名無しの龍は愛されたい。

だいきち

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ジルガスタント編

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「我が兄弟たちがお相手しよう。」

ジルバはそう言うと、中型のアリの胴体をした獅子の顔を持つ化け物と相対していた。
グルルルと威嚇をするその魔物は、ジルバにとっては幼い赤子と同じだった。こんなものが数匹連なったところで、なんの痛みにもならない。

「哀れなミルメコレオ。俺はお前が嫌いではない。飯を消化できず、土では窒息、いびつな生物であるお前が編み出した術は、周りを巻き込んで窒息させる蟻地獄、だったよな。」

ざらりとその身の回りの地面がさらさらとした砂に変わっていく。ハンデを補うように編み出したそれは非常に強力な術だが、取り込まれなければなんの問題もない。ジルバが指を鳴らすと、とろけるようにしてその身を影に溶かす。ミルメコレオの周りを小型の蜘蛛がぶわりとあふれると、まるで誘い込むようにしてその巨体を持ち上げた。

「自分の術に嵌って死ぬか、それとも俺の子飼いになるか選ぶがいい。」

ぎゅう、と引き絞るような悲鳴を上げながらその身を蜘蛛によって放り投げられる。前足で砂を掻き分け、沈むまいとして吠える獅子の頭をそっと撫でると、ジルバは優しく微笑んだ。

「しかしサンプルとしてはお前の魔石がほしいのだ。やはり気が変わったのでそのまま消えろ。」

心底楽しいといった獰猛な笑みを浮かべて顔を覗き込む。言葉が通じない魔物にも伝わるものがあったのか、目を見開いて砂に飲み込まれていく。ジルバは背後から襲いかかってきたもう一体を影に飲み込ませると、メガネ拭きを取り出して砂にまみれたモノクルを拭う。
ころりと転がった琥珀色の魔石を一粒拾い上げると、ふむとまじまじと見つめてインベントリにしまい込んだ。

「不純物がおおいな。あまり出来のいいものではない。やはり俺も大地に向かえばよかったか。」

退屈そうに言うジルバの影から、ひときわ大きな蜘蛛がかさりとでてくる。腹を満たしたその一匹は雌蜘蛛で、まるで礼を言うかのようにジルバの手をくすぐる。

「ああ、きにするな。身重の姐さんに狩りをさせるわけにはいくまい。ゆっくり休んで、元気な子を産んでくれ。」

カサカサと共に歩んでいく。窓からは巨大な蜘蛛を引き連れた美丈夫を、怯えた様子で見つめる者もいる。
ジルバは冷たい目で視線を向けると、慌てて隠れるものだから腹が立つ。土煙が上がり、桃色の光線が照射されたかと思えば、丸焦げになったオークが壁を突き破って転げ出る。
まったく、派手にやるものだ。
トトっという軽い足取りと共に現れたギンイロが、ナナシを乗せたままガブリとオークに食らいつく。

「めっ!」
「ンエー、オイシクナイ」

オゲッとした顔をするギンイロが、ナナシが降りやすいように体高を低くする。相変わらず下手くそに降りようとするのを見かねたジルバが、そっと抱き上げて地におろしてやると、ナナシが尾を振りながら照れ笑いをした。

「はわ…おなかおっきい!あかちゃんいるのう?こにちは、はじめまして?」
「ああ、姉だ。アラクネなのに人型が下手でな。おい、本当のことだろうが、怒るな。」
「かあいい、ナナシもあかちゃんいるよう、おそろい。」

ぱたぱたと尾を振りながらひざまずくと、蜘蛛と顔の横をよしよしと撫でる。常人なら触れるのも怖がる見た目を、ナナシは全く気にしないのである。
ひょこひょこと体を揺らすアラクネに、キョトンとした顔をすると、ナナシも真似をする。
苦笑いをしたジルバが肩をすくませると。ナナシの頭をわしりとなでた。

「俺と仲良くしてやれだと。余計な世話だ、まったく。」
「ジルバ、ナナシのおともだちだよう。あかちゃんうまれたら、みせてねえ」
「勿論と言っている。そのオーク、食わぬのなら姉の餌にしていいか。」

足で耳裏をかしかしと掻いていたギンイロが、キョロ、と後ろを振り向く。美味しくなかったものはいりませんと言わんばかりに、前足でずいっとそれを寄せた。

「ありがとう、もうすぐ産卵でな、ありがたく頂こう。」

ずろりと影に飲み込まれていくオークを見ながら、ふんふんとギンイロが鼻先を影に突っ込む。キャインと情けなく鳴くと、鼻先を子蜘蛛に囓られたらしい。
ナナシがそっと傷つけないように剥がしてやっていた。
かさりとそのナナシの耳の間に場所を落ち着けると、まるで求愛をするかのように両足を上げた。

「レイガンはどこいった。」
「おそとでね、ニアといるよう。」
「そうか、エルマーがいると思ったんだが、ここにもいないようだ。」
「うん、においしたのになあ…」

しょんもりとした顔で俯く。ころりと転がった子蜘蛛をすかさずジルバがキャッチすると、姉に渡して影から帰ってもらうことにした。

「んと、でも…やなかんじするよう」
「ああ、俺も死臭は感じている。おそらく近くに入るだろう。」

ジルバの目が細まる。足元から蜘蛛の巣のように影を広げていく。サーチをしているのだ。スッ、とその蜘蛛の巣が地面に馴染んで消える。この糸は、死臭を纏うものを察知するように匂いを教え込ませたのだ。
目を閉じ、集中くるジルバの顔を見上げながら、ナナシはふわりと体に纏う魔力を放つ。いつでも結界を纏えるようにするために、角と鱗を出したのだ。
少し伸びた爪を見つめると、危ないなあとにゅんと縮める。より神聖な空気をまとったナナシに、何かが反応したのだろう。ジルバの目がはっと開いた。

「見つけた。西側だ。行くぞ。」
「うん、」

ギンイロがナナシの足の間に頭を入れると、すこんと器用に背に乗せた。あわてて毛並みを掴むと、ジルバの後を追うようにして続いた。






その、少し前のことである。

「おやあ、おやおやあ!」

ジクボルトは城壁から馬車の座席に転移したあと、ダラスを載せたままのんきにジルガスタントに向けてバイコーンを走らせていた。
その視界に、真っ黒な何かにまたがった見慣れた赤毛が一直線に駆け抜けてくるのをその目に収める。

「ダラス様ー!龍眼がこちらに来ますよ!認識阻害を解いても?」
「構わぬ、どうせぶつかるのは目に見えている。子供はいるか。」
「いませんねえ、単騎のようです。」
「二度手間だな…」

ダラスは面倒くさそうな顔で髪を書き上げると、馬車のコーチから顔を出した。なるほど、認識阻害をかけていてもなんとなくはわかるらしい。ジクボルトが指を弾いてその膜を取り払うと、遠くからでもエルマーの殺気が強まったのがわかった。

「私がお相手しても?」
「ああ、ただ生け捕りにする。面倒だからあいつで子供を釣ろう。」
「ダラス様の人でなし、そういうの大好きですよお!」

ジクボルトは楽しげに馬車を止めると、二匹のバイコーンの手綱を切る。魔力を制限していた馬の魔物は、その紫の身に魔力の揺らぎをまとわせると、嘶きながら真っ直ぐにエルマーの元へとかけていく。

「バイコーン2体、は、大盤振る舞いじゃねえか!ガキのオムツ代稼がせてもらうぜえ!!」

ミュクシルから飛び降りると、エルマーはポーチから空魔石を取り出して放り投げる。馬の魔物は奇襲に弱い、その足で魔石を踏みつけた瞬間、エルマーが魔力を流して弾かせた。

パァンという暴発音と共に、散弾銃のように破片を撒き散らしながらバイコーンの体を傷つける。その紫の体に突き刺さった魔石に無属性の魔力を思い切り流し込むと、その身が弾けるようにして肉が弾き飛んだ。

「うわあ!!悪魔ですよあいつ!やり方がもはや悪役!いいですねえ、是非仲間にしたかった!!」
「願い下げなんだよバカ野郎!!てめえのこと見えてねえと思ってんのかジクボルトォ!!」
「おやあ、まるで化け物のような視力。ちと行ってきますわ。」

大きな声で煽るように叫ばれれば、ジクボルトとて男だ。売られた喧嘩は喜んで買わせていただく。
愛騎であるバイコーンはエルマーの手によって生きたまま討伐証明である魔力の源の角を刈り取られた。酷いことをする。
取り出した鎌の先に、突き刺さったバイコーンの顔面を残したまま、エルマーが一気に肉薄する。ジクボルトは爛々と目を輝かせたエルマーの鎌を、片手でパシリと止めると、一気に魔力をながし込む。

「っ、いくらしたと思ってやがる…!!」
「おやあ、君なら払えるでしょう。そうだなあ、ナナシくんの骨の一つでも売り払えばね。」
「てめえ、」

ジクボルトの手によって砕かれたその鎌の柄を放り投げると、エルマーはその首目掛けて掌底をかます。喉仏を押し潰すように力強く首を掴まれたジクボルトが、かはりと笑いながらエルマーを見た。

びきり、と顔に血管が浮かぶ。ジクボルトの体内の血液を毒に変換したのだ。口から吹き出されたそれをエルマーが避けると、慌てて手を離して飛び退る。

「すげえな、やり方教えてくれよジクボルト。」
「んげっ、えへ、えええ?喉仏容赦なく抑えといてよく言うよ。危うく死ぬ所だった。」
「自分の棺桶用意しておいたほうがいいぜ。何なら俺が内装から全部選んでやろうか。」
「ええ、君のセンス宛にできないからなあ。まあ、僕が死んだらの話かなあ。」

エルマーが腰から短剣を引き抜く。ニコリと笑うジクボルトの読めない表情を見つめながら、エルマーはジワリと嫌な汗をかいた。

「それにしても、よく僕が裏切ったと気付いたねえエルマー。そこだけがわからない。」
「なーんでミュクシルの野郎がこっちのメンツしってんだ。転化したナナシの姿まで詳しく説明出来るのは、てめえしかいねえんだよクソネクロフィリア。」
「おやあ、成程。流石にそこまで読めるお馬鹿さんということだねえ。」

ぴきりとエルマーの手のひらが痺れた。小さく舌うちをすると、持っていた短剣でいきなり手首を切り裂いた。

「おや、訂正しようか。君は賢しい。」
「体液が毒になるなんてチートだろこの野郎…」

エルマーが毒の侵食を防いだのだ。ドロリと溢れた血が凝固する。成程毒の成分までいじれるらしい。
インベントリからポーションを出し、活性化させてから手首の傷にぶっかける。ジクボルトが目を輝かせると、拍手をしながら喜んだ。

「すごいすごい!本当に器用だな君は!なるほど、無属性なんてクソだと思っていたけれど、こうしてやりようによっては実に戦闘に向いている。ね!」
「おう、まあ器用貧乏なだけだけどなァ!」
「どわっ、」

エルマーが治癒のために使ったポーションを、思い切りジクボルトにぶん投げた。慌ててそれを避けると、ジクボルトは体制を低くしたまま一気に肉薄した。

「君が死んだら、きちんとモツを抜いて綺麗なままに剥製にしてあげる。そして、隣にはナナシくんとお腹の子もかざってあげるね。」
「お、断りしますう!!」

エルマーの足首をわしづかみ持ち上げたジクボルトに、腹筋を使ってその腕を足で挟んで思い切り回転した。
ゴキリと鈍い音を立てて関節を外すと、その肩目がけて思い切り短剣を突き刺して筋肉を切断した。

「ーーーーーっ!!!」
「よっと、」

蹴り飛ばす様にして身を離す。動かなくなった腕を抑えながら、ジクボルトは肩を揺らしながら深呼吸をする。その呼吸が緩やかになるに連れて、自身の傷口を毒で麻痺をさせているのだろう、徐々に顔色が戻ってくると、まっすぐにエルマーを見つめた。

「おい、流石に今のは腹がたった。この腕は僕の仕事にはかかせないのに!」
「なら左も犯してバランス取ってやろうか。」
「いいよ、その代わり君の余裕を奪うから。」
「あ、…!?」

がくんとエルマーの膝が崩れる。ニコリと笑うジクボルトを見、成程先程の呼吸の呼気に毒を混ぜ込んだのだと理解した。もっと距離を取っておけばよかった。息を切らしていたせいで、思ったよりも多く吸い込んでしまったらしい。
エルマーは魔力を全身に行き渡らせると、それ以上侵食をしないように臓器に膜を作るように調整した。がくりと思考が鈍くなる、そのまま膝をついたエルマーを見つめると、ジクボルトは心底疲れたという具合に大きくため息を吐いた。

「はーああ…素手で巨大クマと格闘したくらい緊張したよ。やはり僕は戦闘向きではないなあ。うわおもっ、見た目よりも重い!」
「う、るせ…」
「きみの筋肉量測ってみたいなあ。あとはその繊細な魔力操作を可能にする脳みそも?あれ別に器官があるんだっけか。」

ジクボルトはわけのわからないことを言いながら馬車の中に投げ入れる。
突然どさりと音を立ててエルマーが降ってきたものだから、ダラスは少し驚いたようだった。
持っていた本を閉じる。魔力の流れが酷く緩やかなエルマーの横にしゃがみ込むと、そっとその頬を撫でた。

「やあエルマー、小憎たらしい小僧。お前のせいで全てめちゃくちゃだ。殺してやりたいくらいだよ。」
「髪おろしてるほうが…似合うぜ偽物…」
「本当に、憎たらしい。」

冷たい目でエルマーを睨みつける。今は殺せない。龍眼がはまり込んだ今、こいつが死ねばガキも死ぬだろう。そうすれば生贄にはできなくなる。

全く、本当に面倒がすぎる。ダラスは小さく舌打ちすると、ジクボルトにジルガスタントに向かうように指示を出した。
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