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カストール編

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ひとまずは宿である。

エルマー達は町に馴染むようにと旅装束をとくと、軽装の体にインベントリのみを身に纏う。他国からきたことをバレないようにする為だ。要するに、お得意の密入国をする。

「なんか、定番になりそうだなあ。」
「密入国と密出国。ふふ、まるで犯罪者のようよなあ。」

呑気に宣うサジは、枯れ葉色の長い髪を纏めて、白いワンピースのような丈の長い服に、ゆるいボトムスを身に纏っている。
着ていたマントやらは、小さく丸めてエルマーのインベントリに突っ込んだ。
衣装持ちというわけではないが、数日分の着替えなら全員分は賄える。エルマーの普段着は、変装用の服がないと言い出したアロンダートにも行き渡った。
生成りのシャツは、褐色の肌に合う。目立ってしまう長い黒髪は、首に巻く為のストールを使ってうまく隠した。

「える、つかれてる?」
「疲れてるのは俺じゃなくて、この服装だなあ。」

年季の入ったよれたシャツに、穴が空いたボトムスにサンダル。どう見たって戦えるようには見えない服装は、レイガンもまた同じであった。

「仕方ないだろう。サジとアロンダートに限っては、どうしても金持ちの雰囲気がとれないんだ。俺たち二人ぐらい、貧民っぽくしておかないと馴染めない。」
「ナナシは?ナナシもひんみんする?」
「おまえはあちら側だな。」

チュニックにポシェットのナナシも、目立つ髪を纏めている。こうしていれば、アロンダートとサジの兄弟に見えなくもない。
特にカストールは、貴族と貧民の格差が目立つ。好んで貧民のような格好をする貴族もいるらしいが、街に繰り出す貴族には従者が侍るのだ。

「つーわけで俺ら従者な。」
「ナナシもえるといっしょがいい」
「エルマーが貴族らしく振る舞えると思っているのか。」

レイガンの言葉に、サジが吹き出した。どうやらあのときの夜会を思い出したらしい。
全くひどい言われようである。エルマーは面倒臭そうな顔をしたまま、レイガンと己自身の腕にロープをくくりつけた。

「なんだこれ。」
「カストールは、貴族が奉仕活動とかで奴隷や貧民を買うんだ。ほんでロープを切ることで、自由を与えられるほどの権力をもつって目に見えてわかるようにすんだよ。」
「ほお、やけに詳しいなエルマー。」
「まあ、生まれはここだしなあ。」

何気ない様子で口にする。気にも留めていないのは本人ばかりで、エルマーの一言はその場を静めた。

「はあ!?」
「あれ、いってねえっけ。」
「エルマー!!お前シュマギナール国民ではないのか!!」
「ちげえよ、カストールだもんよ。」

アロンダートもサジも、初耳だったのだろう。ぽかんとした顔でエルマーを見やる。
秘密主義はもはや性分なのかもしれない。
カストール出身だと言わなかったのは、単純に質問されなかったからである。
格差のある社会に嫌気が差して、育った孤児院を抜け出した。十三歳の頃に、エルマーの旅は始まっていたのだ。

「ここ、えるのおうちあるのう?」
「あー、どうだろうなあ。」

エルマーは己の両手首を器用に拘束すると、齒で紐を締め上げた。
懐かしい感触だ。当時は紐が切られていないのは買いたてを意味したのだが、今は違うかもしれない。
まあ、どちらにせよ万全を期せばいい。何事も重要なのは下準備である。

「エー!マタヤルノ!マタテイインオーバースルノ!」
「まあ、夜だからすんなり入れるだろう。お前しか夜廻りの衛兵ごまかせるやついねえんだわ。」
「ウウ、コキツカワレル。ドコオリレバイイ」
「この岩場超えたとこに墓地があんだ。そこの中に墓守の小屋があるから、そこに降りろ。」
「人がいるのではないか?」
「ああ、あそこは出るからな。夜が近づくと人がいなくなるんだあ。」

何気ないエルマーの言葉に、それぞれが顔を見合わせる。
どうやら、誰もゴーストを見たことはないらしい。

カストールは南の国で、その美しさから天国に近い街と言われている。しかし、古い墓地は宗教の関係で土葬のものが多く、未ださまよい続けるゴーストが出るのである。
エルマーの記憶が正しければ、墓守は日が沈む前から帰る準備をし、日没と同時に墓地を出る。
この国の者なら、日没に墓地へは足を運ばない。

ーええ、僕もゴースト見たことないんですよ……怖いですね……
「いや、おまえもゴースト見たいなもんだろう。」
ーあ、そうでした。

ルキーノの魂は結界を使って固定している。そうしないと、魔素に侵食されてしまうのだ。
人間にとっては魔力の充填になる魔素も、濃いほどむき出しの魂には悪影響を及ぼす。
何事も、過ぎれば毒だ。人間だとしても、魔素の濃い場所には長くいられない。

「まあ、とにかくそこに降りればよいのだろう?というか、ゴーストなんぞ戦ったことはないなあ。」
「あー、まあナナシがいればなんとかなんだろ。」
「う?」

大きな手のひらを頭で受け止めたナナシが、キョトンとした顔でエルマーを見上げる。
わしゃわしゃと頭を撫でられてはいるが、あまり理解はしていなさそうである。察したのはアロンダートだけらしい。

「ふむ、聖属性の結界か。」
「そーそー、それでゴースト来ねえように境界作っときゃあ平気。」
「エルマーはどうするのだ。」
「ん?ああ、俺は俺でどうにかなるから安心してくれ。」

そういって、レイガンの肩に腕を回す。そんなエルマーの横で、レイガンはわかりやすくひきつり笑みを浮かべていた。

作戦会議と言うには心許ないやりとりの後、最初に動いたのはギンイロだ。
その体躯を大きくさせると、言われたとおりにサジとナナシを背に跨がらせる。
アロンダートは追随するらしい。姿を消す方法は至ってシンプルで、ギンイロの長い尾を掴むだけだ。

体のどこかが触れていれば、透明になることができる。
機転を利かせたアロンダートに関心をしたが、それをするにも空を飛べないと難しいだろう。

「ギンイロごと結界張っとけ。魔障受けねえうちに準備したほうが楽だからよ。」
「はあい。」

いい子のお返事をしたナナシが、手のひらを上げる。
相変わらずの展開の早さで結界を張ると、ギンイロと共に飛び立った。

景色に溶けるようにして消える姿を見送るエルマーに、レイガンは肩からエルマーの腕をどけながら口を開く。

「ジクボルトの家で、国の話を少ししたんだが……。あのときはお前倒れてたもんな……。」
「……あんな訳わかんねえ奴には聞かれても答えねえけどなあ。」
「そんなに隠したいことなのか?カストール出身だということは。」

紫の瞳に映る、エルマーの目は遠くを見つめている。郷愁に浸る様子は受け取れない。
長く赤い髪を、邪魔そうに背中へ追いやると、面倒くさそうな声色宣った。

「逃げ出したってひけらかす奴がいるかあ?こんなことなけりゃ、国に戻るつもりもなかったしなあ。」

エルマーは岩場に腰を下ろすと、燃えるような夕焼けが徐々に藍色に侵食されていく空へと目を向ける。
国が無くなったレイガンに、国を逃げたものの気持ちはわからない。
もしそれが罪になるとしたら、エルマーはどんな罪になるのだろう。詮無いことを考えても仕方がないとわかっているが、少しだけ気になった。

「十三の時に逃げだして、四年間放浪した。色んな事やったなあ。人殺しは流石にそんときゃしなかったが、まあ金がなかったしな。本当に、色々。」

己が十七の最後の時だった。単独で活動していたエルマーに目をつけたパーティから、仲間に入れと誘われた。
無属性だ、誘いの手はまずない。しかしその柔軟性に飛んだ魔力行使で、エルマーは己の知らないところで名が知れ渡っていたらしい。幸いエルマーなんて珍しくない名前だった。だからこそ己のことではないと思っていたのだ。

名指しで指名され、会うことになったパーティは、ギルドの中でも名が知れ渡っているものだった。
今はいいが、昔はとくにギルドは荒れていた。
上位グループからの名指しは、ギルドに属するものからしたら憧れである。
それを、たった十七の男が受けたのだ。今より筋肉量も少ない、痩せっぽちのエルマーが。

当然、俺こそが本物のエルマーだというものが出てくる。とても面倒くさい展開になったのだ。

「いやあ、まじで気が狂ってた。同じ無属性持ちの同姓同名掻き集めて、謎のトーナメントだぜ?とんだとばっちりだろう。」
「それで、お前はどうしたんだ……」

どうせ、エルマーのことだ。面倒くさそうな顔をして伸していったのだろうなと想像する。しかし、話はレイガンの思わぬ方向に転がった。

「負けた。」
「は……?お前がか?」
「お前が俺をどんな目で見てんのかは知らねえけどよ……。人間相手の加減なんて知らねえし。殺しちまったらどうしようってビビりまくったせいで、そりゃあもうボッコボコ。半殺しなんてもんじゃなかったね。」
「なんというか、不器用なんだな……」

レイガンの言葉に、苦笑いを浮かべる。
今も対人戦は苦手だ。魔物ならともかく、余程怒髪天に達しなければ避けるのみか、一撃で伸せなければ殴られて終わらせる。
エルマーの無属性魔法は、繊細な魔力操作で服を着るように部分強化するものだ。もはや癖になりすぎて、無意識のうちに使っていることもある。
だからこそ、その状態で対人戦をしてしまえばお尋ね者になりかねない。

「エルマー、おまえのめちゃくちゃな剣捌きは、もしかして独学か……」
「おうよ。拳で人殺すの気分わりいだろ。剣使えんほうが、加減にびびんなくていいんだわ。」
「なるほど……そういう……」

通常は、得物を使うことで間合いを取りながら戦うのだが、エルマーは殺さないように使うというから本末転倒である。
魔物相手には容赦はせずに大鎌で一太刀だが、人相手だと短剣になるのはその理由らしい。
いわく、長い長剣や両手剣などは動作が大振りで隙がわかり易いからだという。だから殺さずにいなしながら相手の疲弊を待つ。

エルマーが本気で剣を使ったのなんて、戦争くらいだった。

「戦争はよお、人殺すのに剣の作法なんて必要ねえだろう。だから剣で人を潰してもなーんも咎められねえ。楽っちゃ楽だが、まあ自分が魔物になっちまった気分だったなあ。」

今思えば、戦争に参加したのも剣を学ぶためだった。教えを請うよりも本番のほうが身に入る。
エルマーが負けた理由を見抜いていたパーティの頭は、もっと伸び伸びとやれと訳のわからない説教をして義勇軍に突っ込んだ。
そこから戦争中国軍に引き抜かれ、また我武者羅に戦って、気がついたら左目を落として退役していた。
十八からの五年間、エルマーは戦火を走り続けた。

退役したら、もう一度パーティに誘うからと言ったあの男は、共に参加した戦争で死んだらしい。
今はもう、あの男と同じ年齢だ。

「………。」
「あ?なんだよ。」

じとりと己を睨みつける、レイガンの視線を胡乱げに見やる。

「俺のときは、短剣で本気でぶつかってきただろう。あれは割と、怖かったんだが。」
「いや、あれはだってお前が悪いだろう。」
「まあ、エルマーの苦手は普通の人の得意になるのだろうな。まったく、自分のことを測ることも出来ないとは……本当に不器用だなお前。」
「なにこれ褒められてんの?」
「いや、褒めてはいないな。」

にべもない。レイガンの言葉に引きつり笑みを浮かべると、だからこいつ友達いねえんじゃねえかなあと失礼なことを思った。
しかし、レイガンの言葉は確かである。エルマーは己の努力を努力として理解しない節があることを、理解しないのは本人ばかりだ。

気づけば夕焼けは夜に塗り替えられていた。
エルマー達の頭上にギンイロが見えてくると、話は終わりと自分語りをむりやり閉幕する。
戻ってきてしまったから、つい口が過ぎた。
らしくねえなと思う。救いだったのは、ナナシがいなかったことだろう。昔のダサいエルマーを知られるのは不本意である。

「まあ、今もかっこよくはねえんだけどよ。」
「なんか言ったかエルマー。」
「別に何も。おら、行くぞ。」

ぼやいた言葉をレイガンに拾われた。適当にいなせば、妙なものを見る目で見つめられる。
オモイ!と文句を言われながら、降り立ったギンイロの背中に二人で跨った。
すまないと律儀に謝るレイガンが可笑しくて、エルマーはあはは、と笑った。



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