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カストール編
121 *
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この男は、恋人に対してこんなにも甘いのか。
ユミルは小さな体を抱き込まれながら、そんな事を思った。
抱き潰された翌日。まあ。出立も間もなくということもあるだろうが、レイガンは見た目からは思いも寄らないほどに執着を表してきた。
「若いからな。」
などと真顔で宣う。そんなレイガンが少しだけ可愛くて、ユミルは笑った。
「三つしか違わないけど。なんかおじさん扱いされてるみたいでやだ。」
「何を言う。」
「わ、ばかばかっ、っーー……」
限られた時間を堪能するかのように、レイガンはその長い腕にユミルを閉じ込める。指先に砂糖でも詰まっているのかと思うほど、その手つきは甘やかだ。愛玩動物にでも、なった気分だ。時折ユミルの首筋に鼻先を擦り寄せ、レイガンは深呼吸をしている。
汚れたベッドの上、シーツすらも変えないままだ。まるで、互いの匂い付けをするかのように、セックスの延長のような戯れ合いを重ねる。
「も、やだ……は、恥ずかしいよレイガン」
「恥ずかしくない。」
「せめて、シャワー浴びてベッドシーツかえない?」
「なんの問題もない。」
「汗臭いでしょ?」
「いいやまったく。」
本当に会話にならない。照れているのは、己だけなのか。ユミルはそんな事を思いながら、レイガンの唇を受け止める。
そろそろお腹が空いてきた。腹の音がユミルに主張をすれば、レイガンが目ざとく反応を示す。
家主を置いてベッドから抜け出すなり、ユミルでさえ忘れていたサイドテーブルをベッド横に設置する。
「ベッドから出るな。」
「ええ、嘘でしょ……」
「今日は甘やかしてもらうぞ。ユミルが許したのだから、最後まで付き合え。」
そう言うと、設置したテーブルにリゾットやらスープ、カットされた果物を乗せる。すべてユミルの家にあった食材で作ったものだ。
どうやらレイガンは器用らしい。これらをぱぱっと作り上げてくれたのはいいが、何も身に纏わないで準備したようである。
「わ、」
ユミルが粗相をした場所も、レイガンには気にならないようだ。ベッドへと再びもどるなり、ちいさな体を閉じ込めるように胡座をかく。
カトラリーの擦れ合う音がして、ユミルの口元にチーズの香りがするリゾットを運ばれる。まさかレイガンが給餌をするとは。ユミルはおずおずとレイガンを見上げると、実に平然とした顔であった。
「ああ、熱いのか」
「か、介護じゃないんだから……」
「そうか、ならこうしよう。」
まくりと匙を口に運ぶ。レイガンはぽかんとするユミルの頬に手を添えると、ユミルの唇へと己の唇を重ねた。
熱い舌がユミルの唇を割り開くと、ゆっくりと口移しをされた。味蕾を甘やかすように、舌先で擽られる。小さな手がシーツを握りしめると、ゆっくりとリゾットを飲み込んだ。
「も、……っ!」
「手ずから食わんのなら、全部口移しにするぞ。」
「うわあ……」
甘やかすというのは、レイガン自身がユミルへと甘えるにも繋がるらしいと理解した。
ちぅ、と吸い付くように頬に口付けられ、ひくんと肩を揺らした。甘い、甘いなあ。供給過多すぎる。
ユミルは、そんな事を思いながら、表情にご機嫌を滲ませるレイガンを見る。
時折、口に含ませておきながら奪われることもある。不意に口付けられ、二人して同じ味になるまで口付けをするのだ。
結局口移しだってするんじゃん。そう思いながらも受け入れてしまう。己もなかなかに大概だが。
「ふ……、んん……」
「はあ、」
収まりがいいのだろうか。レイガンはユミルの肩に顔を埋めながら、時折抱きしめる力を強めてくる。
このまま、皮膚接触をしている場所から、ズブズブと溶け合ってしまえばいいのに。
きっと、ユミルがそう思っている事がバレてしまえば、またこの体は抱かれるのだろう。
大きな手のひらが、ユミルの小さな手を握る。指を絡めて、皮膚接触で想いを確かめる。まさかレイガンが、この手に甘やかされてだめになったとはついぞ思わない。
二人して、互いのことを考えて恥ずかしくなっている。いい大人が、心が溶け合うような気持ちに溺れているのだ。
「俺は、こうやって」
「ぅ……」
「俺の手で愛でて、求められる存在を欲していたのかもしれない」
「うぁ、ゃ……」
その声は神経を侵す。レイガンの、こんな声を知ってしまったから。もうユミルは戻れない。
毒のようだ。まるで、たちの悪い蛇毒。こんなに苦しいのに、泣きそうになるほど温かい。
言葉はない。だけど、居場所はここだけ。そう語るように、レイガンは雄弁に手のひらで囁く。
「レイガン、あつい。」
「溶けてしまいたいな。」
「うそでしょ、会話してよ…」
あぐ、と持ち上げた指先を甘噛みする。やらなくてはいけないことがあるとわかっていても、こうして現実逃避できる時間は大切だ。
はぐはぐとユミルの指先を口に入れて遊ぶレイガンに、ユミルは変な癖ついちゃったなあと思った。
男らしい体で、背も高く。彫刻のように美しい男が、ぽやっとした顔でユミルの指で遊ぶのだ。
指の股を舐められるとだめだ。腰がぞわりとしてしまう。
レイガンが飽きるのを待つように大人しくしていれば、齧っている場所が左手の薬指だと理解した。
「そ、そこは」
「なんだ、だめか?」
「……す、すきにして……レイガンが楽しいなら、僕はそれで……」
「ああ、そうだな、……俺は浮かれているのかもしれない。」
男らしい血管の走る腕が、ユミルの薄い腹に回る。レイガンはずるい。言葉一つで人の心を奪うのだ。真剣な顔で、子供じみた手遊びをする。きっとそんな様子は可愛いだろうに、決して見せようとはしないのだ。
「好きだユミル、ふふ。」
「う、うー……や、やだ。キャラ変わってる……」
「しばらく会えないからな。」
「うん、」
背中が熱い。きゅう、と胸が鳴る。触れ合ったところから溶け合ってしまいそう。
ユミルの小さな手のひらが、そっとレイガンの腕にふれる。普段は隠された場所にのこる古傷。その筋をなぞるように、指先で遊ぶ。
「ここ、いたい?」
「痛くない。」
「硬いね、」
「皮膚が、擦れたからな。まあ、もうなれた。」
レイガンのガントレットは、毒針仕込だし、篭手代わりにもなっている。その左腕で衝撃を受け止めるせいで、何度も皮膚が破け、境界を作るようにして色を変えている。
それに比べると、ユミルの腕は生白い。腕を寄り添わせるように重ねると、ユミルはじわりと頬を赤らめた。
「腕の傷もかっこいいなんて、ずる。」
「汚いだろう。」
「ううん、戦う男って感じ。」
レイガンの胸板によりかかり、首筋に額をくっつける。胎児のように丸くなると、くん、と首筋に鼻先を擦り寄せた。
「首も、縫ったみたいな痕があるね。」
「これは、子供の頃に木から落ちた。」
「あっは、まさかの!腕白だったんだね。」
「ふ、ああ、そうだな。」
二人で笑いあう。この時間が続けばいいのに、それもかなわない。
「午後さ、お出かけしようよ。レイガンだって旅支度するでしょ。デートしてよ。」
「でーと。」
「したことあるでしょ。」
「いや、ないな。」
買い出しはでーとには入らないだろう。そんな事を宣うあたり、どうやら本当にないらしい。
意外な一面に、ユミルは目を丸くした。
「レイガン女の子と付き合ったことないの?嘘でしょ。この顔なら誰もほっとかなさそうなのに?」
「好きでもないやつと出かけられると思うのか。」
「……ねえ、まさかそれ本人に言ってないよね?」
「言ったな。」
切り分けられたフルーツを口に運ぶ。そもそも、レイガンはユミルが思っている以上に淡泊だ。
随分と昔に好意を寄せてきた女はいたが、結局抱いて終わりだった。まあ、その先を期待されるのが面倒くさかったというのもあるが。
ヒステリックな女は駄目だ。すぐに殴りかかってくる。一発食らうまでは許してくれないせいか、執念深い。
一人旅の時の記憶を思い出したようだ。レイガンの眉間にしわが寄る。
「一晩限りだという話だった。出かけるまでは約束していないしな。」
「レイガン、もしかして遊び人?」
「それをお前が言うのか。」
「ぐう……」
お互い様だろう。そう言う男が、蜂蜜のような目でユミルを見ている。
「旅先で女抱いたら別れてやる。」
「付き合ってくれるのか。それは良かった。」
「ねえ、僕の話聞いてた?」
「聞いてた聞いてた。」
レイガンの大きな手が指に絡まると、ユミルの視界から天井を覆うようにベッドへと縫い留める。腰の上にまたがるようにレイガンが落ち着けば、大きな手のひらはユミルの白い腹を撫で上げる。
「……なにぃ」
「ん?ふふ。」
「ええ、なんだよまじ」
ぐっと下腹部を圧迫される。紫が淡く光って、ユミルを射抜く。
ああ、この捕食者のような目が好きだ。
「ここを許すな。」
「っ、ん……」
レイガンが深く穿った場所を意識させられる。臍の下、こんな所まで教え込まれてしまった。無骨な指がユミルの形の良い臍を引っ掛けて遊ぶ。つい腰を震わせると、レイガンが体をずらすようにして臍に舌を這わせた。
「っん、なに……どうしたの……」
「開けてもいいか。」
「あけ、る?」
何を開けるのか。節ばった手がユミルの形の良い臍に触れる。指先で挟むように遊ぶレイガンに、ユミルはようやく言いたいことを理解した。
「ピアス?」
「ああ。」
レイガンの腹筋がきれいに付いた腹に、唯一の装飾があった。腹筋に挟まれ、形を変えた横長の臍には紫の石が嵌っている。
セックスの時には気が付かなかったそれに、ユミルがそっと触れる。
「気づかなかったな…」
「激しく抱くつもりだったからな。来るときに外していた。」
「お、まえ…そんなこと言うなよ…」
「照れたか。」
「うっさい。」
太い針が、レイガンのへそを穿っている。
耳にするピアスとは違って、針は通りにくそうだ。ユミルは耳にも空いていないのに、見れば見るほど痛そうだ。
答えを聞くまでもなく、レイガンの瞳はやる気満々だ。それが嫌じゃないあたり、ユミルも大概である。
「いいよ、お揃いのピアスしよ。」
「いいのか?」
「レイガンが言ったんでしょ。」
嬉しそうに、レイガンの口元がもぞりと動く。照れたり嬉しかったりすると、口元に浮かび上がる。きっと指摘したら、それも見られなくなるのだろう。
「ちょっとまて。」
「うわ、急にげんき…」
同意を得たレイガンは、水を得た魚のように素早かった。脱ぎ散らかした服からインベントリを発掘し、目当ての箱を取り出した。
服くらい着ればいいのに。それでも、暫くは互いの裸を目にすることもないのだろう。
レイガンはユミルへと振り向くと、再びベッドの巣へと戻って来る。
「開ける。」
「え、まって心の準備!」
「そんなに痛くない。が、気を散らすか?」
「ち、ちらし…っあ!?」
どうやって、の質問は不要だった。レイガンがユミルの足を抱えあげると、そのまま泥濘んだ蕾へとゆっくりと性器を埋めていく。蹋頓な肉を割り開く快感に、思わず性器を締め付ける。
「っ、レイガン!ばか!うぁ、っ」
「ん。まあ痛みは紛れるだろう。」
気は確かに散るだろう、しかし他にやり方だってあったはずだ。レイガンが腰を押し付ける。持ち上がってしまった腰を、大きな手が支える。
「っあ、ま、まって…ん、んぅ…っ、」
取り出した針へと、なにかを塗布する。ユミルをおいて始まる準備に、緊張と性感がないまぜになって情緒が忙しい。
「なにそれ、っ…」
「痺れて、痛みが紛れる。まあ、治癒もするから気を楽にしろ。」
「ひぅ、あっ…」
きゅぅ、と内壁がレイガンを締め付ける。ひくんと身を震わしたユミルを宥めるかのように口付けると、形の良いへそに針をあてがった。
「い、いちにっさんで、あ、あけて…」
「わかった。」
「ふ、ーーーーーーーっぁ、!!!」
生々しい金属がユミルのへそを擦る。こいつ、いちにいさんで開けろと言ったのに、いちで開けやがった。
ユミルの体はブワリと熱を持つ。想像していたよりも痺れ薬が効いてくれたおかげで痛くはなかったが、衝撃が強すぎてレイガンを締め付けた。
腹の中側で熱が広がる。涙目でレイガンを見上げれば、悔しそうな顔で腰を押し付けられた。
「っあ、あぃ、いっ…!」
「っは、んん……すま、ん……まって、いろ……」
「さ、した……?あ、あけ、た……?」
肉がレイガンの性器に絡みつく。気がつけば、腹の痛みすら忘れてこぶりな性器から蜜をこぼしていた。
レイガンが、箱からピアスを取り出した。同じ揃いのものだ。それを針へとあてがうと、引き抜くようにして臍に埋め込む。
薄い腹に、お揃いのそれ。レイガンも同じ痛みを経験したのだろうか。
ユミルは紫の石がはめ込まれたピアスへと触れると、じわりと頬を染めた。
「へそ出して歩こうかな。」
「そんなことしてみろ。乳首にも開けるからな。」
「あ、や、それは大丈夫です…」
嗜めるようにがぶりと鼻に噛みつかれる。
額を重ねるように見つめ合って、どちらともなく笑ってしまった。
「似合っている。」
「……うん、ふふ……あ、いてて。」
「俺が開けた。」
嬉しそうな顔で、そんな事をいう。ずるくて可愛い。きっと、口にすればすねてしまうだろう。
首に腕を回すようにして頬を重ねる。素直な銀色に指先を通せば、背中に回ったレイガンの腕の力が強くなった。
「レイガンって、独占欲強いよね。」
「……エルマーほどではないさ。」
「いや、かわんないでしょ。」
エルマーはナナシを孕ましたが、レイガンはユミルの腹に証を残せない。だから、そのかわりのピアスなのだろう。
「やっぱり、今日は家で過ごす。デートは帰ってきてからだ。」
ひとごこちついたレイガンが、不遜な態度で言う。そんなわがままを聞けるのも、ユミルだけの特権だ。
「んえ、出たべ、わがまま。」
「かわいいだろう」
「アッハハ!やば、今の面白いから、もっかいいって!」
「断る。」
ぎゅうぎゅうとユミルを抱きしめたまま、ガブリと首に噛みつく。そんなことを言っても言わなくても、ユミルにとってはレイガンはかわいい。
腹に収まったまま抜こうとしない性器は全くもって可愛いくはないが。
冬の空のような銀髪のレイガンの頭を抱えるように抱きしめながら、ユミルは嬉しくてちょっとだけ泣いた。
帰ってきたらデート。先のことをさり気なく約束してくれたレイガンの優しさが、ユミルにとってはこれ以上ない福音だった。
ユミルは小さな体を抱き込まれながら、そんな事を思った。
抱き潰された翌日。まあ。出立も間もなくということもあるだろうが、レイガンは見た目からは思いも寄らないほどに執着を表してきた。
「若いからな。」
などと真顔で宣う。そんなレイガンが少しだけ可愛くて、ユミルは笑った。
「三つしか違わないけど。なんかおじさん扱いされてるみたいでやだ。」
「何を言う。」
「わ、ばかばかっ、っーー……」
限られた時間を堪能するかのように、レイガンはその長い腕にユミルを閉じ込める。指先に砂糖でも詰まっているのかと思うほど、その手つきは甘やかだ。愛玩動物にでも、なった気分だ。時折ユミルの首筋に鼻先を擦り寄せ、レイガンは深呼吸をしている。
汚れたベッドの上、シーツすらも変えないままだ。まるで、互いの匂い付けをするかのように、セックスの延長のような戯れ合いを重ねる。
「も、やだ……は、恥ずかしいよレイガン」
「恥ずかしくない。」
「せめて、シャワー浴びてベッドシーツかえない?」
「なんの問題もない。」
「汗臭いでしょ?」
「いいやまったく。」
本当に会話にならない。照れているのは、己だけなのか。ユミルはそんな事を思いながら、レイガンの唇を受け止める。
そろそろお腹が空いてきた。腹の音がユミルに主張をすれば、レイガンが目ざとく反応を示す。
家主を置いてベッドから抜け出すなり、ユミルでさえ忘れていたサイドテーブルをベッド横に設置する。
「ベッドから出るな。」
「ええ、嘘でしょ……」
「今日は甘やかしてもらうぞ。ユミルが許したのだから、最後まで付き合え。」
そう言うと、設置したテーブルにリゾットやらスープ、カットされた果物を乗せる。すべてユミルの家にあった食材で作ったものだ。
どうやらレイガンは器用らしい。これらをぱぱっと作り上げてくれたのはいいが、何も身に纏わないで準備したようである。
「わ、」
ユミルが粗相をした場所も、レイガンには気にならないようだ。ベッドへと再びもどるなり、ちいさな体を閉じ込めるように胡座をかく。
カトラリーの擦れ合う音がして、ユミルの口元にチーズの香りがするリゾットを運ばれる。まさかレイガンが給餌をするとは。ユミルはおずおずとレイガンを見上げると、実に平然とした顔であった。
「ああ、熱いのか」
「か、介護じゃないんだから……」
「そうか、ならこうしよう。」
まくりと匙を口に運ぶ。レイガンはぽかんとするユミルの頬に手を添えると、ユミルの唇へと己の唇を重ねた。
熱い舌がユミルの唇を割り開くと、ゆっくりと口移しをされた。味蕾を甘やかすように、舌先で擽られる。小さな手がシーツを握りしめると、ゆっくりとリゾットを飲み込んだ。
「も、……っ!」
「手ずから食わんのなら、全部口移しにするぞ。」
「うわあ……」
甘やかすというのは、レイガン自身がユミルへと甘えるにも繋がるらしいと理解した。
ちぅ、と吸い付くように頬に口付けられ、ひくんと肩を揺らした。甘い、甘いなあ。供給過多すぎる。
ユミルは、そんな事を思いながら、表情にご機嫌を滲ませるレイガンを見る。
時折、口に含ませておきながら奪われることもある。不意に口付けられ、二人して同じ味になるまで口付けをするのだ。
結局口移しだってするんじゃん。そう思いながらも受け入れてしまう。己もなかなかに大概だが。
「ふ……、んん……」
「はあ、」
収まりがいいのだろうか。レイガンはユミルの肩に顔を埋めながら、時折抱きしめる力を強めてくる。
このまま、皮膚接触をしている場所から、ズブズブと溶け合ってしまえばいいのに。
きっと、ユミルがそう思っている事がバレてしまえば、またこの体は抱かれるのだろう。
大きな手のひらが、ユミルの小さな手を握る。指を絡めて、皮膚接触で想いを確かめる。まさかレイガンが、この手に甘やかされてだめになったとはついぞ思わない。
二人して、互いのことを考えて恥ずかしくなっている。いい大人が、心が溶け合うような気持ちに溺れているのだ。
「俺は、こうやって」
「ぅ……」
「俺の手で愛でて、求められる存在を欲していたのかもしれない」
「うぁ、ゃ……」
その声は神経を侵す。レイガンの、こんな声を知ってしまったから。もうユミルは戻れない。
毒のようだ。まるで、たちの悪い蛇毒。こんなに苦しいのに、泣きそうになるほど温かい。
言葉はない。だけど、居場所はここだけ。そう語るように、レイガンは雄弁に手のひらで囁く。
「レイガン、あつい。」
「溶けてしまいたいな。」
「うそでしょ、会話してよ…」
あぐ、と持ち上げた指先を甘噛みする。やらなくてはいけないことがあるとわかっていても、こうして現実逃避できる時間は大切だ。
はぐはぐとユミルの指先を口に入れて遊ぶレイガンに、ユミルは変な癖ついちゃったなあと思った。
男らしい体で、背も高く。彫刻のように美しい男が、ぽやっとした顔でユミルの指で遊ぶのだ。
指の股を舐められるとだめだ。腰がぞわりとしてしまう。
レイガンが飽きるのを待つように大人しくしていれば、齧っている場所が左手の薬指だと理解した。
「そ、そこは」
「なんだ、だめか?」
「……す、すきにして……レイガンが楽しいなら、僕はそれで……」
「ああ、そうだな、……俺は浮かれているのかもしれない。」
男らしい血管の走る腕が、ユミルの薄い腹に回る。レイガンはずるい。言葉一つで人の心を奪うのだ。真剣な顔で、子供じみた手遊びをする。きっとそんな様子は可愛いだろうに、決して見せようとはしないのだ。
「好きだユミル、ふふ。」
「う、うー……や、やだ。キャラ変わってる……」
「しばらく会えないからな。」
「うん、」
背中が熱い。きゅう、と胸が鳴る。触れ合ったところから溶け合ってしまいそう。
ユミルの小さな手のひらが、そっとレイガンの腕にふれる。普段は隠された場所にのこる古傷。その筋をなぞるように、指先で遊ぶ。
「ここ、いたい?」
「痛くない。」
「硬いね、」
「皮膚が、擦れたからな。まあ、もうなれた。」
レイガンのガントレットは、毒針仕込だし、篭手代わりにもなっている。その左腕で衝撃を受け止めるせいで、何度も皮膚が破け、境界を作るようにして色を変えている。
それに比べると、ユミルの腕は生白い。腕を寄り添わせるように重ねると、ユミルはじわりと頬を赤らめた。
「腕の傷もかっこいいなんて、ずる。」
「汚いだろう。」
「ううん、戦う男って感じ。」
レイガンの胸板によりかかり、首筋に額をくっつける。胎児のように丸くなると、くん、と首筋に鼻先を擦り寄せた。
「首も、縫ったみたいな痕があるね。」
「これは、子供の頃に木から落ちた。」
「あっは、まさかの!腕白だったんだね。」
「ふ、ああ、そうだな。」
二人で笑いあう。この時間が続けばいいのに、それもかなわない。
「午後さ、お出かけしようよ。レイガンだって旅支度するでしょ。デートしてよ。」
「でーと。」
「したことあるでしょ。」
「いや、ないな。」
買い出しはでーとには入らないだろう。そんな事を宣うあたり、どうやら本当にないらしい。
意外な一面に、ユミルは目を丸くした。
「レイガン女の子と付き合ったことないの?嘘でしょ。この顔なら誰もほっとかなさそうなのに?」
「好きでもないやつと出かけられると思うのか。」
「……ねえ、まさかそれ本人に言ってないよね?」
「言ったな。」
切り分けられたフルーツを口に運ぶ。そもそも、レイガンはユミルが思っている以上に淡泊だ。
随分と昔に好意を寄せてきた女はいたが、結局抱いて終わりだった。まあ、その先を期待されるのが面倒くさかったというのもあるが。
ヒステリックな女は駄目だ。すぐに殴りかかってくる。一発食らうまでは許してくれないせいか、執念深い。
一人旅の時の記憶を思い出したようだ。レイガンの眉間にしわが寄る。
「一晩限りだという話だった。出かけるまでは約束していないしな。」
「レイガン、もしかして遊び人?」
「それをお前が言うのか。」
「ぐう……」
お互い様だろう。そう言う男が、蜂蜜のような目でユミルを見ている。
「旅先で女抱いたら別れてやる。」
「付き合ってくれるのか。それは良かった。」
「ねえ、僕の話聞いてた?」
「聞いてた聞いてた。」
レイガンの大きな手が指に絡まると、ユミルの視界から天井を覆うようにベッドへと縫い留める。腰の上にまたがるようにレイガンが落ち着けば、大きな手のひらはユミルの白い腹を撫で上げる。
「……なにぃ」
「ん?ふふ。」
「ええ、なんだよまじ」
ぐっと下腹部を圧迫される。紫が淡く光って、ユミルを射抜く。
ああ、この捕食者のような目が好きだ。
「ここを許すな。」
「っ、ん……」
レイガンが深く穿った場所を意識させられる。臍の下、こんな所まで教え込まれてしまった。無骨な指がユミルの形の良い臍を引っ掛けて遊ぶ。つい腰を震わせると、レイガンが体をずらすようにして臍に舌を這わせた。
「っん、なに……どうしたの……」
「開けてもいいか。」
「あけ、る?」
何を開けるのか。節ばった手がユミルの形の良い臍に触れる。指先で挟むように遊ぶレイガンに、ユミルはようやく言いたいことを理解した。
「ピアス?」
「ああ。」
レイガンの腹筋がきれいに付いた腹に、唯一の装飾があった。腹筋に挟まれ、形を変えた横長の臍には紫の石が嵌っている。
セックスの時には気が付かなかったそれに、ユミルがそっと触れる。
「気づかなかったな…」
「激しく抱くつもりだったからな。来るときに外していた。」
「お、まえ…そんなこと言うなよ…」
「照れたか。」
「うっさい。」
太い針が、レイガンのへそを穿っている。
耳にするピアスとは違って、針は通りにくそうだ。ユミルは耳にも空いていないのに、見れば見るほど痛そうだ。
答えを聞くまでもなく、レイガンの瞳はやる気満々だ。それが嫌じゃないあたり、ユミルも大概である。
「いいよ、お揃いのピアスしよ。」
「いいのか?」
「レイガンが言ったんでしょ。」
嬉しそうに、レイガンの口元がもぞりと動く。照れたり嬉しかったりすると、口元に浮かび上がる。きっと指摘したら、それも見られなくなるのだろう。
「ちょっとまて。」
「うわ、急にげんき…」
同意を得たレイガンは、水を得た魚のように素早かった。脱ぎ散らかした服からインベントリを発掘し、目当ての箱を取り出した。
服くらい着ればいいのに。それでも、暫くは互いの裸を目にすることもないのだろう。
レイガンはユミルへと振り向くと、再びベッドの巣へと戻って来る。
「開ける。」
「え、まって心の準備!」
「そんなに痛くない。が、気を散らすか?」
「ち、ちらし…っあ!?」
どうやって、の質問は不要だった。レイガンがユミルの足を抱えあげると、そのまま泥濘んだ蕾へとゆっくりと性器を埋めていく。蹋頓な肉を割り開く快感に、思わず性器を締め付ける。
「っ、レイガン!ばか!うぁ、っ」
「ん。まあ痛みは紛れるだろう。」
気は確かに散るだろう、しかし他にやり方だってあったはずだ。レイガンが腰を押し付ける。持ち上がってしまった腰を、大きな手が支える。
「っあ、ま、まって…ん、んぅ…っ、」
取り出した針へと、なにかを塗布する。ユミルをおいて始まる準備に、緊張と性感がないまぜになって情緒が忙しい。
「なにそれ、っ…」
「痺れて、痛みが紛れる。まあ、治癒もするから気を楽にしろ。」
「ひぅ、あっ…」
きゅぅ、と内壁がレイガンを締め付ける。ひくんと身を震わしたユミルを宥めるかのように口付けると、形の良いへそに針をあてがった。
「い、いちにっさんで、あ、あけて…」
「わかった。」
「ふ、ーーーーーーーっぁ、!!!」
生々しい金属がユミルのへそを擦る。こいつ、いちにいさんで開けろと言ったのに、いちで開けやがった。
ユミルの体はブワリと熱を持つ。想像していたよりも痺れ薬が効いてくれたおかげで痛くはなかったが、衝撃が強すぎてレイガンを締め付けた。
腹の中側で熱が広がる。涙目でレイガンを見上げれば、悔しそうな顔で腰を押し付けられた。
「っあ、あぃ、いっ…!」
「っは、んん……すま、ん……まって、いろ……」
「さ、した……?あ、あけ、た……?」
肉がレイガンの性器に絡みつく。気がつけば、腹の痛みすら忘れてこぶりな性器から蜜をこぼしていた。
レイガンが、箱からピアスを取り出した。同じ揃いのものだ。それを針へとあてがうと、引き抜くようにして臍に埋め込む。
薄い腹に、お揃いのそれ。レイガンも同じ痛みを経験したのだろうか。
ユミルは紫の石がはめ込まれたピアスへと触れると、じわりと頬を染めた。
「へそ出して歩こうかな。」
「そんなことしてみろ。乳首にも開けるからな。」
「あ、や、それは大丈夫です…」
嗜めるようにがぶりと鼻に噛みつかれる。
額を重ねるように見つめ合って、どちらともなく笑ってしまった。
「似合っている。」
「……うん、ふふ……あ、いてて。」
「俺が開けた。」
嬉しそうな顔で、そんな事をいう。ずるくて可愛い。きっと、口にすればすねてしまうだろう。
首に腕を回すようにして頬を重ねる。素直な銀色に指先を通せば、背中に回ったレイガンの腕の力が強くなった。
「レイガンって、独占欲強いよね。」
「……エルマーほどではないさ。」
「いや、かわんないでしょ。」
エルマーはナナシを孕ましたが、レイガンはユミルの腹に証を残せない。だから、そのかわりのピアスなのだろう。
「やっぱり、今日は家で過ごす。デートは帰ってきてからだ。」
ひとごこちついたレイガンが、不遜な態度で言う。そんなわがままを聞けるのも、ユミルだけの特権だ。
「んえ、出たべ、わがまま。」
「かわいいだろう」
「アッハハ!やば、今の面白いから、もっかいいって!」
「断る。」
ぎゅうぎゅうとユミルを抱きしめたまま、ガブリと首に噛みつく。そんなことを言っても言わなくても、ユミルにとってはレイガンはかわいい。
腹に収まったまま抜こうとしない性器は全くもって可愛いくはないが。
冬の空のような銀髪のレイガンの頭を抱えるように抱きしめながら、ユミルは嬉しくてちょっとだけ泣いた。
帰ってきたらデート。先のことをさり気なく約束してくれたレイガンの優しさが、ユミルにとってはこれ以上ない福音だった。
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初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
守り人は化け物の腕の中
だいきち
BL
【二百年生きる妖魔ドウメキ✕虐げられた出来損ないの青年タイラン】
嘉稜国には、妖魔から国を守る守城というものがいる。
タイランは、若くして守城を務める弟に仕向けられ、魏界山に眠る山主の封呪を解くこととなった。
成人してもなお巫力を持たない出来損ないのタイランが、妖魔の蔓延る山に足を踏み入れるのは死ぬことと同義だ。
絶望に苛まれながら、山主の眠る岩屋戸へと向かう道中、タイランは恐れていた妖魔に襲われる。
生を諦めようとしたタイランの目覚めを待つかのように、語りかけてくる不思議な声。それは、幼い頃からずっと己を見守ってくれるものだった。
優しい声に誘われるように目覚めたタイランの前に現れたのは、白髪の美丈夫【妖魔ドウメキ】
怪しげな美貌を放ちながらも、どこか無邪気さを滲ませるこの妖魔は、巫力を持たぬタイランへと押し付けるように守城と呼んだ。
一方的に閉じ込められた、ドウメキの住まう珠幻城。出口の見えぬ檻の中で、タイランは身に覚えのない記憶に苛まれる。
それは、ドウメキを一人残して死んだ、守城の記憶であった。
これは秘密を抱えた妖魔ドウメキと出来損ないのタイランの切ない恋を描いた救済BL
※死ネタ有り
※流血描写有り
※Pixivコンペ分を加筆修正したものです
※なろうに転載予定
◎ハッピーエンド保証
市川先生の大人の補習授業
夢咲まゆ
BL
笹野夏樹は運動全般が大嫌い。ついでに、体育教師の市川慶喜のことも嫌いだった。
ある日、体育の成績がふるわないからと、市川に放課後の補習に出るよう言われてしまう。
「苦手なことから逃げるな」と挑発された夏樹は、嫌いな教師のマンツーマンレッスンを受ける羽目になるのだが……。
◎美麗表紙イラスト:ずーちゃ(@zuchaBC)
※「*」がついている回は性描写が含まれております。
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