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名無しの龍は愛されたい番外編(これ以後は拙作ごった煮集です~)
親の威厳とナナシの手料理の話(結婚編)エルマー×ナナシ
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ギンイロの朝は早い。今日も今日とて朝日が登るとともに目を冷ますと、ぐいんと伸びをした。後ろ足で毛並みを整え、くありと大きなあくびをする。
いつもどおりスーッと壁抜けをすると、ギンイロの次に早起きなサディンのベビーベッドから顔を出す。
「ぁぅ、」
「サディン、オハヨ。」
ぱたぱたと尾を振ると、ふんふんとおむつに鼻先を押し付ける。ふむ、やはり今日も頗る健康的で何よりである。
くちゃっとした顔でサディンから離れると、ぶしっぶしっとくしゃみを数発。これは泣く前にナナシにおむつを変えてもらわねばなるまい。
ギンイロはエルマーに抱き込まれてすやすやと寝ているナナシの顔をぺしょぺしょと舐めると、ううん、といいながら目を覚ます。
「ふぁ、おはよ…」
「ナナシ、サディンノオムツ!」
「はゎ…ありがと…」
むくりと起きたナナシは、昨日はお楽しみだったらしい。白い肌に赤い痕をちらした素肌を隠すようにしてエルマーのシャツを羽織ると、ギンイロと一緒に目を覚ましていたサディンのそばにいく。
「おはよう、ちーでたの、えらいねえ。」
サディンはナナシがくると嬉しそうにふにゅふにゅと笑う。エルマーはお前にそっくりだなと言って、それを見て愛しそうに微笑むのだ。
手早くおむつを変えると、そっとサディンを抱き上げた。
首も座り、顔立ちもはっきりしてきた。眠そうな二重はエルマーに似ている。ツンと立った小鼻と薄桃色の唇はナナシで、サディンは親指を物欲しげに咥えながらナナシを見る。
ちゅむちゅむと口を動かす様子を見ると、授乳をご所望らしい。
ナナシは寝ているエルマーの横に腰掛けると、胸元をはだけさせてサディンの唇をそこに寄せる。
ギンイロは、ナナシの膝の上に顎を乗せてそれを見るのがすきだ。
「かぁいい…サディン、ゆっくしね」
サディンの髪を撫でてやりながら、んくんくと口を動かす愛息子を見つめる。どうやらエルマーも目を覚ましたらしく、少しだけベッドがきしんだかと思うと、男らしい腕がナナシの腰にまわった。
「ん、どっち…」
「みぎ」
「左だと、俺と間接キスだもんなあ…」
「うー‥、」
じわりと耳を赤らめたナナシが、昨日散々エルマーにいたぶられたことを思い出したのか、べしりと尾で頭を叩く。
くつくつと笑いながら、腰に回る腕に力が入ったかと思うと、そっと尾のつけ根に口付けられた。
「ひぅ、」
「おはよ」
「おはよう…」
衣擦れの音がし、エルマーが起き上がる。寝ぼけた顔でナナシの肩口から顔を出すと、その肩に顎を載せてサディンを見つめた。
ふくふくとした頬がふにふにと動いているのが可愛い。エルマーは長い睫毛で胸元をくすぐられるナナシの頬に口づけると、ようやく人心地ついたらしい。
ナナシが授乳の終えたサディンを抱いて背中を優しく叩いてやる。エルマーがやると、サディンが5割の確率でげぽりと吐き戻すので、これもまたナナシの仕事である。
力が強いわけではないのだが、なんでだろう。エルマーは毎回ドキドキしながらそれを見つめ、何事もなく終えるナナシを見ては尊敬の眼差しを向けるのだ。
「える、きょうはナナシがごはんつくるねえ」
「え」
「きのうね、アリシアにおしえてもらた、たるたゆ?かんたんのやつする。ぱんにはさむんだって」
「たるたゆ…あ、タルタルか?」
「えいよう、いっぱいとるやつつくる!まかせろ」
ふんすとやる気満々のナナシからサディンを受け取ると、エルマーはぎこちなく頷いた。
ギンイロは、ぱたりと尾を振ると、オサンポシテクルなどといって部屋から出ていった。どうやら1抜けしたらしい。
「俺も手伝おうか?二人でやったほうが速えだろ。」
「える、サディンのことみてて!ナナシだっておりょうりできる、なぜならおくさんだから」
「なぜなら…」
相変わらず不思議な言い回しをするナナシが、エルマーとサディンの頬にご機嫌に口付けをすると、ぶんぶんと尾を振り回しながらキッチンに向かう。
素肌にエルマーのシャツを引っ掛けただけのナナシの艶めかしい足と、尾で捲り上がった裾を見る。
今日もナナシは半ケツかあと微笑ましく尻だけ剥き出しの嫁を見送ると、エルマーは抱いたサディンに向き直る。
「胃が強くねえといけねえ。おまえはなんでも好き嫌いなく食える男になりそうだあ。」
「あぅ」
エルマーが若干諦観混じりに見つめると、なんのことやらと見つめ返された。可愛い。
結婚して、一緒に暮らすようになってからのことだが、ナナシはアリシアに料理を教わっているらしい。それについては大変にありがたいのだが、初日はいい。アリシア監修の飯が食える。しかし、アリシアはアレンジを教えてしまったのが運の尽きであった。
栄養バランスは間違いなく最高なのだが、8割の確率でとんでもないものが出される。ちなみに一昨日はサジからもらったシンディの無精種子と鱒、芋と人参をワイルドにみつ切りにしたものを塩とヨーグルトだけで味付けをしたポトフであった。
鱒の内臓は旅路の時から取って焼いていたのだが、ナナシは生の鱒を見て食べれるところがたくさん!と目を輝かせてそのままぶつ切りにしてぶち込んだ。
臭み取りにヨーグルトを使うというのは覚えていたのか、これをいれるっていってた!と自信満々に鍋にぶっこんだのを見て、エルマーは胃に強化魔法をかけたのは記憶に新しい。
隠し味でもなんでもない、シチューのような見た目に茹で上がった魚が浮かんでいるのと、そのものすごい臭いにエルマーが顔を青ざめさせると、ナナシはにこにこしながら、がんばた。とかいうのだ。食らうしかあるまい。
まあ、本人の感想もネズミよりうまいだったので、お察しであるが。
「ナナシ、タルタルの材料はわか、」
「えるあっちあってて!いまいそがしい!」
「生卵かああーーおしいなあ、ゆでんだよなあーー」
「おしい、つぎはそうするね!」
「つぎかぁ。」
ほっぺにマヨネーズをくっつけたナナシが、ぐいぐい背中を押してサディンとエルマーを椅子に座らせる。恐ろしい、まな板の上に謎の干からびたものが乗っている。あれはもしかしないでも冬虫夏草か。滋養は抜群だ。どこからそんなすごいものを持ってきた。
「セフィーがくれた。おいわいだって、せんじるといいっていってたよう。」
「煎じる、そうだな、煎じるならいいんじゃ、それを千切りにしちゃうのかぁ…」
「あい、」
きざむと全部食べやすくなるよう。そんなことを言っているが、可食部の草の部分から繋がる虫のところは避けてくれよと祈ったエルマーの願は届かず、きりづらい、むむ…と不穏なことを言い出したナナシにエルマーは冷や汗がとまらない。ぶちゅっとした音は、絶対にしてはならない音だと思う。
「ナナシ、せめて火を」
「いる!」
「炒るのえらいなあ、うんうん、それはゆでるだあ…」
火を使うのは全部茹でるか焼くか。フライパンでエルマーが野菜を炒めるのを眺めて、翌日に野菜を消し炭にしていた。
それをお湯でといてコーヒーとか言って朝からエルマーは飲ませられたが。
ご機嫌でキッチンに立つナナシの白いお尻を眺めながら、長い髪をサディンの玩具にされている。
エルマーはもう何も言うまい、ナナシが作ってくれたものをエルマーは食べるだけなのだと今日も変わらずに胃を強化する。
「ぅえっ」
「どうした?」
「にがい、あれぇ?」
茹で汁が紫だ。ナナシは網で掬った具材をボウルに入れると、ふしぎ…といいながらマヨネーズを入れた。
甘味が足りないのかもしれない、そう思ったのか、ジャムを取り出したのを見て、あれでどうにか食べやすくなるなら存分に入れてくれと見当違いなことを思った。
「ふあー、できた、いろちがうけど、アレンジ?」
「おお、う…」
白いパンに挟まった薄紫色のペースト。たしかにこんな料理は見たことがある、しかしこれがタルタルとは誰も思わないだろう。まじっているニョッキのようなものは冬虫夏草のあの部分だろうか。まさか旅路で食らった黒蜥蜴よりも凄いものを食わせてもらえるとは思わなかった。
「若干、動いてる…水吸って蘇ったのか…?」
「いきがいい、しんせん!」
「逃げねえようにパンでおさえんの新鮮だなあ…」
はぐりと躊躇なく食らいつくナナシをみて、エルマーがびくりとした。こぼれたソースが逃げるようにしてテーブルの端に向かうのを見て、エルマーは若干怖気づいた。
「ナナシ…」
「んむ…うん、うん…」
ぺたりと口をおさえながら、もむもむと口を動かす。何を食べているのかわからなくなるほどに歯ごたえがすごい。追ってくるエグみを包み込むようなマイルドなマヨネーズと、それを覆すようにおそってくる強烈な酸味と噛み切れない何かに、ナナシの整った顔の眉間には深いシワが刻まれた。
エルマーも、これは未来の栄養食だと腹をくくってバクリと大口で食らいついた。ピィ、という聞こえてはいけない謎の鳴き声がパンからしたが、むりやり咀嚼して慌てて飲み込む。そうしないと口から何かが逃げようとしたからだ。
もう、とんでもない。いままで食らった中でも一番かもしれない。
口端に溢れた粘着質な汁をごしりと拭うと、残りを食べようとしてパンを見た。何かと目があった気がした。
「うわあ…すげえや、新鮮…」
「ねずみのがおいし」
「すげえ大味だけど、滋養…うっぷ、うん、…」
これ以上言葉を発したら吐くかもしれんと口を抑えて大人しくなると、ナナシはつぎにきたい、などとのたまって残りを食べる。すげえ、全く動じねえなあと感心すると、エルマーも舌に感覚麻痺を施してからすべて平らげた。ものすごく美味しくはないが、残して悲しませるよりもいい。ある意味踊り食いを自宅でできるとはなんとも貴重な体験で合った。
テーブルの端まで逃げていったソースは、無事に飛び立った。エルマーは二度見したが。
「この栄養の宝箱見てえなもんくってっからサディンがうまい母乳飲めてんだなあ。サディン、心して飲めよ?」
「ぅ、」
頬を突くエルマーの指を握りながら、ゆるゆると揺らす。ナナシが料理を作ってくれた後、皿を洗うのはエルマーの仕事だ。
サディンを受け取ったナナシが頬をくすぐりながらふにゅふにゅと笑う。
ナナシの髪を握りながら、手足をパタパタと動かす。
エルマーはわしわしとナナシの頭を撫でると、腕まくりをしてキッチンに立つ。
清潔魔法をかけてあるので、逃げ遅れた具材だけ掴んで締めて、捨てるだけで終わる簡単なお仕事だ。ざっと掃除をすませると、ナナシは調子っぱずれな歌でサディンをあやしている最中であった。
「えるぅ、」
「あん?」
「ナナシおしりだしたままだた、おしえてくれないのいじわるですね」
「嫁の生尻拝めるなら拝みたいだろう。ちんこみえてねえからへるもんじゃねえだろ?」
「へるます、ナナシのなにか!」
顔を赤らめながらむすくれ拗ねる。相変わらず語彙が少なくてきょうも可愛い。減ると言っても、サディンから指摘されたわけでもない、親としての威厳的もまだ守られている。
ナナシの腰を引き寄せて下肢を押し付ける。びくりと肩を揺らしたナナシの耳をはぐりと甘噛みすると、その肉付きのよくなった尻をもんだ。
「タルタルサンドで元気になっちまった。俺のもうひとりの息子もあやしてくれるか?」
「えるやだ!ちんちんかあいくない、サディンのちんちんのがかわいいもん!」
「そりゃあ息子より慎ましくねえもの。」
「うー!ナナシのともちがう、おとなちんちん…はわ、あわわ…」
エルマーの押し付けられたそこから逃げると、むすっとしたまま向き直る。せっかくサディンといちゃいちゃしていたのに、なんでえるはいじわるするのと振り向いて、下肢をみて顔を赤らめた。
成程たしかにエルマーのそこは見事にお育ちになっていた。散々昨日も泣かされたのに、また元気になっている。そこをまじまじとみてしまい、言葉が、尻すぼみになるナナシに、押せば行けるかと思った。しかし、
「どわっ!」
「あ、たるたる!」
先程華麗にテーブルの端から飛び立ったソースがべちゃりとエルマーの顔に張り付くと、間抜けな声を上げてずっこけた。
壁抜けしてきたギンイロが、エルマーの顔についたソースをふんふんと嗅ぎ回る。
エルマーが頭を抑えながら起きあがろうとすると、頬についたソースごとばくりとギンイロに頭ごと口に入れられた。
「生臭え!!」
「あわわ…」
「ンー、ソースヘンナアジスルー」
もむもむと口に入れたエルマーの顔をベチャベチャにするのをみて、サディンが楽しそうに笑う。
きゃっきゃと燥ぐ息子に、ナナシも思わず微笑んだ。
「サディンのぱぱ、きょうもたのし。」
「くそっ、頭抜けね、おい!!口開けろギンイロ!」
「ヤラ」
「ヤダじゃねえええええ!!」
ギンイロが目を離した隙に、またこの男はナナシにやらしいことをしようとしたのだ。サディンも見ているので、ギンイロだってお兄ちゃんらしいことしたい。
親の威厳うんぬんのことを思っていたエルマーの方が、今は間違いなく威厳などなかった。
いつもどおりスーッと壁抜けをすると、ギンイロの次に早起きなサディンのベビーベッドから顔を出す。
「ぁぅ、」
「サディン、オハヨ。」
ぱたぱたと尾を振ると、ふんふんとおむつに鼻先を押し付ける。ふむ、やはり今日も頗る健康的で何よりである。
くちゃっとした顔でサディンから離れると、ぶしっぶしっとくしゃみを数発。これは泣く前にナナシにおむつを変えてもらわねばなるまい。
ギンイロはエルマーに抱き込まれてすやすやと寝ているナナシの顔をぺしょぺしょと舐めると、ううん、といいながら目を覚ます。
「ふぁ、おはよ…」
「ナナシ、サディンノオムツ!」
「はゎ…ありがと…」
むくりと起きたナナシは、昨日はお楽しみだったらしい。白い肌に赤い痕をちらした素肌を隠すようにしてエルマーのシャツを羽織ると、ギンイロと一緒に目を覚ましていたサディンのそばにいく。
「おはよう、ちーでたの、えらいねえ。」
サディンはナナシがくると嬉しそうにふにゅふにゅと笑う。エルマーはお前にそっくりだなと言って、それを見て愛しそうに微笑むのだ。
手早くおむつを変えると、そっとサディンを抱き上げた。
首も座り、顔立ちもはっきりしてきた。眠そうな二重はエルマーに似ている。ツンと立った小鼻と薄桃色の唇はナナシで、サディンは親指を物欲しげに咥えながらナナシを見る。
ちゅむちゅむと口を動かす様子を見ると、授乳をご所望らしい。
ナナシは寝ているエルマーの横に腰掛けると、胸元をはだけさせてサディンの唇をそこに寄せる。
ギンイロは、ナナシの膝の上に顎を乗せてそれを見るのがすきだ。
「かぁいい…サディン、ゆっくしね」
サディンの髪を撫でてやりながら、んくんくと口を動かす愛息子を見つめる。どうやらエルマーも目を覚ましたらしく、少しだけベッドがきしんだかと思うと、男らしい腕がナナシの腰にまわった。
「ん、どっち…」
「みぎ」
「左だと、俺と間接キスだもんなあ…」
「うー‥、」
じわりと耳を赤らめたナナシが、昨日散々エルマーにいたぶられたことを思い出したのか、べしりと尾で頭を叩く。
くつくつと笑いながら、腰に回る腕に力が入ったかと思うと、そっと尾のつけ根に口付けられた。
「ひぅ、」
「おはよ」
「おはよう…」
衣擦れの音がし、エルマーが起き上がる。寝ぼけた顔でナナシの肩口から顔を出すと、その肩に顎を載せてサディンを見つめた。
ふくふくとした頬がふにふにと動いているのが可愛い。エルマーは長い睫毛で胸元をくすぐられるナナシの頬に口づけると、ようやく人心地ついたらしい。
ナナシが授乳の終えたサディンを抱いて背中を優しく叩いてやる。エルマーがやると、サディンが5割の確率でげぽりと吐き戻すので、これもまたナナシの仕事である。
力が強いわけではないのだが、なんでだろう。エルマーは毎回ドキドキしながらそれを見つめ、何事もなく終えるナナシを見ては尊敬の眼差しを向けるのだ。
「える、きょうはナナシがごはんつくるねえ」
「え」
「きのうね、アリシアにおしえてもらた、たるたゆ?かんたんのやつする。ぱんにはさむんだって」
「たるたゆ…あ、タルタルか?」
「えいよう、いっぱいとるやつつくる!まかせろ」
ふんすとやる気満々のナナシからサディンを受け取ると、エルマーはぎこちなく頷いた。
ギンイロは、ぱたりと尾を振ると、オサンポシテクルなどといって部屋から出ていった。どうやら1抜けしたらしい。
「俺も手伝おうか?二人でやったほうが速えだろ。」
「える、サディンのことみてて!ナナシだっておりょうりできる、なぜならおくさんだから」
「なぜなら…」
相変わらず不思議な言い回しをするナナシが、エルマーとサディンの頬にご機嫌に口付けをすると、ぶんぶんと尾を振り回しながらキッチンに向かう。
素肌にエルマーのシャツを引っ掛けただけのナナシの艶めかしい足と、尾で捲り上がった裾を見る。
今日もナナシは半ケツかあと微笑ましく尻だけ剥き出しの嫁を見送ると、エルマーは抱いたサディンに向き直る。
「胃が強くねえといけねえ。おまえはなんでも好き嫌いなく食える男になりそうだあ。」
「あぅ」
エルマーが若干諦観混じりに見つめると、なんのことやらと見つめ返された。可愛い。
結婚して、一緒に暮らすようになってからのことだが、ナナシはアリシアに料理を教わっているらしい。それについては大変にありがたいのだが、初日はいい。アリシア監修の飯が食える。しかし、アリシアはアレンジを教えてしまったのが運の尽きであった。
栄養バランスは間違いなく最高なのだが、8割の確率でとんでもないものが出される。ちなみに一昨日はサジからもらったシンディの無精種子と鱒、芋と人参をワイルドにみつ切りにしたものを塩とヨーグルトだけで味付けをしたポトフであった。
鱒の内臓は旅路の時から取って焼いていたのだが、ナナシは生の鱒を見て食べれるところがたくさん!と目を輝かせてそのままぶつ切りにしてぶち込んだ。
臭み取りにヨーグルトを使うというのは覚えていたのか、これをいれるっていってた!と自信満々に鍋にぶっこんだのを見て、エルマーは胃に強化魔法をかけたのは記憶に新しい。
隠し味でもなんでもない、シチューのような見た目に茹で上がった魚が浮かんでいるのと、そのものすごい臭いにエルマーが顔を青ざめさせると、ナナシはにこにこしながら、がんばた。とかいうのだ。食らうしかあるまい。
まあ、本人の感想もネズミよりうまいだったので、お察しであるが。
「ナナシ、タルタルの材料はわか、」
「えるあっちあってて!いまいそがしい!」
「生卵かああーーおしいなあ、ゆでんだよなあーー」
「おしい、つぎはそうするね!」
「つぎかぁ。」
ほっぺにマヨネーズをくっつけたナナシが、ぐいぐい背中を押してサディンとエルマーを椅子に座らせる。恐ろしい、まな板の上に謎の干からびたものが乗っている。あれはもしかしないでも冬虫夏草か。滋養は抜群だ。どこからそんなすごいものを持ってきた。
「セフィーがくれた。おいわいだって、せんじるといいっていってたよう。」
「煎じる、そうだな、煎じるならいいんじゃ、それを千切りにしちゃうのかぁ…」
「あい、」
きざむと全部食べやすくなるよう。そんなことを言っているが、可食部の草の部分から繋がる虫のところは避けてくれよと祈ったエルマーの願は届かず、きりづらい、むむ…と不穏なことを言い出したナナシにエルマーは冷や汗がとまらない。ぶちゅっとした音は、絶対にしてはならない音だと思う。
「ナナシ、せめて火を」
「いる!」
「炒るのえらいなあ、うんうん、それはゆでるだあ…」
火を使うのは全部茹でるか焼くか。フライパンでエルマーが野菜を炒めるのを眺めて、翌日に野菜を消し炭にしていた。
それをお湯でといてコーヒーとか言って朝からエルマーは飲ませられたが。
ご機嫌でキッチンに立つナナシの白いお尻を眺めながら、長い髪をサディンの玩具にされている。
エルマーはもう何も言うまい、ナナシが作ってくれたものをエルマーは食べるだけなのだと今日も変わらずに胃を強化する。
「ぅえっ」
「どうした?」
「にがい、あれぇ?」
茹で汁が紫だ。ナナシは網で掬った具材をボウルに入れると、ふしぎ…といいながらマヨネーズを入れた。
甘味が足りないのかもしれない、そう思ったのか、ジャムを取り出したのを見て、あれでどうにか食べやすくなるなら存分に入れてくれと見当違いなことを思った。
「ふあー、できた、いろちがうけど、アレンジ?」
「おお、う…」
白いパンに挟まった薄紫色のペースト。たしかにこんな料理は見たことがある、しかしこれがタルタルとは誰も思わないだろう。まじっているニョッキのようなものは冬虫夏草のあの部分だろうか。まさか旅路で食らった黒蜥蜴よりも凄いものを食わせてもらえるとは思わなかった。
「若干、動いてる…水吸って蘇ったのか…?」
「いきがいい、しんせん!」
「逃げねえようにパンでおさえんの新鮮だなあ…」
はぐりと躊躇なく食らいつくナナシをみて、エルマーがびくりとした。こぼれたソースが逃げるようにしてテーブルの端に向かうのを見て、エルマーは若干怖気づいた。
「ナナシ…」
「んむ…うん、うん…」
ぺたりと口をおさえながら、もむもむと口を動かす。何を食べているのかわからなくなるほどに歯ごたえがすごい。追ってくるエグみを包み込むようなマイルドなマヨネーズと、それを覆すようにおそってくる強烈な酸味と噛み切れない何かに、ナナシの整った顔の眉間には深いシワが刻まれた。
エルマーも、これは未来の栄養食だと腹をくくってバクリと大口で食らいついた。ピィ、という聞こえてはいけない謎の鳴き声がパンからしたが、むりやり咀嚼して慌てて飲み込む。そうしないと口から何かが逃げようとしたからだ。
もう、とんでもない。いままで食らった中でも一番かもしれない。
口端に溢れた粘着質な汁をごしりと拭うと、残りを食べようとしてパンを見た。何かと目があった気がした。
「うわあ…すげえや、新鮮…」
「ねずみのがおいし」
「すげえ大味だけど、滋養…うっぷ、うん、…」
これ以上言葉を発したら吐くかもしれんと口を抑えて大人しくなると、ナナシはつぎにきたい、などとのたまって残りを食べる。すげえ、全く動じねえなあと感心すると、エルマーも舌に感覚麻痺を施してからすべて平らげた。ものすごく美味しくはないが、残して悲しませるよりもいい。ある意味踊り食いを自宅でできるとはなんとも貴重な体験で合った。
テーブルの端まで逃げていったソースは、無事に飛び立った。エルマーは二度見したが。
「この栄養の宝箱見てえなもんくってっからサディンがうまい母乳飲めてんだなあ。サディン、心して飲めよ?」
「ぅ、」
頬を突くエルマーの指を握りながら、ゆるゆると揺らす。ナナシが料理を作ってくれた後、皿を洗うのはエルマーの仕事だ。
サディンを受け取ったナナシが頬をくすぐりながらふにゅふにゅと笑う。
ナナシの髪を握りながら、手足をパタパタと動かす。
エルマーはわしわしとナナシの頭を撫でると、腕まくりをしてキッチンに立つ。
清潔魔法をかけてあるので、逃げ遅れた具材だけ掴んで締めて、捨てるだけで終わる簡単なお仕事だ。ざっと掃除をすませると、ナナシは調子っぱずれな歌でサディンをあやしている最中であった。
「えるぅ、」
「あん?」
「ナナシおしりだしたままだた、おしえてくれないのいじわるですね」
「嫁の生尻拝めるなら拝みたいだろう。ちんこみえてねえからへるもんじゃねえだろ?」
「へるます、ナナシのなにか!」
顔を赤らめながらむすくれ拗ねる。相変わらず語彙が少なくてきょうも可愛い。減ると言っても、サディンから指摘されたわけでもない、親としての威厳的もまだ守られている。
ナナシの腰を引き寄せて下肢を押し付ける。びくりと肩を揺らしたナナシの耳をはぐりと甘噛みすると、その肉付きのよくなった尻をもんだ。
「タルタルサンドで元気になっちまった。俺のもうひとりの息子もあやしてくれるか?」
「えるやだ!ちんちんかあいくない、サディンのちんちんのがかわいいもん!」
「そりゃあ息子より慎ましくねえもの。」
「うー!ナナシのともちがう、おとなちんちん…はわ、あわわ…」
エルマーの押し付けられたそこから逃げると、むすっとしたまま向き直る。せっかくサディンといちゃいちゃしていたのに、なんでえるはいじわるするのと振り向いて、下肢をみて顔を赤らめた。
成程たしかにエルマーのそこは見事にお育ちになっていた。散々昨日も泣かされたのに、また元気になっている。そこをまじまじとみてしまい、言葉が、尻すぼみになるナナシに、押せば行けるかと思った。しかし、
「どわっ!」
「あ、たるたる!」
先程華麗にテーブルの端から飛び立ったソースがべちゃりとエルマーの顔に張り付くと、間抜けな声を上げてずっこけた。
壁抜けしてきたギンイロが、エルマーの顔についたソースをふんふんと嗅ぎ回る。
エルマーが頭を抑えながら起きあがろうとすると、頬についたソースごとばくりとギンイロに頭ごと口に入れられた。
「生臭え!!」
「あわわ…」
「ンー、ソースヘンナアジスルー」
もむもむと口に入れたエルマーの顔をベチャベチャにするのをみて、サディンが楽しそうに笑う。
きゃっきゃと燥ぐ息子に、ナナシも思わず微笑んだ。
「サディンのぱぱ、きょうもたのし。」
「くそっ、頭抜けね、おい!!口開けろギンイロ!」
「ヤラ」
「ヤダじゃねえええええ!!」
ギンイロが目を離した隙に、またこの男はナナシにやらしいことをしようとしたのだ。サディンも見ているので、ギンイロだってお兄ちゃんらしいことしたい。
親の威厳うんぬんのことを思っていたエルマーの方が、今は間違いなく威厳などなかった。
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※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
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BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!
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