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始まりの大地編
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「すまない…そ、それでも、情けない話だけど、今の僕達には君がいないと困るんだ。」
「うー‥」
マルクスは、取り縋るようにしてエルマーにお願いする自分が、途端に情けなくなってしまった。
ナナシに涙目で睨まれると、なんだか此方まで悲しくなってくる。まるで幼子のような雰囲気を地でいく彼は、純粋に思ったことを口にしたのだろう。
つまりは、周りから見ても、自分達がどれだけエルマーに負担をかけていたのかということが丸わかりということだ。
道中、道は分かりやすく刈り取られた草地を辿るだけで済んだのだ。
途中に骨と、虫のような何かと戦ったのか、甲虫の外殻が何枚も落ちていて驚愕したのを思い出す。
溶解液に焼かれた草原と、ボロボロの布と杖。こんな大きな魔物も朽ちて、人も死んでしまう程の危険な森なのに、マルクス達はそういったものには一切出くわすことはなかった。それは、ひとえにエルマーが文句を言いながらも仕事をした証である。
つまり自分達がどれほど文句しか言っていなかったのかを痛感させられたのだ。
「君に甘えてばかりで済まない、仲間と合流できたなら、今日くらい休んでくれ。今晩は僕達が頑張る番だ。」
「マルクス、おまえ大人になったな…」
「茶化すなサリバン!いや、うん…ナナシくんもごめんな…」
男らしい腕の中で、ナナシがはぐりとエルマーの服に噛みつく。不安だったり、なんとなくもやもやしている時にやる癖は抜けないらしい。エルマーはその頭を撫でて宥めてやると、溜め息を一つ漏らしてから口を開いた。
「別に、大した魔物もでねえだろ。俺は寝る。見張りはお前らに任せた。」
「サジもアロンダートと抜けさせてもらうぞ。せっかくだ、少し散策したい。」
「勝手にしろ。」
なんともマイペースに話を終わらせたエルマーを前に、マルクスはようやく項垂れていた頭を上げる。これはもしかして許してくれたのだろうか。マルクスは期待をするような目をエルマーへと向けた。
目の前の赤毛の男前が、ナナシの背に手を添えてテントへ向かおうとして、歩みを止める。そのままゆっくりと背後へと目を向けると、静かな口調で呟いた。
「テントん中、覗いた奴の首を刈るからな。」
「アッハイ」
真顔だ。
エルマーの鋭い金眼が、好奇の眼を向けるむさ苦し男どもを一瞥し、茶化す空気を打ち消した。
そこいらではお目にかかれないような美しい青年と、ただならぬ関係を持つエルマーを前に、男なら仕方がない下世話な妄想をしてしまったのは事実であった。
ここは華のない環境だ。そういう目で見てしまうことくらいは許して欲しいと思うのは、やはり烏滸がましかったようである。
彼らの目の前には、狭量極まりないエルマーが牽制するように鋭い視線を投げかけてくる。その肩に担がれた大鎌には、何かの討伐部位であろう虫型魔物の外殻が無造作にぶら下がっている。
牽制をするエルマーを前に、マルクス率いる男衆の脳裏には一つのまさかが過ぎった。
道中目にした。魔物との激しい争いの痕跡。虫型魔物の体液と、人の抜け殻のような何かが落ちていたあの場所で、大立ち回りをしたのは、エルマーではないのかと。
今こうしてここにいるということは、おそらく勝利も収めてきたのだろう。だとしたら、あの服の切れ端が引っかかった白骨は、エルマーに絡んできた刺客に違いない。ということを、ここにきてようやく理解したらしい。
テントの中、覗いた奴の首を刈るからな。つまり、エルマーから男どもへと言外に告げられたのは、妙な気を起こすなら、次はてめえらだ。と言ったわかりやすい脅迫そのものだ。
触らぬ神に祟りなし、恐ろしすぎて、真面目に職務を全うする他はない。
ナナシの持っていたインべントリから取り出した従軍用のテントを見て、なるほど軍にいたことがあるから強いのかと納得をしかけたが、やっぱりそれも違う気がした。
怖いから、何も聞かないでおこう。エルマーの過去が気にならないわけでもないが、気軽に踏み込んで刃の錆びにいなるのだけはごめん被りたい。男たちは満場一致でそんなことを思ったという。
「える、」
慣れたテントの中、エルマーによって拵えられたフカフカの寝床の上で、ナナシはエルマーに抱き竦められていた。
ナナシの身体を優しく包み込むように敷き詰められたクッションやらタオルケットは、アロンダートが貸してくれた部屋にあったものを、エルマーが勝手に貰ってきたものだった。
エルマーのインベントリから引きずり出されたそれらを見て、ナナシは呆気にとられた。
その理由は簡単で、まさか自分の為にインベントリの一部を埋めるだなんて思わなかったからである。
「える、へーき?」
ナナシは困った。もう一度名前を呼ぶと、くぐもった声で、無理だと呟かれた。なにが無理なのか、さっぱりわからない。この姿も受け入れてくれたエルマーのことだ、自分の見た目が大きく変わってしまったことに対しての無理ではないということだけは、なんとなく理解している。
「…なんでこんな、細くなっちまってるんだ。」
「う?」
ようやくナナシの肩口から顔を上げたエルマーは、向かい合うような形で抱き締めていた薄い体を見て、辛そうな顔をする。
その体に纏っていた服を剥くと、エルマーの目の前には骨ばった体が晒された。
エルマーにされるがまま、抵抗もせずにその顔を見上げていたナナシは、己の体を見下ろすとタオルケットを引き寄せる。骨ばった体を、あまり見られたくないなと思ったのだ。
「…何があったんだよ、俺がいないとこで。」
「んと…、」
身体に巻き付けたタオルケットごと、ナナシは抱き上げられると、逃さないと言わんばかりにエルマーの足の間へと、横抱きに抱え上げられる。
あどけない雰囲気は残っているが、こころなしか頬の肉もこけている。そんな様子が嫌だった。エルマーの大切が、ただでさえ華奢な体を奮い立たせて頑張らなくてはいけなかった事実が、エルマーの中ではもう無理だったのだ。
エルマーはナナシを大切にしたいし、本音は閉じ込めて誰にも触れさせたくないくらいに愛している。
だからこそ、己の預かり知らぬところで起きた意図せぬ物事が、ナナシを苛むのが許せない。
「いやなんだよ、お前がこんなふうになるの。」
エルマーの赤毛が、ナナシの灰色の髪と混じる。その髪の毛先は少しだけ黒っぽい。エルマーは胸元まで伸びたナナシの髪に口付けると、きつく抱きしめた。
大事なものを取られたくない子供のように、全身で包むものだから、ナナシはなんだか逆にときめいてしまい、ほう、と甘い息を漏らす。
嬉しい。エルマーがナナシのことを離したくないと、全身を使って教えてくれるのが嬉しいのだ。
ナナシは力強く抱きしめるその腕に手を添えると、ぽしょ、と小さな声で呟く。
「むかしのこと、おもいだしたの。」
「…俺の知らねえ昔?」
「うん、えるとあうまえ。もりにいたときのと、そのあとは、んーと…いちばから?」
「奴隷のときか…」
掠れた声で、確認するように言う。エルマーは、ナナシの奴隷の頃の話も、その前の森にいた時の話も知らない。
ナナシが口にすることはなかったし、出会い方からして過酷な環境を生き抜いてきたことを理解していたからだ。
「えるのことかんがえてた」
「おう、」
「とちゅう、わすれそうだったけど、これがおしえてくれたよう」
チャリ、と音をさせて取り出したのは、ナナシの命よりも大切にしているネックレスだ。
エルマーがナナシの為にくれた、ナナシの宝物。
幸せそうに、嬉しそうにはにかむものだから、エルマーはもう無理だと呟いてぼろりと涙を溢した。
「える、ナナシえらかった?ほめる?」
「ほめる、偉すぎて俺の語彙力じゃあ称賛の言葉のレパートリーがまったくねえ。」
「える、あたまなでてほしい。ナナシ、えるのてすき。」
ぐすぐすと鼻を啜るエルマーの大きな手をそっと掬い上げて頭に乗せる。この手が欲しかった。エルマーのおひさまの顔が泣いてるのはちょっと切ないけれど、その涙が自分に向けられることの意味を正しく捉えたから、ナナシは嬉しかった。
がんばった。ナナシはがんばったのだ。
たくさん辛くて痛い思いをした。それでも、こうしてエルマーと共にあることを思い出せば、それが縁となった。なんて、贅沢で幸せなことなのだろうと思ったのだ。
「えるのそば、ここがいい。」
「俺の隣りで死んでくれ。俺も死ぬなら、ナナシの隣りで死ぬ。」
「うん、うん。」
ぐりぐりとエルマーの手のひらに、ナナシが頭を押し付ける。温かな命が戻ってきたのだ。
エルマーは、ナナシが好きだ。いなくならないでほしい。閉じ込めることが許されないなら、死ぬときは二人一緒が幸せ。
お蔭さまで、ナナシを拾ってからは、エルマーの情緒は大忙しだ。
「おいてかないで、」
そんなことを言われて、駄目だと言えるほどの余裕はもうなかった。
エルマーはその細い体を抱きしめながら少しだけカサついた唇に、己の唇をそっと重ねた。
自分がこうして、本当の意味で気持ちを込めたキスができると教えてくれたのもナナシだ。
そっと触れるだけの、欲のないキス。今の二人にはこれで充分だった。
「え、る…っ、」
「ン、いるよ、ここに…」
「んぅ、ふ…」
それから、ふに、と何度も下手くそに 唇を押し付け合うように口付けた。
二人で整えた狭い寝床の中、互いの体温を確かめ合うようにして生まれたままの姿で肌を重ねる。エルマーの長い足が、ナナシの華奢な足に絡まった。己の体で拘束するかのような執着じみた愛撫は、安心を得る為のエルマーの一方的な我儘だ。その、男らしく筋肉のついたしなやかな背に添えられる細い手は、柔らかくて暖かい。
大きな手のひらが、ナナシの輪郭を辿るようにして体の曲線に這わされる。
エルマーがナナシの背を逸らすようにして胸元を持ち上げると、その薄く骨の浮いた胸元に唇を寄せた。
「ぅ、や…」
「や、じゃねえから、させて…。」
少しだけ掠れた声が、懇願にも似た色を宿して呟かれた。エルマーが真っ直ぐにナナシを見つめた。小さな抵抗の証は、エルマーの口元を塞ぐようにして手のひらが添えられていた。
ナナシは己の体がみすぼらしくなってしまったことに気付いて、エルマーからの唇での愛撫を嫌がったのだ。しかし、その手の内側にねとりと舌を這わすと、がじりと甘く歯を立ててエルマーが嗜める。
「触りてえの、お前に。」
濡れた金色の瞳が、明確な欲を孕んでナナシを射抜いた。薄い胸の奥で鼓動を早めていたナナシの心臓が、一際大きく跳ねる。薄い手のひらは、ゆっくりと握り込まれるようにしてエルマーの口元を許す。その、折り畳まれた手のひらに小さな水音を立てて口づけを施すと、エルマーはその顔をナナシの薄い胸元に寄せた。
「ひぅ、あ、や、やぁ…!」
「だぁめ、隠さねぇで、全部見して…」
「ぁう、っや、ん、ん…っ、」
ぬるりと熱い舌が、肋骨の浮いた肌を辿るようにして舌を這わされる。熱い手のひらで薄い胸を囲うように支えられて、その熱が伝導して火傷してしまいそうだった。
ナナシの体は、エルマーが触れたところからじんわりと色づく。こんな。貧相な身体でも、エルマーは愛してくれるのだ。ナナシが恥ずかしいのと嬉しいの、そして少しだけやらしい気分がないまぜになって、ひんひんと愚図りだす。
やがて一際可愛いらしい声が飛び出すと、ナナシは濡れたまつ毛に囲われた、蜂蜜のようにとろけた瞳でエルマーを映した。
「ん、」
エルマーの金色が、クラクラと欲の炎を灯しながら、ナナシを見つめていた。その唇で見せつけるようにナナシの胸の頂きを含み、ちぅ、と甘えるように吸い付いたのだ。赤い舌によって濡らされた突起が、唇を離したことで外気に晒される。つやりと尖ったその先端と、エルマーの濡れた舌が銀糸で繋がったのを目の当たりにした時、ナナシの神経は漣のように、全身へと性感を広げていった。
「や、ゃ…っ、そこ、っ」
感じ入った声は悲鳴にも似ている。エルマーはナナシの反応に目元を柔らかく細めると、細い脚を肩に乗せるようにして担ぎ上げた。
エルマーが、柔らかな太ももの間で静かに主張するナナシの性器を口に含んだ。小ぶりなそれを飲み込むようにして咥内に収めると、舌で摩擦するようにゆっくりと幹を舐め上げる。
唾液を絡ませているせいで、時折漏れるはしたない水音が、ナナシの聴覚までもを苛んだ。
ちゅぽ、と音を立てながら、ぬろりと口で吸われるようにして先端までもを柔らかな圧力で擦られる。腰に熱が溜まって、無意識にナナシのなけなしの雄の部分が刺激された。
可愛い顔は涙で表情をとろめかせている。エルマーによって与えられる性感に、細い腰は勝手に持ち上がり、かくん、と腰が揺れてしまう。
エルマーの唾液と、ナナシの先走りが混ざり合って、漏らしてしまったかのような濡れかたをした下肢を震わせて、ナナシはついに極まった。柔らかな太ももでエルマーの顔を挟むようにして背を逸らすと、ぶびゅ、と情けない音を立てて、エルマーの口の中に射精した。
「ん、…ナナシ、」
「ひぅ、うー··っ、」
「わり、ちっとやりすぎたな…」
熱った体はベットに投げ出されていた。開き切った足の間に力なく項垂れる小ぶりな性器は、濡れそぼったまま余韻を引きずるかのようにして、先端からトロトロと精液の残滓をこぼしていた。
顔を真っ赤にして、涙目で抗議するナナシが可愛い。そんな扇情的な様子に触発されるかのように、エルマーは固くなった己の性器をナナシの太腿にあてた。
「ふー…、」
エルマーの性器は、固く反り返っていた。幹に浮かんだ血管がわかりやすく興奮を主張し、視覚的にもナナシの体の熱を高めさせる。一度雌にされた体はわかりやすく反応した。
ナナシが添えられた性器の熱さにひくんと足を跳ねさせると、己の雄を受け入れるかのようにして、エルマーの体を引き寄せた。
「…、挿れねえ。今抱いたら、お前の体が心配だあ。」
ナナシの額に己の額を重ねたエルマーが、反省するような顔をして呟いた。そのしょんぼり顔があまりにも情けなくて、ナナシは先ほどまでぷりぷりとしていたのにも関わらず、ふすりと吐息を漏らすように笑ってしまった。
ここまで来て我に帰ったらしいエルマーが、今更ナナシの体を気にかける。本当は、自分も気持ちよくなりたいだろうに、行為を始めたら止める自信がないと言外に行っているのだ。
自分が、エルマーにこの顔をさせているというのが、ナナシはなんだか嬉しかった。
「える、わるいこもうしない?」
エルマーの腕の中で、素肌の足を絡ませながら吐精後の余韻に身を任せつつ聞いてみた。ナナシの言葉に、お許しの気配を悟ったらしい。欲に素直なナナシの雄が、それはもう自身のなさそうな顔をして、眉を寄せながら声を絞り出すように宣った。
「…き、」
「き?」
「きょくりょく…」
「はわ…」
くしゃくしゃな顔のまま、重々しい口調で言葉を返すエルマーを前に、ナナシは素直すぎる反応にびっくりした。
その後はもう、二人で妙な空気になった事に吹き出すように笑ってしまった。
エルマーのそこはまだ元気なままではあったが、その後は触りっこをして、毛布にくるまって朝まで仲良く爆睡だ。背中にまわった力強い腕に抱きしめられたまま、ナナシは思いの外柔らかいエルマーの胸筋に頬を寄せて朝を迎えた。
翌朝、二人の巣の中に飛び込んできたサジによって安眠を邪魔されたエルマーが、朝っぱらからサジと大立ち回りをすることになることを、この時の二人はまだ知らなかった。
朝からサジが巫山戯て奇襲をかけてきたおかげで、エルマーは下着一枚に短剣一本でサジの繰り出した触手の化け物と大乱闘した。
しかも幸せそうな寝顔が腹立つという、なんとも理不尽極まりない理由だけでだ。
そんな不届きな事をしておいて、サジはケロッとした顔で会話に混じっている。
しかも、話の内容はなんだか少し面倒くさいもののようだった。
「潜入?そりゃ、構わねえけどまた突飛な話だぁな。」
「良いではないか、旅行だと思えば。サジはジルガスタント行ったことないしな。うん、良い。いこういこう、なあエルマー!」
「あたらしいばしょ?ナナシもみてみたい…」
クルルルル。アロンダートまでもが転化したまま同意する。
ジルバがうんうんと快い返事に頷いたが、そこに待ったをかけたのはやはり例にも漏れずマルクスだった。
「話が違う!!残ってくれるって言ったじゃないか!!」
「うわうるせえ。」
「潜入なんて、しかも君たちが居なくなったらどうしたらいいんだ僕は!」
「おいまたマルクスの悪い癖がでているぞ。」
うわあん!と身も蓋もなく泣きつく様子に、エルマーは何でこんなのが頭張っているのだとうんざり顔だ。サジも昨日の今日ですでに嫌いになったらしく、まるでゴミを見るかのような目で見つめていた。
サリバンが苦笑いしながらマルクスをなだめて引き剥がしたが、サリバンも申し訳無さそうな顔をしつつも、少しだけその顔色には不安げな色が滲む。
わかる。マルクスがこれでは不安になるのも頷ける話だからだ。
「なに、安心すればいい。グレイシスの部隊と合流してからの話だ。あちらの廃墟探索も思うように進まなかったらしくてな。」
「探索じゃねえ、せめて調査っていってやれ。」
「なにも間違ってはいないぞ。調査と銘打っただけの捜し物だからなあ。全く、何を探しているのやら。」
くつくつと不敵に笑う。ジルバは相変わらず不穏な影を背負っている。そのおかげか、マルクスの影から姿を表したときは部隊の皆が剣を構えたのだ。無論、その登場の仕方はわざとであるから、尚の事質が悪い。ナナシがジルバは知り合いだと言わなければ、恐らく事態はもっと面倒なことになっていた。
「ああ、そういえばダラスは大丈夫なのか?」
「む、ヒョロっこい身なりでよく動いている。何やら文献を読みながら険しい顔をしていたがな。」
「ふーん。」
向こうも向こうで忙しいのだろう。領地を広げるということが、言葉以上に簡単なことではないのはわかる。しかし話を聞く限りでは、横で争いが起きていたとしても無関心に調べ物をしていそうな感じである。エルマーは自分のことを棚に上げて、己の周りはマイペースしかいないのかと思った。
「なんだっていーや。とりあえず合流すりゃいいんだろ?面倒くせえからさっさとしようや。」
「まあそう急くな。グレイシスの部隊がこちらに向かっている。俺たちはここで大人しく待てばいい。」
「あ?王子さんに来させていいのか。俺ぁてっきりこっちから出向くのかと思ってたけど。」
「まあ、こちらのほうが王城に近いしな。グレイシスが一度城に戻ると言っていたから、ついでだそうだ。」
なるほど効率を重視する王子らしい考えだ。こういうところが柔軟なら、もっと兄弟間の確執も柔軟にしろとも思ったが。
「あ、まて。城に戻る?」
「ああ、言っただろう。兄弟が仕事をしたと。」
にやりとジルバが笑う。言葉の意味をゆっくり噛み締めると、エルマーは渋い顔をした。
「うー‥」
マルクスは、取り縋るようにしてエルマーにお願いする自分が、途端に情けなくなってしまった。
ナナシに涙目で睨まれると、なんだか此方まで悲しくなってくる。まるで幼子のような雰囲気を地でいく彼は、純粋に思ったことを口にしたのだろう。
つまりは、周りから見ても、自分達がどれだけエルマーに負担をかけていたのかということが丸わかりということだ。
道中、道は分かりやすく刈り取られた草地を辿るだけで済んだのだ。
途中に骨と、虫のような何かと戦ったのか、甲虫の外殻が何枚も落ちていて驚愕したのを思い出す。
溶解液に焼かれた草原と、ボロボロの布と杖。こんな大きな魔物も朽ちて、人も死んでしまう程の危険な森なのに、マルクス達はそういったものには一切出くわすことはなかった。それは、ひとえにエルマーが文句を言いながらも仕事をした証である。
つまり自分達がどれほど文句しか言っていなかったのかを痛感させられたのだ。
「君に甘えてばかりで済まない、仲間と合流できたなら、今日くらい休んでくれ。今晩は僕達が頑張る番だ。」
「マルクス、おまえ大人になったな…」
「茶化すなサリバン!いや、うん…ナナシくんもごめんな…」
男らしい腕の中で、ナナシがはぐりとエルマーの服に噛みつく。不安だったり、なんとなくもやもやしている時にやる癖は抜けないらしい。エルマーはその頭を撫でて宥めてやると、溜め息を一つ漏らしてから口を開いた。
「別に、大した魔物もでねえだろ。俺は寝る。見張りはお前らに任せた。」
「サジもアロンダートと抜けさせてもらうぞ。せっかくだ、少し散策したい。」
「勝手にしろ。」
なんともマイペースに話を終わらせたエルマーを前に、マルクスはようやく項垂れていた頭を上げる。これはもしかして許してくれたのだろうか。マルクスは期待をするような目をエルマーへと向けた。
目の前の赤毛の男前が、ナナシの背に手を添えてテントへ向かおうとして、歩みを止める。そのままゆっくりと背後へと目を向けると、静かな口調で呟いた。
「テントん中、覗いた奴の首を刈るからな。」
「アッハイ」
真顔だ。
エルマーの鋭い金眼が、好奇の眼を向けるむさ苦し男どもを一瞥し、茶化す空気を打ち消した。
そこいらではお目にかかれないような美しい青年と、ただならぬ関係を持つエルマーを前に、男なら仕方がない下世話な妄想をしてしまったのは事実であった。
ここは華のない環境だ。そういう目で見てしまうことくらいは許して欲しいと思うのは、やはり烏滸がましかったようである。
彼らの目の前には、狭量極まりないエルマーが牽制するように鋭い視線を投げかけてくる。その肩に担がれた大鎌には、何かの討伐部位であろう虫型魔物の外殻が無造作にぶら下がっている。
牽制をするエルマーを前に、マルクス率いる男衆の脳裏には一つのまさかが過ぎった。
道中目にした。魔物との激しい争いの痕跡。虫型魔物の体液と、人の抜け殻のような何かが落ちていたあの場所で、大立ち回りをしたのは、エルマーではないのかと。
今こうしてここにいるということは、おそらく勝利も収めてきたのだろう。だとしたら、あの服の切れ端が引っかかった白骨は、エルマーに絡んできた刺客に違いない。ということを、ここにきてようやく理解したらしい。
テントの中、覗いた奴の首を刈るからな。つまり、エルマーから男どもへと言外に告げられたのは、妙な気を起こすなら、次はてめえらだ。と言ったわかりやすい脅迫そのものだ。
触らぬ神に祟りなし、恐ろしすぎて、真面目に職務を全うする他はない。
ナナシの持っていたインべントリから取り出した従軍用のテントを見て、なるほど軍にいたことがあるから強いのかと納得をしかけたが、やっぱりそれも違う気がした。
怖いから、何も聞かないでおこう。エルマーの過去が気にならないわけでもないが、気軽に踏み込んで刃の錆びにいなるのだけはごめん被りたい。男たちは満場一致でそんなことを思ったという。
「える、」
慣れたテントの中、エルマーによって拵えられたフカフカの寝床の上で、ナナシはエルマーに抱き竦められていた。
ナナシの身体を優しく包み込むように敷き詰められたクッションやらタオルケットは、アロンダートが貸してくれた部屋にあったものを、エルマーが勝手に貰ってきたものだった。
エルマーのインベントリから引きずり出されたそれらを見て、ナナシは呆気にとられた。
その理由は簡単で、まさか自分の為にインベントリの一部を埋めるだなんて思わなかったからである。
「える、へーき?」
ナナシは困った。もう一度名前を呼ぶと、くぐもった声で、無理だと呟かれた。なにが無理なのか、さっぱりわからない。この姿も受け入れてくれたエルマーのことだ、自分の見た目が大きく変わってしまったことに対しての無理ではないということだけは、なんとなく理解している。
「…なんでこんな、細くなっちまってるんだ。」
「う?」
ようやくナナシの肩口から顔を上げたエルマーは、向かい合うような形で抱き締めていた薄い体を見て、辛そうな顔をする。
その体に纏っていた服を剥くと、エルマーの目の前には骨ばった体が晒された。
エルマーにされるがまま、抵抗もせずにその顔を見上げていたナナシは、己の体を見下ろすとタオルケットを引き寄せる。骨ばった体を、あまり見られたくないなと思ったのだ。
「…何があったんだよ、俺がいないとこで。」
「んと…、」
身体に巻き付けたタオルケットごと、ナナシは抱き上げられると、逃さないと言わんばかりにエルマーの足の間へと、横抱きに抱え上げられる。
あどけない雰囲気は残っているが、こころなしか頬の肉もこけている。そんな様子が嫌だった。エルマーの大切が、ただでさえ華奢な体を奮い立たせて頑張らなくてはいけなかった事実が、エルマーの中ではもう無理だったのだ。
エルマーはナナシを大切にしたいし、本音は閉じ込めて誰にも触れさせたくないくらいに愛している。
だからこそ、己の預かり知らぬところで起きた意図せぬ物事が、ナナシを苛むのが許せない。
「いやなんだよ、お前がこんなふうになるの。」
エルマーの赤毛が、ナナシの灰色の髪と混じる。その髪の毛先は少しだけ黒っぽい。エルマーは胸元まで伸びたナナシの髪に口付けると、きつく抱きしめた。
大事なものを取られたくない子供のように、全身で包むものだから、ナナシはなんだか逆にときめいてしまい、ほう、と甘い息を漏らす。
嬉しい。エルマーがナナシのことを離したくないと、全身を使って教えてくれるのが嬉しいのだ。
ナナシは力強く抱きしめるその腕に手を添えると、ぽしょ、と小さな声で呟く。
「むかしのこと、おもいだしたの。」
「…俺の知らねえ昔?」
「うん、えるとあうまえ。もりにいたときのと、そのあとは、んーと…いちばから?」
「奴隷のときか…」
掠れた声で、確認するように言う。エルマーは、ナナシの奴隷の頃の話も、その前の森にいた時の話も知らない。
ナナシが口にすることはなかったし、出会い方からして過酷な環境を生き抜いてきたことを理解していたからだ。
「えるのことかんがえてた」
「おう、」
「とちゅう、わすれそうだったけど、これがおしえてくれたよう」
チャリ、と音をさせて取り出したのは、ナナシの命よりも大切にしているネックレスだ。
エルマーがナナシの為にくれた、ナナシの宝物。
幸せそうに、嬉しそうにはにかむものだから、エルマーはもう無理だと呟いてぼろりと涙を溢した。
「える、ナナシえらかった?ほめる?」
「ほめる、偉すぎて俺の語彙力じゃあ称賛の言葉のレパートリーがまったくねえ。」
「える、あたまなでてほしい。ナナシ、えるのてすき。」
ぐすぐすと鼻を啜るエルマーの大きな手をそっと掬い上げて頭に乗せる。この手が欲しかった。エルマーのおひさまの顔が泣いてるのはちょっと切ないけれど、その涙が自分に向けられることの意味を正しく捉えたから、ナナシは嬉しかった。
がんばった。ナナシはがんばったのだ。
たくさん辛くて痛い思いをした。それでも、こうしてエルマーと共にあることを思い出せば、それが縁となった。なんて、贅沢で幸せなことなのだろうと思ったのだ。
「えるのそば、ここがいい。」
「俺の隣りで死んでくれ。俺も死ぬなら、ナナシの隣りで死ぬ。」
「うん、うん。」
ぐりぐりとエルマーの手のひらに、ナナシが頭を押し付ける。温かな命が戻ってきたのだ。
エルマーは、ナナシが好きだ。いなくならないでほしい。閉じ込めることが許されないなら、死ぬときは二人一緒が幸せ。
お蔭さまで、ナナシを拾ってからは、エルマーの情緒は大忙しだ。
「おいてかないで、」
そんなことを言われて、駄目だと言えるほどの余裕はもうなかった。
エルマーはその細い体を抱きしめながら少しだけカサついた唇に、己の唇をそっと重ねた。
自分がこうして、本当の意味で気持ちを込めたキスができると教えてくれたのもナナシだ。
そっと触れるだけの、欲のないキス。今の二人にはこれで充分だった。
「え、る…っ、」
「ン、いるよ、ここに…」
「んぅ、ふ…」
それから、ふに、と何度も下手くそに 唇を押し付け合うように口付けた。
二人で整えた狭い寝床の中、互いの体温を確かめ合うようにして生まれたままの姿で肌を重ねる。エルマーの長い足が、ナナシの華奢な足に絡まった。己の体で拘束するかのような執着じみた愛撫は、安心を得る為のエルマーの一方的な我儘だ。その、男らしく筋肉のついたしなやかな背に添えられる細い手は、柔らかくて暖かい。
大きな手のひらが、ナナシの輪郭を辿るようにして体の曲線に這わされる。
エルマーがナナシの背を逸らすようにして胸元を持ち上げると、その薄く骨の浮いた胸元に唇を寄せた。
「ぅ、や…」
「や、じゃねえから、させて…。」
少しだけ掠れた声が、懇願にも似た色を宿して呟かれた。エルマーが真っ直ぐにナナシを見つめた。小さな抵抗の証は、エルマーの口元を塞ぐようにして手のひらが添えられていた。
ナナシは己の体がみすぼらしくなってしまったことに気付いて、エルマーからの唇での愛撫を嫌がったのだ。しかし、その手の内側にねとりと舌を這わすと、がじりと甘く歯を立ててエルマーが嗜める。
「触りてえの、お前に。」
濡れた金色の瞳が、明確な欲を孕んでナナシを射抜いた。薄い胸の奥で鼓動を早めていたナナシの心臓が、一際大きく跳ねる。薄い手のひらは、ゆっくりと握り込まれるようにしてエルマーの口元を許す。その、折り畳まれた手のひらに小さな水音を立てて口づけを施すと、エルマーはその顔をナナシの薄い胸元に寄せた。
「ひぅ、あ、や、やぁ…!」
「だぁめ、隠さねぇで、全部見して…」
「ぁう、っや、ん、ん…っ、」
ぬるりと熱い舌が、肋骨の浮いた肌を辿るようにして舌を這わされる。熱い手のひらで薄い胸を囲うように支えられて、その熱が伝導して火傷してしまいそうだった。
ナナシの体は、エルマーが触れたところからじんわりと色づく。こんな。貧相な身体でも、エルマーは愛してくれるのだ。ナナシが恥ずかしいのと嬉しいの、そして少しだけやらしい気分がないまぜになって、ひんひんと愚図りだす。
やがて一際可愛いらしい声が飛び出すと、ナナシは濡れたまつ毛に囲われた、蜂蜜のようにとろけた瞳でエルマーを映した。
「ん、」
エルマーの金色が、クラクラと欲の炎を灯しながら、ナナシを見つめていた。その唇で見せつけるようにナナシの胸の頂きを含み、ちぅ、と甘えるように吸い付いたのだ。赤い舌によって濡らされた突起が、唇を離したことで外気に晒される。つやりと尖ったその先端と、エルマーの濡れた舌が銀糸で繋がったのを目の当たりにした時、ナナシの神経は漣のように、全身へと性感を広げていった。
「や、ゃ…っ、そこ、っ」
感じ入った声は悲鳴にも似ている。エルマーはナナシの反応に目元を柔らかく細めると、細い脚を肩に乗せるようにして担ぎ上げた。
エルマーが、柔らかな太ももの間で静かに主張するナナシの性器を口に含んだ。小ぶりなそれを飲み込むようにして咥内に収めると、舌で摩擦するようにゆっくりと幹を舐め上げる。
唾液を絡ませているせいで、時折漏れるはしたない水音が、ナナシの聴覚までもを苛んだ。
ちゅぽ、と音を立てながら、ぬろりと口で吸われるようにして先端までもを柔らかな圧力で擦られる。腰に熱が溜まって、無意識にナナシのなけなしの雄の部分が刺激された。
可愛い顔は涙で表情をとろめかせている。エルマーによって与えられる性感に、細い腰は勝手に持ち上がり、かくん、と腰が揺れてしまう。
エルマーの唾液と、ナナシの先走りが混ざり合って、漏らしてしまったかのような濡れかたをした下肢を震わせて、ナナシはついに極まった。柔らかな太ももでエルマーの顔を挟むようにして背を逸らすと、ぶびゅ、と情けない音を立てて、エルマーの口の中に射精した。
「ん、…ナナシ、」
「ひぅ、うー··っ、」
「わり、ちっとやりすぎたな…」
熱った体はベットに投げ出されていた。開き切った足の間に力なく項垂れる小ぶりな性器は、濡れそぼったまま余韻を引きずるかのようにして、先端からトロトロと精液の残滓をこぼしていた。
顔を真っ赤にして、涙目で抗議するナナシが可愛い。そんな扇情的な様子に触発されるかのように、エルマーは固くなった己の性器をナナシの太腿にあてた。
「ふー…、」
エルマーの性器は、固く反り返っていた。幹に浮かんだ血管がわかりやすく興奮を主張し、視覚的にもナナシの体の熱を高めさせる。一度雌にされた体はわかりやすく反応した。
ナナシが添えられた性器の熱さにひくんと足を跳ねさせると、己の雄を受け入れるかのようにして、エルマーの体を引き寄せた。
「…、挿れねえ。今抱いたら、お前の体が心配だあ。」
ナナシの額に己の額を重ねたエルマーが、反省するような顔をして呟いた。そのしょんぼり顔があまりにも情けなくて、ナナシは先ほどまでぷりぷりとしていたのにも関わらず、ふすりと吐息を漏らすように笑ってしまった。
ここまで来て我に帰ったらしいエルマーが、今更ナナシの体を気にかける。本当は、自分も気持ちよくなりたいだろうに、行為を始めたら止める自信がないと言外に行っているのだ。
自分が、エルマーにこの顔をさせているというのが、ナナシはなんだか嬉しかった。
「える、わるいこもうしない?」
エルマーの腕の中で、素肌の足を絡ませながら吐精後の余韻に身を任せつつ聞いてみた。ナナシの言葉に、お許しの気配を悟ったらしい。欲に素直なナナシの雄が、それはもう自身のなさそうな顔をして、眉を寄せながら声を絞り出すように宣った。
「…き、」
「き?」
「きょくりょく…」
「はわ…」
くしゃくしゃな顔のまま、重々しい口調で言葉を返すエルマーを前に、ナナシは素直すぎる反応にびっくりした。
その後はもう、二人で妙な空気になった事に吹き出すように笑ってしまった。
エルマーのそこはまだ元気なままではあったが、その後は触りっこをして、毛布にくるまって朝まで仲良く爆睡だ。背中にまわった力強い腕に抱きしめられたまま、ナナシは思いの外柔らかいエルマーの胸筋に頬を寄せて朝を迎えた。
翌朝、二人の巣の中に飛び込んできたサジによって安眠を邪魔されたエルマーが、朝っぱらからサジと大立ち回りをすることになることを、この時の二人はまだ知らなかった。
朝からサジが巫山戯て奇襲をかけてきたおかげで、エルマーは下着一枚に短剣一本でサジの繰り出した触手の化け物と大乱闘した。
しかも幸せそうな寝顔が腹立つという、なんとも理不尽極まりない理由だけでだ。
そんな不届きな事をしておいて、サジはケロッとした顔で会話に混じっている。
しかも、話の内容はなんだか少し面倒くさいもののようだった。
「潜入?そりゃ、構わねえけどまた突飛な話だぁな。」
「良いではないか、旅行だと思えば。サジはジルガスタント行ったことないしな。うん、良い。いこういこう、なあエルマー!」
「あたらしいばしょ?ナナシもみてみたい…」
クルルルル。アロンダートまでもが転化したまま同意する。
ジルバがうんうんと快い返事に頷いたが、そこに待ったをかけたのはやはり例にも漏れずマルクスだった。
「話が違う!!残ってくれるって言ったじゃないか!!」
「うわうるせえ。」
「潜入なんて、しかも君たちが居なくなったらどうしたらいいんだ僕は!」
「おいまたマルクスの悪い癖がでているぞ。」
うわあん!と身も蓋もなく泣きつく様子に、エルマーは何でこんなのが頭張っているのだとうんざり顔だ。サジも昨日の今日ですでに嫌いになったらしく、まるでゴミを見るかのような目で見つめていた。
サリバンが苦笑いしながらマルクスをなだめて引き剥がしたが、サリバンも申し訳無さそうな顔をしつつも、少しだけその顔色には不安げな色が滲む。
わかる。マルクスがこれでは不安になるのも頷ける話だからだ。
「なに、安心すればいい。グレイシスの部隊と合流してからの話だ。あちらの廃墟探索も思うように進まなかったらしくてな。」
「探索じゃねえ、せめて調査っていってやれ。」
「なにも間違ってはいないぞ。調査と銘打っただけの捜し物だからなあ。全く、何を探しているのやら。」
くつくつと不敵に笑う。ジルバは相変わらず不穏な影を背負っている。そのおかげか、マルクスの影から姿を表したときは部隊の皆が剣を構えたのだ。無論、その登場の仕方はわざとであるから、尚の事質が悪い。ナナシがジルバは知り合いだと言わなければ、恐らく事態はもっと面倒なことになっていた。
「ああ、そういえばダラスは大丈夫なのか?」
「む、ヒョロっこい身なりでよく動いている。何やら文献を読みながら険しい顔をしていたがな。」
「ふーん。」
向こうも向こうで忙しいのだろう。領地を広げるということが、言葉以上に簡単なことではないのはわかる。しかし話を聞く限りでは、横で争いが起きていたとしても無関心に調べ物をしていそうな感じである。エルマーは自分のことを棚に上げて、己の周りはマイペースしかいないのかと思った。
「なんだっていーや。とりあえず合流すりゃいいんだろ?面倒くせえからさっさとしようや。」
「まあそう急くな。グレイシスの部隊がこちらに向かっている。俺たちはここで大人しく待てばいい。」
「あ?王子さんに来させていいのか。俺ぁてっきりこっちから出向くのかと思ってたけど。」
「まあ、こちらのほうが王城に近いしな。グレイシスが一度城に戻ると言っていたから、ついでだそうだ。」
なるほど効率を重視する王子らしい考えだ。こういうところが柔軟なら、もっと兄弟間の確執も柔軟にしろとも思ったが。
「あ、まて。城に戻る?」
「ああ、言っただろう。兄弟が仕事をしたと。」
にやりとジルバが笑う。言葉の意味をゆっくり噛み締めると、エルマーは渋い顔をした。
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