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シュマギナール皇国編

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ナナシは言葉が出なかった。喉が引きつって、肺が震えて、心の内側には言わなくちゃいけない言葉が沢山あるのに、嗚咽が邪魔をして口にすることが出来ないのだ。

「ナナシ?」

何も言えずにしがみついたエルマーの体。疲れているだろうに、心配そうな顔で頭を撫でてくれる。
土と血の匂いがする。その体もまたボロボロであった。優しい体温に触れて、また喉が引きつって、ナナシの金色の瞳にはとめどなく涙が溢れた。

「…泣いてちゃわかんねえ、どうした。」
「っ、…らん…っ、…が…、っ…」

言わなくちゃいけない。アランがナナシ達を守って、その身を散らしてしまったことを。
はくりと唇が慄える。白い頬に幾筋も涙を伝わせながら、喘ぐように泣くナナシの頬に、エルマーはそっと触れる。
涙を拭おうとして、白い頬に土汚れが付いた。手を離そうとすれば握り込まれ、今にも溶けてしまいそうな瞳にエルマーを映す。

細い体を小さく震わせるナナシの様子にエルマーが眉間に皺を寄せた。
そっと首筋に手で触れる。体温が下がり、顔も青白い。明らかに魔力を使い過ぎたときに出る症状だった。

「おまえ、なんでそんな…」
「ぁ、…ん、っ…ぁら、んが…、っ…」
「あ?あいつがどうしたって?」

ナナシの体を少しでも温めようと、着ていたジュストコールを肩にかける。辺りを見回すと、あの口喧しい男が見当たらなかった。
ギンイロと一緒にサロンに押し込めてきた筈だった。何かあった時はナナシを頼むと伝えて、任せろと答えたアランの姿だけがそこにはなく、エルマーは沸々と湧き上がる嫌な感覚に口を噤む。
無言のまま、トッドを見詰める。いつもの快活な雰囲気は鳴りを潜め、目があった瞬間、唇を引き結び泣きそうな顔で下を向く。

「アラン、…アランはどこだ…」

二人の様子に、アロンダートは戸惑い混じりに声を揺らした。まるで、なにか大切なものを落としたかの様に狼狽えるその姿に、ついにトッドの目からはひと粒涙が零れ落ちた。

「…おい、うそだろ。」
「ひ、ぅ…うー‥っ…、…」

エルマーの口端が痙攣する。笑いとばして、冗談だろ。と確認したくても、それが出来ない。
ナナシの魔力を使わなければならなかった。治癒しか出来ない、その限られた魔力をほとんど空にさせるくらいの出来事が、彼らの内で起こったのだ。

「無事なのか、アランは…」 

掠れた声が、空気に溶ける。表情を失ったアロンダートが、乾く喉を酷使して呟いた言葉。その一言を絞り出すだけでも、肺はどうにかなってしまいそうだった。

「いこう、あいつんとこ。」

エルマーの声が、アロンダートの言葉を遮る。
よろよろと立ち上がる、ボロボロの体を支えるように、ギンイロは腕の内側に頭を突っ込んだ。
ナナシは、エルマーにしがみついたまま、ずっと泣いていた。耐えかねたトッドが抱き上げると、そのまま背中を撫でて宥めた。首にしがみついたまま、動かなくなったナナシの好きなようにさせてやると、その場所へと案内をするように来た道を戻る。

あんなに激しい戦闘があったというのに、城内は嘘のように静かだった。
奥へと進むにつれ、通路には飛び散った血飛沫や、煤けた壁が見えてくる。その焦げ臭い匂いに出迎えられながら、五人と一匹は無言で歩みを進めた。

静かな廊下の真ん中に、ごろりと幽鬼の魔石が転がっていた。その直ぐ側にはナナシ達を置いてエルマーが飛び出して行ったサロンの扉がある。
横の壁は壊され、激しい戦闘があったのだろう。高火力の炎で幽鬼を焼き殺したのか、転がっている魔石を中央にして、床の一部が激しく焦げ付いていた。

「ここにいるわ、」

その場所を過ぎた、近くの扉。トッドがドアノブを握り締めたまま、心を整えるかのように深呼吸をした。アロンダートは黙りこくったまま、呼吸を忘れたようにただ立ち尽くしていた。言葉を忘れてしまったかのように、口は開こうとしないまま、その瞳で真っ直ぐに扉を見つめていた。
ありふれた、ただの一枚板の扉。それが今、アロンダートには恐ろしい物のように見えていた。静かな空気が辺りを包み込む。アロンダートだけではなく、エルマーやサジまでもが、細く呼吸をするかのように、黙りこくったままであった。

トッドが扉を開く。蝶番の軋む音がした。どの扉も同じものが嵌め込まれているはずなのに、その扉だけはやけに重く感じる。
扉が開いた。休憩室として使われているそこは、シンプルな白壁に簡易なベッドとソファーだけが設置されている。
しばらく使われていなかったのだろう、少しばかし埃の匂いがした。
床を軋ませるほどの、ゆっくりとした一歩だった。踏み入れた部屋の壁際に備え付けられたベッドの上。白いシーツを赤く汚しながら、アランは剣を抱きしめるかのようにして眠っていた。

「アラン、」

トッドが扉を背で抑えるかのようにして、道を開ける。アロンダートは、ひく、と喉を震わせると、覚束ない足取りでゆっくりとアランが眠るベッドへと、歩みを進める。

エルマーは、言葉が出なかった。アロンダートのその背中を見つめながら、ただ立ち竦むしか出来なかったのだ。
まるで、心の中身をどこかに落としてきてしまったかのような、そんな心地であった。眼の前の現実を、瞬き一つせずに見つめる。

部屋は、アロンダートが歩く度に踏みしめられる床の音と、ナナシの嗚咽が静かに響く。その空間は、少しだけ鉄錆の香りがしていた。


膝をつかないで下さい!

アランなら、きっとそう言って、アロンダートを見て顔を青くするのだろう。
眠っているかの様に穏やかな顔をしたアランの頬に触れながら、そんなことを思った。

「アラン、」

剣を抱きしめている手に触れる。ボコボコとして、不格好になってしまった腕は、無理やり治癒をしたのだろう。腕の具合からして、酷い状態だったのは想像に容易い。
アロンダートは、引き連れたような痕や、修復出来なかった裂けた傷にそっと触れると、胸が詰まるのを吐き出すかのように震えた吐息を漏らした。

「アラ、ン…、起きよ…」

歪な腕を、手のひらで覆う様に触れながら、アロンダートは治癒術を使う。
僕の治癒術が下手くそなのを知った上で、使わせるのか。本当なら、そんな一言を言ってやりたいのに、それができない。
一瞬だけ光っては消える。無意味に魔力は霧散していく。何も変わらないまま、それでも治癒が効けばと、アロンダートは何度も何度も同じことを繰り返した。
何度も何度も、アロンダートの魔力を分け与えるように、目を覚ませと願うように。

「う、…っ…」
「ナナシちゃん、」

トッドの腕から降りたナナシが、アロンダートの隣に駆け寄った。小さな手のひらは、アランの腕を覆うようにして触れる。
その身を小さく嗚咽で震わせながら、アロンダートの隣で治癒術を使う。
エルマーはその背中にゆっくりと歩いて近づくと、制止をするように、薄い肩に触れた。

「ナナシ、」
「や、」

ばし、とエルマーの手を振り払う。ぽたりと鼻血が垂れても、袖で拭いながら行使する。
アロンダートもナナシも、まだ認めたくはなかった。アランの声で、また怒ってほしかった。

「死んだやつに、治癒は効かねえ。」

二人の背中を見ながら、ぽつりとエルマーが呟く。
ぎり、とアランの服を握り締めたアロンダートが、唇を引き結んだ。

「魔力の無駄だ、やめろお前ら。」
「無駄などと!!」

エルマーの一言に立ち上がると、アロンダートは己の手で引き寄せるかのように、その襟元を強く掴む。
行き場のない怒りをぶつけていることはわかっている。しかし、少しでも可能性があるのだとしたら、アロンダートは縋りたかった。
襟元を掴む手から、ぎり、と音がする。アロンダートの震える拳を覆うようにして、エルマーはその手にそっと触れた。
ナナシは、冷たくなったアランの手を温めるように握り締めたまま、祈りを捧げるかのようにして、その手の甲に額を重ねていた。

「無駄などと、…言うな…っ、…」

震える声が、小さく言葉を紡ぐ。エルマーは、手の震えを抑えるかのようにして、アロンダートの手を己の襟元から外す。

「アランが、」

掠れた声で、エルマーが名前を口にした。淡々と語る口調は、眠っているものに気を使っているかのようにも見える。
金色の双眸が、剣を抱いて眠るアランへと向く。もう、エルマーへと小言を言うアランの姿は見れないのだ。そう考えると、弾け飛んだシャツのボタンが惜しくなった。アランが、最後につけてくれたものだったからだ。


「…アイツが望まねえだろ、そんなん。わかってんじゃねえのか、本当は。」
「…アランは、…きっと」

きっと、そこまでしないでください。と、酷く居た堪れなさそうに言うのだろう。
アロンダートの記憶の中のアランは、いつだって何かをしてやろうとすると恐縮するのだ。
その癖、皇子らしくしないことをすると、口喧しいほど嗜める。
お節介で、真っ直ぐで、いつも快活に笑っていた。彼の淹れてくれる紅茶が好きだったのに、面と向かって口にしたことはなかった。

もう、それを伝えることもできないのだ。

目の奥が、熱くなった。アロンダートは、肺が溶けてしまうんじゃないかと思うほど、自分の呼気が熱くなったことに気がついた。
唇が震えて、どうしていいかわからない。下を向いたら涙が溢れてしまいそうだった。

「アラン、は、…きっと、…っ」
「アランは、自分のことを、アロンダート様の騎士だと叫びました。」
「っ、」

アロンダートの声を遮る様に、トッドが口を開く。
その言葉に釣られるように、視線を向けた。
静かな眼差しで、トッドはアランを見つめていた。

「あなたの騎士であることを誇りに、…職務を全うしました。」
「僕は、死ねなどと言っていない…、っ…」
「死にたくて、死んだわけではありません!!」

トッドの悲痛な声に、口を噤む。
そんなこと、アロンダートだってわかっている。それでも、言葉が口をついて出てしまったのは、悔しかったからだ。
自分のこの立場がアランを死に追いやったのだと、思えてならなかった。
ああ、嫌だ。本当に嫌になる立場だ。アロンダートはその瞳から大粒の涙を零すと、泣き顔を見られたくなくて俯いた。
何が第二王子だ。こんなもの名ばかりで、身近な人すら守ることは出来ないじゃないか。半魔で、力があったとしても、この有様だ。
キツく握りしめた拳を、ゆっくりと降ろした。どうすればよかったのかを、誰でもいいから教えてほしかった。

「な、なしが…っ…」

アロンダートの背後から、嗚咽混じりの声が、拙く言葉を噤む。
ナナシもまた、後悔をしていた。自分がきっかけを作ってしまったのだと、その小さな体で後悔をしていた。

「がんばれって…いっちゃった…っ、ななし…、たすけてって…いっちゃった…ひぅ、う…ごめ、んなさ…っ、う、ぁあー‥っ…」

アランに助けを求めた。あの時は、そうするしかないと思ったのだ。だって、ナナシは誰一人として欠けてほしくはなかった。どちらか一つの命を選べだなんて、そんな残酷なことをさせないでほしかった。

どれだけ泣いてもアランが目を覚ますことはない。それでも、ナナシの涙は止まりそうになかった。きっと、本当に泣きたいのはアランの筈なのに。
あの時こうしていればという一つの選択肢を潰した己が泣くのは間違っている。頭では理解をしていても、涙は止まりそうにない。
わあわあと、アランの眠るベッドに突っ伏し、声を上げるナナシを見つめるアロンダートは、唇を戦慄かせ、その整った顔をクシャリと歪めた。

「…あり、がとう」

最後まで、アロンダートの騎士だと誇りを見せてくれたアランに、沢山言いたいことがあった。

「アラン、ありがとう…っ、…」

それでも、やっとのことで絞り出したのは月並みな言葉でしかなかった。
本当は、こんな言葉ひとつじゃ表現できないほどに、感謝をしているというのに。すぐには言葉が出てこなかった。
いつも一緒だった。トッドと三人、いつも二人でアロンダートを囲むように、身の回りの世話を焼いてくれた。
一人じゃなかった。だからアロンダートは、忌諱されていても寂しくはなかった。

「お前の、…お前の、声が聞きたい、…ああ、っ…」

いつもみたいに、またアランの声で名前を呼んでほしかった。そして、言葉を交わして、気恥ずかしい思いをして、アランがやめてくださいと顔を真っ赤にして喚くまで、アロンダートは沢山の言葉を送りたかった。

胸が締め付けられる。苦しそうに顔を歪め、声を殺して泣くアロンダートの姿を前に、エルマーは込み上げるものを堪えるかのように、細く息を吐き出した。
アロンダートの肩を抱く。土と血で汚れた手のひらのまま、何も言わずに頭を撫でた。誰が一番辛いかなど、比べるまでもない。それでも、残されたものは前を向いて生きねばならない。

ナナシの手が、そっとアランの手を握りしめる。この手のひらが、桃を食べさせてくれたのだ。それを、忘れたくはない。

「アランはここで待ってくれます。まずは、やらねばならないことがありますわ。殿下、」

今は、下を向いてはいけない。まだ終わっていないのだ、何も。
トッドの言葉に、アロンダートは静かに頷いた。赤くなった目元をそのままに、ゆっくりと顔を上げる。
第二王子として、職務を全うしなくてはいけない。
事の顛末の報告と、死亡者の確認。被害箇所の把握。
アランが追いかけてくれた、第二皇子としての背中を見せなくてはいけない。

「サジも一緒に行ってやる。何、どこも収集なんぞついていないさ。一段落ついてからでも遅くはないだろう。エルマー、お前はどうする。」
「悪いけど俺はパス、動きすぎた…ここにいるからあとはヨロシク。」

切り替えは済んではいないだろう。エルマーは矜持だけで動くアロンダートの姿を横目で見ると、アランが眠るベッドを背凭れに、どかりと床に座り込む。くすんと鼻を鳴らしたナナシがぎゅっと抱きついてくると、頭を撫でながら好きなようにさせた。
トッドは少し迷ったが、サジと共についていくことにしたらしい。この部屋に残るのは、エルマーとナナシ、ギンイロだけとなった。

「せっかくだ、食いもんと酒もよろしく、アラン混ぜて、みんなで食おう。」
「ならアランが好きな白ワインでも開けようかしら。」

エルマーの言葉に、アロンダートは小さく頷くと、哀感をその表情にのせたまま、緩く微笑んだ。
三人を送り出した扉が、静かに閉まる。エルマーはくっついたまま離れないナナシを引き寄せ膝に乗せると、キツく抱きしめた。肩口に顔を埋めて、熱を持った吐息を漏らす。その背を労わるかのように、ナナシが撫でた。

「あー‥」
「える、…」
「うん、…きちいな。」

柄にもなく、泣きそうだった。
戦いで、引きちぎられたシャツの一部には、一つだけボタンが残っていた。あの時の戦いでほとんどが飛び散ってしまったが、心臓に一番近いその位置だけは、まだくっついたままだった。それを指先で遊ぶように触れる。
落とし所は、まだ見つかりそうになかった。

エルマーは、ナナシの肩口から顔を上げると、インベントリの中をゴソゴソと漁った。中から取り出したのは、包帯と数枚の貨幣。
それを、傷だらけのアランの手に握らせると、ボロボロの腕を隠すように丁寧に包帯を巻いていった。
エルマーは不器用だ。化粧なんて出来ない。それでも、最後まで騎士だったアランを少しでも綺麗にしてやりたかった。
コインは、道に迷った時の路銀、そして、来世の縁へ繋げるための、道標になればと思ったのだ。

「金貸してやるからよ、来世で返しに来いよ。」

無骨なエルマーの掌が、アランの金髪を撫でる。
ナナシがインベントリから取り出した白い花を、アランの髪にそっと飾ってやった。生きていたら、馬鹿にするなと怒るだろうか。それでも、その白い花は実によく似合っていた。
アランは、男らしくないと嫌がるだろう。そんな想像が容易くできてしまい、少しだけ笑えた。

エルマーとナナシは、二人でアランの眠るベッドに凭れ掛かりながら、目を瞑った。三人が帰ってくるまで位、偲んで泣いても許される気がした。






「ニルギアと、マルクが居ない…。二人共どこにも見当たらないんだ。」

グレイシスと人数確認を済ませたアロンダートが、深刻そうな顔つきのまま呟いた。会場では、その二人を除いた全員が無事だったのだ。
近衛によると、失踪した二人は、事件が起こる前から大広間から外に出ていたということだった、闖入者二名と魔獣、さらに幽鬼が二体。城の中に、なんの前触れもなく現れたのだ。
そして、幽鬼と剣を交えたトッドの証言から、うち一体の幽鬼がマルクだと判明した。

「廊下で倒れてた辺境伯が、突然幽鬼に変わったの。」

トッドの言い分を笑ってあしらうには、あまりにも辻褄が合いすぎていた。幽鬼が現れた現場の近くに、二人の私物が散らかっていたのだ。それは、人間をやめましたと言わんばかりの痕跡にも見えた。

人が幽鬼へと変貌する。そんな、嘘みたいなことがあるのだろうか。グレイシスは、話を聞いてなお半信半疑ではあったものの、サジから呪いの土と呼ばれる、人を魔物化させるものが城の内部へと、持ち込まれたのだろうと聞くや否や、その表情をかすかに強張らせた。

「そんな、ものが…っ、」
「ニルギアの杖が中庭に落ちていた。もしかしたら、彼もやられたのかもしれないな。」

アロンダートは記憶を辿るかのようにしてそう呟いた。グレイシスは酷く戸惑ったようで、ふらりと蹌踉めいては近衛に支えられていた。

「ダラス様はどこだ。彼に頼みたいことがあるんだが…」

アランの弔いをしてやりたかった。訝しげなグレイシスにアランのことを伝えると、どうやら近衛も彼のことを知っていたらしい。声には出さなかったものの、その目線は下げるように、悔しそうに俯いた。

グレイシスは、アロンダートの元に付いていたアランの事を知っていた。火炎の魔法騎士である彼は、非常に優れていた。しかし平民の出の騎士は上には上がれない。若くして潰された才能を惜しく思っていた分、彼がアロンダートに付くと聞いたときは羨ましくもあったのだ。

「彼は、最後まで騎士でした。ダラス様に祈りを捧げて頂きたい。」
「ああ、そうだな…恐らく彼は今、城の礼拝堂に…」
「…礼拝堂、」

ふと一抹の不安がよぎった。
外に出ていたものは、闖入者によって幽鬼にさせられた。そして、それに人を襲うように仕向けられて、場内をパニックにさせたのだ。

「目的は、はたされた…」

ぽつりとサジが言う。あのとき自身が仕留めた少女の言葉だ。
おもわずグレイシスが振り向く。その言葉の続きを促すかのように、まっすぐにサジを見つめた。

「礼拝堂の場所は。」
「この城の奥だ。回廊を抜けて、外へ出ろ。あとはそのまま道なりだ。」

グレイシスは、自分がまるで蚊帳の外にいるかのようなやるせなさを感じていた。それは紛れもなく、自分の手の中であると思っていた城の中で、イレギュラーな事が起こってしまったのを、アロンダート達が収めたからだ。
グレイシスが、何も出来ないというレッテルを貼っていたアロンダートが、仲間とともに。

「…アロンダート、」

お前は、一体いつ私を追い抜いていったというのだ。グレイシスは口には出さなかったが、目線ではそう訴えるかのように、目の前の弟の背中を静かに見つめた。




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