちんと示してくれないとわからない。目で見て学ぶことが私の第一優先だ」
 
 夜見の目を見て、しっかりと言葉にした。小さなことでも話し合うようになったのは、互いに弱いところを隠したがる性質があるからだ。病院での告白の一件から、こうして会話をする時間は大切にしている。
 今、相手が何を思って、何を望んでいるのかが知りたいからだ。知り合うことが、互いにとって何よりも大切だと言うことを、身をもって体験もしている。
 由比都の目の前で、夜見がばつが悪そうに頭をかく。心なしか、頬が赤い。そういえば女子高生の会話が聞こえてきたあたりから、ずっと様子がおかしかったかと思い至る。
  
「……なんていうか、ああ……俺こう言うのはいっつも雰囲気に任せてたから……」
「雰囲気?」
「あのね、……由比都は俺を見て、触りたいなって思うことってない?」
「夜見を見て、触りたい?」
 
 両手で顔を隠すように、指の隙間から由比都を見つめてくる。夜見の瞳がわずかに揺れていて、少しだけ緊張をしているかのようにも見えた。
 ああ、これはもしかしたら、真剣な話なのかもしれない。由比都は居住まいを正すと、手に持っていたホットミルクをテーブルの上に置いた。
 
「触れたいと思うよ。私は夜見の隣が一番安心するから」
「うん、……もっといって」
「唇の柔らかさも知っている。お前のお腹が硬いことも、割れていることも知っている。あと血管が浮いている」
「……由比都もしかして俺の腹筋好きなの?」
「かっこいいと思っている」
 
 夜見の腹筋は、いつまでも見ていたいくらいには好きだ。目を輝かせて、こくりと頷く。そんな由比都の姿に、夜見はか細い声をあげてソファに倒れ込んだ。
 
「何それ、灯台下暗しすぎる。由比都のデレは本当に心臓に良くない。今から入れる生命保険はどこですか……」
「なあ、腹筋見ていいか」
「服脱ぐ?」
「それは寒そうだからいい。腹だけ見せろ」
「俺様じゃん……」
 テーブルを避けて、夜見の寝転がるソファの下に膝をつく。
 カットソーをめくって腹だけを晒すと、由比都は正座をして夜見の腹に触れた。
 
「なんで正座……?」
「ゆっくり見たい」
「おかずにされちゃうの俺」
「グラタンはメインディッシュだろ」
「んーバカもうほんとバカ」
 
 頭上で失礼なことを言う夜見なんて知るか。由比都はそっと夜見の腹筋に顔を埋めると、ゆっくりと深呼吸をした。猫吸いはできないから、夜見吸い。寝ている時にたまにやっているのだが、今のところバレたことは一度もない。
 少しだけ夜見の汗の匂いがする。男の汗の匂いなんて感じたくもないのに、夜見の匂いは安心する。ちゃんと、温度を感じるからかもしれない。
 由比都は夜見の硬いお腹に頬をくっつけると、下腹部へとつながる筋に触れる。
 由比都にはない。いや、うっすらとはあるが、肉の質が違う。夜見のように、硬くて厚みのある体じゃない。
 
「かっこいい」
「……よかったです」
「腹筋が割れて、平たくなってるおへそも可愛い」
「ぐわやめてそこ指突っ込まないでぇっぶはっ」
「収まりがいい」
 
 夜見の平べったいおへそに、指を入れるのも好きだ。普段は夜見が寝静まった頃にむくりと起きて遊ぶのだが、夜見が許可をしてくれたのなら、明るいところでじっくりと堪能できると言うものだ。
 ちぎりパンのように割れた腹筋も、肉のない腹に浮かぶ血管も。薄い皮膚の下で滑らかに動く割れた腹も全部好きだ。
 一体、どれほど鍛えれば、こんな体になれるのだろうか。夜見の腹から体を離して、己のシャツをまくる。座っているせいか、由比都の平たい腹は中心で薄い肉が寄っていた。あまり見栄えのするものではない。
 
「なんでお腹出してんの」
「私の腹とは大違いだなと」
「由比都のお腹はまっちろだからねえ」
「む」
 
 真ん中で線が入って、少しだけ肉が段差を作る。夜見の割れた腹と違う、柔らかい腹。大きな手のひらが感触を確かめるように触れると、夜見の手で腹のほとんどが隠れてしまった。
 
「ほっそいねえ」
「見栄えはしないな」
「いや、もう少し太っても俺は好きだけど」
 
 夜見の手が、きていた服を胸元までまくる。白い皮膚が胸元まで続き、薄い色の胸の頂が晒される。由比都はされるがままだ。男同士、見られて困るものではないし。何より、じゃれあいのようなものだろうと思っていた。
 
「……服脱いでって言ったら、脱いでくれるの?」
「風呂に入るのか?」
「そう言うんじゃないけど……」
 
 唇をモゾつかせ、難しい顔をしている。悩むようなそぶりは珍しかった。大きな手のひらが、唯一腹に浮かぶ一本の筋を辿るように、胸元まで指先が這わされる。
 思い出したのは、あのクラブでの出来事だ。それでも、夜見の手だからなんとも思いはしなかった。
 
「お前も好きなのか」
「……お前も?」
「いや、あの時吉木にも触れられたから」
 
 だから、私のお腹に興味があるのかと思った。しかし、由比都の言葉は続かなかった。
 
「は?」
 
 静かな部屋に落ちた、夜見の恐ろしく冷たい声。たった一つの母音の音が、由比都の体温を奪ったのだ。
 途端に、空気が張り詰めて息苦しくなる。表情を消した夜見を前に、由比都の体は蛇に睨まれたように動かなくなった。
 
「どこ触られた」
「ぅ、っ」
「由比都」
 
 細い手首を強い力で掴まれて、小さく息を詰める。ソファを軋ませて起き上がった夜見に見下ろされて、由比都の体は萎縮してしまった。床に座っているからだけではない。夜見の空気が冷たく、そして重く沈澱していく。
 声が出ない由比都の手首を引くように体を引き寄せられると、抵抗もできぬままに夜見の膝へと腰を下ろした。
 
「ねえ」
(なんで、こんなに怒ってるんだ)
「吉木に、どこ触られたって」
(もう、終わったことなのに)
 
 夜見が、怒っているのかもしれない。由比都は、初めて向けられた怒気に、怯えた表情を見せた。知らない夜見の顔。いつもの犬のような底抜けの明るさは形をひそめ、タールのように重たい感情をじわじわと向けてくる。
 大きな手のひらが由比都の腰に回って、逃げ場を閉ざす。震えを誤魔化すように、夜見の肩に触れた手を握り込んだ。 






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