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丸ごと食いたい

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 それは、随分と大きな顔をしてイチカを見下ろしていた。
 般若のような顔に、歪な牙をいくつも口からはみ出させている。女のように長い黒髪を引きずって、朽ちた大木のような足をバラバラに動かして、イチカへと近づいてくる。

「よ、ぎり、ヨギリ……‼︎ ヨギリぃ‼︎」

 壁を強く叩き、悲鳴混じりの声を上げる。あれは、あの化け物は牛鬼だ。あまりにも悪さばかりするから、虹蛇が常闇の森に追いやった。この森は山神の力が強い。だから、牛鬼が地獄の穴へと干渉しないように遠ざけ、結界で縛り付けるのだと。
 
「いゃ、だ……し、死にたく、ない‼︎ っ、ぁあ、まっ、んぐ、っ」

 嘘だろう。イチカは目を見開いた。腹の内側を穿つ指が引き抜かれ、硬い熱源が押し当てられたのだ。ヨギリはこの状況を知らない。今、イチカが目の前で牛鬼に襲われそうになっていることなど。

「っ、ぁ、ば、ばか……あ、ばか、やろ、ぃあ、あっ」
 
 ざわざわと空気が震える。力の抜けた腕では体を支えきれずに、イチカはガクンと体勢を崩してしまった。目の前には、牛鬼のものであろう長い黒髪が、地べたを這うように近づいてくる。
 こんな、こんな無様な終わりがあるのだろうか。イチカの目からは、次から次へと涙が溢れていく。

「ぁ……は、はい、って……くりゅ……っ……」

 肉を割開いて、ヨギリが押し入ってくる。こんなことしている場合じゃないのに。溶かされた肉はゆっくりと滑りを伴って性器を頬張っていく。
 牛鬼の黒い髪が、イチカのはまる壁へと当たってゆっくりと伝うように距離を縮めてくる。
 生暖かい呼気が上半身を撫でて、イチカの白い体を大きな影が覆った。黒髪が細い体をくすぐって、無理やり上体を起こされたとき。牛鬼の大きな口が、イチカの視界を覆っていた。

「よぎり」

 濡れた唇が、ぽそりと名前を紡いだその時。
 イチカの頭上の壁は肉塊を散らすようにして吹き飛んだ。

「はいよ」

 いつものヨギリの声がして、次いできたのは大木を破裂させるような大きな音だ。イチカの体にかぶさっていた牛鬼の影は、いつの間にかヨギリの影に変わっていた。
 飛び散る破片は、牛鬼の牙の一つ。イチカの真上で突き出されたヨギリの拳が、土塊を削るようにして巨躯を吹き飛ばしていた。木を薙ぎ倒すようにして止まった牛鬼は、八本の足をかすかに動かしていた。まだ、生きている。
 怯えるイチカの顔にヨギリの手が触れて、目元を隠される。そのまま、何か呟いた声が聞こえたが、イチカにはそれがなんなのかまではわからなかった。

「あ、ああ……あ……っ」
「ああ、ほら。やっぱり可愛い」

 壁を失い、支えをなくした体はヨギリによって支えられていた。腰を掴まれたまま、上体を弓形にそらされる。ヨギリは、こんなに大きな体をしていたのかと思った。
 
「ちゃんと、名前呼べて偉かったね」

 毒のような甘さを含んだ声がイチカの耳朶を撫でて、目隠しを外される。イチカの胸元へと滑る手のひらは、先ほど牛鬼を殴り飛ばした時のまま。まるで呪印のように紅い模様を白い肌に描く。

「ヨギリ、ヨギリ……あっ……」
「大丈夫、もう怖いのはいないよ。大丈夫、大丈夫」

 ヨギリの腕がイチカの体を縛り付け、ゆっくりと地べたへと膝をつく。見つめた先の牛鬼は、死んだ蜘蛛のように足を縮めて動かなくなっていた。
 あれだけ、素肌に土が触れることを嫌っていたのに。今のイチカにはヨギリへの悪態も、抵抗も一切見受けられなかった。
 苔むした地べたに横たえられたイチカは、震える指先でヨギリの血まみれの手に触れた。

「あ、お、……俺、っ」
「いいでしょ、これ。好きなやつ助けた勲章だよ」

 そう言って、ヨギリは笑った。
 イチカは確かに、言いたいことをたくさん用意していたはずなのに。それもヨギリの一言で全部有耶無耶になってしまった。大きな手のひらが、薄い腹をそっと撫でる。取り戻した己の体の半分は、未だヨギリの主導権のままだ。
 ぽこんと膨らんでしまった腹の内側にいるのだろう。そっと指先で触れれば、中の質量がかすかに増した。

「ぅ、ぷっ」
「ああ、苦しくて可哀想。でも大丈夫だよ、だってイチカはあんな状態でも気持ちよくなれたんだから」
「はぁ、は……え、……?」
「安心して、ややつくろうね」

 それはもう、とびきり上等な顔での笑みであった。
 雲の切れ間から月が覗いたのだろう。光に照らされるように見上げた体は、イチカの体よりもおおきく、そして硬かった。銀鼠色の髪の隙間から覗く眼差しは、琥珀色を輝かせている。
 ヨギリの言葉で、ようやっとイチカはこの状況に落ちいった答えを思い出した。

「ひ、いや、嫌だ抜いて……っ」
「なんで? だってやや作らなきゃ怒られちゃうよ」
「嫌だ、お、お前とのややなんか……嫌だあ……っぁあ、んっ」

 ヨギリの腰は小さな尻を持ち上げるように覆い被さる。だらしなく広がった足に、薄い腹の上ではねる濡れそぼった性器。無遠慮に内壁を擦られ逃げ場もないのに、イチカは細い腕二本で抵抗を示した。
 これが、まるで境界線だとでも言うように。

「なんで」
「ひぅ、あ、ああ、ぁあや、やだあ、……ぁう……っ」
「なんでダメなの? なんで俺の愛情を受け入れてくれないのイチカ」
「だ、だっ……へ、ぁっ……お、っ……おぐいゃ……あっ」

 小さな手のひらは猫のように指先を丸め、ヨギリに抵抗を見せる。こんなにも気持ちよさそうなのに。名前を呼ばれて浮かれたばっかりなのに。細い体を組み敷いたまま、律動に合わせてだらしなく揺れる足も、必死で抵抗した時にできたであろうすりむけて赤くなった肘も。
 こうしてヨギリはようやっとイチカを手籠にできたというに。心だけが未だ手に入らない。
 うる、と喉から治安の悪い音が出て、イチカの怯えた目がヨギリへと向けられる。欲しいのは、そういう眼差しじゃない。もっと、ヨギリの首に縋りついて、愛をねだるような眼差しだ。

「なんで、イチカ」

 ヨギリの表情が、かすかに歪む。笑みを浮かべているはずなのに、だんだんと欲深い部分が取り繕えなくなってきた。悔しい、どこまでも、その心だけが遠い。
 大きな手のひらがイチカの頬に触れて、溢れた胃液を指先で拭う。どうせ、嫌われているのなら。ヨギリはイチカの傷として一生残ればそれでいい。
 
「よぎ、……ん、んふ、っ……」

 ヨギリはイチカに口付けた。それも、胃液味の最低なものである。重ねた唇の柔らかさも、口内の狭さも、薄い舌も。角度を変えるたびに深まる重なりは、胸の上で抵抗をしていたはずのイチカの手のひらを徐々に緩めていく。
 
「ちゅ、ふ……っ……ぁ、よ、よ、んぅ、っ」
「はあ……イチカ……っ……」

 薄い舌が、恐る恐るヨギリに応える。それだけで舞い上がってしまうほど単純な男の自覚はあった。ヨギリの腰から伸びた尾が、ゆるゆると揺れる。互いの口内を舐るように口付けは徐々に余裕のないものになっていき、唇の隙間からはイチカの嬌声が時折漏れた。
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