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名無しの龍は愛されたい番外編(これ以後は拙作ごった煮集です~)

ミハエル(結婚編)ダラス×ルキーノ

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「ルキーノ、大丈夫か?」
「ちょっと、妊娠したときのこと、…思い出してました…。」

城の中の部屋に戻って、二人で夕食を取ったあとだった。
皿を洗っていたダラスの後ろで、ルキーノが母音を落としたかと思うと、ガタンと大きな音がしたのだ。
呆然とした顔で床を濡らしているルキーノをみて、ダラスはぎょっとしたが、それが破水であるということはすぐに理解できた。先人からの教えのおかげである。

「辛いな…。ほら、楽にしていろ。」
「っ、…なんか…なれ、てません…?」
「慣れてるものか、ただ落ち着かないといけないと言うのは教えてもらっている。」

ソファーに横になれればいいのだが、腹を抱えてうずくまったルキーノは動けないようだった。
ダラスは臨月を迎えるルキーノを前に、再びエルマーたちのもとへ行っていた。そこで言われた通りにお湯やらタオルやらを用意して、ルキーノが楽になるように引っ張り出してきたクッションで背もたれを作る。

ルキーノの腹の陣が、淡く光っている。与え続けていた魔力を使って、体が生みやすいように変化していっている証拠だった。
陣痛はかわらない、しかし、安産になるようにかけた術のおかげか、ルキーノの体は痛みの割にはリラックスしており、ゆっくりと呼吸を繰り返して体をなれさせようとしていた。

「い、医術…局とし、て…っ、き、貴重な…っ、」
「お前が勉強熱心なのはわかるが、今は余計なことを考えないでくれないか。」
「っ、い、いたい…っ…ぅあ、あ、で、でそ…」
「うん、力を抜け。俺を誰だと思っている。きちんと取り上げてやるさ。」
「っは、い…っ…」

腹の中側が先程からきゅうきゅうと収縮し、もう裂けるのではないかと言う程の痛みがずっと続いている。
みしみしと開いていく骨盤に、足を開いたままのルキーノはなすすべなく悶絶を繰り返す。
痛む腰を撫でながら、ダラスは落ち着こうとしているのか、時折細く呼吸を繰り返している。

「ーーーーっぁ、い゛!!」
「ルキーノ!」

がくんと体を大きく跳ねさせると、まるで後ずさりするように足が床に突っ張った。慌ててダラスは肩を支えるが、余程痛いのか拳を強く叩きつけるかのようにして床に振り下ろす。
まるでガベルで叩いたような音がして、ルキーノが必死で平静を保つかわりに力を込めたのか、爪を立てて握りしめたクッションからブツッと鈍い音がして綿が零れた。

「は、やく…!!!でてき…てえっ…!!っ、ぅあ、あっ!!」
「うをっ、」

こめかみに血管を浮かび上がらせ、ダラスが今まで聞いたことないくらいのドスの効いた声を張り上げたかと思うと、力を込めたルキーノの腕がダラスを振り払った。
ただでさえ腹が痛くて早く終わらせたいのに、ダラスが囁くように、いいぞその調子だなどと上から目線で応援してくるのがなんだか腹が立ってきたらしい。
その調子だってなんだ。ちがう、その調子で出てこないと苦痛は終わらないのだ、ならば応援するなら頑張れが通りだろう、捻りをきかせてくるんじゃない。ルキーノのそんな口にできなかった思いは見事な肘打ちに変わり、ダラスがどしゃりと転がった瞬間、ずるりと何かが出てきたのだ。

「ーーーーーーーっ、」

まるで子猫のような泣き声が聞こえてきた瞬間、ルキーノはまるでフルスロットルで国内を駆け抜けたのではないかと思うほどの疲労に身を投げ出したいくらいだったのだが、医術局としてのプライドと、そして今世ではその身がまだ若いということもあり、肩を揺らして呼吸をしながら呆けているダラスを見た。

「はぁ、っ…ち、ちゆ…っ…し、して…」
「あ、ああ、勿論だ。」
「っ、ちゅーじゃなくて、治癒です!!!!…っ早く!!」
「あっはい」

なにをとち狂ったのか、ルキーノに口付けを送ろうとしたダラスの顔を押さえて止めると、漸く意味がわかったらしい、慌てて治癒術を施した。

そこからはもう、怒涛であった。

ルキーノは治癒術をかけた途端、ダラスに向かって鋭い指示出しをして準備していたタオルやらお湯やらをつかって産まれた息子を清拭すると、手早くルキーノがへその緒を切り柔らかなタオルにくるみ抱き上げた。ダラスはルキーノに言われた通りわたわたと片付けなどをしている間、医術局という職業病だろうか、疲労した体を酷使しながら産後すぐにおこなう処置を手早く済ませると、指示されたことを済ましたダラスがバタバタと大慌てで戻ってきた。

「る…ルキーノ!」
「オムツつけて、2時間おきに授乳をするので…い、いまは…寝かせ、て…」
「ルキーノ!おい、ルキーノ!?」

ダラスはよろよろとしたルキーノから息子を預かると、疲労困憊の体を投げ出してしまった。ダラスとしては大層パニックになったのだが、ルキーノからしてみたら糞の役にも立たなかったダラスに求めることは、今はただ言われたとおりにしてくれということだけであった。

ふにゅふにゅと泣く我が子を抱きしめてやりたいが、もう指一本動かせない。ルキーノが泥の中に潜るような深い眠りにとらわれているあいだ、ダラスはダラスで下手くそに子供をあやしながらせわしなくやっていたのだが、結局有識者に協力を仰がねばこれはまずいと思ったらしい。

まさかルキーノが次に目を覚ました時に居たのがエルマーとナナシたち家族で、旦那であるダラスが死にそうな顔をしてルキーノのベッドに突っ伏しているのを見たときの自分第の一声が、お前いい加減にしろよだとは思わなかった。



「かわいいこ、よしよし。ルキーノ、おはよう?」
「…誠に、誠にご迷惑をおかけして…」
「いやあ、流石に笑えた。ダラスからお前が死んじまうとか聞いて慌てたけど、死にそうなのダラスの方なんだもんよ。」
「ほ、本当に…なんといったらいいか…」

顔から火が出るとはこの事だろう。ルキーノはナナシから生まれたばかりの息子を受け取ると、教えられるままに授乳をすませる。
こうして長い間腹の中に大切に育ててきた息子を見ると、ルキーノは絶対にダラスのように歪んだ人間にしないようにせねばという使命感を抱く。

「ちいさい、あなた本当に僕の中にいたんですねえ…」

んくんくと頬を動かす息子を見ていると、なるほどこれが母性なのだろうとおもった。
湧き上がってきた愛しさは、筆舌に尽くし難い。等の旦那であるダラスの姿が見えなくて、ルキーノがきょろりと探す素振りをみせると、エルマーが床を指さした。

「お前に叱られたショックがでかかったんだろ。」
「うっっっわ」

ダラスは床に突っ伏して自己嫌悪に浸っていた。ベッドの下で、マットレスを支える土台の部分に上半身を突っ込みながらぶつぶつと何かを言っている。
耳を澄ませると、どうやら思ったとおりに動けなかったことを悔やんでいたり、こんなはずではなかった、もっとルキーノが安心して埋める環境を作っているはずだっただの、そんな内容である。
エルマーの愛息子のウィルが、変なものを見る目でダラスを見ている。

「どちたのぅ?」
「どうしたんだろうなぁ。床の埃でも掃除してんのかもなぁ。」
「ダラス、きたない。はやくおふろいってきて!」

そんなホコリまみれで赤ちゃんと挨拶する気かとプンプンするナナシによって引きずり出されると、ダラスはしょぼしょぼしながらシャワーを浴びるために部屋から出ていく。

ルキーノはため息一つ、息子を抱きかかえてげっぷをさせると、そっと差し出された器を見ると首を傾げた。

「おつかれ、飯作っといたからよ。まあとりあえずこれでも食って力つけろ。な?」
「赤ちゃん、ナナシみてるね。ルキーノはゆっくりごはんですよう」

くつくつとじっくり煮込まれたポトフを受け取ると、ナナシはそっとルキーノの頭を撫でた。

「ダラス、赤ちゃんの名前たくさんかんがえてた。おちこむのおわったら、きっとたくさん喜ぶと思うよう?」
「兄が、名前を?」
「足の踏み場もねえくらいさ。アイツの部屋紙散らばっててよ、まあ男と女で悩んでたらしいなあ。」
「そうですか…」

ルキーノは、まさかダラスがそんなことをしているとは思わず、なんだかむず痒い気持ちになった。息子のちいさな体を抱きいていると、ナナシが教えてくれた。

「えるも、たいへんだった。たぶんナナシよりもうるさかったし、ダメダメだったよう?」
「そうなんですか?」
「サディンのときは床に転がって、ウィルのときは緊張しすぎておなかこわしてた。全然だめ、」
「おま、ばらすなよ…」

あのドンと構えているエルマーでさえ大いに取り乱したというらしい。ナナシは、だからダラスも仕方ないというと、ルキーノの頭をよしよしと撫でる。

「ルキーノと、赤ちゃんがぱぱにするんだよう。がんばって」
「手綱握ってやんな。ナナシも子供産んでからすげえしっかりしたしな。俺のが頭上がんねえし。」

そういうものだから。そういって笑っている二人をみると、なんだかなんとかなる気がしてくるから不思議だ。
廊下が少しだけ騒がしくなって、サディンが扉に向かおうとするウィルを抱き上げて制する。なにか転んだような音がしてから数秒後、額を赤くしたダラスがけたたましい音を立てて扉を開いた。

「ミハエルだ!!」
「うわっ、もう少し静かに入ってきなさい!」
「すまん、」

やかましい音に愚図る息子に申し訳無さそうにすると、少しだけ草臥れた紙を片手にそろそろとベッドに近づいた。
その紙の一箇所には星がついており、どうやらダラスが考えたらしい息子の名前のようである。

「ミハエルにしよう、きっと俺に似る。」
「僕に似てほしいですが、いい名前ですね。」

ホクホクとした顔でほのかに声色に抑揚がある。ダラスは珍しく興奮しているらしく、不穏なことを言いながらふにりとミハエルの頬をつく。
エルマーもナナシも、たしかにルキーノに似た方が世の中的に安心だろうと思ったが、まあ既に手綱は握っているルキーノなら大丈夫だろう。

産まれたての赤ちゃんが珍しいのだろう、サディンもウィルも頬を染めながら覗き込んでくる。

「ダラスすげえな、父親かあ。」
「当たり前だ、俺にできぬことはない。」
「るきーののが、えらいよう?」
「ウッ」

ウィルはベッドからちょこんと顔を出しながらふにゅふにゅと笑う。あかちゃん、かぁいいねえなどと言っている。
ルキーノはそのさらさらの髪を撫でてやると、ミハエルと仲良くしてねと母親の顔で言う。

「うちのマシュマロちゃんがくそ天使。」
「ウィル、おててきれいにしなきゃ赤ちゃんとご挨拶できないよう?」
「あらう!」
「俺も。」

ナナシに言われて慌ただしくサディンとウィルが洗面所に向かう。勝手知ったる様子はさすがエルマーの子である。
ルキーノは賑やかだなあと思いながら、ミハエルの頬をくすぐった。

「ルキーノ、」
「はい?」
「あとで、抱き方を教えてくれ。」

頬を染めながらぽそりとらしくないことを囁いたダラスに、エルマーが笑いをこらえたが、べしりとナナシに叩かれて注意されていた。

「ええ、勿論。でも貴方の下手くそな抱き方を笑いたいので、是非抱いてあげてください。」
「え、ちょっ、ま、まて、うお…」

ダラスはわたわたしながらミハエルを抱くと、へっぴり腰のまま目を輝かせた。ふにゃふにゃの赤ちゃんの温もりはダラスには初めてで、どうしていいかわからない。だけど、それは確かに命の重さだった。

「…いま笑いました?」
「笑ってない。」
「うそだ!口元緩んでました!うわ珍しい!」
「笑ってない!!」

皮肉でもなく嘲笑でもない。ダラスの素直な心からの笑顔は、ミハエルにしか見えなかった。

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